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【2部連載中】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者:
2章 紋章の情報を探しに街の外へ

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34話 弱点

 一瞬、風が吹いた。――いや、それは風などではなかった。

カインが放った、あまりに鋭すぎる影の刃だった。空気を裂くかすかな音すらなく、闇そのものが俺の胸を(えぐ)った。直後、熱い衝撃を体の芯から味わった。


 胸から赤い血の雨が噴き出し、視界が激しく揺れる。肺が焼けるような痛み。息が詰まり、膝から力が抜ける。

冷え切った砂の上に崩れ落ち、砂粒が傷口に食い込む感触が、妙に鮮明だった。


「なぜ……俺の方がスピードも、武器も上のはずなのに……」


 溢れ出す鮮血を抑えようと手を当てるが、指の間から熱い命がどんどん逃げていく。体温が急速に奪われ、指先が冷たくなる。


 カインは背後で静かに立ち尽くし、冷徹な声を響かせた。


「同じ条件に立てば、俺の方が勝つ。それだけだ」


「なぜだ……?」


「その状態なら魔法も使えないだろう。冥途の土産に教えてやる」


 俺は途切れそうになる意識を必死に繋ぎ止め、奴の言葉に集中した。死ぬにしても、この敗北の理由を理解せずには死ねなかった。血の味が口の中に広がり、視界の端が暗くなっていく。


「技量だ」


「技量なら……俺だって……」


「同じ技は使える。だが、こうは思い至らなかったか?確かにお前は脅威だ。戦士技能に盗賊、魔術まで精通している化け物だ。だがなぁ、お前の技術はある一定の高度な技になると、技量が格段に落ちるんだよ 武器も体術も、お前が言った通りお前の方が上だ。だが、この勝負は『闇夜の断罪ヴェイル・リッパー』という一点に絞った技量の勝負だ。俺とお前では、その積み重ねに天と地の差があったのさ」


 その瞬間、脳裏にあいつの声が蘇った。神と名乗る、あのふざけたジジイだ。


『言い忘れてた、格闘と魔法の勉強はしておくのじゃ。あくまでもわしがおぬしに渡すのは知識と素質じゃ。最低限の技術はあるかもしれないが、全てが何でもできる事ではないぞ。わしが手を貸せるのはここまでじゃからの』


 自嘲の笑みが漏れる。確かにそう言っていた。俺はある程度何でもこなせる自分に、調子に乗っていたというのか。極限まで一撃を磨き上げた本物の暗殺者と、その技を、使えるだけの未熟な俺。……ああ、やるまでもなく、俺の負けだったんだ。


「納得いったみたいだな。それじゃ、さらばだ」


 カインが細身の剣を振り上げ、俺の胸にトドメの一撃を突き刺そうとした。


 その瞬間。夜の闇を裂いて、神々しい黄金の輝きが爆発した。キンと高い金属音が響き、俺の周囲に強固な結界が展開される。黄金の光が俺の周囲を照らし、砂塵を払い、俺の命を奪おうとする闇の刃を完全に拒絶した。


 聖なる力が、空気を浄化するように満ちていく。


「間に合いましたわ、シビさんの命は取らせませんわ!」


 霞む目を必死に向ければ、そこにいたのは寝巻き姿のエレナだった。

薄い布地が夜風に揺れ、金髪が乱れているのに、いつもの鈴がついた錫杖を握りしめ、凛とした表情でカインを睨みつけている。


 カインの瞳には怒りと決意が燃え、手がわずかに震えているのがわかる。


「なぜ……そこにお前がいる……!」 


 カインが、初めて動揺を含んだ声を上げた。冷徹だった顔に、明らかに焦りの色が浮かんでいた。


「シビさんの服の中に、これを忍ばせておきましたの」


 エレナが掲げたのは、一枚の古びた紙札だった。


 黄金の光がその札から溢れ、結界を支えている。


「アウリス様は愛と守護を司る神様です。大事な人が危険な時に、その場に転送されるお札ですわ」


「……アウリスの転送符か。そういえば聞いたことがあるな」 


 カインが苦々しげに吐き捨てる。

 

 黄金の結界は、夜の闇を完全に拒絶するように輝き続け、奴の剣を弾き返す。


「この守護結界がある限り、あなたは攻撃ができませんわ。わたくしはこのまま、シビさんを回復させますわ!」


「やはりお前が最大の壁となるのか? 鈴の聖女(クラリス・アウレア)


 黄金の結界に剣を阻まれたカインが、忌々しげにその二つ名を口にした。


「なるべくその二つ名はやめてほしいですわ。恥ずかしいので」


 エレナは頬を微かに赤らめながらも、凛とした態度でカインを見据え、一歩も引かない。


 寝巻きのままなのに、聖女の威厳が満ちていた。


「……あの時と同じで、二対一では分が悪いか。勝利の余韻で話しすぎたのが、私の敗因か」


「どんなお話をしていたか分かりませんが、時間があったおかげでこのように助けられましたわ。これもアウリス様のご加護のなせる業ですわ」


 カインは小さく肩をすくめ、鞘に剣を収めた。


「今度は、お前が必ずいると考えて動く。サラバだ」


 奴はそれだけ言い残すと、夜の闇に溶けるようにして姿を消した。俺を放置して、勝手に完結して去っていきやがった。


 静寂が戻ったコロセウムで、エレナは俺に駆け寄り、必死な面持ちで回復呪文をかけてくれた。温かな白い光が傷を包み、痛みが急速に引いていく。失った血が補われ、息が楽になる。


「ありがとう」 


 死の淵から救われた感謝を口にした、その瞬間。ぱしぃん、と。乾いた音が、静かな闘技場に響き渡った。一瞬、何が起きたのか分からなかった。


 俺は、熱を持った左頬を押さえながら呆然とエレナを見上げた。エレナは、大きな瞳に涙を溜めて、俺を叩いた手を震わせていた。


「……なにが、『ありがとう』ですの。わたくしは、そんなに頼りないのですか?」


「そ、そんなことは……」


「確かに、昼間みたいなことがあって頼りないかもしれませんが……わたくしは、何ですか? わたくしは、ただ護られるだけの存在じゃありませんわ。馬鹿にするのもいい加減にしてくださいまし!」


 悲鳴のような叫びだった。声が震え、涙が頰を伝う。


「そんなつもりは……」


「なら、なんでいつも一人で行こうとするのですの?そんなに頼りになりませんの?」


「いや、頼りにしてるだろ……」


 俺はいつだって、彼女に頼ってきたはずだ。魔狼の群れに囲まれた時。デュラハンの呪いに蝕まれた時。ミスリルゴーレムとの激闘や、劇場跡でのカインの襲撃。エレナがいなかったら、俺はとっくに死んでいた。そんなことは、俺自身が一番よく分かっているはずなのに――。


「シビさんが、亡くなったパーティーメンバーの件で心を痛めておられるのは、存じております。……ですが。わたくしは、貴方のパーティーメンバーで、対等な立場の『相棒』ではないのですか?」


 エレナの(しぼ)り出すような問いに、俺は言葉を失った。


 俺はいつの間にか、彼女を「護るべき弱者」として、下に見ていたのだろうか。

過去のトラウマが、俺を一人で抱え込ませていたのか。


「くしゅんっ!」あんなに激しく怒っていたエレナが、急に可愛らしく小さなくしゃみをした。

そりゃそうだ。薄い寝間着のまま夜風に吹かれていたんだ、風邪をひいてもおかしくない。

俺は思わず、エレナの肩を抱き寄せた。彼女の体は、夜の寒さで驚くほど冷えていた。震えが伝わってくる。


「……帰るぞ」


 俺は瞬間移動呪文を唱え、一気に宿屋の自分たちの部屋へと戻った。

暖かな灯りと、柔らかなベッドの感触が、二人を優しく迎え入れた。

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