24話 新たな旅立ち 第1部完
焼け焦げた匂いが、まだ鼻の奥に張りついていた。
先ほどまで観客席だった場所はぐちゃぐちゃで、砕けた木の椅子と石片、それから血の跡が、ぐちゃっと混ざって散らばっている。
足元には、俺が叩き伏せた連中が何人も転がっていた。
うめき声を上げてる奴もいれば、気を失って動かないやつもいる。
土陣鋼槍で貫いた傷は、急所だけは外したはずだが、それでも生々しすぎる光景だった。
「やりすぎたな……」
思わず、小さくそうこぼす。
いくら精神防御がなされてるとはいえ、やはり目で見ると来るものがあった。
胸の奥に、さっきの熱と痛みの記憶が、まだじわじわ残っている。
横腹の致命傷は聖癒光のおかげでふさがっているけど、服は破れたままだし、こびりついた血がやたらと生々しい。
少し離れた場所で、エレナが立っていた。
鈴を握ったまま、静かにあたりを見回していた。
白い衣が、血と煤でところどころ汚れていて、それが余計に胸に刺さる。
俺は、エレナの方を見ようとして、視線をそらした。
顔を合わせづらい。
助けてもらったのはこっちなのに、あんな言い方をしたままだ。何から口を開けばいいのか、全然わからない。
沈んだ空気の中で、鈴がかすかに鳴った気がして、俺は思わず肩をすくめた。
「シ…シビさん」
おそるおそるって感じの声が聞こえて、顔を上げる。
エレナが少し離れたところに立ってた。鈴を握る手が、まだかすかに震えている。
「エレナ…えっとだな」
何から言えばいいのか言葉を探してる、その瞬間だった。
「いたぞ!」「こっちだ、煙が上がってる!」
甲冑のぶつかり合う音と、複数の足音が一気に近づいてくる。
街の衛兵が、松明と槍を手にしてどっと劇場跡に雪崩れ込んできた。
首都からそう遠くない場所で、さっきみたいな爆発と戦いの音を派手に鳴らしたんだ。
衛兵が来るのなんて、むしろ当然だよな。今さらだけど。
俺が「さて、どうごまかすか」と頭をフル回転させていたら、その前にエレナが一歩前に出た。
白い衣を正し、鈴を静かに握り直して、衛兵隊長らしき男の前に立つ。
「こちらの者たちは、私とシビさんが制圧いたしましたわ」
エレナの落ち着いた声と、胸元で光る女神アウリスの紋章入りのペンダントを見た隊長は、一瞬だけ目を細めてから、静かにうなずいた。
周りの兵たちも、エレナの姿を見て思わず息を呑んでいる。
無理もないよな。あれだけ派手な戦いのあとに、鈴を下げた白衣の聖女が立ってるんだ。
首都にいる人なら、エレナのことを知らない方が珍しいだろう。
隊長らしき男とエレナが、少しのあいだ何やら話をしている。
俺には聞き取れないくらいの小さな声だけど、要点だけを手短に伝えている感じだ。
ひと通り話し終えると、今度は隊長がこっちを向いた。
「じゃあ、あんたにも話を聞かせてもらおうか」
そんな流れで、俺に簡単な事情聴取が回ってきた。
聞かれたのは三つだけだ。
「まず、なぜここにいた?」
「この有様にしたのは、そちらのあんたか?」
「倒れている連中について、心当たりは?」
変にごまかしても面倒になるだけだ。
俺は素直に答えることにした。
「ギルド経由の依頼だ。最近ここで怪しい集まりがあるって話でな。調査に来たら、あいつらにいきなり襲われた。面は知らねえ。多分、この劇場跡を根城にしてた連中じゃないか?」
隊長はうなりながら周囲を一周見回し、倒れてる奴らの装備と紋章を確認していく。
しばらくして、ふう、と息を吐いた。
「……なるほど。詳しい身元確認はこっちでやる。お前の話は記録しておくが、今のところ拘束する理由はなさそうだ。ギルドにも確認は入れておく」
そう言って、俺たちはあっさり解放された。
助かったのは間違いないんだけど、胸の中の一番の問題は、まだまったく片付いてない。
助けてもらった礼も言ってないし、あんなことをぶつけたエレナに、ちゃんと謝らないといけない。
こういうとき、どうすりゃよかったんだっけな。
また一つ、答えの出ない問題を抱え込んだ気がした。
俺がぐるぐると頭の中で言い訳と謝り方を並べていると、エレナがそっと近づいてきた。
「ここにいても風邪をひくだけですわ。まずはギルドの方に向かいましょう」
いつも通りの落ち着いた声だったけど、その目はちゃんと俺の体調も見ている。
情けない話だが、ここまで来てまだエレナに気を遣わせてる自分に、心の中でツッコミを入れるしかなかった。
酒場兼ギルド、癒しの炉端に到着すると、外の焼け焦げた匂いとは違う、酒と肉と暖炉の匂いが一気に押し寄せてきた。
さっきまで大騒ぎしてたらしい空気がまだ残っている。
「ちっ、無事だったか」
開口一番、それかよ。
「ギルドマスターが『ちっ』ってなんだよ」
カ ウンターの奥から顔を出したギルドマスターのリリアは、口では文句を言いながらも、こっちの全身をじろじろ確認している。
多分、本気で心配してくれてたんだろうけど、素直じゃないのがよくわかる。
「私に面倒はかけなかったんでしょうね」
「悪い、多分かけたと思う」
「ガチで何か起きるとは思わなかったんだけど?」
マスターが肩をすくめる。
「どういうことだ?」俺は疑問に思って聞き返した。
「依頼は前から来てたんだよ。最近ここで怪しい集まりがあるってさ。でも首都の近くだろ? 大事にはならないだろうって思ってたんだよ。そしたら、ここからでも花火が見えるレベルでドカンだ。さっきまでみんな騒いでたぞ」
「まぁ無事だったのはみんなが酒で送り出してくれたのと、どこかの誰かさんが援軍を出してくれたおかげだろう」
「まあ、あんたが生きて帰ってきたんなら、それはそれで酒のつまみだ。……ただ、あんたの連れはそう思ってないみたいだけどな。あんたの部屋で話でもすれば?」
その一言に、周囲の冒険者どもが一斉に反応した。
「おいおい、シスター連れ込むとか神の冒涜だろ」
「告解室は二階の個室になりましたってか?」
「お祈りってそういう……」
好き勝手なヤジが飛んでくる。
「そんな中じゃねえよ。神に懺悔することなんかねえよ。静かに酒でも飲んでろ」
軽口を返しながら、エレナの方を見る。
エレナは、さっきから何も言わずに、でもはっきりとした視線で俺を見つめていた。
怒っているのか、呆れているのか、心配しているのか、その全部が混ざったような目だ。
ああ、完全に逃げ道ふさがれたな。俺は小さく息を吐いて、覚悟を決める。
「……行くか。部屋、上だ」
そう言って、エレナを部屋までエスコートすることにした。
俺が、この首都にいるあいだ借りている部屋は、本当に最低限のものでしかない。
来たばかりだから、ベッドと丸テーブルが一脚あるだけだ。
エレナにはベッドの端に座ってもらって、俺は丸テーブルの椅子に腰を下ろした。
「エレナ、ありがとうな」
エレナが腰を下ろした瞬間、俺は立ち上がって、そのまま頭を下げた。
「え…えっと、無事で何よりですわ」
いきなり頭を下げられるとは思ってなかったんだろう。
エレナは目を丸くして、ちょっと上ずった声で返事をしてきた。
「まあ、あれだけ派手なことが起きれば、誰かが来てもおかしくはないけどさ。来るの、かなり早かった感じがするんだが」
俺がそう切り出すと、エレナは少しだけ表情を引き締める。
どうやら、もともと話があってギルドに来たらしい。
そこで、ちょうど俺が調査に出たと聞いて、嫌な予感がして追いかけてきた、という流れだった。
その話を聞いているところで、コンコンとノックの音がした。
扉を開けると、リリアが水の入った木のカップを二つ持って立っていた。
「サービスいいじゃん」
「四か月分の前払いをもらってるからね。これくらいはしないと」
苦笑いしながらそう言って、カップを俺に渡してくれた。
「ありがとう」
ここまで稼いだ金の大半を、この宿の長期滞在費に突っ込んでいる。
正直、面倒がなくて助かるから、そこは文句を言う気はない。
俺は一つをエレナに渡し、自分も椅子に戻って腰を下ろした。
「えっとさ、エレナが来てくれてなかったら、多分命なかったんだろうな」
正面からそう言うと、エレナはカップを持ったまま、少しだけ肩を震わせた。
「びっくりしましたわ。到着した瞬間、今にも倒れそうなシビさんを見たとき、寿命が縮むかと思いましたもの」
「少し、不意打ちを食らってな。…ほんと、助かった。ありがとう」
「無事なら、いいのですわ」
エレナはいつもの穏やかな口調でそう言う。
その言葉が逆に、胸の奥に重く響いた。
「話は、分かってるつもりなんだよ。でも、出来れば拒否をしたい」
本音を言えば、エレナに来てもらえるなら、どれだけ助かるか分からない。
エレナの呪文は、何度も俺の命を引き戻してくれたし、あの気遣いに何度救われたか知れない。
今回の件だってそうだ。
多分俺は、国かどうかは分からないが、どこか大きな組織に目を付けられた可能性が高い。
エレナには教会の仕事がある。
これからもっと教会での地位も上がって、世の中のために動くんだろう。
そんな人間を、俺みたいな得体の知れない冒険者一人に付き合わせるのは、どう考えてもまずい。
裏側の面倒ごとで、エレナの神経をすり減らせる未来が頭に浮かんで、それがたまらなく嫌だった。
それに、俺なんかと一緒にいたらまずいだろうな、って気持ちがどうしても消えない。
「なぜ、そこまで人を拒否なさるのですか?」
エレナの素直な問いに、思わず声を荒げてしまう。
「してないだろ! 現に下の連中とのやり取りとか、コミュ障じゃやらないだろうが」
「そうやって論点をごまかすのは、卑怯だと思いますわ」
ぐさっと刺さることを、さらっと言ってくる。
「はあ…俺のせいで、死んでほしくないんだよ」
観念して、俺は少しずつ話し始めた。
転生のことは話さなかった。
代わりに、ルークたちのパーティのことを伝えた。
俺自身ではないけど、アヤはきちんと調査をしていなくて、相手をゴブリンだと舐めていた。
結果、全滅した。
あのパーティの技量なら、ゴブリン百匹くらいなら本来は捌けたはずだ。
でも、統率の取れた群れと、強化されたゴブリンたちを前に、判断を誤った。
その結果が、全滅だ。
もし俺が同じ立場でも同じことをしていただと思う。
だからこそ俺の判断ミスで、エレナが死んだり、それに近いことが起きたら、多分俺は耐えられない。
教会で働いているってことは、エレナはこれからも、もっと多くの人のために動く人間になるんだろう。
そんな人材を、俺一人なんかに縛り付けるのは、どう考えても間違ってる。
全部、言葉にして話し終えるころには、俺自身がちょっと息切れしていた。
エレナは、俯きかけた俺の顔をじっと見つめてから、ゆっくりと二度、三度、首を横に振った。
その瞳には、呆れとも違う、何か別の感情が浮かんでいるように見えた。
「これが理由だ」
全部吐き出して、ようやくそう締めくくった。喉の奥がやけに乾いている。
「シビさんの気持ちは分かりましたわ。でも、この先の冒険をずっと一人で行うことはございませんでしょう? 仕事によっては二人とか、多い時は十数人とかもあり得ましょう」
「ああ」
確かに、それはそうだ。依頼の内容次第じゃ、集団で動くことも珍しくない。
「では、わたくしではなくて他の人なら死んでもいいとおっしゃいますの?」
「そんなわけないだろ」
即答した。そこだけは、絶対に譲れない。
「ですが、シビさんの今の論法ではそういうことですわ。多分、この紋章の事件を追っていくことになるのでしょう?」
「ああ」
逃げられないだろうな、とは思っている。
「でしたら、いずれにせよ人手が必要ですわ。それも、気の知れた人が」
「反対に聞くが、なぜ俺なんだ?」
素直にそれが気になった。エレナなら、もっとまともで、ちゃんとした人間を選べるはずだ。
「分かりませんわ。でも、気になるのです。シビさんのことが。それに、その気持ちを知るためにも、手を貸したいと思いますの」
なんだそれ。
はたから聞いたら、ほとんど告白じゃないか。まったく。
「それで教会の仕事をないがしろにしていいわけないだろ?」
「きちんとお祈りも忘れませんわ。それに、シビさんは約束をしましたわ」
「約束か…。それを言われると断りづらくなるじゃねえか」
もちろん覚えている。デュラハンを退治したときに交わした約束だ。
命を粗末にしないこと。あれはエレナとの約束でもある。
「そうですわね。ですが、もう一つ理由がありますの」
「それを聞いてもいいか?」
「司祭様は、わたくしに『人を知りなさい』ともおっしゃいましたわ。旅をして世間を見て、もっともっと人を理解して、わたくし自身も見聞を広げなさいと。あと…わたくしのこの気持ちの意味を知るためにも、必要だと思うのです」
少しだけ言いにくそうにしながら、それでもはっきりと言葉にしてくる。
「俺は多分、これからも信仰の否定をすると思うし、この間みたいな暴言も言うと思うぞ。それでもか」
「はい。わたくしも、言うべきことはきちんと言って、シビさんに分かっていただくつもりですわ」
真正面からそう返されて、思わず天井を仰ぎたくなった。
「はぁ~~~~…そうだな。今さらほかの連れを探すにしても、僧侶は絶対に必要だしな。…頼めるか?」
情けないことに、顔が熱くなるのが自分でも分かった。
多分、上目遣いでエレナを見ていたんだと思う。普段よりもエレナの顔が高く見えて、そう思ったら余計に恥ずかしくなってくる。
これじゃ本当に女じゃねえか。
「くすっ。珍しく年相応なシビさんの態度ですわね。こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ。まずは司祭様にも了解をもらわないといけませんわね」
「教会に戻るんだろ?」
「はい。今日はこのまま戻りますわ」
「なら、昼近くに顔を出すって伝えておいてくれ」
「了解いたしましたわ」
エレナは立ち上がると、軽く一礼して部屋を出ていった。
閉まった扉を見つめながら、胸の奥がじわっと重くなる。
翌日、俺は教会に向かい、司祭とエレナに面会を取った。
「昨日は大変だったそうじゃな、シビよ」
開口一番、司祭様がそんなことを言ってきた。
「まあ、そのことで、お聞きしたいなと思うのですが」
「おぬしは、国が動いたと読んでいるようじゃが、それは間違いじゃ。なぜなら昨日のあの時間帯、わしらはずっと会合で議論をしておったのだからな。信じるか信じないかは、お主に任せましょう」
「いえ、信じますよ」
あの老司祭が、ここで嘘をつく理由はない。
「一応、許可は下りたよ。ただし条件付きでな」
「条件とは?」
「このエレナを連れていくことじゃ。この事件はかなり大きい。それなりの技術を持った人材も必要じゃろう」
「それと、監視役ですか?」
「そう思ってもらって構わんよ。エレナはアウリス神への信仰が強い神官でもある。嘘は言わぬでな。前回の事件のときも、本来は言わなくてもいいことまで、きちんと話してくれたからの」
そう言って、司祭様は年齢不相応なウインクをよこしてきた。
こんなことになるんなら、この数日間、二人して悩んでた俺たちがバカみたいじゃないか。
「とはいっても、その紋章の情報を得るのに一番の場所は、ここではない」
「だったら、何のために俺は……」
「話を最後まで聞かぬのは損じゃよ、シビ」
司祭様は肩をすくめながら、一枚の地図を俺の方へ滑らせてきた。
「これは?」
「この地図の町のどこかに、その紋章のことが記されておる」
エレナは地図に目を落とした瞬間、はっと息を呑んだ。
「司祭様、ここは……もしかして」
「そうじゃ。ここは城塞都市バステルじゃ」
「ここって、どういう場所なんですか?」
「どの国にも属さぬ城塞都市よ。悪厄の都市、魔の都、犯罪都市……悪い異名はいくらでもある街じゃ」
「なんでそんなとこが存在するんだ」
「最初は、ただのスラムだったと聞く。それがどんどん大きくなり、犯罪者やら、わけありの連中やら、果ては魔物まで一緒くたに暮らすようになった。数十年前、周辺の国々が治安維持のために軍を送ったらしいが、意味はなかったそうじゃ。魔物も、その門から外には出てこん。ゆえに各国が出した結論は一つ、『手を出すな』じゃ。犯罪者なども流れ込む、そういう町なんじゃよ」
「めっちゃヤバいじゃねえか」
思わず素で漏れた。
「だから、やらなくてもよいのだ。女性二人で行くには、過酷すぎる」
「何で、そこに紋章が?」
そう聞いた俺に、司祭様はもう一枚、羊皮紙を見せてきた。
そこには、例の紋章と、その使い方らしき断片的な説明、そして地名が書かれていた。
それは、さっき聞いた城塞都市バステルの昔の地名だった。
「エレナ?」
俺が横を見ると、エレナは迷いなく顔を上げた。
「もちろん行きますわ。それに、アウリス神の教えを広めることもできるかもしれませんもの」
この状況で、そういう前向きさが出てくるあたり、本当に聖女だよな。
「分かった。なら、司祭様。エレナをお借りします。そして、危なくなったらエレナだけでも逃がしますので、ご安心を」
「本人は否定すると思うのじゃが……お主も、自分の身はしっかり守るようにな」
「はい。なら行こうかエレナ」
「ご一緒いたしますわ、シビさん」
ステンドグラスを通して差し込んだ太陽光が、エレナの横顔をやわらかく照らす。
その姿は、聖女に見えたことは内緒にしておこう。
それくらい、思わず見とれるほど綺麗だった。
さて、行くか。悪厄の都まで。
第一部 完
「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?
第1部完結しました 第二部まで何も決めてないので決まり次第少しずつ書いていきますのでよろしくお願いします
もしよければほかの作品も読んでくださるとうれしいです。
もし「続きが気になる」「応援したい」と感じていただけましたら、ぜひブックマーク登録と、ページ下部にある【評価する】ボタンから評価ポイントをいただけると、とても励みになります!
皆さんの応援が、次の話の執筆を進める力になりますので、どうぞよろしくお願いします!




