41話 偽りの鈴
ガルドのロッジの中は、意外なほど暖かく清潔だった。
薪ストーブの火がぱちぱちと心地よい音を立て、木の香りと煮込み料理の匂いが漂う。
壁には狩りの道具や干した薬草が掛けられ、床には獣の毛皮が敷かれている。
男の一人暮らしにしては、埃一つなく整頓されている。
ただ、隅に置かれた小さな神棚。アウリス神を祀るものが、わずかに埃をかぶっているのが気になった。
鈴のモチーフが光を反射しているのに、周囲の埃が少し不自然だ。
テーブルに勧められた俺たちは、そこに腰を下ろした。
エレナとガルドは、すぐにアウリス神の話で盛り上がり始めた。
エレナの金髪がストーブの火に照らされて輝き、青い瞳が楽しげに細まる。
ガルドも、普段の寡黙な態度とは違い、穏やかな笑みを浮かべて応じている。
二人は神の教えや奇跡の話で意気投合し、エレナの声が少し高くなる。
俺とはそんな話はできないからなぁ。
俺自身、神に転生させられた存在だとしても、神を信仰する気持ちは全くない。
本当は僧侶呪文も試してみようかと思った時期もあったが、どんな神を信仰していいのかわからなかったし、偽りで信仰しても呪文の効果なんて得られそうにない。結局、魔術のみにした。
やりようはあった。冒険者に必要な技能を全部えれるようにしてくれと願いをすればよかっただけだったから。
やはり、めっちゃ楽しそうに話しているな。
エレナの笑顔が、こんな森の奥で輝いてるのを見ると、少し胸が温かくなる。
俺はその間、わかる範囲で観察を続けていた。
結構楽しく話しているのに、アウリス神の神棚が汚れたまんまなのは変じゃないか?
やることも多いし仕方ないのか? どう考えても自給自足だしな。
床の上に、黒ずんだシミがわずかに残っているのも気になる。
……血の跡か。
この世界なら普通かもしれないが、よく考えたら宿屋と店と神殿しかほぼ行ってないから、民家がどんな感じなのかわからなかった。
俺の不要な老婆心であってほしい。
「これは話込んでしまって失礼を」
ガルドはそう言って立ち上がり、キッチンの方に向かった。すぐに戻ってきて、二人分のお茶を出してくれた。湯気が立ち上るハーブティーは、いい香りがする。カップは木製で、手作りっぽい温かみがある。
一瞬俺は、存在ないのかと思ったが、出されたのは俺とエレナの分だけだった。
「ガルドさん、あんたの分がないようだが?」
「わしはいいんですよ。お客人におもてなしをしないのはよくないしな」
「先ほどまで薪割して疲れてるんじゃないのか?」
「シビさん、どうなさったんですか? アウリス様の信者に怪しい人はいませんよ」
エレナが少し心配そうに俺を見る。
ガルドは穏やかに笑って、「仕方ありませんよ。人を疑わないといけない雰囲気ですので」と答えた。
二人がそう話している隙をついて、俺は小声で花の妖精フローラを召喚した。手のひらに小さな光が集まり、可愛らしい妖精が現れる。彼女に頼み、お茶に毒がないかを調べてもらう。
フローラがカップのふちに触れ、緑色の光を放つ。
エレナがカップを持った瞬間、フローラが教えてくれたので俺は声を上げた。
「エレナ、ストップ」
「なんですの、シビさん。まだ怪しんでるんですの? アウリス様の信者に怪しい方はいませんわ」
「残念だが、怪しいんだよ」
「お嬢さん。人を怪しむのはこの閉じられた場所では必要ですが、人の行為をむげにするのもよくはありませんよ」
「なら俺はまだ飲んでないから、飲んでみろよ。それで何も起きなければ俺はもうあんたを怪しまない。エレナ、「なら私が飲みますわ」っていう話だぞ」
「おのれ、おのれ、おのれ、おのれ、貴様らは魔物の眷属でわしを連れに来たのじゃろうて」
ガルドの表情が一変した。穏やかだった顔が歪み、声も獣のような感じになり、目が血走る。テーブルをひっくり返し、後ろに置いてあったメイスを掴んで構える。重そうな鉄のメイスが、火の光に鈍く輝く。
ガルドはエレナの方に左手をかざした瞬間、衝撃波が飛んできた。エレナはまだ事態を完全に把握できず、立ち止まっていた。俺はエレナをかばうように抱きしめ、それを背中で受け止めた。衝撃が背骨を震わせ、息が詰まる。
「シビさん!」
その瞬間、エレナがようやく事態を把握し、錫杖を構えた。怒りに身を任せたガルドの額に、黒き月の紋章が浮かび上がっていた。
「あれは、破壊の女神ノクシア」
「ノクシアって、あの破壊と再生の女神と言われる……」
「そうですの」
ガルド、いや、ノクシアの信者は咆哮を上げ、メイスを振り回してきた。俺は剣を抜き、エレナを後ろに下がらせる。広間は狭く、ストーブの火が揺れる。結構苦戦した。ガルドの力は常人離れし、メイスの一撃は床を砕く。俺はミスリルソードで受け流し、エレナの聖光で動きを封じようとするが、ノクシアの加護か、再生が早い。
最後は、俺の加速呪文と剣技の連携で決着をつけた。ミスリルソードの一閃が、ガルドの体を斬り裂く。血が飛び散り、奴は最後の呪いを吐きながら倒れた。
戦闘が終わったエレナは、悲しそうに辛そうな顔をして、ガルドの体を抱き上げた。家の裏に墓を掘り、静かに埋葬する。金髪が乱れ、聖衣に血がついているのに、手は優しく土をかける。
俺は周囲を調べた結果、家の裏手に多数の死体が埋められているのを発見した。冒険者らしき装備の残骸、血痕のついた服。ガルドは、旅人を騙して殺し、埋めていたんだろう。
俺は、これ以上進んでも精神衛生上あまりよくないと思い、この家を借りて休むことに決めた。そうして多少のトラブルがあったけど、森を抜けて数時間したら、大きな町が見えてきた。
魔物中心の街。目的の場所だ。
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