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永劫のセツナ  作者: ALOE
19/44

同調

闇が、深く折り重なっていた。


 光は届かない。


 音も、流れも、時間さえも失われた場所。


 ただ部屋の中に流れ込む水のせせらぎだけがあった。


 沈黙の底で、朽ちた施設は眠っている。


 割れた培養槽が並ぶ区画の一つで、

一つだけ割れていない培養槽があった。


 その培養槽の中で微かな反応が起きる。


 ——シッ……。


 それは音や振動とよぶにはあまりにも弱い。


 オレンジ色の液体が、わずかに揺れ、小さな気泡がぷくぷくといくつか浮上した。

 培養槽に浮かぶ者の緑の瞳が細かく点滅し、うっすらと灯った。

 点滅は不規則で、すぐに消えそうだった。


 理由は分からない。


 予定された時刻なのか、誤作動なのか、それすら判別できない。

 待っていた何かに呼応したのか。


 閉ざされていたはずの意識が、

 世界の存在を、再び“検知”し始める。


 温度。

 水圧。

 外部環境。


 そして——


 はるか遠くから届く、微かなエネルギー。

 それは言葉ではなかった。

 だが確かに、呼応している。

 弱々しい点滅。

 それでも、消えなかった。

 

 

 砂漠の朝は、静かだった。

 白い砂が風に削られ、遠くで蜃気楼が揺れている。


 オアシスを囲む低い城壁の影で、旅人たちが出立の準備をしていた。


 セツナは、仮面を被ったまま、その中にいた。


 街は小さく、交易の中継点にすぎない。

 それでも、人と物と噂が集まる場所だった。


 見た事も無い種族が行きかう。


 それぞれが語り合う事はほとんど無い。

なぜここに居るのか、どこに向かうのか理由を問う者はいない。

 そういう土地だった。


 セツナは、商隊の馬車に乗り込む。

 簡素な荷台。乾いた革の匂い。


 セツナはちらりと四方の気配を探る。


さっきからずっとつけられているのはわかっていた。


この街に着く少し前、古代の建造物が立ち並ぶあたりで

その者達は景色と同化していた。


リザード族だろうという事はすでに判明している。

彼らは気配を消し、光学迷彩の能力を持っている。


セツナの着ている服はラシェルにもらった伝統的な獣人族のものだったから。

おおかた、自分を獣人族と間違っているのだろうとあまり気に留めなかった。



 揺れは一定で、眠気を誘った。

 誰も、彼の名を尋ねない。

 仮面の旅人は、この道では珍しくない。


相変わらずリザード族の気配は付いてくる。

まどろんだ意識の中でその気配を感じた。

 

 

 

 日が高くなるにつれ、砂の色は白から金へと変わる。

 巨大なトカゲが引く馬車の軋む音が、規則正しく続く。


 セツナは、いつの間にか目を閉じていた。

 意識が沈む。

 音が遠のく。

 

 

 水の感覚があった。

 冷たいのか、温かいのか、分からない。

上も下も暗闇だった。


 身体は重く、しかし苦しくはない。

 視界は曖昧で、動きづらい。


 ふと


 ——誰かが、いる。


 姿は見えない。


 だが“奥行き”だけは、はっきりと感じられた。

 近づこうとすると、距離が伸びる。


 手を伸ばして、近づこうとしても一向に距離は縮まらなかった。

 そっちの方向に行かなければならない。


 早く会いたい。


 何故かはわからない。

 言葉を探す前に、

 胸の奥が、静かにざわつく。


 懐かしい気持ち。


 理由は分からない。

 名前も、記憶も、結びつかない。


 それでも、

 「生きてるんだ」

 という感覚だけが、確かにあった。

 

 

 馬車が大きく揺れ、セツナは目を開ける。


 砂嵐が、遠くで立ち上がっていた。


 御者が声を上げ、布をかける。


 夢の内容は、もう思い出せない。


 ただ、胸の奥に、微かな余韻が残っていた。


 セツナは、何も言わず、視線を前に戻す。

 

 

 同じ時刻。

 はるか遠く、深海の底。


 培養槽の外壁を伝って、光が走る。

 点滅は、まだ不安定だ。


 完全な起動には程遠い。


 世界のどこかで、

 何かが、確かに動き始めていた。

 


 太陽がだいぶんと西に傾いた時

 「今日はここで野営にする」

 御者が言った。


 商品たちは早速野営の準備にとりかかる。

 

 セツナは気配を探る。

 数百メートル後ろの崖の上にリザード族たちの気配があった。

 

 「結構しぶといなー ちょっと脅かしてやろう」


そうして、セツナは商隊の馬車から少し離れた場所の岩陰に入った。


そして一瞬で姿を消し、瞬きする間にリザード族たちの前に現れた。


丁度、セツナ達一行と同じように、野営の支度をしていたリザード族5人がいた。


「こんにちは!」

セツナは元気な声で彼らに挨拶した。


突然の声に、リザード族たちは一斉に身構えた。


 反射的に距離を取る者、岩陰に身を隠す者。


 だが、セツナは何も構えない。


 仮面の奥で、ただ穏やかに立っている。


「いつの間に……何者だ」


 低い声。


 威嚇というより、確認だった。


「通りすがりです」


 セツナは肩をすくめる。


「追われるほどの身でもないと思うんですが」


 沈黙。


 リザード族の一人が、じっとセツナを見つめる。

 視線は仮面に、そして足元へ。


 ――強い。

 本能で感じた。この者に我々が束になっても敵わないと。


「お前……獣人族か?」


「さあ」


 セツナは、答えない。


 その曖昧さが、かえって距離を作った。

 リザード族たちは、互いに視線を交わす。


 そして、リーダーらしき者がゆっくりと武器を下ろした。

 そのリーダーにならい他の者も武器を下ろす。 


「用はない」


 短く、それだけ言うと、彼らは夜の闇に溶けるように姿を消した。

 

 

 焚き火の明かりが、遠くに見える。

 セツナは、その場に一人残された。


 追われていた理由は、分からない。


 だが、敵意はなかった。


「……まあ、いいか」


 彼は踵を返し、商隊の方へ戻る。

 仮面の内側で、胸の奥が、わずかにざわついていた。


 理由は分からない。


しかし詮索するのをやめた。


すでに辺りは暗闇に包まれ始め


夜になると吹く冷たい風が頬をなでた。



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