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【7部】転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~  作者: 綾
第2章 出会い

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5話 霧の森

 村の酒場を後にし、朝霧に包まれた森の入り口に立つ。

「教えられた場所は――ここだよな」

銀髪を乱暴にひとつに束ね、赤い瞳で木々の隙間をじっと見つめる。霧が濃く立ち込め、木々がぼんやりと浮かび上がるその様子は、まるで別の世界の入り口のようだ。


風が肌を冷たく撫でる。だが、その冷たさに身が縮む思いがする。周囲の空気が重く、息を呑むたびに、深く沈み込んでいくような感覚に襲われる。


でも、静寂が逆に恐ろしい。

腰に差した剣は軽いけど、革鎧はまだ体に馴染んでいない。歩くたびに胸が揺れて、重心が前に寄ってしまう。その感覚が、慣れない体を感じさせて、なんだか気持ち悪くてたまらない。

「この体――神様の“プレゼント”って言ってたけど、今度会ったら文句のひとつも言いたくなるな」

心の中で愚痴をこぼしつつ、足を進める。


 転生させるなら、せめてもっと平和な世界か楽な状況にしてくれたらよかったのによ。

イケメンか金持ち、そんな妄想をしていた頃が懐かしい。

だが、現実は違う。他人の人生を踏みにじって、女の体で剣を振るう。

考えるだけで頭がクラクラしそうになる。


 森の奥に何が待ち受けているのか、見当もつかない。だが、無駄に時間をかけるわけにもいかない。

どんなことが待っているか、想像を巡らせる余裕もなく、ただ足を踏み入れようとするその瞬間に、宿の女将の声が脳裏に浮かぶ。

「シビ、一人で行くなんて心配だよ。街でパーティー探して戻っておいで」

その言葉が、また胸に刺さる。


 心配性なのは女将だけじゃない。俺自身ももそうだった。

しかし仲間を作って、また失う

その痛みは、もう感じたくない。あの時のことが、まだ胸の中でぐるぐる回っている。

精神支配の防御があっても、喪失の痛みは別物だ。

アヤとしての記憶はあるけど、俺はその痛みを直接感じたわけじゃない。

それでも、あの温もりや香りを思い出すたびに、胸が締め付けられる。

まるで俺自身もそこにいたような錯覚に陥られる。

記憶が俺に重くのしかかっていた。


生前の俺は、ずっと一人だった。

学生時代、周囲から外れて本を読み、派遣のオフィスでは、誰とも気が合わないような感覚で過ごしていた。みんなが昇進話に盛り上がる中で、俺はただ相槌を打ちながら、心の中でつぶやいていた。

「俺はいつまで、こんな人生を続けるんだろう」


 大学に合格したとき、雄叫びをあげたあの瞬間が最高だった。

周りに変人扱いされても構わなかった。あれこそが、初めて「変われるかもしれない」と感じた瞬間だった。

だが、そのすぐ後で命を落とすなんて誰が予想しただろうか。


 だからこそ、一人で行くしかない。

仲間は不足を補うためにいるだけだ。

今の俺には、戦士・魔法・盗賊の基礎と精神防御が与えられている。あとは練度を上げるだけで済む。

他人がいると、裏切られる可能性もあるし、人間関係に煩わされることもない。

誰も失わずに済むから、気が楽だ。


 狩人が消えたという黒い影。ゴブリンの残党じゃない気がする。

不安っ増大している気がする。

俺の魔法や探索技能なら、きっと何か掴めるはずだ。


 湿った土と枯れ葉の匂いが鼻をつく。

空気はひんやりとしていて、木々の間から差し込む光が薄く、陰鬱な雰囲気を醸し出している。

足音を殺し、慎重に進んでいくが、根に引っかからないように気を使いながらも、足取りは自然と速くなっていった。


 周囲の静けさが、余計に不安をかき立てる。

息を呑むたびに、どこかから見られているような気がして、背筋がぞくっとした。

振り返りたくても、怖くてできない。あの気配が何なのか、分からないままだった。


 体はまだ慣れていなくて、動きがぎこちない。

それでも、シビの知識と経験がその軌道を修正してくれる。

それでも武器も魔法も罠の技術も、まだ十分に使いこなせていない。

経験が足りないから、完璧には扱えない技も多い。

筋肉や呼吸も思うように調整できない。気づけば息が荒くなり、攻撃の軌道が少しズレているのが分かる。

詠唱の途中で息が漏れ、無双なんてとてもできそうにない。経験で磨くしかないんだ。

神様がくれたのは素質だけ。残りは、俺の手で、俺の経験で、何とかしていくしかない。


 その時、パキッと枝が折れる音がして、視界の端に何かが動くのを見た。

胸に紋章がついている

霧の中から、三匹の変種ゴブリンが飛びかかってくる。

爪の先が黒く濡れ、血の匂いが漂う。


「くそ、ほかにも存在していたのか?」

俺はその場で剣を抜く。

柄が手にぴったりと馴染む感触が心地よい。

だが、その瞬間、胸が揺れ、想像よりも遅れて剣を振るった。

嫌な予感がする。


 先頭のゴブリンの首を狙い、突進してくる力を利用して横へ移動し、剣を薙ぐ。

刃が肉に食い込み、黒い血が飛び散る。ゴブリンはそのまま地面に倒れ込んだ。

すかさず、残りの二匹が左右から爪を振り下ろしてくる。

右のゴブリンは低くしゃがみながら爪で足元を切りつけ、

左のゴブリンは身をひねり、爪を伸ばして肩を狙ってきた。

俺は重心がわずかに崩れたてしまった。

右のゴブリンの攻撃はかろうじて避けたけど、左のゴブリンの肩の一撃はうまく避けられず紙一重でかすった。

その瞬間、革鎧が火花を散らす音が響き、痛みが肩に走る。


 その痛みを意識しないように気を散らす。

胸の揺れが剣筋を遅らせる。

「ほんと勘弁してほしい……」

命をかけた戦いで、この状況、こんなことに煩わされていたら、死ぬのも時間の問題だ。


「この体、軽いはずなのに……ったく!」

俺は気を取り直し、力ある言葉を使った。


「暗黒の矢よ、敵を貫け――魔法の矢(マジック・ミサイル)!」

手のひらに熱が走り、光の矢が弧を描いて二匹を貫く。

その瞬間、その瞬間、悲鳴が霧の中で響き渡り、森に広がった。

魔力の消耗を感じ、頭が少し重くなる。

これが魔法を使うときの消費した感覚か?

先日は満身創痍だったから気づかなかったが、確かに疲労感を感じるな。

魔法を使い過ぎると集中力も散漫になる可能性があるから気を付けないとな。

「とりあえず一匹目」

ひと息つくが、すぐに次の戦いに備える。

多分こいつらが」本命ではないはずだ。どれだけ大きかろうとゴブリンだ

いくら村人が見間違えたとしても影とゴブリンを間違えるはずがない

だが、何でもできるのは便利だけど、思った通り連戦は無理だな!

体力も魔力も消耗しているが、それでも進むしかない。


 額の汗を拭い、剣を納める。息を整え、さらに奥へと進む。

霧は次第に濃くなり、前方がどんどん視界から消えていく。

足元に注意を払いながら、霧が足音を反響させる。

静けさの中で何かが揺れる気配がするが、それはすぐに意識の中で混じり合って消えていった。ちがうな、これは、鏡だ。


 霧の粒が鏡面のように輝き、次第に記憶と感覚が交錯し始める。

生前の記憶とシビの記憶が幾層にも重なり、視界を覆っていく。

冷気が肌を刺し、白い息が空中に舞い上がる。鼓動に合わせて鏡の表面が震え、歪んだ映像が広がる。


 歪みの中で、最初に映るのは、白い部屋で目覚めた俺の姿だ。

虚ろな目で、「お前が転生しても無駄だろう」と鏡の中の俺がつぶやく。


 灰色のオフィス、山積みの書類、同僚たちの薄笑い。夜中のビールと参考書。合格の雄叫び――だが、それは誰もいない空に消えていった。


「お前は負け犬なんだ!」

「努力してもままならないのによくやる!」

「大学行ったからって人生が変わるなんて本気で思ってるのかよ。頭がお花畑で幸せだな!」

幾重にも呪詛のように、俺にささやいてくる気がする。

記憶が、また歪んで反射し、次に現れるのはシビの村の炎。爪が母の腕を引き裂き、父の背が群れに飲み込まれていく。

祭りの笑顔が、村でも幸福の日々があっという間に灰に変わった。

熱が、頬を焼くほどにリアルだ。


「戦士なのに、お前はいつも守れなかった。」

「お前だけが生き残った。」

「お前がいたから村が焼かれたのではないのか?この疫病神!」

それらの言葉が、鏡の中で渦巻き、俺の心に黒いものを抱かせる。

手のひらに冷たい汗をかき、呼吸が乱れていく。

どこからか声が響いてきて、目の前のシビが次々と姿を変えていく。


さらに層が重なり、交差点での閃光が蘇る。俺が飛びかかるその瞬間、背中に激痛が走る。サイレンが遠くから響き、倒れた俺の隣に、少女の小さな手が伸びる。

幻の血だまりが袖をつかみ、森の闇がそれに重なり、どんどん飲み込まれていく。

鏡の中のシビが増殖し、赤い瞳で俺を責める。


「シビ、逃げろ!」

その言葉が何度も耳にこだまする。背後で裂けるローブの音が響き、あざける声が追い打ちをかける。


「お前みたいな未熟な戦士が、俺たちを率いたのは、俺の誤算だった」

「お情けであなたを仲間に入れたのはミスだったわ」

「お前の猪突で、俺たちは死んだんだ」

ルーク、ミリア、カイがシビを攻め立てる。


 頭の中ではそれが精神攻撃だと分かっている。

精神防御は働いているものの、効くのは「感情」だ。

「負け組のまま死ねよ、一人で。」

胸が痛み、手が震える。鏡の中の俺が冷笑を浮かべながら、言葉を放つ。

「私たちの分まで生きる?ふざけんな、乗っ取り野郎!」

鏡の中のシビが叫ぶ。その言葉が、胸に鋭く刺さる。

繰り返される幻覚が、心をむしばんでいく。

銀髪に霧が絡み、胸の重みで息が詰まる。

「なんでこんなに、痛ぇんだよ。分かってるのに、止まらねえ」


 膝をつき、鏡を殴る。冷たさが指に染み、過去と絶望の無限再生が続く。吐き気が込み上げる。

神様の冗談はたちが悪い。心は守られても、過去の傷は消えない。

それでも、覚悟を決めないといけない。

俺が前を進むために、あいつらを無駄にしないために。


 認めろ。以前の俺は死んだ。俺は一度、人生が終わったんだ。

でも、俺はお前の人生をもらった。

他人を犠牲にしたことは許されないかもしれないが、それでも、人生というチャンスを手に入れたんだ。


 俺はお前にはなれない。

だが、この身体で生き抜いてみせる。

そして、いつか「この人生で良かった」と報告してやる。

この世界に来て、この人生で満足だったと言ってやる。


 この銀髪を風に乱し、この胸の揺れを戦いのリズムに変える。

お前たちの分まで、俺が笑って、戦って、幸せをつかむ。

これは、俺の人生だ! 誰にも反論はさせねえぜ!


 その瞬間、頭の内側で静かな術式が組み上がる。

魔法を“溶かす”ためのささやき――解除の術。

俺は自分の頭の中に流れたものを、力ある言葉で唱えた。


「魔法の鎖よ、溶け流れろ――解呪(ディゾルブ・スペル)!」


掌から淡い光が広がり、霧のヴェールをゆっくりと溶かし始める。

白い靄がまるで液体のように滴り、土や苔に染み込んでいく。

風切り音の残響が静まり、視界が次第に澄んでいった。


 体を震わせるのは痛みではなく、解放の感覚だった。

魔力は確実に削られていったが、心は軽くなり、深い息をついて一歩前に進む。

霧が晴れ、ただの静寂ではなく、力を取り戻したような感覚が広がる。

鏡の破片が地面に落ち、乾いた音を立てて砕ける。

その音は、長い戦いの終わりを告げるように響き、静寂の中で深く反響する。


「俺の力量でも解除できたか」


 心の中で、小さな声が囁く。すべてがアンバランスだと感じる。

高い知識、低い練度。雑魚戦での凡ミス、そして霧の幻覚での動揺。

経験不足を痛感する。しかし、これが今の自分の実力だ。

このままでは器用貧乏で終わってしまう。


 足元に目を向けると、冷たい土が狩人たちの死体を静かに受け止めていた。

行方不明だったはずの狩人たちが、今は無惨に転がっている。喉を深く抉られ、青い粘液が爪痕にこびりついている。その顔は土に押しつけられ、目が虚ろに開いたままだ。

服は裂け、武器は折れて散らばっている。その無惨な姿に、言葉を失い、胸の中で冷たい何かが広がる。


「……くそ。間に合わなかったか。」


 吐き気が喉を焼き、幻覚の余韻が心をざわつかせる。そ

の余韻の中で、狩人たちの顔がぼんやりと浮かび、まるで自分を責め立てているように感じる。

首を横に振り、必死にその思考を否定する。今は進むしかない。

過去を背負って、前に進むしかない。


 今ここで死んでしまえば、すべてが無駄になる。

「こんなことをした化け物を、許さない。」

その言葉を自分に言い聞かせるように、無意識に口に出す。俺自身のために戦うことを誓った。


 広場の中央、湿った土が鈍く光を反射する。

虚空がわずかに歪み、霧の残骸が渦を巻きながら、青い粘液の匂いが漂う。

来る!。

ここが“影”の主の狩場だと、ようやく理解した。

剣に手をかけ、息を一つ吐き、覚悟を決める。

これから迎える新たな戦いに備えて、俺は正面からそれを受け止める準備を整えた。

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