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【2部連載中】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者:
3章 解放

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46話 完全なる敗北

 俺はもう、動けなかった。右腕は貫かれて、感覚が完全に消えてる。

左手でミスリルソードは握ってる。けど、振り上げる力が残ってない。

体の内側が、じわじわ冷えていく。重い。鉛みたいに重い。


 血が地面に落ちていく音だけが、やけに近く感じる。視界は赤くにじんで、輪郭がぼやけたまま戻らない。息は浅くなって、吸うたびに肺が焼けるみたいに痛くて、うまく酸素が入ってこなかった。


 砂が血を吸って、地面は、赤黒く染まっていった。

その色が広がっていくのを見て、俺は理解する。


 死ぬのか。胸の奥が、すっと静かになった。最後に浮かんだのは、エレナの顔だった。


 エレナ。悲しむと思うけど、復讐なんかに走らないでくれ。鈴の聖女(クラリス・アウレア)とか言われてるのに、復讐なんて似合わなすぎる。絶対に似合わないし、つらすぎるから。


 それにしても、生前は最悪だった。こっちの世界に来てからも戦ってばかりだったけど、思い返せばいいことばかりだった気がする。


 少なくとも、あの頃みたいに、ただ生存している毎日じゃなかった。記憶でしかないがアヤの記憶やPTメンバー、メイティアの村のあり様だった。


 そしてその後は、エレナのことばかりだった。本当に、なんでこんなにって思うぐらい浮かぶ。怒った顔も、困った顔も、祈ってる横顔も、俺に向けてくる笑顔も、手を伸ばしてくる癖も、全部が妙にくっきり浮かんできた。


 まだ出会ってそんなに時間経ってないのに、連れ添いみたいな感じだな。

俺の方が勝手にそう思い込んでるだけかもしれないけど、それでも、胸の奥が静かになる。


 誰かを思いながら死ぬのはある意味幸せなことかもしれない。けど、ここで終わってやるほど、俺は大人じゃない。


 諦めるのも大人だというやつが、いるがそんなのはただの逃げだ。動けるうちはあきらめずに、みっともなくてもいいから、足掻いてみせる。


 俺は最後の気力を振り絞り、呪文の準備だけはした。指先ひとつ動かすのも重いのに、頭の中で術式だけを必死に組み上げる。


 魔力は底をつきかけているのがわかる。身体の芯が空っぽになっていく感覚が、やけに生々しい。


 呪文の使い過ぎで雷鳴の裁き(サンダーボルト)を使用してから頭痛の方もひどくなっていた。こめかみの奥が、針で突かれるみたいに脈打っていた。それでも、何もせずに終わるのだけは嫌だった。


 何か……何か一つでも、奴に傷をつけたい。せめて最後に、ただの人間だと侮っているお前に消えない傷をつけたいと思った。


 龍角の大剣が、俺を狙って落ちてくる。その瞬間だった。


 シュッ。


 漆黒の風が、奴の左から一陣、滑り込んだ。次の瞬間、奴の身体が割れたみたいに血が噴き出した。赤黒い血が弧を描いて飛び散り、奴の体が一歩、よろめいた。


 俺は立ち尽くした。理解が追いつかない。目の前の現実が、現実に見えない。何がおきた?


 そして次の瞬間、俺の体が持ち上げられた。


 俵みたいに肩に担がれて、無造作に運ばれる。暴れる力なんて、もう残ってない。俺はただ、さっきの一瞬を、頭の中で何度も巻き戻すしかなかった。


 あれは間違いない。闇夜の断罪(ヴェイル・リッパー)だ。


 俺の闇夜の断罪ヴェイル・リッパーとは、比べ物にならないものだった。最高のタイミングで気配を完全に断ち、影を纏い、一撃で急所を貫く。誰も感知できなかったはずだ。龍角ですら、当たった瞬間に何が起きたか分からなかっただろう。


 それから担がれたまま、街から離れ、木の根元の暗がりに、俺は放り捨てられた。


 地面を転がって、痛みが回復して生きている実感が戻ってきた。


 俺はゆっくり顔を上げて、担いでいた奴の顔を見る。予想通りだった。あんなことができる奴は俺は一人しか知らないからだ。もしイヴァンの仲間だったらもっと早く出てくるはずだからだ。


「カイン、なぜ俺を助けた?」


 黒い装束。仮面の奥から、冷たい視線で俺を見つめていた。


「お前は俺の獲物だからだ。だが次は助けん」


「礼だけは言っておく」


「不必要だ」


「まさか助けられるとは思ってなかった」


 俺は地面に横たわって、息を整える。喉の奥が鉄の味で満ちていく。


「あぁ……あと一時間くらいしたら、普通に動けるだろう」


 独り言みたいに吐いた、その時。


「器用な奴だ」


声が、耳のすぐ近くで響いた。


「ん?」


「その状態でまだ呪文が使えるなんてな」


「あぁ。さすがに無防備で捨てられたら、どうなるか分からんからな」


俺は苦笑した。


「駄賃に、その呪文を聞いてもいいか」


「知らないのか。精霊魔法の一種で、擬態の呪文だ。ポピュラーじゃないから、使う奴は少ないらしい」


「あとは、どうにでもなるだろう。俺は行く」


 そう言い残して、カインは影に溶けるように消えた。まるでは最初から、そこにいなかったみたいにいなくなっていた。



 俺は動ける迄今回の反省をした。生きているから反省をして次に生かせる。


 まずは、あれが完全なる闇夜の断罪(ヴェイル・リッパー)。なんだろう。移動の速さなら、たぶん俺の方が上だ。でも、気配断ちと一撃の鋭さは、段違いだった。あの時なぜ負けたのか、完全に頭ではなくやっと実感した。


 闇夜の断罪(ヴェイル・リッパー)は、盗賊の基礎を同時に重ねるのが根本だ。

忍び足、気配断ち、影走り。そこへ急所の一撃、闇夜の一撃(ヴェイル・ストライク)を叩き込む。全部を同時に連動させるのがこの技だった。


 龍角のことも、少しわかった。

種族までは断定できない。でも、竜の魔力と竜の体力を、人の形に押し込めたみたいな魔物だ。

高位の龍が人型になったら、きっとああいう圧になるんだろう。

肌で感じる魔力が違う。対峙しているだけで威圧感を覚えたほどだった。


 俺なら、中位クラスのドラゴンくらいなら倒せると思う。

でも高位は違う。あれは、倒す以前に、戦い方そのものを変えないといけない相手だった。


 逃げられなかったのも事実だ。

多対一の時、何度も逃げの準備はしてた。足の向きも、間合いも、頭の中では何回も作ってた。

でもあいつ(龍角)の視線を感じた瞬間、逃げられないと本能が訴えていた。


 背中を向けたら終わる。そう体が勝手に理解して、結局ずるずる引きずられた。

気づけば、最初から最後まで、あいつ(龍角)のテーブルの上で戦わされてた。

不利な場所で、不利な条件のまま、逃げ道だけ削られていく。

そりゃ負ける。負けるのが自然だ。


 ふと、どこかで読んだ言葉が頭をよぎった。

戦略を無視して、戦術でどうにかしようとするのは愚の骨頂だったかな。たしか、そんな感じだった。


 行き当たりばったりで何とかしようとしていた俺は、戦術レベルだったんだろう。

目の前の一手で精一杯で、勝ち筋じゃなくて、生き残り方しか見てなかった。

対してあいつ(龍角)は戦略レベルで動いてた。

圧倒的多数の魔物を率いて、俺を削って、疲れさせて、焦らせて。最後に一対一を作って、そこで勝つ。

最初から、そこに着地する流れだったんだ。


 町で見ていた人間たちは、希望を感じたはずだ。

圧倒的多数の敵を、一人で、しかも若い女が押し返していく。

無双って言葉が似合うくらい、俺は暴れてた。

敵の大将にも大きな痛手を負わせた。あと少しで届く、そう思わせた。

そういう演出をさせられた。


 一対一になった瞬間、ひっくり返った。

実力差で、俺は叩き潰された。あそこにいた人間たちも、天国から地獄に落とされた気分だっただろう。

さっきまで上がってた歓声が、喉の奥で凍る。そんな空気が見えるようだった。


 イヴァンを俺は確かに助けた。結果として俺は生き残った。

でも、それで終わりじゃない。あいつ(龍角)の目的は、たぶん達成された。


 最初の狙いは、反乱軍の幹部でもあるイヴァンを公開処刑して見せること。

逆らっても無駄だって、街の人間に叩き込むこと。

希望を持つ心を折って、隷属をもっと深くするための見せしめ。

たぶん、そういう算段だった。


 俺の敗北で成し遂げた。救ったはずなのに、勝負としては負けた。完全に俺の完敗だった。


 イヴァンを再度捕まえるのが不可能だと知って方向を変えてきた。それが先ほどの戦いだったと今理解できた。

俺がすべきだったのは、余裕があるうちに撹乱して逃げることだった。50体を全部倒すのではなく、退治しながら逃げる算段だったのだ。


 でも、本物を見れたのは、無駄ではなかった。このミスを次に繋げるしかない。


 俺は痛みの波が引くのを待ちながら、今回の反省をした。


 あんまり時間をかけると、エレナはもう心配してるだろう。

体はまだ重いが仕方ない。


 俺は擬態の呪文をかけてくれていた妖精パックに、低く礼を述べた。


「ありがとう、パック。助かった」


 パックは陽気に笑って小さく頷いて、光になって消えた。


 俺は飛行の呪文を唱える。低空で、ガルドのロッジへ向かった。


 待ち合わせ場所は決めてない。

街へ向かえとは言ったけど、どこかで休息は取るはずだ。

なら、一番安全なのはあのロッジだ。


 なんか……俺が帰るまで、エレナは待ってそうだな。

イヴァンには、迷惑かけてる気もする。


 飛んでいくうちに、ロッジが見えてきた。

窓から灯りが漏れて、煙突から煙が上がっている。


エレナはきっと、窓のそばで祈りながら待っていると思える。

そんな姿が、妙にはっきり浮かぶ。

早く安心させてやろう。


 俺は低空飛行を解いて、音を殺して着地した。

扉へ向かって歩く。


「ただいま」


 俺は扉を開けた。

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