31話 バステルの洗礼と白き城
ギルドを兼ねた宿屋を出て、メインロードを歩き始める。
城塞に囲まれたこの街のメインロード酒場のマスターが「ブラックサンド」と呼んでいた通りは、表向きは外の世界のどの街よりも賑わう光景だった。
広い石畳の大通りはところどころ割れ、朝の陽光を浴びて鈍く輝いている。
両側には三、四階建ての建物が密集し、上階が張り出して道を半ば覆うように重なり合い、昼間でも薄暗い影が落ちる。
でも値踏みされてる視線は四方八方から感じていた。
俺は無言で周囲への警戒を解かずに歩き続ける。
ここからでも見える、街の中心にそびえる大きな城。
この町には似つかわしくない白い城塞があった。まずは全体の様子を掴もうと思っていた。
「……行きましょうか、シビさん。まずはこの街を知らなくては」
エレナが隣で声を出す。その声は、この異質な街への戸惑いを隠しきれない、
少し緊張したものだった。、俺の腕に軽く寄り添うように歩いている。
その時だった。向かいから来た、杖をつき、ぼろぼろの外套を羽織った。腰の曲がった老婆がふらつき
老婆はエレナのすぐ横でよろめき、「大丈夫ですか、おばあさん!」エレナが咄嗟にその腕を支える。聖女らしい優しさが、反射的に出たんだろう。
本当はそんな優しさをやめさせたいと思ったが、それは彼女の良さを殺すことになる。
見逃すしかないと思った矢先だった。
ガッ!!
俺は一瞬の隙も見逃さず、老婆の後頭部を掴み、そのまま石畳へ強く押し付けた。
老婆の顔が地面に擦れ、くぐもったうめき声が漏れる。
「シビさん!? 何を……そんな、お年寄りにむかって!」
エレナが悲鳴を上げ、俺の腕を掴んで引き剥がそうとする。
だが、俺は老婆を地面に縫い付けたまま、周囲を見渡した。
通りを行く人々は誰一人として足を止めない。
興味なさげにちらりと見て、すぐに視線を逸らし、我関せずといった様子で通り過ぎていく。
ここでは、こんな出来事は日常茶飯事らしい。
「エレナ。お前の財布は」
俺は老人の方を向きながら一応聞いてみた。
「えっ? ……っ、ありませんわ!?」
エレナが慌てて腰を探る。
俺は老婆の懐に手を突っ込み、素早く小さな革の財布を取り出した。
「お前の財布はここにある」
地面に顔を押し付けられたまま、老婆は慌てて声を上げる。
「悪かったよ、出来心なんだ、許しておくれ!」
地面に押し付けられたスリは、なりふり構わず必死に謝っている状態だった。
その様子を見たエレナは、たまらなくなったように俺の腕にしがみついてきた。
「シビさん、もうよろしいではありませんか。このように謝っております。……反省しているのですから、きっと心を入れ替えてくださいますわ」
俺は老婆の腕を一瞥し、あきれたように鼻を鳴らした。
「必ずまたやるだろうよ。今回はこのまま解放するけど、次に同じ考えだったら取り返しのつかないことになるぜ」
俺が手を離すと、おばあさんの姿をしたスリは感謝の言葉一つなく、素早く身を起こして雑踏へと逃げるように消えていった。
それを見送りながら、俺はあきれた感じで言った。
「お前は気づかなかったのか。あいつは俺たちと変わらない年齢だぞ。
多分、仕事をしやすくするために顔を魔法か薬で整形して、あのようにしてるんだろうよ。足腰も弱ってねえ。見てみろ、あの逃げ足。あれは長年の訓練で得た動きだ」
エレナは顔を下に向けて、「……わかりましたわ」と小さく答える。
返事はしても、納得がいかない。きっと心を入れ替えてくれたと思ってる。
親に怒られた子供のような、拗ねた顔だった。
……あれはあれで、ここで生き抜くための努力なんだろうがな。
おれは、心の中で毒を吐いた。
だがエレナ、ここで外の世界みたいな善性をやっていたら、いつか寝首を斬られるぞ。
この街は、優しさだけじゃ生きていけねえ
俺たちは重い空気のまま、歩みを再開した。
ブラックサンドの喧騒が、さっきよりも少しだけ、冷たく肌を刺すように感じられた。
近くまで来ると、街の中心にそびえる大きな白い城塞が、朝陽を浴びて眩しく輝きながら俺たちを出迎えてくれた。
純白の大理石のような石材で築かれた壁は、荘厳で、尖塔の先端に翻る旗が風に優雅に揺れていた。
城門の脇には、磨き上げられた銀色の甲冑を着た騎士たちが、槍を構えて厳かに立ってこちらを見ている。
俺はそのまま城門に近づき、騎士に声をかけてみた。
「少しいいか?」
「何ようか? 旅の戦士よ」
「よくわかったな。旅の戦士なんて」
騎士は兜の下から鋭い視線を投げ、軽く肩をすくめた。
「昨日、軽戦士風の若い女と、アウリス神の聖印を持った女神官がこの町に入ってきた話は、もう耳に入ってる。お前たちは、自分たちで気づいてないかもしれないが、女二人でこのバステルに来たら、そりゃ噂になるさ。珍しすぎてな」
そりゃそうだわな。
言われてみれば納得だ。エレナみたいな聖女がこの街にいたら、目立って仕方ない。
エレナは少し頰を赤らめて、「やはり、珍しいのですか……?」と小声で呟いている。
ここは突っ込まないでおこう。面倒くさい。
「あることを知りたくてこの町に来たのだが」
騎士は周囲を素早く見回し、声を低くした。
「ふむ、ここでは誰が聞いてるかわからぬ。そこの門から入って、『メリッサ様に会いに来た』と伝えてくれ。話は通じてるはずだ」
俺たちは言われた通り、門番にその名を告げた。
意外にもあっさり通され、甲冑の騎士に案内されて城内の廊下を進む。
白い石壁に掛けられた絨毯や絵画、磨かれた床……すべてが清潔で豪奢だ。
簡単に信用して、危険な口に飛び込んでしまったか?
俺は内心で警戒を強め、エレナを半歩後ろに下がらせながら歩いた。
案内されたのは、意外に広々とした応接室だった。
大きな窓からメインロードが見下ろせ、暖かな陽光が差し込んでいる。
俺が椅子に座るのを待たず、周囲を素早く確認していると……向かいの扉が静かに開いた。
入ってきたのは、ミスリルチェインを軽やかに着込んだエルフの女性だった。
長い金髪を後ろで束ね、鋭く美しい碧眼。
腰には細身の剣を佩き、動きに無駄がない。
年齢は見た目で百を超えているだろうが、エルフらしい若々しい美しさを保っている。
「メリッサだ。シビにエレナ、ね」
俺は即座に立ち上がり、エレナを庇うように半身を入れる。
手は自然と剣の柄に伸び、警戒を最大に。
エレナも俺の異常な行動を感じ取り、普段の穏やかさとは違い、冒険者として鈴を握りしめ、静かに警戒態勢を取った。
メリッサはそんな俺たちを見て、くすりと笑った。
「その警戒心はこの町では大事ね。でも安心しなさい。門番の酒場のマスターから話は来てるわ。要件は?」
俺はエレナの顔をちらりと見て、彼女が小さく頷くのを確認した。
一応、大丈夫だという合図だ。俺たちは改めて席に座り直した。
「外の世界で、モンスターの身体に謎の紋章がつく事件が発生している。その紋章がついたゴブリンは、普通の冒険者じゃ倒せないくらい強化されてる。エリシオン王国の確かな筋からの情報では、その紋章に関する書物がこの城塞の中にあるらしい。それの所在を知り、対策を探すのが今回の使命だ」
メリッサは静かに聞き終え、軽く頷いた。
「なるほど、その紋章なら私たちも知っているわ」
「本当か?」
「最近、外でもそういうモンスターが現れ始めて、騎士団も苦戦しているところよ。なるほど、その書物の所在がこの城塞の中にあるということか」
「どこにあるかは?」
「あいにく、正確な場所は知らないの。でも、もし見つけたら、その対策をぜひ教えてほしい」
「ああ、もちろんそれを伝えることを約束しよう。その代わり……」
「こちらも情報や協力をするわ」
「俺たちもできることがあれば手を貸すことにしよう。報酬はもらうがな」
エレナを少し置いてけぼりにしながら、俺とメリッサは相互協力の約束を交わした。
エレナは少し拗ねた顔で俺を見ていたが、まあ後で説明すればいい。
メリッサは窓の外……メインロードを見下ろしながら、静かに続けた。
「私たちも何とかしようとは思ってるけど、人とモンスターでは分が悪くてね。なかなか街全体の開放はできない状態でもあるのよ」
「この町の維持も大変そうだしな」
「そういうこと。この白い城と大通りぐらいは何とか法を保ててるけど、裏道に入ったら完全に法の外。なんとか出せた法令は『メインロードを含む大通りでは犯罪を行うな』くらいだもの。笑えるでしょ?人の支配がしっかりできてるのは、メインロードまでなんだ」
それは仕方ないと俺は思った。
一応、表の治安は守られてるが、いつ魔物が攻めてくるかもしれない。
大きな戦争はないが、小競り合いは絶えないのだろう。
圧倒的に人数がいない。この白い城が、街の最後の砦なんだろうな。
一応メリッサ達もこの町内は探索してくれるらしいので、俺たちはこの小さな城壁の外を出て少し探索しようと思った。
エレナにも了解を得て決めたけど、先ほどの対応はご不満だったので、宿に戻った時にデザートをおごって一応機嫌を直してもらった、
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