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永劫のセツナ  作者: ALOE
16/44

解放の日

玉座の間は、ひどく静かだった。

 時折、赤い花びらがはらはらと舞い落ちてくる。


セファルトの目の前の男は瞳だけが血のように赤い。

 その瞳の奥で、ふたつの意識が争っているのが分かった。


 だが次の瞬間、レオンファルトの口元が、ゆっくりと歪んだ。

 その笑みは、兄のものではなかった。


「……ククク、往生際の悪い男よ」


 低く、湿り気を帯びた濁った声。


 セファルトの目が細くなる。

「おまえ……何者だ?」


「おまえたちでは理解できぬ。

 ただ、“そう在るもの”とだけ覚えておけ」


 

 二人は言葉を交わしただけで、玉座の間の空気は限界まで張り詰めた。


 戦う者にしか見えない領域。

 皆、息を飲み

 皆、呼吸を忘れていた。


「来い、王弟よ

 おまえの剣はこの兄の体を貫けるのか? ククク」


 旅人は挑発するように手を広げた。

 しかし、その身体はレオンファルト自身の意思をほんのわずかに押し返されているかのように震えていた。


(兄さん……)


その時また、そこら中から使徒たちが湧き出してきた。


「蹴散らせ! 殿下の戦いに水を差す者どもを切り伏せよ!」


レイチェルが高らかに叫んだ。

辺りはまた混戦の模様をようしていた。


 しかし、兄弟の空間だけは時が止まったように張りつめていた。


 セファルトは剣を構え、少し膝を曲げ重心を落とした。

 その瞬間――世界から音が消えた。


 同時に仕掛ける。

 

 一閃!!――——


 それが、戦いの全てだった。

 レオンファルトの姿が消えた。

 セファルトの姿も、同時に。


 遅れて床が割れる。

 石が剥がれ、宙に舞い、空気だけが震える。


 続けざまに六つの影が交差した。


 誰にも見えない。

 ただ、傷跡だけが残る。


 柱が斜めに崩れ、

 床に深い線が刻まれ、

 壁にひびが走った。


「……速い!」


 骸骨剣士を振り払いながら、レイチェルがわずかに目を見開く。

 ジンでさえ、二人の動きを追うのに苦労している。


(セファルト殿下……)


 セツナは拳を強く握りしめた。

 

 

 影が止まり、レオンファルトが大きく跳び退く。


 胸に一本、深い斬撃が刻まれていた。


「さすが王弟よ。

 この動きに、ついてくるか……ククク、それでこそ奪う価値があるというもの。」

 

 しかし次第にレオンファルトの腕や頬、太ももなどに切り傷が増えていく。


 セファルトの方が手数が多く、攻撃が当たり始める。


 そして、空中でセファルトの拳がレオンファルトの顔面を直撃する。

 続けざまに、セファルトの膝がレオンファルトの鳩尾(みぞおち)に食い込む。

 最後にかかと落としが後頭部に直撃し、レオンファルトは激しく床に叩きつけられた。


セファルトは静かに着地し、涼しい顔でこちらを見据えている。


 「くっ…これほどとは……」

レオンファルトはすぐに起き上がり、バック天で後ろに下がり距離を取った。


(なんだ…? さっきから…あの女騎士といい、黒い獣人族といい……この第一王都の兵よりもはるかに強い……)


その時、旅人の視界に、セファルトの向こうにある玉座の傍らに立つ一人の人間の少年が目に入った。


(先ほどから気になっていたが、なぜあのような場所に人間が?  オーラ? あ奴が!?)


よく見ると、その人間の少年から、微量の緑のオーラが放出されているのが確認できた。


レオンファルトはニヤリとした。


そして、セファルトの方に思い切り踏み込んだ。


しかし向かってくるレオンファルトの強烈な一撃をセファルトは軽々と受け止めた。


(やはり、あの人間を守りながら戦っておったか)


その瞬間、レオンファルトの口から何かが吐き出された。


(次の()(しろ)はお前だ 人間!!)


吐き出されたウナギ型の使徒は、そのまま加速し、セツナの方へ飛んでいく。


「しまっ……!! セツナ!!」


レイチェルもジンも、セファルトも、スローモーションのように目で追う事しかできない。


(セツナが寄生されたら……)


セツナの瞳に、迫る使徒の影が映る。

 時間が伸び、音が消える――。


 その時!

 空気を裂くように黒い影が降り立った。


「……間に合ったか」


「タイレル!」


タイレルの手にはウナギ型の使徒が握られていた。


使徒はタイレルの手の中でもがいている。

しかし、抜け出すことは不可能だった。


使徒がしゃべり出す。


「この人間……惜しい……実に惜しい器だった。」


「だが忘れるな……

 “我”はひとつではない。」


「南にも……海にも……おまえたちの隣国にも……

 すでに“種”は蒔いてある。」


 セファルトが眉をひそめる。


「この世界の種族は、いずれ必ず……

 “我らの理想の形”へと育つ。」


「覚えておけ。

 我らは……すぐそばにいる。」


そういうと使徒は粒子の粒となって風に溶けていった。

 

使徒が抜け出たレオンファルトは瀕死の状態だった。


「ゼェゼェ……セファ……ル……ト」


 レオンファルトの顔が、兄の顔に戻った。


 「兄さん!!」


 セファルトが兄の元に駆け寄る。


「すまな……い……すまなかった……俺はなんという事を……

 もっと……良い王に……なりたかった……俺は……お前を……」


「……いえ。

 あなたは……良き王でした。」


 兄はかすかに微笑んだ。

 そして、その顔が静かに垂れた。


………………


ある日の昼下がり、弟を肩に載せて砂漠の果てを眺めていた。


「セファルト、この砂漠の向こうには“海”というものがあるらしい」


「うみ?」


「ああ。果てなく広がる水の世界だ。

 そこには、人より大きい魚がいるそうだ」


「にいちゃま、いってみたい!」


「行こう。二人で旅をしよう。


 この世界を、全部見て回ろう」


「ほんと?」


「ああ。きっとだ」


――その記憶が、兄の最後の涙となってこぼれ落ちた。


しかしその顔はとても安らかだった。



 ◆




第一王都侵攻が終わった数日後——



セファルトはセツナを謁見の間に呼んだ。


セツナは広い廊下を小さな体で一人歩いていく。


鎖も拘束衣も身に着けてはいなかった。


ここに連れてこられた日の、いかにも奴隷の粗末な服だ。


しかしすれ違う獣人たちにセツナを蔑みや憎しみの目で見る者は居なかった。


道を開け、中には深々と頭を下げていく者さえいた。


  ◆


精密な彫刻の施された巨大な扉の前には衛兵が居る。


名前は知らないがもう馴染みの兵士だ。

きっとかなりの手練れなのだろう。

二の腕には傷跡が無数にあった。


「セツナ殿……セファルト殿下がお待ちだ。」


その衛兵はいつものように表情を変えずそう言った。


その金色の瞳は全てを見透かしているようだった。


セツナはコクリと頷いた。


巨大な扉が開き、その先にはセファルトが中央に座し、両サイドには

タイレルとガルマンが静かに佇んでいた。


セツナは玉座に座るセファルトの前に立ち、片膝をつき、顔を伏せた。


「人間族セツナ、面を上げよ」


セツナはゆっくりと顔を起こしセファルトを見据えた。


セファルトの頭には金の冠が乗っている。


「……セツナ、お前はここに一人で来たのか? 誰も伴わなかったのか?」


「はい殿下、恐れながら。牢屋番のモジルが、手が離せないから地上までは一人で行ってくれと。地上に出たら、プルーシキかエキゼルがいるから声をかけてと。」


「手が離せないとはどういう事だ? 職務だぞ?まったく・・・」


「それで、地上に出たのですが、プルーシキもエキゼルも見当たらなくて。」


「……おい! 誰か! グロック牢獄塔の責任者は何をしている? 早急に対応せよ!」


セファルトがそういうと補佐官の何人かがそそくさと部屋を出ていった。


「それで、だ。セツナよ、お前をここに呼んだ理由はわかるな?」


「はい」


「人間族セツナよ。本日をもって人間族を奴隷から解放する!」


セファルトの声が広い謁見の間に響き渡った。


「あ・・・ありがとうざいます!!」

セツナは地に頭をつけた。


両サイドに並ぶ官僚たちは表情を変えることなく立っている。


顔を上げると、タイレルはセツナにウインクし、ガルマンは少しだけ頷いた。


「お前は奴隷である身で街を破壊した。故意でないとはいえ、負傷者が出た。しかし、レフェルザリア第一王都攻略に際し、大きな役割を担ってくれた。この功が一つ。もう一つはお前の力により奴隷である人間が覚醒し、我ら獣人族と同等の力を持つようになった。この事で国内に大きな分断と紛争が起きかねない。現在、隣接する他の種族の国との関係も怪しくなりつつある。そのような状態で内紛を起こす訳にはいかぬ。よって特別にお前の願いを聞くものとする。」


「ただし……それはこの国にのみ適用される事。またすべての獣人族がこの事に賛同している訳では無いという事を承知せよ。それともう一つ条件がある。」


「……?」


「お前は力の使い方がまるでだめだ。 一国を滅ぼしかねないレベルを持ちながら、今のお前ではこの国の兵士一人でも相手にならぬであろう。邪な考えを持つ者に簡単に懐柔され、利用されるかもしれない。そしてそれが我が国の脅威となるかもしれないのだ。」


「……」


「よって、お前が力の使い方を習得するまで、この国から出る事は許さん。」


セツナは何も言い返せなかった。


「そんな暗い顔をするな。一生出るなと言ってる訳では無いのだ。ちゃんと講師もつける。」


「イト・ポリライトプラ!」


イト法務官はビクッとしてから、ゆっくりとセファルトを見た。


「はっ?・・・」


イトは悪い予感がしていた。


「イト法務官、貴君をセツナの魔力制御担当講師として任命する!」


「はっ!‥‥…恐れながら殿下、普段の業務はどうするのです?」


「もちろんやってもらう! もし人手が足りなければ助手を寄こそう」


(えー! なんで俺が! それに今の業務にアシスタントなんていらないんだよ! 楽勝だからね。忙しいふりをしていれば、そこそこの給料がもらえるんだから。なんで人間のお守なんて!! 俺は人生に波風立てたくないんだ!)


「で・・・でもですね、殿・・・」


「お前の勤務態度について、ずいぶんと暇を持て余しているように見えるといくつか報告があるが?」

(げっ バレてるんじゃねーか? どいつだチクったのは!?)


「セツナ、イト法務官をお前の力を制御するための講師として任命した。この男はこれでも世界の10賢人にノミネートされている。本人は辞退したがな。」


その時、突然セツナは頭上に稲妻が走ったような錯覚に陥った。頭が割れそうだ。

(ッ……10賢人……ど どこかで……)


「ん? どうしたセツナ?体の調子でも悪いのか?」


「あ・・・いえ 何でもありません。」


「ならばよい」


しかしこの時、イト法務官だけは、セツナに何かを感じていた。

その糸のように細い目の奥は決して見逃してはいなかった。


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