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【5部開始】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者:
6章 新たな展開

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68.5話 久しぶりに教会に戻って(エレナ視点)

 約五か月ぶりに、わたくしたちは首都に戻ってきましたわ。

 城門をくぐった瞬間、耳の奥がほっとほどける。

 人の声が、笑い声が、馬車の車輪が石畳を叩く音が、一気に押し寄せてくる。

 露店から漂う焼きたてのパンの香り、香草の匂い、汗と革と混じった街の熱気が、鼻腔をくすぐる。

 空気そのものが生きているみたいで、胸の奥がじんわり温かくなった。

 人が人らしく、当たり前に暮らしているだけなのに、それがこんなにも愛おしいなんて。


 五か月の旅で忘れかけていた「日常」の匂いが、優しく体に染み込んでくる。


「おれはいったんギルドに顔を出すがエレナはどうする?」


 首都に着いてすぐ、シビさんがそう言いだした。

 てっきり一緒に教会へ向かうものだと思っていましたから、少し驚いてしまいましたわ。

 シビさんの声が、いつもより少し掠れていて、疲れが残っているのがわかる。

 でも、瞳はまっすぐ前を向いている。

 バステルのギルドマスターには、かなりお世話になりました。

 手引きをしてくださったリリアさんにお礼を言いに行くのかもしれませんわね。

 シビさんは、きっとまた何か「目的」を抱えて動こうとしている。

 わたくしは、そっと息を吐いて、微笑んだ。


 だとしたら、わたくしは先に教会へ戻って、司祭様にお取次ぎの準備をしておかないといけませんわね。

 司祭様へ帰還の報告。

 そして、シビさんがお話ししたい時に、すぐ繋げるように伝えておくこと。


 それに、毎日アウリス様へ祈ってはいましたけれど、首都の教会で祈れない日がこんなに続いたのは初めてで、胸の奥が少し恋しくなっていました。


 神殿の静かな香り、石の冷たさ、ステンドグラスから差し込む柔らかな光……。

 それらが、わたくしの心の拠り所だったんですの。


「わたくしはいったん教会に戻って司祭様に報告もありますので」


「そうか司祭様にはよろしく言っておいてくれ。また後でな」


「はい、明日で宿の方にお伺いしますわ」


 そう答えたのに、シビさんはまた難しい顔をしていました。

 いつも思います。

 かわいい顔立ちなのに、行動が妙に男性っぽい。

 お話しすると取っつきやすくて、すごくいい人なのに、それで損をしている気がしますわ。

 銀髪が風に揺れて、瞳に少しだけ疲れが浮かんでいるのが見えて、心配ですわね。


 人波を縫うように、わたくしは教会へ向かいました。

 露店の呼び声が背中に当たり、子どもが走り抜け、誰かが笑いながら肩をぶつけていく。

 そういう喧騒さえ、今日は優しくほほえましい限りですわね。

 足取りが自然と早くなる。


 教会の尖塔が見えた瞬間、胸の奥がすっと整いました。

 石の壁はいつもどおりで、入り口の前は静かで、香の匂いが薄く漂っている。

 わたくしは司祭様の部屋の前に立ち、息をひとつ整えてからノックをしました。

 扉の木目が指先に冷たく触れ、心が少しだけ落ち着くのを感じましたわ。


「エレナです。戻りました」


「おはいりなさい」


 扉を開けると、部屋の空気は変わらず落ち着いていた。

 机の上の書類が静かに積まれ、棚の書物が整然と並び、窓から差し込む柔らかな光が石の床に淡い影を落としている。

 香炉から立ち上る薄い煙が、かすかに甘い香りを漂わせ、肺に優しく染み込んでくる。


 司祭様は椅子に座ったまま、目を細めてこちらを見た。

 その瞳に、穏やかさと、どこか探るような光が混ざっている。


「お久しぶりです司祭様」


「元気そうで何より、城塞の中はどうじゃった」



 その声を聞いた途端、張っていたものが少し緩む。

 肩の力が抜け、胸の奥がほっと息をついた。

 わたくしは頷き、できるだけ詳しく、知っていること、体験したことを順に話した。

 あの時の空気。怖かったことも、助かったことも全てを。

 言葉を紡ぐたび、喉の奥が少し熱くなり、息が浅くなる。

 司祭様は黙って聞いてくださって、途中で小さく頷く。

 その静かな視線が、わたくしの言葉を一つ一つ受け止めてくれているのが伝わってくる。


「なるほど、それでシビはどうしていますか?」


「はい、いったんギルドの方に向かいましたわ。きっと今回手引きしていただいたのでお礼もかねて挨拶に行ったと思います」


 司祭様の視線が、すっと鋭くなった気がした。

 瞳の奥に、わずかな影が差す。

 部屋の空気が、ほんの少しだけ重くなる。


「聞き直しましょう。エレナはシビをどう見てますか?」


「どうとは?」


「信用できる人だとはわしも思うが、いささか不思議なところもあるのでな」


 その言葉に、胸の奥が少しざわついた。

 わたくしは息を軽く吸い、司祭様の瞳を見つめ返す。


「不思議な方とは思いますが?」


「戦士にして魔術師でもあり盗賊でもある。そんな人物はこの世界には聞いたことがない。もちろん初歩的な事なら冒険中に覚えたかもしれないが、奥義と呼ばれる数々の技や術を使える人はおらぬよ」


 それは、わたくしも感じていたことだった。

 わたくし自身はまだ未熟で、アウリス様の奇跡の術を全部は使えません。

 なのにシビさんは、必要な場面で必要な力を、迷いなく引き出してしまう。

 司祭様の言葉が、そのざわつきをはっきり形にしてくれたみたいでしたわ。


「次に」


 まだありますの?

 思わず背筋が伸びる。

 司祭様の言葉が、部屋の静かな空気にゆっくりと染み込んでくる。

 わたくしは息を軽く吸い、胸の鼓動を抑えようとした。


「わしは、エレナが連れてくるまであやつの事を全く知らなかった」


「それはあの時が、初対面ですので当然ですわよね」


「そんな凄腕の冒険者だったら噂ぐらい聞くはずじゃ。現に隣国の有名な冒険者は顔は知らぬとも名前や風貌は聞き及んでおる。そういううわさが全く無いのじゃ」


 言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 強い人ほど、どこかで名前が出る。誰かの自慢話に混ざる。酒場の噂になる。

 それがない。

 わたくしの胸の奥で、何かが小さくざわついた。


「司祭様は何をおっしゃりたいですの?」


 司祭様は、息をつくように言った。

 その息が、部屋の空気をわずかに動かす。

 燭台の炎が小さく揺れて、影が司祭様の顔に落ちる。


「一人にするのが危険じゃと言っておる。いい意味でも悪い意味でもな」


 胸が熱くなる。

 わたくしの中で、反射みたいに言葉が飛び出した。


「司祭様は、シビさんが何かよからぬことを考えているとおっしゃいますか?」


 思った以上に大きな声になってしまった。

 自分でも驚いて、唇を噛む。

 頬が熱くなり、耳まで赤くなっているのがわかる。


「冷静になりなさいエレナよ。わしは危惧はしておらぬよ。ただ周囲の目が何というかじゃ」


「周囲ですか?」


「そなたもそうじゃが、あの町から五体満足返ってきたということは目立つという事じゃ。それがどのようになるかは、万能であらせられる、神ではないわしにはわからぬよ」


 その言葉は、責めているのではなく、ただ現実を教えてくれているのだと分かった。

 分かったのに、胸の奥が少し冷える。

 目立つ。

 戻ったことそのものが、誰かの興味を呼ぶ。

 そして興味は、善いものだけじゃない。

 わたくしの指が、錫杖を握る力が強くなる。

 司祭様の視線が、静かにわたくしを包む。

 

「何かあったら連絡はしなさい。何ができるかはわからないが、アドバイスぐらいはできよう」


「はい」


 話を終えたわたくしは、祈りの間へ向かった。

 扉を開けると、静けさが降りてくる。

 足音が吸い込まれていき、石の床に響くはずの音が、ふっと消えてしまう。

 香の匂いが、甘く優しく鼻腔をくすぐり、心の角を丸くしていく。

 薄暗い祈りの間は、いつもより深く、穏やかだった。


 ステンドグラスから漏れる淡い光が、床に細長い色を落とし、埃の粒子さえゆっくりと舞っている。

 跪き、手を組む。

 指先が少し冷たい。


 アウリス様。

 どうか、明日も無事でありますように。

 シビさんが余計なことで傷つかないように。

 わたくしが、できることを見失わないように。

 祈りを捧げるたび、胸の奥が温かくなり、同時に少しだけ締めつけられる。


 シビさんの難しい顔が、頭に浮かぶ。

 あの銀髪が揺れる姿、掠れた声、疲れた瞳……。

 守りたいのに、守りきれないもどかしさが、祈りの言葉に混ざる。

 祈りを終えたあと、教会でのいつもの日課をこなした。


 体を動かして、手を洗って、整えていくうちに、ようやく呼吸が落ち着いてくる。

 冷たい水が指先に触れるたび、ざわついていた心が少しずつ静まっていく。

 窓の外から、首都の灯りが遠くに瞬いている。

 街の喧騒が、ここまでかすかに聞こえてくる。


 久しぶりの自分自身の部屋は、旅立った時から何も変わってないのに、なぜかわたくし自身少し変わった気がする。

 すべての人が安心して暮らせるよになりますようにと思いながら、ゆっくり休んだ。

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