38話 湖の冒険の残り
マンティコアを退治した俺たちは、血生臭い戦場から少し離れた台座に登り、腰を下ろして休憩を取った。
さすがに、死体が転がってる場所で休むのは精神的に悪いから、壁に背を預け、息を整えた。銀髪が汗で額に張り付き、傷跡が残る体が重い。毒の残滓がまだ体を蝕み、時折軽い痺れが走るが、フローラのおかげで命に別状はない。
広間の空気はひんやりと湿り、遠くから水滴がぽたりぽたりと落ちる音が響く。マンティコアの血が石床に染み込み、鉄のような生臭い匂いが鼻を突くのが本当に嫌だと感じた。
天井は高く、わずかな光が壁の彫刻をぼんやりと浮かび上がらせている。古代の遺跡らしい、複雑な紋様。もしかしたら、これも紋章に関係あるのか?
「シビさんは、たまに潔癖症な時もありますね」
エレナがくすくす笑いながら言った。金髪の三つ編みが少し乱れ、聖衣に血や埃がついているのに、笑顔は変わらず明るい。青い瞳が優しく細められ、頰にわずかな赤みが差す
「……まあな。生前の世界じゃ、死体なんて見る機会なかったし」
俺は苦笑いで答えた。この世界に来てから、死が隣り合わせなのは慣れたつもりだったが、やっぱり前世の感覚が抜けない部分はあるらしい。血の匂いを嗅ぐだけで、胃が少しむかむかする。
エレナはそんな俺を、面白がるように見つめている。
「ふふ、シビさんも意外と繊細なところがありますわね」
「からかうなよ。……お前だって、さっきの戦いで法衣汚れてるぞ」
「えっ? ……本当ですわ! これは後で洗わないと……」
エレナが慌てて聖衣の裾を見下ろし、頰を膨らませる。その仕草が可愛くて、俺はつい笑ってしまった。
戦闘の緊張が、少しずつ解けていく。休憩が終わり、俺たちはゆっくりと立ち上がった。
足取りはまだ重いが、毒の疲れは、ほぼ抜けている。台座の奥に戻ってみると、祭壇のような場所に古びた石のボタンらしきものが埋め込まれていた。
周囲に罠の気配はない。俺は慎重に近づき、ボタンの上に刻まれた文字を読み始めた。
また、失われた古代魔法語だ。
「シビさん、これって……?」
「ああ、失われた古代語だな」
「読んでいただいてもよろしいですか?」
「ああ、なぜか俺はこの古代語が読めるんだよな」
首都に居るときに知ったことだが、普通の魔術師じゃ読めないらしい。失われたって言われてるんだから、当たり前っちゃ当たり前か。
この能力も、転生の特典の一つなんだろうけど。この冒険が終わったら、魔術師ギルドで読める言語と読めない言語をちゃんと把握しておいた方がいいな。
知識の穴が命取りになるのは、もう嫌というほどわかった。
「なになに……『災厄をこの地にとどめる。いつかこの地に災厄が無くなるときが来た時の為に開封を示そう。この文字を読めない輩もいることだろう。私は5つのプロテクトをこの地にばらまいた。そしてその他に、この地からの脱出の方法も書いておこう』」
その下には、リングの絵が描かれていた。シンプルな銀の輪に、青い宝石が埋め込まれたデザインだった。塗料迄つけてるから大したものだとは思う。
宝石の部分に、かすかに紋章のような模様が刻まれている気がする。年代がかなり経ってるのでわかるのはここまでの用だな。
「どうやらこの絵に描いてあるリングがあれば、脱出ができるみたいだな。そしてこのボタンは、多分五つのプロテクトの一つってところだろう」
「五つのプロテクトを解くと、どうなりますの?」
「多分、出入りが自由になるってことは……この地にいる魔物も、外へ自由に出入りできるってことだよな」
「それって、危険なのでは……」
「ああ、めちゃくちゃ危険だな。街の外に紋章付きの強化モンスターが溢れ出したら、外の世界は大混乱になる。しかもただボタンがあるだけだから、これ作った奴は何を考えてるのやら。『災厄がなくなった時』って、誰が判断すんだよって話だ」
エレナも少し顔を曇らせ、ボタンをじっと見つめる。
「本当に……難しい選択ですわね」
「まあ、今は急ぐ必要はない。まずは他のプロテクトを探して、全体像を把握しよう。もしかしたら古代の魔法文明が、滅びるなんて思ってもなかったのだろう」
俺は少し考えて、力ある言葉を唱えた。
「真名封印」
ボタンの周囲に薄い魔力の膜が張られ、俺の名が鍵になる封印が完成する。誰かが触れても、俺が考えた名前を言わない限り発動しない。
「それはどのような呪文なのですか?」
「これは、俺が名付けた名前がわからないと使用できない封印呪文の一つだ」
「そんな便利な呪文があるのですね」
「まぁ、もとは盗難防止呪文だよな。ギルドでよく使われるやつを、少しアレンジしただけだけど」
エレナが感心したように目を輝かせる。
「シビさんは本当に、いろんな呪文をお使いになりますわね」
「便利だからな。本来魔法というのはこういうものだ。攻撃一辺倒の魔法使いは、いざという時に積むしな。お前も何かオリジナル呪文、作ってみたら?」
「わたくしは神聖魔法専門ですもの……でも、考えてみますわ」
神聖呪文にオリジナル呪文が作れるかは知らないけどな。
俺たちは笑い合いながら、広間を後にした。
「俺たちは、紋章の事を知る何かを見つけ出すことと、このリングを見つけないといけないみたいだな」
「わかりましたわ。一緒に、がんばりましょう」
その後、俺たちは湖に戻り、まずは壊れていない西側の塔に向かった。 塔の入り口前に、呼び鈴と立札があった。
立札には古びた文字でこう書かれていた。『湖を渡りたい場合はこの呼び鈴を鳴らすこと』
「これ、なんだと思う?」
俺はエレナの方を向いて聞いた。
「書いてあることだとは思いますが……一回鳴らしてみましょうか?」
「そうだな。エレナは何が出るかわからないから、警戒しておいてくれ」
俺は呼び鈴を鳴らした。カン、カン、と澄んだ音が湖面に響き渡る。音が水面に波紋を広げ、遠くの島まで届くようだ。
すると、湖から大きな水しぶきが上がり、波が寄せてきた。水面が割れ、ゆっくりと人影が浮上する。
「呼んだのはお前らかぁ」
どすの効いた声で、俺たちを呼んだのは、男性の人魚だった。上半身は筋肉質の逞しい男、下半身は青い鱗に覆われた長い魚の尾。髪は海藻のように長く濡れて垂れ、肩幅が広く、腕には貝殻の装飾が巻かれている。目は深海のような深い青で、鋭く俺たちを観察している。
俺は一瞬固まった。人魚といえば女性だろうが!?美しい姫君が歌いながら現れるもんだと思ってたのに、何で男なんだよ!?
ふざけんなよ!? 俺が内心でがっかりしていると、エレナも近づいてきた。
「大丈夫ですか?」
「ここから渡りたければ、私たちの背に乗るがよい。渡し賃は金貨五枚だ」
「俺たちはあの中央の島みたいな場所に行きたいのだが、あそこは何だ?」
「あそこに渡るのであれば金貨十枚だな」
「それはどうしてだ」
「あそこに渡って、どうやって岸に戻るんだ?往復で十枚、当然だろう」
なるほど、確かに正当な要求だ。
「質問に答えてくれ?あの島は?」
「ただの島としか認識はしてないな。俺たちは少しの間しか陸に上がれぬゆえ、詳しくはわからないんだ。古い遺跡があるらしいが、立ち入りは禁止されてるって話だ」
「なるほど。ならあそこの島までをお願いする。まずは金貨五枚渡す。陸からまた乗るときに金貨五枚を渡そう」
「契約完了だな」
俺は警戒しながら背中に乗ってみたが、乗り心地は驚くほど良かった。水を切るように滑らかに進み、波の揺れもほとんどない。背中の鱗は冷たくて硬いが、意外に快適だ。エレナも隣で少し緊張しながら乗っているが、すぐに楽しそうに湖面を見回している。
城壁内のことだから警戒はしていたが、何事もなく島の岸に着いた。島の上にも呼び鈴があるので、また呼ぶと伝えておいた。
ただし夜はやっていないので、日没までとお願いされた。
人魚の国というのも興味があるが、それはこの問題を解いてからでも遅くはないだろう。そう思うと、楽しみが一つ増えたと思い、嬉しく感じた。
島の探索の結果、中央に古い石の祭壇のようなものを見つけ、鍵穴を見つけた。
だが、当然ながら鍵は見つからなかった。ヒントもなかったので、精神の妖精を呼び出し、この鍵穴を記憶しておいてもらった。
写真みたいな呪文の研究をしないといけないと思った。写真って、すごく便利なんだなぁって改めて実感した。生前のスマホカメラが恋しいぜ……。
そうしてまた人魚に送ってもらい、星移門を使って宿に戻った。今日の探索は、これで終了だ。
部屋に戻ると、夕陽が窓から差し込み、疲れた体を優しく照らしていた。エレナが聖衣を脱ぎながら、今日の出来事を振り返るように呟く。
「本当に……いろんなことがありましたわね」
「ああ。マンティコアも、人魚も、リングの謎も……バステルは、毎日がサプライズで危険だな」
俺たちは笑い合い、ベッドに腰を下ろした。明日も、また新しい発見が待っているだろう。
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