20.5話 帰り道で(エレナ視点)
わたくしの目の前で、シビさんは容赦なく全てを壊していきましたわ。
ガラスが砕ける音、液体が飛び散る音、そして最後に灰になるまで……
わたくしはただ立ち尽くして、指一本動かせませんでした。
止める言葉も、反論の言葉も、出てこなかった。
だって、シビさんが言ったことのどれもが、間違っているとは思えなかったから。
……悔しい。
本当に、心の底から悔しかった。
なぜ、シビさんはあんなに人を信じられないのでしょうか?
「人は弱い」「100パーセントは無理だ」って、あんなに冷たく言い切るなんて。
きっと、どこかでとても辛い目に遭われたのでしょうね。
それとも……「生前」って、たまに零すあの言葉でしょうか。
あれは一体、どういう意味なのかしら。シビさんは不思議な人ですわ。
ありとあらゆる魔法を使いこなし、知識も常人の域を超えてますのに、市場で売っている果物の名前すら知らなかったことがありましたわ。
それに冒険者なのに、馬車の乗り方も最初はぎこちなかったりしてましたわ。
まるで、この世界の「当たり前」を知らない人のような感じがしますわ。
……もしかして、本当に「死んだ」ことがあるのかしら。
でも、そんな呪文は現存しておりませんわ。
もし存在したとしても、アウリス様の教えに反する禁忌ですわ。
自然の理を捻じ曲げるなど、神への冒涜に他なりませんもの。
それなのに。それなのに、わたくしはこの人に、こんなに惹かれてしまう。
強いのに、どこか危なっかしいこの女性に。
冷静なのに、自分の身を顧みない。
あの時だって、わたくしを守るためだけに肩を深く斬られて……
あんな傷を負う必要なんて、なかったのに。胸の奥が、熱くて、痛くて、苦しくて。
これは一体、何なのでしょうか?
信仰の教えの中には、こんな気持ちは載っていませんでしたわ。
でも、わかっているんです。
この先も、シビさんの隣にいたいって。たとえ今は距離を置かれていても。
たとえ信仰のことで衝突しても。
いつか、わたくしが信じる「信仰」を、シビさんにも信じてもらえるように。
信仰が、誰かを救う力になるって、ちゃんと伝えたい。
……だから、離れませんわ。
どこにも行きませんわ、シビさん。あなたが一人で歩き出すなら、
わたくしはその背中を、ずっと追いかけます。
どんなに遠くなっても、どんなに冷たくされても。
この気持ちはたぶん布教ですわ。
そして今は、──わたくしは、あなたのその危ない感じを放っておけませんわ。
あれから、もう2日目。運よく馬車に乗れて、ゆっくりと王都への街道を進んでいるけれど、車内はまるで氷の部屋のようですわ。
シビさんは御者台に座ったまま、ほとんどこちらを見ようともしません。
わたくしが後ろの荷台から声をかけても、「……ああ」とか「うん」そして「……気にするな」たったそれだけの会話でしたわ。
野営の準備をするときも、
「火を起こしますわ」
「……頼む」
夕食のときも、
「今日は干し肉と硬パンですけれど……」
「……食う」
シビさんが、水筒を差し出してくださって、「ありがとうございます」って言ったら、「……別に」ですわよ。
もう、本当にどこから手を付けていいのかわからないくらい、距離ができてしまいました。
一瞬心が折れて泣きそうになりましたわ。まったく
最後のとどめがこれでしたわ。
夜空の星がきれいで、つい「見て下さいませ」と声をかけたら、
シビさんは一瞬だけ空を見上げて、すぐに顔を背けてしまった。
「……星は、どこでも同じだな」それが、唯一の長い台詞でしたの。
わたくし、こんなに苦しいのは初めてです。
シビさんが横にいてくれるだけで安心だったのに。
ぶっきらぼうでも冗談を言ってくれるだけで笑顔になれたのに。
肩の傷を心配してくれたあの優しさが、もう戻ってこないみたいで。
……わたくしのせいなんですわ、きっと。信仰を理由にして正当化したせいで。
シビさんと完全に意見が交わらなかったのですわ。
多分シビさんはあの時世界とか周囲を考えたのですわ。
わたくしは制度を信じてって言いましたわ。
シビさんは制度は立派だけど、扱うのは人だから間違いがある可能性があるって言いたかったんでしょうね。
わたくしは、それでもアウリス教会と、この国を信じたいですわ。
だから、シビさんはわたくしを遠ざけているのかもしれません。
でも、今は離れませんわ。
馬車が揺れるたびに、荷台の資料の束がカサカサと音を立ててふと見てみたのですわ。
シビさんが「せめてこれだけは」と残してくれた研究報告書。
わたくしはそれを布で丁寧に包んで、胸元に抱えるように抱きしめてしまっていた。
……これが、今のわたくしたちの、唯一の繋がりなのかもしれませんと思うとやはり涙が出てきそうですわね。
夜明け前、シビさんが一人で起きているのに気づいて、そっと毛布を持って近づきましたわ。
「寒いでしょう? これ……」
「……いらねえよ」と言って毛布を受け取ってくれなかった。
でも、シビさんはすぐに立ち上がって、わたくしの分まで薪をくべてくれた。
火の粉が舞う中、背中だけ向けて、ぽつりと、「……風邪ひくなよ」それだけ言って、また黙ってしまった。
すごく、嬉しかった。冷たくされても、突き放されても、
やっぱりシビさんは、わたくしのことを見てくれている。
だから、わたくしも諦めませんわ。
このぎこちない沈黙が、いつまで続くのかはわかりませんけれど、いつかきっと分かり合えると信じています。
首都に着くまでに、言葉を交わせる日が来るのかもわからない。
でも、シビさんが歩く道の、少し後ろを、
わたくしは絶対に、ついていきます。あなたが振り向いてくれる日まで。
そのとき、ちゃんと笑顔で「また一緒にいてもいいですか?」って言えるように。……そのときまで、
この胸の痛みを、そっと抱きしめておきますわ。
日記を振り返ってみたらなんだか愛の告白みたいで恥ずかしく思いましたわ。
そんなわけないのに。
あの人は女性でわたくしも女性。
これは恋愛ではありませんわ。
この感情の正体も知りたいですわね。
今回はエレナ視点ということで20.5っていう番外編的な感じで書きました。
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