36話 岬の下の洞窟
湖の周囲を見ると、遠くに島や塔があって気づかなかったが、すぐ近くに湖から大きく突き出した岬を見つけた。
近づいてみると、予想以上に切り立った断崖だった。湖面からの高さは三十メートルは優にあり、下は鋭く尖った岩がむき出しになった浅瀬が広がっていた。
波が岩に打ち寄せるたび、白い飛沫が舞い上がり、冷たい水音が下から低く反響してくる。風が吹くたび、断崖の縁に立つ俺の髪が乱れ、湖の湿った空気が頬を撫でる。落ちたら骨一本残らないだろうな、と背筋が寒くなった。足元の岩が少し崩れやすく、靴底が小石を踏むたびにカツンと音がする。
「シビさん、すごく厳しい断崖ですわ……」
エレナが少し青ざめながら呟く。彼女は断崖の縁を覗き込み、すぐに後ずさった。聖衣の裾が風に翻り、白い布がひらひらと舞う。
俺は思わず頭の中で古いサスペンスドラマのシーンを思い出してしまった。
崖から突き落とされる被害者とか勝手に自供を始めたり?って、まさか気のせいか?
風が一瞬強くなり、湖面のさざ波が少し荒々しくなる。空気はひんやりと湿り、どこか不吉な予感が漂う。鳥の声すら遠く、静けさが重くのしかかる。
視線を凝らして断崖の壁を眺めていると、ふと違和感に気づいた。岩肌に、草や蔦が絡まる部分が不自然に規則正しい、人工的か?
「エレナ、俺の見間違いじゃなければ……あれ、階段じゃないか?」
「そういわれましたら……確かに階段に見えますわね」
石壁と、周囲の濃い草や蔦、苔で見づらくカモフラージュされているが、確かにあれは階段だった。
断崖の壁面に、細く急な石段が下へ続いている。段は風化して一部崩れ、苔がびっしりと生え、滑りやすそう。明らかに人工物だ。
幅は一人通れる程度で、手すりなんてない。こんな場所に階段があるということは、絶対に何かある。誰かが意図的に隠した、何をだ?
「エレナ。こんなところに階段があるのは違和感しかねえ。どう思う?」
「わたくしも同感ですわ。……でも、気になりますわね。きっと、何か大事なものが下にあるのかもしれません」
エレナは少し怖がりながらも、好奇心と決意が入り混じった笑顔で答えた。瞳が少し輝き、頰にわずかな赤みが差す。前と違って、こういう時でもちゃんと相談にしているのがうれしいのかもしれない。俺自身もなんだか嬉しくて、場違いだけど、つい笑みが漏れてしまう。
エレナの笑顔が、太陽の光に映えて、なんだか少し眩しい。こんな場所で、こんな気分になるなんて、俺も少しおかしくなってるのかもしれない。本当に物語から出てきたような人がいるとは思わなかった。もしかしたら本当は、今も病院で意識不明で見ている夢なのかもしれないな。
俺は深呼吸して、照明の呪文を唱え、手のひらサイズの光の球を浮かべた。柔らかな白い光が周囲を照らし、少し先に浮遊させて進む。光は安定して広がっていく。
松明より光の範囲が広く、両手が自由になるのが利点だ。
エレナは錫杖を構え、俺は剣の柄に手を添える。軽装備のままの方が動きやすい。身軽さが俺の剣技の命だからな。松明で動きを制限されたくない。
入り口を入ると石造りの階段あり、そのまま下り始める。石段は,
音が年使われていないのか、苔が生えており、湿気でぬめりがあって滑りやすかった。俺はエレナに一言だけ注意をした。
足を置くたび、靴底がわずかに滑りだす。こういうところなんだろうな。知識があっても経験がないということは先のカインとの戦闘で負けるはずだ。圧倒的の経験不足。今も心臓が跳ねり、悲鳴を出さないのが精いっぱいで、後ろを歩いているエレナの方がスムーズに歩いているようにも見える。
下へ下るほど、風が冷たくなり、湖の水音が大きく聞こえてくる。時折、波が岩を打つ音が反響し、まるで誰かが下で待っているような錯覚を起こす。壁面の岩は冷たく、水滴がぽたりと落ちてくる。光の球が水滴を照らし、きらきらと輝いていた。
昔、写真や映像でこういう景色を見たことはあったけれど、実際に体験すると、やはり違う。なんて言えばいいんだろう。怖さもあるけれど、それを上回るような感動が胸に迫ってくる。
俺の心はあの神を名乗る奴の恩恵で、精神支配を受けないはずなのだが、こういう感性までには働かないのはあいつなりの温情なんだと思う。もし制御されていたら、こんな風に世界を美しいと感動することもなかったはずだから。それだけは、心の中で「ありがとう」と言いたかった。もし現れたとしても絶対に言わないけどな。どうせ心を読んでばれると思うけど。
結構下ったところで、いきなり大きな蛇が岩陰から飛び出してきた。全長五メートル近くある、太い緑色の体。鱗が朝露のように光り、鋭い牙を剥いてシュッと音を立てて襲いかかってくる。毒々しい赤い舌がちらつくいていた。
「きゃっ!!」
俺は思わず悲鳴を上げてしまった。蛇とか、苦手なんだよな……!咄嗟に剣を抜き、一閃で首を刎ねる。蛇の体がびくびくと痙攣しながら、階段の下へ転がり落ちていく。水音が大きく響き、湖面に波紋が広がった。血の匂いがわずかに漂っていた。
エレナが、ぷっと吹き出して笑い始めた。
「ふふっ……シビさんも可愛いところありますね。そんなに大きな声で驚かれるなんて、珍しいですわ」
「悪かったな! あんなデカいのが急に出てきたら、普通驚くだろ!……お前は平気だったのかよ」
俺は顔を赤らめながら毒づくが、エレナはますます楽しそうに笑っている。
「このような大きいのはまず見ませんが、蛇とかカエルはよく見ますから」
俺自身恥ずかしさのあまり、頰がリンゴのように少し赤くなっているのがわかる。まあ、こいつの笑顔が見られるなら、ちょっとくらい恥ずかしくてもいいかって思うから質が悪い。
さらに下ると、簡単な落とし穴の罠があった。落とし穴は罠の探知で事前に察知して避けた。
また進むと、ストーンゴーレムが二体立ち塞がった。、ゴーレムはミスリル銀の剣で一気に粉砕してしまった。石の体が砕け散る音が階段に反響し、破片が飛び散る。以前の武器より切れ味も破壊力も段違いだ。それに軽い剣だから疲れにくいし、連撃も出しやすい。
エレナの魔法も使用しなくて、傷一つ負わずに突破できた。軽い剣は、やっぱり俺のスタイルに合ってるな、と改めて実感した。シビ自身軽戦士だったのだから身体がなじむんだろう。
かなり下ったと思う頃、階段の先が開け、奥にうっすらと広い空間が見えてきた。光の球を近づけると、巨大な広間らしきものが姿を現す。石造りの壁は古く、そこかしこに苔がむして水滴が滴り落ちている。天井は高く、なだらかなアーチを描くように湾曲していた。床は湿った石で、足音がくぐもって響く。最奥は闇に包まれ、かすかな魔力の匂いが濃くなる。空気はひんやりと湿り、息が白く見えそうなくらい冷たい。
「このまま進むか?」
俺は、多分答えは一つしかないけど、一応エレナに聞いてみた。俺たちは進むしかないのだから。でもこの気配は何かいるよな。
「どう思いますの?」
「何かあるのは間違いない。あんな壁に階段があったり、ストーンゴーレムが守ってたりするのは、何かを隠したいからだと思う」
「選択肢はあまりないように思えますわね」
「結局そうなるわな」
俺は苦笑しながら、光源を少し下げて広間の方へ歩き出した。エレナがすぐ後ろに続き、彼女の持つ錫杖から鈴のわずかな音が響く。足音さえも広大な空間に吸い込まれて消え、かえって静けさがより深く感じられた。
この先に待つのは、紋章の手がかりか。それとも、また新しい難問なんだろうか。けれど、俺に足りないところがあれば、きっとエレナが補ってくれる。だから恐れず、前を向いて進んでいこう。
俺は隣に並ぶエレナの方を少し向き、無言で深く一つ、頷いてみせた。エレナもそれに微笑みで応え、俺たちはさらなる最奥へと足を踏み入れた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
十月中旬から書き始めたので、まだ二ヶ月と少しですが、ここまでお付き合いいただけて本当に感謝しています。 今年はこのお話が最後となります。皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。
また、「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの旅立つ異世界冒険記~」を読んで「続きが気になる!」「応援したい!」と感じていただけましたら、ぜひ下の【★で称える】や【フォロー】をしていただけると、とても励みになります。
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