48話 炎の民のアジト
ギルドマスターから今回の報酬の宝石をもらった瞬間、俺はほんの少しだけ肩の力が抜けた。
赤く輝くルビーのような石が、手のひらの上でずっしりとした重みを主張している。
金貨千枚相当だと言われたが、実際に触ってみると、それ以上の価値があるように思えた。ただの金属の重さとは違う、どこか密度の高い感触だ。多分、十カラット以上はあるダイヤだろう。
当たり前だが、生前でもこんな大きなダイヤを手にしたことはなかった。
ギルドマスターは相変わらずニヤニヤしながら、
「これでまた大金を使ってくれるな」などと余計なことを言ってきたが、俺は聞かなかったことにして宝石を革袋にしまった。
そのまま、この店で足りないものを一通り揃えてもらう。ポーションの補充、干し肉と干し果物、包帯、簡易の地図。それから予備の矢と短剣。
少し割高ではあったが、見知らぬ店でぼったくられたり、質の悪い物を掴まされるよりはずっといい。信頼できる場所で揃えるに越したことはない。
店を出るとき、マスターは「またよろしくな」と笑っていたが、「次はもう少し安くしろ」と返して、その場を後にした。
イヴァンの案内で俺たちは炎の民のアジトに向かっていた。
俺たちは、荒れ地と森林の境目にある岩山へと向かった。周囲を見渡しても、そこには本当に何もない。
岩とまばらな草が生えた斜面が続き、風が吹き抜けるたびに、ひゅう、と寂しい音を立てるだけの場所だ。普通なら、誰も足を止めようとは思わないだろう。
イヴァンは迷いなく岩壁の前に立つと、拳で三回、一定のリズムで叩いた。
コツ、コツ、コツ。
一瞬、空気が震え、魔力の流れを感じた。次の瞬間、地面が低い唸り声を上げ、足元がゆっくりと沈み始める。
岩肌が音を立てて裂け、内部から四角い空間が姿を現した。そこには、石で作られたプラットフォームがあった。俺たちは進められるようにその上に乗った。イヴァンが床を踏むと静かに、しかし確実に、下へと降りていった。
俺は、別の意味で驚いていた。これは……どう見ても、エレベーターだ。もちろん、前世で知っていたものとは仕組みも構造も違うのだろう。だが、動力を魔力に置き換えただけの、立派な昇降装置だった。
壁に刻まれた古いルーンが淡く光り、一定の速度で下降していく。空気は次第に冷たくなり、地下特有の湿った匂いが鼻を突いた。
イヴァンがこちらを見て、少し首をかしげる。
「どうしたんだ?」
「たいていの奴は、エレナみたいに驚くんだが……ずいぶん落ち着いてるな」
「これは……魔法ですの?」
エレナは目を丸くし、プラットフォームの縁をぎゅっと握りしめていた。
「ああ、ある意味では驚いてるさ。ただ、よく似たものを知ってるからな」
そう答えながら、俺は前世の記憶を思い浮かべて苦笑した。エレベーターなんて、毎日のように乗っていた。この世界では珍しいらしいが、俺にとっては懐かしい光景ですらある。
やがて魔道エレベーターは静かに停止し、通路が開いた。その先には、想像以上に広い地下空間が広がっていた。
石造りの通路には松明の火が等間隔に揺れ、壁には炎を模した紋章が刻まれ、赤い光が淡く周囲を照らしている。
イヴァンが中に足を踏み入れた瞬間、ざわりと空気が動いた。すぐに人の輪ができ、歓声と拍手が一斉に響く。
「イヴァンだ!」
「戻ったぞ!」
次々と声が上がり、男も女も彼のもとへ駆け寄っていく。さすが幹部だけあって、ここでは完全に人気者らしい。人の輪が割れ、その中心に立つ人物を見て、俺は思わず足を止めた。真っ赤に燃えるような赤髪をした女戦士が、腕を組んでこちらを見ていた。背は高く、鍛え抜かれた筋肉質の体つき。それでいて女性らしい曲線も失われておらず、立ち姿には無駄がない。革の胸当てと肩当ては使い込まれており、腰には短剣が二本。一目で、ただ者ではないと分かる。
その少し後ろには、いかにもテンプレと言いたくなる魔導士が控えていた。黒いローブにフードを被り、表情は影に隠れてよく見えないが、視線だけはこちらを鋭く観察している。
「よく戻ったな、イヴァン」
赤髪の女戦士が低く、よく通る声で言った。イヴァンは肩をすくめて笑う。
「ああ。面倒をかけた」
声は低いが、そこには確かな優しさが滲んでいた。
「まったくだ。こちらの二人に助けられた。どうやら外から来たみたいだ」
その言葉が出た瞬間、周囲の空気が一変した。さっきまでのざわめきが消え、目に見えない緊張が走る。
人の輪の奥から、赤髪の女戦士が一歩前に出る。鋭い視線で、俺たちを値踏みするように見つめてきた。
「大丈夫だ」
イヴァンがすぐに続ける。
「ギルドの依頼で動いたみたいだ。それに、俺たちから情報も欲しいらしい」
俺は一歩前に出て、静かに名乗った。
「シビ・アヤだ。こちらは僧侶のエレナ。ギルドの依頼でイヴァンを助けた」
赤髪の女戦士は、しばらく黙ったまま俺たちを見つめていた。その視線は鋭いが、敵意だけではない。やがて、ゆっくりと頷いた。
「私はヒルディカ。ヒルダと呼ばれている」
そう名乗ってから、少しだけ口元を緩めた。
「だが、依頼の報酬はきちんともらっただろう?」
「あぁ。ギルドから、あんたたちなら何か知っているかもしれないと聞いてな」
俺は正直に答える。
「コネを作りたくて、イヴァンを助けた」
その場が一瞬、静まった。だがヒルダは肩をすくめ、鼻で笑う。
「どんな理由があろうと、助けてくれたことには感謝してるさ」
「話ね。報酬金の催促だったら困るけどね」
俺も軽く笑って首を振る。
「金欲しさで、この城壁の中を旅する物好きなんていないさ」
「違いないな」
その一言で、張り詰めていた空気がほどけた。周囲から笑い声が上がり、場の雰囲気が一気に和らぐ。
どうやら、俺たちは歓迎されたらしい。そのまま流れるように準備が進み、即席の宴会のような形になった。
酒が配られ、肉が焼かれ、笑い声が地下空間に響く。話を聞くと、イヴァンを助けに行くこと自体、内部ではかなり反対があったらしい。危険すぎる、無謀だと。一時はヒルダに抗議が集中したという話まで出てきた。
それでも裏では、もしもの時のために動く準備は整えていたらしい。誰もが口には出さないが、仲間を見捨てる気はなかったのだ。
「本当にありがとうな。イヴァンは、俺たちの大事な仲間だ」
「ああ。助けられてよかった」
短いやり取りだったが、それで十分だった。ヒルダの赤い髪が、松明の火を受けてゆらりと揺れる。
「細かい話は後だ! 今日は飲め!」
ヒルダの合図に、地下空間の奥から酒樽が運び出され、長いテーブルの上に次々と料理が並べられていく。
焼いた肉の香ばしい匂い、香辛料の効いた煮込み、素朴だが量だけは豪快な料理ばかりだ。
杯が配られ、酒が注がれると、宴は一気に始まった。
笑い声、怒鳴り声、歌声が混じり合い、地下とは思えないほどの熱気に包まれる。
エレナは最初こそ戸惑っていたが、いつの間にか同年代の女性たちに囲まれ、楽しそうに話していた。
イヴァンは何度も酒を注がれ、そのたびに豪快に飲み干している。
俺も勧められるまま杯を受け取り、流れに身を任せた。久しぶりに、何も考えずに飲む酒だった。
夜も更け、さすがに疲れが出始めたころ、誰かが「今日はここまでだな」と声を上げた。
「込み入った話は明日だ」
その言葉に、皆が納得したように頷く。
こうして俺たちの一日は、賑やかな宴の余韻を残したまま、静かに終わった。
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