23話 劇場跡の戦い
俺は劇場跡のステージ中央まで歩いた。
周囲は張り詰めた静寂に包まれているが、肌を這うような冷たい予感が、何かが迫っていることを鋭く告げていた。ひび割れた石段、朽ちた木材から立ち上る土埃の匂いが、やけに鮮明に鼻につく。
「もうかくれんぼはよそうぜ」
その声は、静寂を切り裂く乾いた音として響いた。
次の瞬間、夜の闇を切り裂くように轟音と共に三方向から灼熱の塊が飛んできた。
火炎球が、耳障りな風切り音を立てながら飛来した。
手加減なしのガチできやがった。
おいおい計算違いもいいところだぜ!
劇場跡の中心で、地獄の業火が咲いた。
爆心地から放たれた衝撃波は、地面を叩きつけ、全身の鼓膜を激しく揺さぶる。
周囲の石材が弾け飛び、熱風が吹き荒れる。
劇場跡は一瞬にして真昼のようなオレンジ色の光に満たされ、凄まじい熱波が四方へ拡散していく。
爆発が収まった後、熱と煤煙の中で、敵が様子を見に瓦礫を踏みしめながら降りてくるのが、かすかな足音と、殺意のこもった気配で感じ取れた。
俺は地中の穴に隠れ身を低くし、盗賊技能の気配察知を最大限に研ぎ澄ませ、敵の動きを探ってみた。
三つの殺気、三方向から慎重に穴を囲んでいる。
とらえた瞬間に、俺は地面に両手を突き立て、力ある言葉を発する。
「大地よ、我が意に従い、鋭く尖った槍を敵に突き刺せ!土陣鋼槍」
詠唱を終えた瞬間、劇場跡の硬い地面が、まるで巨大な生物の牙のように重い振動を立てて波打った。
鋼鉄のように鋭く尖った岩の槍が、一斉に地面から天へと突き出すように、鋭利な岩が立ち上がる。
それは、待ち伏せていた敵の体を、呻き声すら上げる間もなく、腹部、胸部、そして脚部を複数貫き始めた。
俺は地中の穴から飛び出した。
倒れ伏した追手の体からは、岩の槍が血の滴りと共に突き出ている。命まではとっていないが、全員が動けなくなっていることを確認し、深く息をついた。
先ほどの凄まじい爆発をどう生き延びたのか、その一瞬のやり取りが頭をよぎった。
俺は火炎球を察知した一秒にも満たない瞬間に、力ある言葉を発した。
「大地よ、我が意に従い、道を切り開け!地動破」
地面に手をかざすと、石膏が砕けるような音と共に、足元の地面が渦を巻きながら瞬く間に深くくぼみ、人が入れるほどの穴を作り出す。俺は反射的にその中に滑り込んだ。
そして、爆発が直撃する寸前に、すかさず次の力ある言葉を唱えた。
「水の精霊ウィンディーネよ、主を包み、水の膜を張り、炎から守り給え!水膜球」
炎耐性を求める呪文を唱えると同時に、穴の中の空気が一変した。まるで真冬の滝壺にいるかのような、冷たい風が全身を包み込む。透明な水の精霊ウィンディーネが、微細な水の粒を纏いながら、青白い光のオーラを放ち、俺の周囲を滑るように回り始める。
一瞬で全身が冷たい、でも心地よい水で覆われる。それは第二の皮膚のように密着し、強烈な熱を完璧に遮断する水の膜みたいだった。
爆発の衝撃波が、穴の奥深くまで響き、全身の鼓膜を激しく揺さぶる。
水の膜は、外側の熱を蒸気に変えて霧散させ、俺に届く熱を完璧にさえぎっていた。
よく短時間で呪文を唱えれたものだ。
お風呂入る前でよかった。入った後だったらもう一度入り直しだな
水の膜に包まれた俺は、炎の熱が届かないことを確信した。
「これで、少しは耐えられる…」
体に感じるウィンディーネの存在は、まるで守られているような、絶対的な安心感を与えてくれた。
全員倒れこんでいるのを確認して、俺は一息ついた。
こいつらはいったい何者なんだろうな?
気を抜いたその瞬間、完全に警戒を解いた一瞬の隙。
音もなく、気配も、存在感も一切ない。
ずっと闇に溶け込んでいた人影が、夜の闇から一筋の黒い光のように飛び出した。
その動きは、視線が追いつかない幻影の速さだった。
奴の短剣が、俺の横腹の最も無防備な部分を一点集中で狙い、容赦なく一刀両断した。
それは盗賊の奥義、闇夜の断罪だった。
その技は、ただの一撃ではない。
闇に溶け込むことで相手の目を欺き、気配を完全に消し去り、攻撃が届く瞬間まで気づかせない。
まるで、闇そのものが刃となって刺さり込んだかのような、圧倒的な速さと静けさを持つ技だった。
その一瞬で、相手の存在を感じた時には、もう手遅れだった。
ヤバイ、想定外すぎる。マスタークラスがいるなんて思ってもいなかった。
短剣が肉を裂く感触よりも先に、全身の神経が焼き切れるような、激しい痙攣が走った。
まるで骨の髄まで零下に冷やされたかのような感覚が広がり、直後、傷口から熱い津波のように血が噴き出した。
俺の身体は一瞬で鉛のように重くなり、激しい目眩に襲われる。力が抜け、膝が崩れ落ちる。
横腹から流れ出す血は、次第に温かさを失い、全身に重くのしかかる。
血の雨を降らす、という表現を聞いたことがあるが、まさか自分でそれを見ることになるとは。
その痛みが、まるで全てを引き裂くように深く、鋭く響く。
痛みが波のように押し寄せ、息が苦しくなる。
俺の手が横腹を押さえようとするが、もう力が入らない。
その瞬間、体の中で何かが切れる音がした気がした。
致命傷だ。 血がどんどんと地面に広がり、視界が急速に白く霞む。
もうこれで最後か……。
エレナに一言、伝えたかった。謝りたかった。
「すまない、エレナ……」その言葉だけが、胸の中で静かに響く。
俺は何もできなかった。あの時、もっと強ければ、もっと頼りになれば…。
だが、もうどうしようもない。これが最後だと、何となく分かっていた。
座り込んで、もう終わりかと思ったその時、背後から聞き慣れた、力強い足音が近づく。
「シビさん! シビさん!」
振り向くと、そこに立っていたのはエレナ。夜の闇の中でも、彼女の瞳は強い意志の光を宿していた。
彼女は俺の致命傷を視界に入れた瞬間、迷いなく手を伸ばし、祈るように呪文を唱え始める。
「清らなる癒しの光よ、砕かれた身を包み、今ひとたび立つ力を与え給え。聖癒光」
その瞬間、エレナの手から放たれた温かく柔らかな光の奔流が、傷口へと流れ込む。
全身の神経を逆流するような、冷たい炎に似た癒やしの力が体中を駆け巡り、内側から体を組み直していった。
激しい痛みは霧散し、失われた血の感覚が急速に戻る。
「エレナ……なぜここに……」
俺は、回復の衝撃に耐えながら、その言葉をかろうじて絞り出す。
「心配させないでくださいませ! 私がいる限り、あなたは一人じゃありませんわ!」
その強い言葉に、俺は安らぎを覚えた。
エレナの聖癒光で、盗賊の一撃から完全に回復した俺は、再び立ち上がり、最後の追手であるマスターランクの盗賊を倒すために、決意を新たに駆け出した。
俺は地面に座り込んだまま、回復の余韻に身を委ねていた。
体は完全に治ったが、精神的な油断と、マスタークラスの技術に圧倒された事実は、重い塊となって胸に残っている。
「戦士だと聞いていたのだが、数々の技術を扱うのか? その魔術に盗賊の技術まで使用できるのか。
そしてそこにいるのは鈴の聖女のエレナ・リディアンか。まさか、お前のような人物が来るのは計算外だな」
盗賊は、警戒を解かぬまま、こちらを観察している。その冷たい視線が、エレナで止まった。
エレナ・リディアン……。そういう名前だったんだ。そういえば、フルネーム、きちんと聞いたことなかったな
俺は奴が驚きで思考を止めた、その一瞬の隙を狙って動いた。
「逃がさねえよ」
音もなく、闇に溶け込んでいた人影のように、俺の体が一筋の黒い光となって加速した。
必殺の突きが、盗賊の喉元へ容赦なく襲いかかる。
影走りからの|牙衝《がしょうはかわせねえだろ。
俺の鋭すぎる一撃は、まるで風になびく布のように軽くかわされた。
奴は攻撃を回避した勢いをそのまま利用し、地面を蹴ってバク宙の軌道を描き、劇場の深い闇へと音もなく消えていった。
「今の一撃で確信した。お前一人なら殺せる。だが、鈴の聖女がいる以上、分が悪い。お前のパートナーがいないときに命をもらうとしよう」
嘲笑にも似た冷たい声だけが、劇場跡にこだました。
「さすが凄腕の盗賊だ。逃げ足だけは速い」
俺は、再び地面に座り込んだ。今度は傷によるものではなく、無力感と後悔からだった。
助けてもらったお礼を言わなきゃな。
あと謝罪もしなきゃいけない。
エレナにあんなことを言ってしまったから、どうやって伝えればいいのか。
こんな時、どうすればよかったんだろう?
次回12/9 18:00UP予定です
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