29話 バステルの夜 石油王アヤ
案内された扉を開けた瞬間、俺は思わず足を止めた。
「……は? なんだこれ?」
そこにあったのは、王侯貴族の離宮を思わせる、信じられないほど豪奢な空間だった。
磨き上げられた大理石の床が柔らかな灯りを反射し、厚手の絨毯が足を優しく包み込む。
壁際には精巧な彫刻が施された家具が並び、天井からは水晶のシャンデリアがきらめいていいた。
そして何より目を奪ったのは、この世界では極めて珍しい。
湯気がゆらゆらと立ち上る、巨大で深い浴槽が部屋に設置されてる事だった。
室内全体に甘いハーブと花の香りが満ち、暖かな空気が肌を優しく撫でる。
まるで、夢の中の別荘に迷い込んだような、現実離れした贅沢さだった。
「おいマスター。手違いじゃないのか?さすがにこんな豪華な金額にあってないだろう? ベッドも一つしかねえぞ」
エリシオン王国の冒険者ギルド長リリアの権力はそこまでのものなのか?
「手違いだと? あんだけ金貨を山のように積んでおいて何を言い出すんだ。これはうちの一番の特等室だ。存分に楽しめよ。聖女様と二人きりでな」
店主は意味ありげにニヤリと笑い、わざとらしく眉を上げてから扉を閉め、足音を遠ざけていった。
どういうことなんだ?俺はそのまま部屋に戻った。
俺は隣のエレナを振り返る。彼女も目を丸くして、室内を見回している。
「……バステルの物価は、そんなにイカれてるのか?やはり治安が悪いから金額も適当なのか?」
「シビさん……あの、さっき金貨500枚渡しましたよね? 普通の宿なら金貨1枚でいい部屋借りれますわ。あなた、一体どういう感覚でお部屋を取ってきたんですの?」
「……え、1泊10枚くらいじゃないのか?」
エレナがガックリと肩を落とし、ため息混じりに俺を見上げた。
「あきれましたわ……。今まで行く先々で宿屋の人がやけに親切だった理由が、今ようやく分かりました。シビさん、あなたただのお得意様扱いされてたんですのね。金貨をそんなに積むお客なんて、滅多にいないんですもの」
俺の金銭感覚が、この世界では完全に「大富豪の遊び」になっていたらしい。
「金貨1枚は大げさだろう?食べ物だてっ食べれないだろ?」
「あのもしかして…銀貨や銅貨をお持ちじゃないのですか?」
「おいおい、金銭は金貨と大金貨しかないんじゃないのか?」
エレナの呆れ顔が見えるぞ?
「シビさん、そこに座ってください」
エレナに促されるまま、俺は豪奢な部屋のソファに腰を下ろした。
ふかふかのクッションが体を優しく受け止め、思わずため息が漏れる。
これは人をダメにするクッションだな。
エレナは向かいの椅子に座り、少し真剣な顔で俺を見つめてきた。
「シビさん、少しお金の話をしてもいいですか?」
「ああ、いいぞ。さっきの宿代の件で、なんか俺がヤバいことした気がしてるしな」
エレナは小さく頷いて、テーブルの上に小さな革袋を置いた。
中からいくつかの硬貨を取り出して、丁寧に並べ始める。
「この世界のお金は、銅貨、銀貨、金貨、そして大金貨の四種類が基本ですわ」
彼女が指差す順に、俺は硬貨を眺めた。銅貨10枚で銀貨1枚。銀貨10枚で金貨1枚。そして金貨10枚で大金貨1枚と教えられた。
なるほどな。転生前の感覚で言うなら、銅貨百円、銀貨千円、金貨一万円、大金貨十万円みたいな感じか。
物価は違うけど、そう考えたら迷わなくて済むな。
すごくシンプルで、頭の中で即座に換算表ができた。
これまでなんとなく金貨しかないと思ってた。たいていのRPGは一種類しかないからてっきり。
「大きな町の普通の宿屋なら、一泊金貨1枚で十分快適に泊まれます。私が最初にシビさんと出会ったあたりの村なら、銀貨5枚くらいでいい部屋が取れますわ」
「……マジかよ」
俺は思わず呟いた。
普通に考えれば5000円だと思えば普通の民宿でも泊まれる金額だからそんなものか?
「俺が今ポンと出した金貨500枚って……」
「ええ。王侯貴族が泊まるような最高級の宿に、約二か月滞在できる金額ですわ。エリシオンの首都でも、これだけ豪華な部屋は滅多にありません」
だよな。1か月500万円払ってるんだよな。
ドバイの超高級ホテルの最上階スイートの金額を普通の宿で払ってたのかよ……!
それは驚くわな。
どれに、まともな買い物したときもエレナに教えてもらった魔法ショップだし。
1週間分の服は荷物に入ってるから普通のお店で買い物をしたことがなかったよな。
「報酬はいつもギルドから金貨でもらってたし、宿屋で飯食う時も『宿代に含まれてる』って言われてたから、払ったことなかったんだよな……。てっきり、この世界のお金は金貨が基本だと思ってた」
「シビさん……あなた、本当にすごいお金持ち扱いされてましたのね」
エレナがくすくす笑いながら、俺の肩を軽く叩く。
「これからは、私がちゃんと管理しますわ」
「……頼むわ、マジで」
俺は緊急時に使う文の金貨数十枚を財布に入れ、ほかをエレナに渡した。
俺の金銭感覚が、異世界では完全に「石油王レベル」になってたなんて。
宿屋のマスターがニヤニヤしてた理由も、冒険者どもが俺を見て酒をねだってきた理由も、今ようやく分かった。
てっきり体目当てだと思ったから飲ませてやってたんだが。……カモられてただけか。
だが、窓の外の不穏な夜景を見やり、俺は自分を納得させるように呟いた。
でもまあ……この危険な場所だからこそ、この豪華な部屋の方が安全かもしれないな。
その後俺たちは交代で風呂に入ることになった。
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