39話 新しい依頼
朝方、昨日の激闘の疲れが残っているのだろう、エレナはまだ気持ちよさそうに眠っていた。金髪が枕に柔らかく広がり、穏やかな寝息が静かな部屋に響く。頬にわずかな赤みが残り、寝間着の襟元が少し乱れている。昨夜の戦いの傷は癒えたはずだが、精神的な疲労が深い眠りを誘っているようだ。
起こすのは悪いと思い、俺はそっとベッドから抜け出し、一人で下に降りて朝食を取ることにした。階段を下りる足音が木の床に響き、1階の酒場に入る。朝から客がちらほら。冒険者風の男たちがテーブルでエールを飲み、昨夜の自慢話を大声でしている。カウンターの近くに座り、焼きたてのパンに熱いスープ、干し肉とチーズを注文した。
パンの香ばしい匂いが鼻をくすぐり、スープの温かさが体に染みる。エールを一口飲んでいると、いつものじろじろと体を舐めまわすような視線を感じる。女の体になってから俺を見る男たちの目は、毎回こんな感じだ。好奇、欲望、嘲笑。混じり合った視線が肌を刺す。ガチで慣れねえ。世の中の女性はこんな視線に耐えながら過ごしてるんだ。
前世のおっさんだった頃は、こんな視線浴びたことなかったのに。反対にじろじろ見られたらそれはそれで怖いような気もする。
そんなことを思っていた矢先、カウンターの奥から宿屋のマスターが近づいてきた。がっしりした体躯の中年男で、濃い髭に鋭い目つきでだけど、街の情報をよく知ってるタイプだ。
「珍しく一人か? 聖女様と痴話喧嘩でもしたか?」
「なんでそうなるんだ」
俺はエールを吹き出しそうになった。
「てっきり同性愛者かと思ってたがな。任務とは名ばかりで、この宿で夜な夜な乳繰り合ってるって思ってたんだがよ」
マスターのニヤニヤ顔に、俺は飲んでたエールをむせ返ってしまった。咳き込みながら睨むが、奴は平然としている。
「ちげえよ! それは下種の深読みだ!何の用だよ」
マスターは肩をすくめて、声を少し低くした。周囲に聞こえないよう、カウンターに身を乗り出す。
「お前、炎の民って知ってるか?」
「来たばっかの俺が知るわけねえだろ。依頼か?」
「ああ。この場所は知っての通り、基本抜け出せない監獄みたいなもんだ。出方がわからないなら、人類の敵を倒そうとする組織ができてもおかしくねえ」
「少し違うか。レジスタンスみたいなものか?」
「ああ。魔物といえど、種族はまちまちだ。本能に生きる動物的なものもいれば、知能があるやつもいる。この知能がある力を持つ魔物を倒す組織が炎の民だ。そこの幹部が、先日捕まった」
「それで?」
「それをお前たちに救出してほしいんだ」
「見返りは?俺たちは目的があって来たし、慈善事業を手伝えるほど暇はしてねえ」
マスターはカウンターの下から小さな革袋を取り出し、中から赤く輝く宝石を一つ見せた。朝の光に反射して、血のように鮮やかだ。
「報酬は、金貨1000枚相当のこの宝石と、炎の民の協力だ」
「宝石はここでも使えるのか?」
「金貨と同じ価値として扱ってるぜ」
「炎の民の協力っていうのは?」
「あいつらはこの地域を色々探索したり、モンスターを退治したりしてる。お前が探しているもの。紋章のヒントがわかるかもしれねえ」
「あるかわからないが、知っている可能性があるってわけか?」
「そういうことだ。やるか?別に断っても構わん。俺は中立嫌いみたいなもんだからな」
「俺一人では決められねえ。相談させてくれ。昼前には返事を出すぜ」
「それで構わん」
俺はエールを飲み干し、皿を空にして部屋に戻った。階段を上る足取りが、少し重い。新しい依頼だが、これは、ただの依頼じゃ済まなさそうだ。
本来は、俺一人で盗賊技能を使い、潜入して助け出した後に瞬間移動でここまで戻るのが一番楽なんだが。最大の悩み事として、カインにいつ狙われるかわからない。
あいつの隠密技能は俺より高いとなれば、闇夜の断罪の攻撃を当てられず、今度は何も言わずに殺してくるだろう。
またエレナを一人にしたら、それはそれで心配だ。この部屋にずっといてくれたら安心なのだが、街に出たら、あのお人よしスキルが発揮されて何が起きるかわからない。
部屋に戻ると、エレナはすでに起きて着替えを済ませていた。金髪を三つ編みにまとめ、聖衣を整えている。青いリボンが朝陽に輝き、鈴が軽く鳴る。
だが、何か様子がおかしい。少し拗ねたような、寂しげな表情だ。上目遣いで俺を見て、頬を少し膨らませている。
「どうした?」
「なぜ起こしていただけなかったのですか?食事は一人で食べるより、知ってる方と一緒に食べる方が、よりおいしくなりますわ」
これでは恋人同士の会話じゃねえか。そりゃギルドマスターが勘繰るのもおかしくないな。
「気持ちよさそうに寝てたからな」
エレナは少し頬を膨らませて、俺を上目遣いで見る。その仕草が可愛くて、俺はつい苦笑した。
「何かありましたの?」
急に真顔で聞くな。ギャップに苦笑して、俺はマスターの依頼の成り行きを説明した。炎の民、魔物街、奴隷の人族、処刑までの10日の事を。
「救出ですの?」
「ああ。北に5日ほど行くと、魔物中心の街があるらしい。そこに行くまでに、危険な森が立ちふさがってるらしい」
「魔物中心の街ですの?」
「基本、人族は奴隷らしいな」
「そうですの……」
エレナの表情が、少し曇る。
「今日から10日後に、そこの幹部のイヴァンというやつが公開処刑になるそうだ」
「もちろん行きますよね」
「以前の俺だったら一人で向かってた」
「なぜ一人で行こうと思ったのですか?」
「俺が盗賊の技能を持っているからだ。潜入とかは一人で行った方が成功率が上がる。二人で行って、敵を大勢呼ばれたら多勢に無勢でやられてしまうからな」
エレナは少し目を伏せて、静かに言った。
「相談してくれたことはうれしいですわ。それでも、助け出した後のフォローも必要となりますわ」
「俺も簡単な回復呪文はできるが、多分かなり痛めつけられているとしたら、俺では間に合わない可能性がある。瞬間移動呪文はかなりの精神集中が必要だから、戦闘中には使えないんだ」
「なら、余計わたくしが行かなければなりませんわね」
「ここから5日と言っていた。何かトラブルがあったとしても、二、三日は余裕があると思う。まずは街についてから計画を立てるとしようか?」
「わかりましたわ。できれば……」
エレナは言葉を切り、少し悲しげに微笑んだ。多分、奴隷の人族を助けたいと思ったんだろう。難しいとはわかっているとは思うが、つい言葉が出てしまったのだろう。エレナらしい優しさだ。
「俺たちは二人しかいないし、もし助けられたとしても三人しかいない。魔物の数にもよるが、多勢に無勢だな」
「そうですわね」
「まずは目の前の作戦に集中しよう。その後で炎の民の拠点に行き、説明を受ける。協力できることがあったら協力するでどうだ?」
「わかりましたわ」
エレナは心配そうな顔をしていたが、笑顔で返してくれた。その笑顔に、俺の胸が少し温かくなる。
俺たちは旅支度を終わらせ、マスターに仕事を受けると伝えてから街を旅立った。
北へ向かう道は、森が広がっていた。朝の風が冷たく、背中の荷物が少し重い。
5日の旅には、何が待っているのか、わからない。話を聞く限り、怪物に食虫植物だけでなく、人族を食べる植物もいるそうだ。今回も目的地に行くまでは、瞬間移動呪文は使わない方針だ。魔力の消費もそうだが、呪文に集中しているときに襲われたら話にもならないしな。
だが、エレナが隣にいる。そちらを見ると、金髪が風に揺れ、鈴が軽く鳴る。
なんだか、女神にも見える。今から心配をしていても仕方がないだろう。
エレナがいる。それだけで、十分だと俺は思った。
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