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永劫のセツナ  作者: ALOE
17/44

魔術師

「ところでセファルト殿下、本当に彼でよいのですか?」

 ガルマンが眉をひそめる。


行商達の謁見がひと段落したところでガルマンが切り出した。


「イトの事か?」


「はい」


「あいつは確かに天才だが……

 教える気なんてこれっぽっちもないですよ?そもそもあいつにできるのですか?」

 タイレルも腕を組んで言った。


「わかっている。

 だが“あいつ”は……

 本来、国を支える柱のひとつになれる男だ。お前たちと肩を並べるほどのな。」


 セファルトの言葉に、ふたりは驚いて黙り込んだ。


「俺は化学反応を期待している。特別な加護を受けた人間と天才魔術師のな」

 

 

 イトがセツナの講師に任命された翌日。

 セツナは指定された訓練場へ向かった。


 時間ぴったりに到着すると、

 そこにはひとりの男が柱にもたれかかって座って大きなあくびをしていた。


 白い法務官服は皺だらけ。

 髪は寝癖で跳ねている。

 細い目は死んだ魚のよう。


「……やっぱ来たのね。うん、じゃあ今日の授業、始めよっか」


 やる気の欠片もない声だった。


「よろしくお願いします!」


 セツナが律儀に頭を下げると、

 イトは逆に引いたように眉を寄せた。


「え……ああ、うん。

 じゃあ、あそこの石を——」

 ゆるい手の動きで示す。


「百個。

 ひとつずつ魔力を流して、違いを全部メモして」


「百個……?」


「できるっしょ?

 やってる間に俺はお茶飲んでるから。

 ほら、開始~」


 イトはそのまま木陰に行き、

 どこから出したのか分からないカップをすすっていた。


 セツナは戸惑いつつも

 ひとつ目の石に手を伸ばした。


「魔力ってどうやって流すんだろう……」

 

 

 ——イト・ポリライトプラ。

 法務官第七席。


 王国内では“落ちこぼれ法務官”昼行燈(ひるあんどん)と陰で呼ばれている。

 だが、その男の過去を知る者はほんの一握りだった。

  

 イトの生家は代々、

 王国の法体系を支えてきた古い家系だった。


 彼が物心つく前から、

 家の掟は彼にこう言い続けた。


「感情を捨てろ」

「判断を誤るな」

「法に魔力は必要ない」

「お前には価値などない。法が全てなのだ。」


 幼いイトはただ頷くしかなかった。


 優しい言葉をかけられた記憶は一度もない。


 しかし——


 彼にはひとつ、異常な才能があった。

 魔力の流れが“見える”。


 イトの家系に魔術を扱う者は一人も居なかったのに。


 誰がどのように魔力を動かしているか、

 術式の弱点、詰まり、破綻。


 それらが線となって世界に浮かび上がって見えてしまう。


 幼いイトはそれを

 「みんなも見えている」と思っていた。


 だが、口にすればするほど周囲は遠ざかる。


ましてや獣人族においては魔術を使える者は稀有(けう)の存在だった。


「気味が悪い」

「獣人らしくない」

「そんなこと、子供が言っていいはずがない」


 イトは徐々に理解した。

 ——自分は“普通”ではないのだ、と。

 

 

 13歳の時、決定的な出来事が起きた。


 魔術の授業で、王国の魔導師が術式暴走を起こし、

 それを止めたのは、生徒であったイトだった。


 だが幼い子供の手助けで権威を失いかけた魔導師連盟は

 彼を「危険」とみなし、イトの家に圧力をかけ事件を

 もみ消したのだ。


 それにより家は彼を守るどころか切り捨てた。


「やってくれたな 恥知らずめが」

「お前は法務官に向いていない。

 ……いや、この家に必要はない」


 イトは何も言わなかった。


(ああ……やっぱり、俺はいらない人間なんだ)


 そう思い、家を出た。


「お世話になりました。」


ボストンバッグ一つで大きな門を出る彼を見送る者は一人も居なかった。

 

 

 法務官になった経緯も偶然だった。


 街で起きた魔法犯罪事件に偶然遭遇し、

 誰も止められなかった暴走魔法を、

 ほんの数秒で制圧してしまったからだ。


「お前……どこの魔法士だ?」

「ただの旅人ですけど」


 評価は二分された。

 「才能の怪物」

 「扱えない危険物」


 その騒ぎを、偶然見ていた男がいた。

——13歳のセファルト少年だった。


「彼は必要だ。

 この国にとって」


 その言葉だけで、イトの人生は変わった。

 だが、イトは人を信じない性格のままだった。

 

 

 そして今——


 彼はセツナの講師としてここにいる。


 木陰でお茶を飲みながら、

 手抜き指導を決め込む姿勢は変わらない。


(こんなの、途中で投げ出すに決まってる……)


 そう思っていた。

 

 

 しかし一時間後。


「イトさん、できました!」


 汗まみれのセツナが、

 丁寧に書かれたメモを差し出した。


「はいはい……どれど——」

 イトの手が止まる。


 紙には、

 百個の石それぞれの魔力反応の差異が

 正確に記述されていた。


 しかも、

 彼以外には“見えていない”はずの情報まで載っている。


「……は?」


「え、何か間違ってましたか……?」


 セツナは不安げに首を傾げる。


 イトはメモを見つめたまま、

 しばらく言葉を失っていた。


(こいつ……

 俺と同じものが……いや、それ以上のものが“見えている”?)


来る日も来る日も無理難題をセツナに強要した。


ある日は、空気中の水分を指先に凝縮せよという課題だった。


まず先にイトが見本を見せる。人差し指を天に向け集中すると

サクランボの実ほどの大きさの水の塊が指先に浮き上がった。


(ふふん…ここは砂漠。ただでさえ水分が少ないからね、これくらいの水玉を出すのにも相当苦労するはずだ……)


イトはほくそ笑みながらも

「人間、俺ほどの物を出せとは言わないよ。せめて一粒くらいの水玉を出すようやってみて」


イトが一通り手順を説明すると。

「では俺はあちらで待機しているから、出来たら言うように」


「わかりました。」


(さて、これでしばらく何もしなくていい。 くぁ~ 眠い)

イトは顎が外れそうなくらい大きなあくびをして、木陰の東屋に歩いていった。


しかし数分後——


「イト先生!来てください!」


中庭でセツナの声がする。


イトは口に入れた紅茶を吹きそうになった。


速足で向かうイト。


「な……」


イトは開いた口がふさがらない状態であった。

そこには馬ほどの大きさの水玉があったのだ。


「先生! できました! これをどうすれば?」


しかし見る間に水玉はどんどん膨れ上がっていく。


「人間! もういい! わかった!それ以上大きくなくても!」


「でも先生……止める事ができません! どうすれば!?」


セツナは震える声で言った。


「俺が魔力を逆流させる、その姿勢を維持しとけ!」


言っている間に水玉は家一軒分の大きさまで膨れ上がっていた。


イトはセツナの腕をつかむと集中し始めた。


(ッ!!! なんて魔力だ……今の魔力の流れを俺の体に移し替える……)


「よし! 俺に移った……あとは少しずつ気化させて……」


とその瞬間、イトは押しつぶされそうになった。

空中に浮かぶ水の質量が一気にイトに移ったのだ。


「だめだ!!重すぎる!!」


ドバーーーン!!


イトは耐え切れず、大量の水があたりにブチまかれた。

そして濁流となり二人は10メートルほど流された。


……………


「……人間……なんて奴だ……お前、名は?」


「セツナです」


「あ~ 本当に厄介な奴を殿下に押し付けられたもんだ」


二人ともびしょ濡れのまま、その場に座り込み、イトは頭を抱えた。


「ごめんなさい……」


セツナは消え入りそうな声で言った。


しかしイトの胸の奥では、長い間凍っていた何かが微かにカチリと音を立ててひびが入った。。

 

 

「……いいよ」


「え?」


「今日は、合格」


 ぶっきらぼうな声。


 だが、その声にはほんのわずか、

 柔らかさ が混じっていた。


「明日も来なよ。

 ちゃんと教えるかどうかは……気分次第だけどね」


「はいっ!」


 セツナは子犬のように笑った。


 その笑顔に、

 イトはなぜか視線を逸らした。


(……まただ)

(才能を恐れず、逃げず、真っ直ぐこちらを見る目……)


(……やめろよ。

 そんな顔、向けられたら……)

 

 

「法務官、セツナはどうでした?」


 訓練場の外にいたタイレルが尋ねた。


「進み具合は?」


 ガルマンも顔を出す。


「……まあ、悪くないんじゃない?」


 イトはぶっきらぼうに答えた。


(悪くない!? あいつがそう言うってことは……)


(セファルト殿下の読みが当たったということか)


 ふたりは目を見合わせた。


 その少し後ろで、

 セファルトが静かに頷いていた。

 

 

数日後、セツナは久しぶりに自分の故郷へ帰る許可を得た。


「セツナ、お前に(いとま)を出す。その目でお前の生まれ故郷を見てみよ。」


セファルトにそう言われたが、何のことかピンと来なかった。

ただ、久しぶりに両親に会えるというだけで心が躍った。


今回もタイレルが同行してくれることになった。

出発の前日、タイレルの妻ラシェルはセツナに服を差し出した。


畳まれた服の上には小型の剣が乗っている。


「え!? いいんですか?」


ラシェルは笑顔で頷いた。


「セツナ、もらっておけ!」


「ありがとうございます!」


少し大きいが、十分だった。


「似合ってるわ セツナ君」


「おお、いいじゃないか!」


そうして、タイカンを先頭に4頭立ての馬車はゆっくりと進みだした。


荷台にはお土産をたくさん積んで。


ただ、なぜ子供用の服があったのかをセツナは一瞬疑問に思ったが、その疑問は砂漠の風に運ばれる塵のように消えていった。


  ◆



トゥラン村——


旅立つ前は、

ただ砂漠と草原に囲まれた小さな集落だった。


だが、

どこか胸の奥で引っかかっていた。


(赤い本の影響・・・?父さんたちは人が変わったようになった。あれから村はどうなったんだろう。 奴隷からの解放も伝えなければ!)


そんな思いを抱えつつ、

馬車は西に向かった。


村の境が見えてきたところで、

彼は息を飲んだ。

 

 

「……ここ、本当に……トゥラン、なのか?」


以前は、

木造のバラックが数軒と、

羊を飼う柵、


それだけの静かな村だった。


ところが、今見えている光景は——

()だった。


広い通りが走り、

木造の二階建ての家が三十、いや四十以上は建っている。


大きな建物には酒場の看板、

その隣には何かの工房が見える。


さらに驚くべきことに、

街全体を包むように魔術障壁が張られていた。


(こんな高度な魔術……

 誰が? 村の誰が?)


セツナは呆然と立ち尽くし、

そのまま通りへ足を踏み入れた。


人がいた。

多くの人が。


村人だけではない。


他所から流れてきた人間族、

その子どもたち。


遠くの都市から来た商人の姿まである。


子供たちが走り回り、

荷馬車が通り、


焼きたてのパンの匂いが漂っている。


——これを文明と呼ぶんだ、きっと。

あの赤い本の内容がすっと頭の中に浮き出てきた。


 

 

「セツナ!」


振り返ると、

そこには両親が立っていた。


母は涙を浮かべ、

父は驚きと誇らしさが混ざった表情で息子を抱きしめた。


「おかえり」


遠くから子供の声が聞こえた。


子供たちが駆け寄ってきて、

彼の周りに集まる。


「ねぇねぇ、お兄ちゃんって旅してるんでしょ?」


「剣とか魔法とか見せてよ!」


「今度、勉強教えて!」


セツナは苦笑しながら答えた。

「みんな、強くなったんだね……」


 父が言う。

「魔力の扱い方も。考える事も、すさまじい情報が頭の中に入って来たんだ。お前が死の淵から目覚めた日だ」


(赤い本だ……)


「そして、この街に来た人間にそれは伝染するらしいんだ。」






「セツナ、俺は獣人族の詰め所に行ってくる。久しぶりの家族の団らん。楽しんでくれ」

タイレルはそう言うと()の外に向かって歩き出した。 


獣人族の詰め所は人間の街から少し離れた小高い丘の上にあった。


そこに向かう道中に木でできた墓標が立ち並ぶ簡素な墓があった。


合計20か所ある。


(あの日、セツナが葬った我が同族か…… 人間が供養してくれていたのか)


あの日、副官だったフーコーの死体だけが見つからなかった。


小さい使徒に寄生されていたため、本来であればそのまま死ぬはずだったのに。


一抹の不安がタイレルの脳裏によぎる。

「大した問題ではない……か」


声に出してその不安を(さえぎ)った。


タイレルは詰め所の扉を開けた。


今は獣人族の姿はない。


あの事件のあと、人間狩りゲームに参加しなかった獣人2名が残っていたが


人間族の独立がセファルドから許可され、この採掘場が人間の土地として譲渡されたため


監視は必要とされなくなったのだ。


(あの二人は今どうしてるんだろうか。 なぜ、フーコーの遊びに付き合わなかった……?)


あの後、タイレルには彼らを探す時間は無かった。


(そうだ、俺が王都に戻ろうとした時、持っていこうとしてた新種かもしれない

鉱石のサンプルが馬車の荷台から消えていたから一度戻ったんだ……

だからフーコーの一件に出くわしたんだった。)


今になってあの時の状況を思い出し始めていた。




 

その夜。

セツナは両親と囲炉裏を囲みながら、王都で起きた事件を語った。


両親はしばらく黙って聞いていた。


父がゆっくり口を開いた。

「すごい話だ。お前は一国を救ったばかりか、その(ことわり)も変えたんだ。」


「すごくないよ、でもこの世界も捨てたもんじゃないと、正直思ったよ。」


「お前が昏睡から目覚めた時、赤い本が見えると言ったな。」


セツナは頷いた。


「俺はそれまで()という概念すら持っていなかったが、実は本という物をイメージしていたんだ。見たことがあるような、もっと言えば、自分が書いたものではないかとすら思ったんだ。」


「父さん、エクセシアス・E・ウィルウォードという名前に覚えは?」


「いや……わからん。だが、漠然と感じるんだ。」


「何を?」


「お前と母さんとの人生は今回だけではないと」


その時、セツナの頭に閃光が走り、キーーーンという耳鳴りがした。


(何かを思い出しそうだ……)


母が口を開く

「あなたが生まれた時、この村はとても眩しい光に包まれたの。生まれて来たあなたも

黄金色の光に包まれていた。神様が生まれたと思ったわ。」

 

母はゆっくり頷いた。

「セツナ、あなたは特別な子。その力はきっと何か意味があるのよ。」


セツナは胸に温かい火がともるのを感じた。


(世界は変わっていく。

 人も変わっていく。

 ……そして俺も)

 

 

翌朝、トゥランの街を出るセツナを、

両親と子供たちが見送った。


「がんばってね、セツナー!」


「帰ってこいよー!」


セツナは手を振った。


その背を追うように、

朝日がゆっくりと昇っていく。


(ここに帰るためにも……

 もっと強くならなくちゃ)


彼の歩みは、

これまでより確かで、


これまでよりまっすぐだった。



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