118話 結末
夜風が冷たく頬を撫でる中、俺たちはゆっくりと伯爵のほうへ歩を進めた。
「エレナ結界をお願いできる?」
「それはよろしいんですけど、シビさん。わたくしからも一言よろしいですか?」
人を無意味に殺してはいけないとでも言うんだろう。
慈悲の女神を信奉してるしそこは、仕方ないよな。
「なに?」
「憎しみや恨みつらみ、復讐では、人を殺してはなりませぬ。ですが数百人の魂をいたぶったのも事実です。感情的にならずに行ってください」
助かった。今すごく感情的になってあいつを殺すところだった。
そして無断でこいつを殺す権利は俺にはないという事を思い出した。
「エレナありがとう。殿下まだいますか」
魔法スクリーンが開き殿下の無事な姿が見える。
『迷惑をかけた。何か褒美を取らせようと思うが』
「褒美ね! そう言うのは、後でしようぜ!」
褒美ではなく使用した宝石の補充があると嬉しいけど無理だよな。
交渉の時言ってみるのもいいけど。
『一つ目の褒美だ。そこでわめいている子ネズミの処理を任せようと思うがよろしいか』
「そういう事なら、解除を、お願いしても」
殿下がこう言ってくれて本当に助かった。
いくら私怨があろうとも国の伯爵を殺したとあっては、国際問題になってしまう。
この武闘祭には各国のVIPまで来ているのに。
だけど大公殿下は、俺に処理を任せると言ってくれた。
これで免罪符ができた。
そう言うと伯爵を守っていたセコンド室の結界が、パリンと割れた。
「またせたな!」
青いドレスが足元で優雅に揺れるたび、疲労で重くなった体が少しだけ軽くなる気がした。
エレナの白金の法衣が隣で淡く輝き、俺は彼女の腕を借りながら伯爵へと近づいていく。
「ひっ……ひぃっ……!」
伯爵は床にへたり込んだまま、這うように後ずさっていた。
脂汗を滴らせて、豪奢なマントは泥と血と汗で汚れ、かつての威厳など微塵も残っていない。
ただの怯えた老いぼれとかしていた。
「ま、待て……待ってくれ! これは……誤解だ! 私は、ただ制御が外れてしまって、制御をしようとしてたんだ! お前も魔術を使うのならわかるだろう! 新呪文にはたまにこういうことが起きるのを」
声が裏返っている。目が泳ぎ、唇が震え、歯の根が合わない音が聞こえてきそうだった。
俺は立ち止まり、青いドレスの裾を軽く払った。右手に握ったままの剣は、まだ熱を持ったままだった。
エレナが一歩前に出て、黄金の錫杖を軽く床に突いた。
シャン……。
澄んだ鈴の音が、再び夜の闘技場に響く。伯爵の肩がビクッと跳ねた。
「ワザとじゃないらしいですわよ」
エレナの声は優しいが、底に冷たい刃が潜んでいる。
「数多の命を玩具にし、仲間を怪物に変え、シビさんをここまで殺そうとしたことを……誤解と呼ぶのですか?」
「ち、違う! 私は……私はただ、永遠の命を求めただけだ! あいつらも、喜んで融合したはずだ!」
伯爵の目は血走り、必死に言い訳を並べ立てる。俺はため息をついた。
「……ルーク、カイ、ミリア。あいつらが喜んでたって、本気で思ってるのか?」
声は低く、疲れきっていたが、確かに響いた。伯爵の顔が青ざめる。
俺はゆっくりと剣を下ろし、ドレスの胸元に手を当てた。まだ鼓動が速い。戦いの余熱が、胸の奥で燻っている。
「俺は……もう仲間たちを、ちゃんと送り出した。今度は、お前を送ってやるよ」
「や、やめろ! 私は伯爵だ! 領主だ! この世界の為にやったんだぞ! 俺が死ねば、世界の損出だぞ!」
エレナが静かに微笑んだ。慈愛の笑みではなく、聖女が罪人を裁くような、穏やかで容赦のない微笑みに見えた。
「アウリス様は、慈悲深い方です。でも、悪意に満ちた魂には、時に厳しい裁きを下されますわ」
彼女が錫杖を高く掲げた瞬間、白金の光が再び淡く灯った。伯爵の周囲に、薄い結界のような光の膜が張られる。
「シビさん……どうします?」
エレナが俺を振り返る。金色の髪が夜風に揺れ、青い瞳が静かに俺を見つめている。
「……殺すのは簡単だ。でも、それじゃあいつらと同じだろ」
伯爵の顔に一瞬、希望の色が浮かんだ。
「そ、そうだ! 私はまだ役に立てる! 財産も、知識も……!お前も知りたいだろこの知恵と力も……お前が持てばもう無双に……」
「黙れ!」
エレナの方も見るけどやはり汗の量が半端じゃなかった。
「疲れてるところ悪いけどエレナ!魔力を少し分けてもらえる?」
「構いませんわ」
エレナは僧侶呪文の魔力転送をかけてくれた。
「これで使える」
「お……俺をどうするんだ!」
「お前らの国の図書館にまだ未完成の翻訳呪文があってな。それの翻訳が終わったんだ。喜べこの国の呪文発展の礎になるんだ。嬉しいだろ」
俺は冷たく言い放ち、伯爵の額に指を突きつけた。
残り少ない魔力を集中させ力ある言葉を発する。
「虚空の座標に楔を打て。逃れ得ぬ因果の鎖よ、彼の者の四股を繋ぎ、円環の果てへと引きもどせ。光なき静寂、出口なき永遠。開門せよ。無窮の檻!」
四方から漆黒の魔力鎖が爆発的に射出される。
ジャラリ、と虚空で鳴り響く不吉な金属音が現れた。
逃れる間もなく、その鎖は獲物の両手足を正確に、そして無慈悲に捕らえ、空間そのものに楔を打つようにピンと張り詰めた。
「全てを白状したら、殿下もゆるしてくれる可能性がある、はきな。言わないのなら、俺の合図で、お前は永久的に時空のはざまで生き続けることになる。安心しろそこは食料も要らない世界だ。お前の一生が朽ちるまで孤独に無慈悲に生きていけ。」
伯爵の顔は絶望な顔をしていた。
「そ……その呪文は国家大虐罪の……死刑よりも重いとされた魔道時代の……今では失われた……」
「さすがは伯爵様。この呪文の存在をご存じでしたか?運がよかったら、俺の呪文も失敗して何も起きないかもな?」
「言う……なんでも言う……何が聞きたい……いや聞きたいですか」
伯爵の顔が恐怖で引きつり、言葉が震えながら溢れ出した。
「……わ、わかる……全部話す! 私は……『あの方』に頼まれたんだ……あのミスリルソードが欲しくて……!」
「あの方って誰だ?」
「黒いローブの……!」
核心に触れようとした、その刹那——。
ぎゅるるるるるるるるるるるるるっ……!!!
空気を裂くような、湿った肉と骨を断ち切る異様な音が、闘技場全体に響き渡った。
何者かが動いた気配も、魔力の高まりすらもない。
その瞬間——
ド・ロワ伯爵の首が、音もなく横に飛んだ。
鮮血が噴水のように夜空を赤く染め上げ、弧を描いて地面に叩きつけられる。
胴体は膝から崩れ落ち、血だまりの中で二転三転した首は、驚愕と絶望に目を見開いたままこちらを向いて止まった。
半開きの口は、永遠に奪われた言葉の形を残している。
一瞬で周囲に充満する、鉄の匂い。
「邪魔したの誰だよ!」
俺は即座に剣を構え、左側を鋭く睨みつけた。
そこには、いつの間にか黒いローブを深く被った魔術師が、静かに立っていた。
フードの奥から覗く目は暗く、唇の端がわずかに吊り上がっている。
「……もう少し頑張ると思ったのに。去り際は美しくしないと、観客に失礼だろう?」
影は血に濡れた半透明のブーメランをゆっくりと振り、ぽたぽたと血を地面に落としながら言った。
「だから、君に代わって綺麗に処理してやったよ」
その声は低く、どこか楽しげで、しかし底冷えがする。
「あの時の……影とか言ってたっけ? 明らかに偽名だけどな」
影は小さく肩をすくめ、短剣をローブの中に収めた。
「もう少し穏便に行くはずだったんだが……まあいい。計画の誤差程度だ」
俺は剣の柄を強く握りしめた。
「やるかい?」
「そんな体力も魔力も残っていないくせに、随分と威勢がいいな。……だが、あの島でどれだけの知恵を得たのかわからないから、ここは大人しく引かせてもらうよ……」
「行かせるとでも思うのか?」
影は一瞬、沈黙した後、抑揚の少ない声で続けた。
「鋼糸縫合の事が知れなくなるよ。君たちが、俺に危害を与えたら俺は死ぬことになるから」
「鋼糸縫合?」
「あぁ君にわかりやすく言えば、魔物の紋章って言えばいいかい。この国の秘宝と君のその剣があれば、もっと完成度が上がるんだけどね。一応聞くけどそれを譲る気は?」
「ミスリルのアヤがこれが無ければ意味ないだろうが」
「君はその二つ名嫌いだと思ってたけど、腐った道具も処理できたし、追いたいのなら、追って来ればいい。詳細は大公殿下が知ってるから」
「行かせませんわ!」
エレナが黄金の錫杖を強く握りしめ、一歩前に出た。金色の髪が夜風に激しく揺れる。
影はエレナをじっと見つめ、冷たい声で言った。
「鈴の聖女……無理をするんじゃない。君は、この戦いでいくつ強力な呪文を使った?挙句に、残りの魔力をほとんどアヤ君に渡したんだろう?けなげだとは思うが……その錫杖で俺を止められるほどの余力は、もう残っていないはずだ」
エレナは唇を固く結び、悔しそうにキッと影を睨みつけた。
肯定とも否定とも取れない、無言の抵抗。
影は満足げに小さく息を吐き、
「それでは、また楽しもうか。光と闇が交わり、踊り明かす日を……」
そう言い残すと同時に、その姿は夜の闇に溶けるように薄れ、完全に消え去った。
魔力の残滓すら残さず、跡形もなく。
残されたのは、伯爵の血の臭いと、重く冷たい静寂だけだった。
エレナが小さく息を吐き、俺の腕に寄りかかってきた。
「シビさん……本当にお疲れ様です。いちおう後味は悪いですがお終わりですわね」
その声は優しく、でもかすかに震えていた。長い戦いの疲労が、彼女の体にも深く刻まれているのがわかった。
「……ああ一応な。ちょっと、休みたい。もう無理」
俺は素直にそう呟き、エレナが胸元に抱き寄せてきた。
柔らかな胸に顔を埋めた。
甘い花のような香りと、聖なる魔力の淡い残光が、血と汗と魔力の消耗でボロボロになった体を優しく包み込む。
彼女の心臓の音が、すぐ耳元で穏やかに響いていた。温かくて、生きている実感が少しずつ戻ってくる。
闘技場の反対側から、魔術師たちと護衛兵たちが足音を荒げて駆け寄ってくるのが見えた。
鎧の金属音と慌ただしい息遣いが、ようやく静まり返った空間に人の気配を戻していく。
大公殿下の魔法スクリーンも、まだ薄く光を放ったまま繋がっていた。
『シビ……よくやった。詳しい話は』
殿下の声が響く。少し安堵したような、しかし疲れた響き。
「殿下……後始末、よろしく。俺は……もう限界だから難しい話は、あとにして」
『あぁ』
スクリーンが静かに消える。
俺はエレナにほとんど体を預けるような形で、彼女に支えられながら、ゆっくりと闘技場の出口へと歩き始めた。
青いドレスの裾は血と土砂で重く汚れ、夜風に揺れる金色の髪が俺の頬を時折くすぐる。
足取りは鉛のように重く、しかしエレナの体温と柔らかさが、唯一の支えだった。
背後には、伯爵の血だまりが広がり、鉄の臭いがまだ鼻に残っている。
影の消えた気配と、静まり返った闘技場の闇が、俺たちを静かに見送っていた。
「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?
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