45話 龍角との闘い
龍角のボスが、ゆっくりと前に進み出た。群れの残党が自然と道を開け、奴の周りに陣を作るように後退する。
マントが夜風に翻り、長い龍角が月光を浴びて冷たく光る。体は人間より一回り大きく、筋肉が鋼のように盛り上がり、腰の剣は俺のミスリルソードに匹敵する魔力を放っている。奴は立ち止まり、黄金の瞳で俺を見据えた。
「ここまでやるとは思わなかった。どうだ、俺の下で働かないか?」
俺は一瞬、耳を疑った。
「なに? どういうことだ、俺がお前の部下に?」
奴は低く笑い、腕を組んだ。
「この世は弱肉強食だ。なんだかんだ言っても人の世もそうだろう。力が強い。財力がある。巨大な軍隊を持っている。形が違えど、強者がすべてなんだよ。それを恥ずべきと思い、言葉を美しく変えてごまかしてるのは、お前たち人族だ」
「ご高説だな」
俺は表面上軽く返しながら、深呼吸を繰り返した。体力を回復させる。魔力を巡らす。奴もそれに気づいているはずだ。だが、止めてこない。むしろ、楽しんでいるような目で俺を見ている。
「俺はお前の美しさもさることながら、強さに興味を持った。ここで殺すのはもったいないとな。俺は強いやつが好きでな。そういうやつを部下に置いてる。そいつらも己の欲に忠実で、この街を運営してもらって、俺も楽させてもらってるぜ」
奴は舌なめずりをするように口元を歪めた。その視線が、俺の体を舐め回すように見やがった。俺は吐き気がした。
「そんな奴まで……」
死にたくないから従ったのか。それとも、力に屈したのか。エレナがいなくて、本当に良かったと思う。彼女がこの言葉を聞いたら、どれだけ傷つくか。こんな時までエレナの事を考えちまうのか。子供も結婚もしてないが、もし子供がいたらこう心配するのだろう。
「そろそろ多少は体力が回復したか。答えを聞こう」
「答えはこうだ」
俺は一気に間合いを詰め、闇夜の断罪を放った。影を纏い、気配を断ち、ミスリルソードに全魔力を込めて一撃必殺の斬撃を放つ。剣閃が闇を切り裂き、奴の胴を深く抉った。血が噴き、肉が裂ける感触が手に伝わる。決まった。俺はそう確信し、距離を取った。
だが、次の瞬間――奴はそのまま立っていた。傷口から血が流れているのに、表情は変わらない。ただ、わずかに眉を上げ、感心したように笑う。
「見事な一撃と言いたいが、未完成のそれでは俺は倒せんな。武器がいいから結構なダメージを食らったが……まぁ、お前もあれだけの魔物を倒して連戦だから、これでイーブンでいいか!」
奴の傷が、ゆっくりと再生し始める。黒い魔力が傷口を覆い、肉が盛り上がる。俺の息が乱れ、剣に血が滴る。 まだ、始まったばかりか。 夜の闇が、より深くなった気がした。
奴が剣を抜いた。
長大な剣身に、赤い魔力が渦巻いた。一振りで空気が震え、地面に亀裂が走る。その剣圧だけで、砂が舞い上がり、俺の銀髪を揺らす。
奴の黄金の瞳が、獲物を確実に仕留める獣のように輝く。 こいつは俺が出会った中で一番強いかもしれない。もしかしたらあのミスリルゴーレムの方が攻撃力は強いかもしれないが、根本的に、こいつが一番だ。
俺の身体が、恐怖で震えていた。足がわずかに後退しそうになるのを、必死に踏みとどまる。心臓の鼓動が耳に響き、喉が乾く。こんなにビビってる自分が情けない。だが、震えるのは恐怖だけじゃない。多分興奮も、少し混じってる。強敵と出会った時の、あの熱い感覚。生前もあった。あの試合の時の感覚を・・・だが今回は負けたら死が待っている。
俺は剣を構え直し、加速を再唱。淡い緑の光が体を包み、魔力が筋肉を強化する。体が軽くなるが、魔力の残量が心もとない。先の群れと高位の呪文を使いすぎた。だが使わなければ、数の暴力で負けていたのも事実だ。
息を整え、剣を握りしめる。銀髪が汗で張り付き、赤い瞳が奴を睨む。
奴の第一撃が来た。横薙ぎの剣閃が、真空波を伴って迫る。空気を切り裂く音が響き、地面が削られる。俺は風柳で受け流した。剣を傾けて奴の力をいなし、流れを利用して体を回転させる。反撃に裂華を放つ。四回の連続斬撃が閃き、奴の腕を浅く切り裂き、血を飛ばす。ミスリルソードの刃が赤い魔力に阻まれ、深い傷にはならなかったが、奴の表情がわずかに歪む。
だが、奴は痛みを感じていないかのように、笑みを深くする。
「いい動きだ。だが、それだけか?」
奴の尾が鞭のように振るわれ、俺の脇腹をかすめる。鱗の鋭さが服を裂き、血が滲む。毒か? いや、違う。純粋な物理ダメージだ。痛みが走り、動きが一瞬鈍る。
隙を突かれ、奴の剣が振り下ろされる。俺は金剛で防御を高め、剣で受け止めた。気力を集中して体を硬化させ、衝撃を吸収する。だが、奴の力は強大だ。剣同士がぶつかり、火花が散り、腕を震わせ膝が沈む。地面が砕け、砂煙が上がる。骨が軋むような痛みが体を貫く。
奴の翼が広がり、突風が巻き起こる。砂と風が視界を覆い、体を押し戻す。俺は水膜球で身を守り、風圧を防ぐ。水の膜が体を包み、突風を滑らせるようにいなす。奴の炎の息が、翼の突風と連動して襲いかかる。赤い火柱が迫り、空気が歪む熱波が顔を炙る。俺は膜を維持しながら、反撃の呪文を唱えた。
「雷神の怒りよ、闇の雷よ!敵を貫け――雷鳴の裁き《サンダーボルト》!」
上空に雷雲が急速に集まり、落雷が奴を直撃する。轟音が響き、奴の体が一瞬硬直した。
だが、奴は耐え、傷を再生しながら笑った。
「剣技や高位魔法。面白い存在だ!ならこちらも面白い余興をしようか!」
奴の呪文が始まった。
「闇の精霊よ、敵の目を欺け――影の幻惑!」
奴の低く響く詠唱とともに、周囲の闇が蠢いた。黒い霧のような影が地面から湧き上がり、瞬く間に五つの分身を生み出す。
どれも奴と同じ姿。龍角、マント、剣を構えた完璧な複製。五つの影が同時に動き、剣を振るい、足音を立て、息づかいまで再現して俺を取り囲む。視界が乱れ、どれが本物か一瞬で判別がつかなくなる。
空気が重く、魔力の残滓が肌を刺すように冷たかった。俺は波紋心で殺気を感知し、本体を特定した。
右から三番目、あの殺気の強さが本物だ。虚空波を放つ。剣を一閃し、真空の波が空気を切り裂いて飛ぶ。だが、斬ったのは分身だった。影が霧散し、消える。
残る四体が嘲笑うように笑い声を上げる。嘘だろ?きちんと把握したはずだ。なぜ本体ではなく分身を切った? いかん。
悩んで戦っていては、集中が切れる!次の瞬間、本体の剣が横から襲いかかってきた。俺は咄嗟に身を捻ったが、完全に避けきれず、肩を浅く切られた。ミスリルソードをかざしたはずなのに、奴の剣がそれをすり抜けるように滑り、肉を裂く熱い痛みが走った。血が飛び散り、肩から腕にかけて熱いものが伝った。
「ぐぅ……!」
痛みが体を硬直させ、一瞬動きが止まる。銀髪が血で濡れ、視界の端が赤く染まる。奴の黄金の瞳が、満足げに細まる。
再生の呪文を唱えようとするが、奴の尾が再び襲ってきた。俺は跳躍で跳び、かわす。空中から牙衝を放つが、奴の剣で弾かれる。弾かれた衝撃で体勢を崩し、着地に失敗する。
着地と同時に、奴の拳が腹にめり込む。息が詰まり、体が吹き飛ぶ。地面を転がり、砂を浴びる。内臓が震え、血の味が口に広がる。
強すぎる。
奴の剣技は洗練され、呪文のタイミングも完璧。俺の技は通用するが、奴の再生と体力が上回る。魔力が底をつき始め、スタミナが尽きかけて動きが鈍る。加速の効果が切れかけ、視界がぼやける。
奴の連続攻撃が来る。剣の連撃、尾の鞭、翼の突風、炎の息。俺は防ぎ、かわし、反撃するが、傷が増える。肩を斬られ、腕に突風が当たり、脚に尾がかすり、炎で皮膚が焦げる。血が滴り、視界が赤く染まる。体が重く、剣を振るう手が震える。
万全な状況でも勝てないかもしれないと俺の本能が訴えかけていた。
「まだ動くか。しぶといな」
奴の剣が俺の腕を貫いた。ミスリルソードで防ごうとしたが、力負けした。剣先が右腕を深く抉り、骨を裂く鈍い音が響く。激痛が電流のように全身を駆け巡り、剣を持つ手が力を失う。
ミスリルソードが地面に落ち、乾いた砂に突き刺さる音がした。
血が噴き出し、熱いものが腕から滴り落ちる。視界が急速に暗くなり、息が詰まる。膝が崩れ、俺は地面に倒れかけた。左手でミスリルソードを持ち、相手をにらみつける。腕の感覚が失われ、血の臭いが鼻を突く。奴が近づき、剣を振り上げる。
黄金の瞳が、勝利を確信した獣のように輝いている。
負けた。意識が遠のく中、エレナの顔が浮かぶ。
「いい戦いだった。さらばだ」
奴の剣が振り下ろされた。
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