43話 救出
深夜の魔物街は、昼の地獄絵図とはまた違う、静かで粘つくような闇に包まれていた。俺は影走り《ヴェイル・ラン》を駆使し、建物の屋根から屋根へ、音もなく移動する。
透明化の呪文を使い、魔力の膜が体を薄くぼやけさせる。街の灯りはまばらで、魔物たちの寝息や、時折の下卑た笑い声が遠くから聞こえてくるだけだった。空気は血と獣の臭いが残り、足元には昼間の惨劇の痕跡が乾いた血痕として残っている。
見張りは、予想通り厳重だった。ハリツケの広場周辺に、オークやゴブリンの番兵が数グループ。松明の火が揺れ、影が長く伸びる。俺は屋根の陰から観察し、巡回のタイミングを計った。
今だ!
影から影へ滑り込み、最初のゴブリン見張りの背後に回る。短剣を喉に当て、気配を完全に断つ暗殺スキルの一つ。背面一撃を使用した。ゴブリンの息の根を一瞬で止め、体を静かに下ろした。
血の臭いを最小限に抑えるため、傷口を布で押さえる。
次はオークのペア。巨体だが動きは鈍い。俺は屋根から飛び降り、着地の音を殺しながら背後に着地。ミスリルソードを逆手に持ち、首の動脈を一閃。もう一匹が気づく前に、短剣を心臓に突き刺す。重い体が倒れる音を立てないよう、俺は素早く体を受け止めて抑えた。
見張りを五人、すべて無音で片付けた頃、広場の中央が見えた。イヴァンはまだ磔のまま。意識はあるようだが、傷だらけで息が浅い。周囲に残る見張りはもういない。俺は透明化を保ったまま近づき、鎖をミスリルソードで静かに切断した。金属の音がわずかに響くが、夜の闇に飲み込まれる。
「動けるか?助けに来た」
小声で囁く。イヴァンはかすれた声で答えた。
「……何とか……だ」
男は30代後半くらいか。がっしりした体躯だが、鞭痕と切り傷で血まみれ。顔は腫れ、片目は塞がっているが、目はまだ闘志を失っていない。
俺はイヴァンの体を支え、透明化の呪文を彼にもかけた。広場を離れ、合流地点に向かう。街の外れの廃墟近くへ急いだ。
道中、巡回の魔物に二度遭遇したが、影に隠れてやり過ごした。イヴァンの足取りは重いが、何とかついてくる。血の匂いが少し漂うが、夜風に紛れて目立たない。
合流地点に着くと、エレナが廃墟の陰で待っていた。金髪をフードで隠し、緊張した顔で俺たちを見つめる。
「シビさん! 無事で……」
エレナが駆け寄り、イヴァンを支える。透明化を解除し、三人は廃墟の奥に身を隠した。
エレナはすぐに錫杖を構え、イヴァンに回復呪文を唱え始めた。
「聖癒光」
柔らかな黄金の光がイヴァンを包む。骨が折れた傷、深い切り傷、鞭痕が急速に癒えていく。腫れた顔が元に戻り、息が安定する。エレナの額に汗が浮かぶが、集中を崩さない。
「ありがとう……神官殿」
イヴァンがかすれた声で礼を言う。お互い軽い自己紹介だけはした。
「詳しいお話は後にいたしましょう。まずはここを離れた方がよろしいですわ」
エレナが優しく微笑み、イヴァンを支えながら言った。
本来であれば、瞬間移動呪文を使いたいところだ。
通常の瞬間移動なら二人までなら問題ないが、三人以上だと星移門を使わなければならない。あの呪文は魔力の流れが大きく、詠唱も長く、門の作成に時間もかかる。魔力感知ができる奴がいたら、確実にばれてしまう。ここで使うにはリスクが高すぎる。
俺は二人に小声で伝えた。
「徒歩で街の外へ脱出してから、ガルドの小屋あたりで転移するのが一番だ」
エレナが少し心配そうにうなずき、イヴァンも弱々しく同意した。
俺たちは廃墟を抜け、街の外縁へ向かった。夜の闇に紛れ、魔物の巡回を避けながら、あと少しで、街の出入り口の門が見えるその時だった。
路地裏から、少女の悲鳴が聞こえた。トロールの巨体が、幼い少女を掴み上げようとしていた。少女の母親が必死にトロールの足にすがり、引き止めようとしている。
エレナの目が、瞬時に変わった。
「シビさん、すみません」
そう言って、エレナは透明化を解除し、母子の前に飛び出した。錫杖を構え、防御呪文を放つ。
「聖なる障壁!」
黄金の結界が母子を包み、トロールの爪を弾く。透明化が解除された瞬間、周囲の魔物たちが気づいた。どんどん集まってくる。ゴブリン、オーク、トロール。怪物どもの大群だった。
「ちっ、仕方ない。手早く片付けて、さっさと逃げるか」
俺は剣を抜き、イヴァンも渋々うなずいて武器を構えた。第一波を退治し、母子を逃がした。だが、脱出しようとした瞬間。周囲に魔物が大勢集まっていた。環が次第に小さくなっていた。
「人間どもがさんざんやってくれたな」
群れの中心に、立派な龍の角のようなものが生えた人型モンスターが立っていた。体躯は人間より二回り大きく、筋肉が鎧のように盛り上がっている。肌は灰紫色で、鱗がところどころに浮かび、鋭い爪が指先から伸びている。背後には黒いマントを羽織り、腰には長大な剣を帯びている。剣の柄には宝石が埋め込まれ、魔力が渦巻いているのが遠目にもわかる。明らかに、この町の支配級クラスの魔物だ。
周囲の魔物たちが自然と道を開け、跪くような姿勢を取っている。こいつが、この街の「王」か、あるいはそれに近い存在だろう。
「しかも、逆らっただけではなく、そいつまで逃がそうとするとはな」
イヴァンを見ながら、まるで退屈しのぎを解消するような口調で言いやがった。声は低く、響きに魔力が混じり、空気を震わせる。口元に薄い笑みを浮かべ、赤く光る瞳が俺たちを舐め回すように見つめる。その視線に、俺の背筋が冷えた。
モンスターの環が、次第に小さくなっていく。ゴブリン、オーク、トロル、ハーピー。さまざまな魔物が、牙を剥き、武器を構え、ゆっくりと距離を詰めてくる。
足音が地響きのように響き、血と獣の臭いが濃くなる。逃げ道は完全に塞がれていた。
「すみません……私のせいで」
声が震え、金髪の三つ編みが小さく揺れながら、エレナは謝っていた。大きな瞳に涙が溜まり、頬がわずかに赤く染まる。法衣の裾を握りしめ、肩が落ちているのがわかる。
「お前はお前のままでいいって言っただろ。フォローはしてやるってな」
俺はエレナに微笑みかけ、二人の前に立った。背中で彼女たちを守るように剣を構える。
「だがな、実際問題多勢に無勢だろ」
イヴァンが半分諦めたような口調で問いかけてきた。傷は癒やされたが、まだ体が重そうで、声に力がない。
俺は二人に加速を唱えた。毎度おなじみの加速呪文
「俺が今から道を作る。その道を、後ろを見ずに走り抜け、いいな。これしか助かる方法はねえ。エレナ良いな。イヴァンわかってるな」
二人が強くうなずいたのを確認してから、俺は深く息を吸い、魔力を全身に集中させた。
手のひらを前に向け、力ある言葉を唱え始める。
「業火の精霊よ、我が意に従い、敵を焼き尽くせ!火炎流!」
次の瞬間、手のひらから赤く輝く炎の奔流が噴き出した。轟音とともに、灼熱の炎が一直線に魔物たちの群れを薙ぎ払う。前衛のゴブリンやオークが一瞬で黒焦げになり、悲鳴を上げながら転がる。炎は止まらず、トロルの巨体を貫き、ミノタウロスの角を溶かすように焼き、街の外壁に激突して大爆発を起こした。
壁の一部が崩れ、砂煙と火の粉が舞い上がる。熱風が顔をあぶり、血と肉が焼ける臭いが鼻を突く。道が、一本の炎の通路が、開けた。
「いまだ、走れ!」
俺は叫び、影走りを発動して先頭を切った。影から影へ滑るように加速し、エレナとイヴァンを引っ張る。足元が熱く、砂が焦げて煙を上げる。背後から魔物たちの怒号と追撃の足音が迫るが、炎の壁がそれを一時的に阻んでいる。 街の門をくぐり、外の荒野へ飛び出した瞬間、俺は立ち止まり振り返った。
龍角のボス級魔物が、ゆっくりと炎を踏み越えて近づいているのが見えた。炎の残光が門を照らし、魔物の大群が怒濤のように押し寄せてくる。やはりこのままでは逃げられないか誰かしんがりが必要だな
「イヴァン、エレナを連れて街へ行け。俺はここである程度食い止めてから向かう」
エレナが振り返り、涙目で俺を見た。
「シビさん……!」
戻ろうとする彼女の腕を、イヴァンがしっかりと捕まえて引き止めた。イヴァンは傷だらけの顔で、俺に深くうなずく。「……頼んだ」
二人は荒野の闇へ走り去った。エレナの金髪が最後に月光に輝き、消えていく。
俺は一人、剣を構え直した。目の前には、怒りに燃える魔物の大群が迫っていた。龍角のボスが、ゆっくりとマントを翻し、剣を抜く。
ここからは、パーティーの時間だな。最後まで踊れるかみてやるぜ!
「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?
もし「続きが気になる」「応援したい」と感じていただけましたら、ぜひブックマーク登録と、ページ下部にある【評価する】ボタンから評価ポイントをいただけると、とても励みになります!
皆さんの応援が、次の話の執筆を進める力になりますので、どうぞよろしくお願いします!




