33話 誘い
夜、相変わらず豪華な部屋で寝ようとしていた俺は、ずっと感じていた視線を無視できなくなっていた。この気配は、あの時劇場跡で不意打ちを食らわせてきた暗殺者だ。
気配は完璧に消しているつもりだろうが、俺にそんなものが気付かないとでも思っているのか?
それにしても、全く女性の部屋を監視するなんて変態じゃないか。まあ、俺の姿が生前の男状態だとしたら、野郎のストーキングじみた行動なんてこれっぽっちも見たくはないけどな。
それにしても仕事熱心な奴だ。一日中、探索の合間にもじっと狙ってやがって。
もう我慢の限界だ。どうする?誘いに乗るか?それとも、無視して寝るか?動くとしても、エレナを置いていけるのか? 俺はベッドの端に座ったまま、隣で眠るエレナの方を見る。
相変わらず、悩ましいほど無防備な寝息を立ててやがる。金髪が枕に広がり、寝返りを打った拍子だろうか、薄い寝巻きが少し乱れて、肩口が露わになっている。熟睡してる顔は、聖女そのものだ。
むかつくくらい可愛い寝顔に、俺は小さく舌打ちした。
あいつを一人にしておくのは、さすがにまずいか 。そう自問自答が頭をよぎるが、このまま窓の外から視線で見張られ続けるのも精神衛生上よろしくない。
奴は俺を狙ってる。エレナにはまだ手を出していない。なら、俺が出て行けば、奴は俺を狙ってる。エレナにはまだ手を出していない。
なら、俺が出て行けば、少なくとも今夜はエレナは安全だ。
そう確信した俺は、迷いを断ち切ってベッドを抜け出した。
俺は静かに立ち上がり、闇に包まれた部屋の中に簡単な罠を設置した。
ドアの隙間には細い糸を張り、窓枠には魔力の警報を仕込む。
たとえプロの暗殺者が相手でも、誰かが侵入すれば即座に気づく程度のものだ。
それから、俺は窓を開け、音もなく外へ飛び降りた。
夜のバステルは、静まり返り、それでいて何かが蠢くような、昼より危険な顔を見せることは容易にわかっていた。
メインロードの喧騒は遠く、路地裏からは怪しげな笑い声や、押し殺した喘ぎ声が聞こえてくる。空には厚い雲がかかり、月明かりすら薄い。
俺は「忍び足」を発動し、足音を完全に消しながら、「影走り」を使用した。
建物の影から影へ、素早く滑るように移動した。盗賊系のスキルで技量が上がれば、忍者も顔負けな走り方ができる方法だ。
迷路のように入り組んだ裏路地。俺は壁際の濃い闇に身を沈め、一歩踏み出すごとに周囲の気配を肌で探る。 前方の角から、巡回の衛兵が掲げる松明の光が壁を照らしながら近づいてくるのが見えた。俺は「影走り」の速度を緩めず、光が届く直前に向かい側の建物の軒下へと音もなく跳ぶ。
地面に座り込み、意識を失ったように管を巻く酔っ払いの群れを、風を切る音さえ立てずに横目に通り過ぎる。 面倒なトラブルに巻き込まれないよう、最短距離のルートを選びながら、俺は昼間に見つけた目的地へ向かう。
コロセウム。街の外縁部にあった、古代からある円形闘技場。
闘技場の入り口は無残に崩れ、剥き出しになった石材には、長い年月をかけて太い蔦が血管のように絡みついている。俺は影走りを維持したまま、音もなくその暗い口の中へと滑り込み、擂鉢状になった闘技場の中央まで進んだ。
周囲は、耳が痛くなるほどの静寂に包まれている。高くそびえる観客席の段差は、月の届かない闇を溜め込み、まるで無数の黒い口が俺を飲み込もうと開けているかのようだ。冷たい夜風が吹き抜けるたび、足元の砂がさらさらと乾いた音を立てて流れる。その音さえも、今の俺には戦いの幕開けを告げる合図のように聞こえた。
俺は、周囲を威圧する闇に向かって、静かに、だがはっきりと声をかけた。
「そろそろかくれんぼはやめないか? 寝不足は肌に悪いらしいしな」
一瞬、空気が凍りついたような沈黙。
それから、観客席の影の底、光すら届かない場所から、地面を這うような低い笑い声が響いた。
「さすがに気づかれるか」
「あの時の暗殺者だろ? 何の用だよ」
「暗殺者の用なんて一つしかない」
「俺の命か?」
「そういうことだ。……こちらから提案があるのだが、受けるか?」
俺は不意打ちを警戒しながら、距離を取って問いかけた。
「話を聞こうか?」 男は仮面の下で薄く笑い、ゆっくりと中央へ歩み寄る。
「お前がこの提案を受けるのなら、あの聖女には手を出さない。そして、表に出て、正々堂々と戦ってやる」
「ほお、臆病で人の寝首しかかかない暗殺者が、そんなことを言うのか?」
「受けるか?」
「内容は? それ聞かないで了承できるはずがないだろうが」
「確かにな。俺も次の仕事があってな、お前一人に構っていられない。闇夜の断罪での決闘はどうだ」
「やり方は?」
「真ん中にお互い背を向けて立つ。お互い30歩数えて、振り返らずに闇夜の断罪を放つだけだ。一撃で決着がつく」
なるほどなぁ。西部劇のガンマンスタイルか。盗賊の暗殺スキルで、正面からぶつけ合う。すべての攻撃を一撃にかけ、奇襲する技。本来の使用方法じゃないが、最初の一撃にすべてをかけた、命懸けの勝負となるな。
「わかった。受けて立つ」 今の装備で正面からの一撃勝負なら、こちらの方が分があるはずだ。
それに、ずっと見張られ続けて精神を削られるのも困る。
影が揺れ、昼間にスリをした老婆が現れた。
「てめえは……」
そう言った瞬間、男は変装を解いた。
老婆の姿が霧のように溶け、黒装束の暗殺者が完全に現れる
全身を覆う暗色の布、顔の半分を覆う仮面。
腰には短剣が二本、背中には細身の剣。
あのスリも、こいつだったのか。
「これで三度目だな、シビ」
男は仮面を外し、薄い笑みを浮かべた。
年齢は30代ぐらいか。鋭い目つきで傷だらけの顔付きが見えた。
「名前は?」
「……カイン。覚えておけ。お前の墓標に刻んでやる」
「暗殺者が名前と顔を見せるのか?」
「冥途の土産だ。お前を殺した者の顔と名前を憶えておけ」
「そういうのをフラグっていうんだ。覚えておきな」
俺は軽く肩をすくめて返した。カインの表情は変わらないが、わずかに目尻が動いた感じがした。挑発が効いたか、それとも単に面白がっているのか、どちらでもいい。俺はカインの装備を素早く観察した。
黒い軽装の革鎧、腰に短剣二本、背中の細身の剣。メインウェポンはおそらくあの細剣だろう。
刃に薄く青みがかった光が見える。毒が付与がされているのは間違いない。だが、俺のミスリル銀の剣の方が切れ味では上だ。
先日の劇場跡での動きを見る限り、俺の方が敏捷性は高い。同じ技を正面からぶつけ合うなら、勝率は俺の方が高いはずだ。
もし毒がかすったとしても、精霊魔法の解毒呪文で即座に対応できる。ならなぜ奴は、こんな勝率の悪い決闘を挑んだ?一流の暗殺者が、わざわざ不利な条件で勝負を仕掛けてくる理由は何か?
俺は少しだけ思考を動かす。確かに、俺がすべての技能をフルに使えば、奴一人では荷が重いだろう。エレナが加われば、さらに勝率は下がるはずだ。だからこそ、同じ技限定の一撃勝負で、運と技量の差を縮めようとしたのか?
いや、待て。奴は以前、「お前一人なら絶対に勝てる」と言っていたな。暗殺者としてのプライドか、それとも何か別の計算があるのか。いずれにせよ、こうなってはやるしかない。
俺たちは中央で背を向け合い、ゆっくりと歩き始める。砂地に足跡が残る。
30歩。ただそれだけだ。その間に、すべての力を集中させる。
一歩、また一歩。背中越しに、殺気が膨張していく。俺は呼吸を整え、全ての集中をを全身に巡らせる。闇夜の断罪影を纏い、気配を断ち、一撃で敵を断つ最上位の暗殺技を相手に当てる。正面から放つのは、互いの技量を賭けた勝負だ。
20歩。風が止む。コロセウム全体が、息を潜めたように静かになる。
25歩。カインの殺気が、鋭く研ぎ澄まされる。俺も負けじと、影を操る力を最大に高める。
28歩。……29歩……30歩。
次の瞬間、俺たちは同時に振り返らず、体を捻り、闇を纏った一撃を放った。夜のコロセウムに、二つの影が激突する。砂塵が舞い上がり、衝撃波が観客席を震わせる。一瞬の閃光がぶつかり合った。
そして、静寂がおきた。俺は息を吐き、ゆっくりと剣を収めた。
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