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永劫のセツナ  作者: ALOE
13/43

開戦

セツナはレイチェルの駆る馬の馬上で思い出していた。

(若き王の眼差しは迷いながらも、決意に満ちていた。

 それは、血で結ばれた兄弟に刃を向ける決断でもある。

 この王もまた、自分と同じように——何かを失い、何かを守ろうとしているのだ。)


   ◆


 夜が明けきるころ、ダーヌ平原には二つの陣が向かい合っていた。

 一方は、第一王都軍——5万。

 もう一方は、第二王都軍——3万5千。

 海のように連なる槍の穂先。

 風に揺れる旗。

 生のエネルギーを感じる。生きた軍隊であることが分かる。だが同時に、第一王都軍には何かがおかしかった。

 タイレルは愛馬タイカンの背から、対峙する軍勢を見据えていた。

「……妙だな」

 隣で、ガルマンが頷く。

「はい。あの整列——(とき)の声が無い」

 第一王都軍は、ぴたりと動かない。

 ただ前方を見つめ、武器を構えたまま、獅子の軍旗が風に揺れている。

 よく見ると、鎧の隙間から赤い花弁がこぼれ落ちている兵もいる。

 肩口、首元、兜の縁——そこかしこに、見覚えのある赤い花びらが貼りついていた。そして、陣形の周りに薄く赤色の靄がかかっているようにも見える。


(あの花は第二王都でも見かけたことがある。)


 ガルマンが馬上で巻物を広げ、手短に指示を飛ばした。

「こちらは三万五千、向こうは五万。だが見た所、向こうの兵の多くは残念ながら寄生されているといって良いでしょう。

恐らく、自ら思考する事が出来ず、ただ剣を振り回して向かってくるだけでしょう。

しかしわが軍はあの事件でセツナのオーラにより力が底上げされた者も多い。

今は彼らのほとんどは無自覚ですが、先ほどセツナに確認すると、我が兵の大多数にレベルの変調がみられたとの事です。」


(殿下の兄の兵をなぶり殺しにしたくはないが……やむなしか)タイレルは拳をぎゅっと握った。


 セツナは目の前の人の数字を、半ば反射的に見てしまう。

(こっちの兵士たち……前よりレベルが上がってる)


見た瞬間、対象人物の頭上の数字が変わるのだ。 白い数字から緑の数字へ。恐らく白い数字は過去の、緑は現在の、という事なのだろう。


さすがに3万人の人間の数字を一度に見ると、目がチカチカするので、セツナは見るのをやめた。

しかし一方では自分の中の“緑のオーラ”が、何かを世界に流し込んでいるような、妙な予感もした。


「全軍、前進!」


 タイレルの号令が響く。

 第二王都軍がじわりと進み出すと、それに呼応するように、第一王都軍も一斉に動き始めた。


 砂塵が舞い、蹄の音が平原を震わせる。第二王都軍のサラマンダーの軍旗がはためく。

 やがて、槍と剣がぶつかり合う金属音が、朝の空気を切り裂いた。


 数では劣るはずの第二王都軍だったが、戦況は圧倒していた。第一王都軍の兵の中にはまともな者も多数いたが、明らかに寄生されている兵は、ただ剣を振り回して向かってくるだけだったので、簡単に切り伏せる事が出来た。」


しかし、幹部、隊長クラスの兵士はけた違いに強い。それぞれに一騎当千といってもいい。


 ガルマンは馬上から戦況を冷静に見つめた。


(やはり一筋縄ではいかんか)


 彼は次々と旗印に合図を送り、部隊を再編していく。

 第一王都軍の陣形の綻びを見つけては、そこに楔を打ち込むように部隊を差し向けた。


「右翼、三列目を一歩下げ。——そこに斜めから槍隊を当てる。

 いい、焦るな。数で負けていることを忘れるな。冷静に行け。」


 的確な指示に従い、第二王都軍はじりじりと押し込んでいく。


 やがて、第一王都軍の一部隊が崩れた。

「崩れた ダイネ! あそこから突破して陣を分断しろ!」


「へいへい! やりますよ! ガルマンちゃん!」


ガルマンは表情を変えずダイネを見た。


「ったく 冗談の通じない男だね。 っしゃあ!! 野郎ども、行くぞ! ついてこい!!」


――


一方、第一王都軍の幹部たちにも焦りが見え始める。


「おい、なんだこいつら、なんか強くないか?」


騎馬隊長オルテガが、兵士の件を払いながら言った。


「さっきから思ってたよ、一般兵が俺のハンマーを受けやがった!!」


重装騎兵隊長ドズールはそう言って冷や汗をかいた。


怒号が飛び交い、平原はまさに戦場の渦と化す。


 砂煙の向こうで、赤い花弁がひらひらと舞い、血と混じって地に散っていった。


 そして——劣勢に立たされた第一王都軍は、ついに動いた。

 敵陣の奥から、一団が抜け出していく。


 銀の鎧に身を包んだ大柄な獣人、第一帝都総大将ファルニールだ。その隣には副将ホワイトの姿。

 精鋭五千を引き連れ、第二王都軍の側面を大きく迂回している。


「遠回りして、第二王都を直接突くつもりか……!」

 ガルマンの声に、タイレルは口の端を吊り上げた。


「―—面白い」


 黒馬タイカンが、前脚を高く上げて嘶く。

「中陣はガルマンの指揮に任せる。 俺は……フィルニールと話をつけてくる」


 タイレルの瞳に、獣じみた赤い光が宿り、タイレルは単騎、砂埃をあげながら駆けて行った。


 ***


 マーメイドの旗印がはためく。

ダーヌ平原の端、草原が低い丘になっている場所で、フィルニール率いる五千の騎兵が疾走していた。


「第二王都へ抜ける。ここで時間を食うわけにはいかん」


 フィルニールは、かつての部下を、鼻で笑うように思い出した。


(タイレル……あの腑抜けた元将軍は、今ごろ前線で足でもすくっているか)


 左遷され、僻地で奴隷管理などという仕事に回された男。

 それが、再び前線に呼ばれたと聞いたとき、フィルニールは心底笑った。


「ククク…戦場での勘も腕も、とうの昔に鈍っておろうに。よほど人材難とみえる」

 そう言いかけた瞬間——彼の前に、巨大な影が立ちはだかった。


 漆黒の馬。

 全身を覆うような筋肉と毛並み、燃えるような目。

 その背にまたがる男は、重たい獣皮のマントをひるがえし、静かにフィルニールを見据えていた。


「……久しいな、フィルニール」


 タイレルだった。

 フィルニールは、ほんの一瞬、その姿に言葉を失った。


 だがすぐに、不敵な笑みを浮かべる。

「よくも顔を出せたものだな、負け犬が」


 かつて、自分よりも弱く、下に見ていた男。

 その男が今、自分の行く手を塞いでいる。


「道を開けろ。貴様に構っている暇はない」


「そうだろうな」


 タイレルは静かに答えた。


「だが、ここを通すわけにはいかん。——第二王都を守るのが、今の俺の仕事だからな」


 フィルニールは舌打ちし、剣を抜いた。


「昔を思い出すな。訓練場で何度も叩き伏せてやったあの日々を」


「……そうだったな」


 タイレルは、かすかに笑った。


「昔は、な」

 空気が変わった。

 セツナは遠くからその瞬間を見ていた。


 何か、目に見えない“圧”が、タイレルの周囲から立ち上る。


(……え?)


 思わず視界の端にステータスが浮かび上がる。

 タイレルのレベルが——一瞬、ありえない数字を示した。

(500……?)

 

 瞬きのあいだに、その数値は元の200台へと戻る。

(いまのは……見間違い?)


 セツナは首を振り、目を擦った。


 丘の上で、タイレルが鉾を一振りした。

 その一閃に合わせて、地面が震える。


「なっ——!」


 フィルニールの乗る馬が、突然怯えたようにいななき、後ろ足を滑らせた。

 フィルニールは体勢を崩し、そのまま地面に投げ出される。


「なんだ?今のは」


尻もちをついた状態のファルニールは汗をかいている。


しかし、さすがに将軍すぐに体勢を立て直し、剣をかまえ、正眼でタイレルを見据える。


タイレルも、巨大な馬タイカンからゆっくりと降り、フィルニ―ルと向き合った。


「少しはやるようになったようだな? タイレルよ」


「試してみろよ フィルニ―ル」


「そのつもりだ。行くぞ! ソニックブレード!」


フィルニ―ルの剣が青白く光り出し、とてつもない速さで空を切った。

高速の光の刃となり、タイレルに向かっていく。


しかしタイレルは一歩も動かない。

光の刃がタイレルに当たる瞬間、タイレルは覇気を放出した。


「はっ!!」


するとフィルニ―ルの放った光の刃は空中に溶けるように消えた。


「何!?」


フィルニ―ルは一瞬驚いたが、すぐさま切り替え、怒涛の連撃ラッシュを繰り出した。

それに涼しい顔で対応するタイレル。


「み…見えない」


見守る兵士たちもけた違いの戦いに息をのむ。


「クッ…当たらない…かすりもしない…こいつ…」

徐々に焦りが見えるフィルニ―ル。


次の瞬間、タイレルの巨大な鉾の刃がフィルニ―ルの目の前に振り下ろされた。

あわてて剣でさばくフィルニ―ル。


「?!!」


 次の瞬間には、タイレルの姿が、彼の背後にあった。

 誰も、その動きを見ていない。

 ただ“気づいたらそこにいた”。


 冷たい刃が、フィルニールの首筋にそっと触れる。


「……動くな」


 タイレルの声は静かだった。

 だが、その静けさが何よりも恐ろしい。


 周囲を取り囲んでいた第一王都軍の騎兵たちが、一斉に息を呑む。

 副将ホワイトが手綱を引き、目を見開いた。


「フィ、フィルニール様……!」


 五千騎の動きが止まる。


 誰一人として言葉を発せず、誰一人として前へ踏み出せなかった。


 たった一人の男と、一頭の黒馬が——

 五千の軍勢の進撃を、完全に止めていた。


 タイレルはフィルニールの耳元で、低く囁く。

「——昔の借りは、ここで帳消しだ。

 生きたいなら、剣を捨てろ」


 フィルニールは歯噛みし、やがて剣を地に落とした。

 その刃が土に刺さる乾いた音は、

 五千の騎兵にとって、“後退”の合図に聞こえた。


 ***


 一方その頃、第二王都軍本隊は、ガルマンの指揮のもと第一王都軍本隊を押し返していた。

 だが、ここで追い詰めることが目的ではない。


 本当の戦いは、これから続く“王都奪還戦”なのだから。


「ここで深入りは不要です。兵を整え、第一王都方面に戦力を振り分けましょう」

 ガルマンの指示に従い、軍は再編される。


 騎馬隊長レイチェルと遊撃部隊長ジンを先頭に、約千の騎兵が第一王都へ向けて抜けていく。その一団の先頭、レイチェルの前には、小さな影が乗っていた。


 セツナだ。


 彼はレイチェルの馬の(たてがみ)を握って、遠ざかる戦場と、近づきつつある“次の地獄”を、交互に見ていた。


(緑のオーラ……ちゃんと出せるだろうか)


 今までは無我夢中だった。

 あれは偶然だったのか、それとも自分の意思で扱えるものなのか。

 分からないことだらけだ。


 背中越しに伝わるセツナの強張りを、レイチェルは感じ取っていた。

 だが、どう声をかけていいか分からない。

 この小さき存在は、まだ年端もいかない。

 それなのに、王都奪還という大戦の鍵を握っている。


 慰めでも、期待でもない言葉を探しあぐねて、結局、レイチェルは何も言わなかった。


 ただ、ほんの少しだけ、手綱を握る手に力を込める。


 やがて、地平線の向こうに、第一王都レフェルザリアの城壁が見え始めた。

 白い石造りの壁は、ところどころ黒く汚れ、崩れ、

 その上を覆うように、淡いピンク色の靄が漂っている。

 近づくほどに、街全体が霞んでいくようだった。


「……あれが……」

 セツナの喉が鳴る。


 レイチェルは馬を少しだけ止め、後ろを振り返らずに声を上げた。

「皆の者、聞け!」


 騎兵たちの視線が一斉に集まる。

「この先は、赤い花の瘴気が充満している。吸い込めば精神に異常をきたす恐れがある。——各々、吸い込まぬよう対策をせよ!」


 兵たちは慌てて布を取り出し、顔の下半分を覆い始めた。

 マフラーや包帯、予備の布切れ——何でもいい。


 レイチェルも自分の口元を布で覆い、前に抱えるセツナにもマフラーを引き上げてやる。

「目もなるべく細めていろ、セツナ殿」

「……うん」

 セツナは小さく頷き、布の内側で息を詰めた。


 彼らはゆっくりと、ピンクの靄に包まれた王都へと足を踏み入れていく。


 そこで待っているものが、まだ誰にも分からないまま——。



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