97話 祝福の最後
「目の前に、ずっと会いたかった人がいた。」
俺は無条件に抱きつき、そのくちびるを合わせた。
だが、重なった体温の生々しさに、一瞬で我に返った。
エレナの唇は柔らかく熱く、甘い香りが鼻腔を満たし、俺の胸を締め付ける。
彼女の体温が法衣越しに染み込み、鼓動が互いに響き合うように重なる。
金色の髪が俺の頰に触れ、湿った吐息が唇に絡みつく。
「ご……ご……ご……ごめん」
跳ねるように体を離す。
俺の声が震え、喉が焼けるように熱くなる。
顔がカァッと熱くなり、耳まで火照って視界の端がぼやける。
「えっと」と困惑するエレナの顔は、熟れた果実みたいに真っ赤だ。
たぶん、俺の顔も同じくらい熱い。
頬が耳まで赤く染まり、瞳が潤んで俺を避けるように伏せられる。
唇を噛んで、息を抑えるように小さな吐息を漏らす。
指先が法衣の袖を強く握りしめ、膝が内側に寄って足がもじもじ動く。
彼女の胸元が小さく上下し、布地が擦れるかすかな音が聞こえる。
「懐かしいね。よくシネマでそういうシーンを見たよ」
その場にそぐわない、おぞましくも背徳的な声。
アーサーの言葉を聴いて、やっと意識がはっきりとした。
声が喉の奥でねっとりと響き、俺の背筋をぞくりとさせる。
「エレナ、本当に済まない……。謝ってすむ問題じゃないのはわかってるんだけど……寝ぼけてたってことで許してほしい」
気まずい。死ぬほど気まずい。
こいつは従順な聖職者だ。キスなんて初めてだったんじゃないのか?
胸の奥が締め付けられ、息が少し浅くなる。
「よし、お詫びに俺にできることがあったらやるから、ガチで許してくれ」
「あ……いえ……気になさらず……に」
調子狂うな。だが、今はこれ以上構っていられない。
俺は視線をアーサーへ向けた。
「見つけたか?」
「めちゃくちゃ苦労した。あんなことが起こるのなら初めから教えとけ、死ぬと思ったぞ。服が真っ赤なのは、何があったって言うんだ」
「大したことない。情報の波を浴びて、脳がパンク状態になっただけだよ。穴という穴から血があふれ出しただけだ」
おいおい、大事じゃねえか。
……そうか。それでエレナが心配して膝枕をしてくれて、目が覚めた俺が抱きついたってわけか。
何やってるんだ、俺は。
「てめえは、本当にそれでいいんだな」
これを解放したら、こいつは多分。成功しようが失敗しようが死が確定する。
生物としての消滅か、化け物にっ全部飲み込まれて自我を無くすだろう。
「余計な事をしなくてもいいよ」
アーサーの無機質な催促に、俺は短く息を吐いた。
「なら、封印を解いてもらおうか」
「ああ。……エレナ、俺から少し離れてろ。錫杖を構えて、防御結界を一応張っておいてくれ」
「わかりましたわ」
「ああ。……エレナ、俺から少し離れてろ。錫杖を構えて、防御結界を一応張っておいてくれ」
俺の声が玉座の間に低く響き、黒い壁に吸い込まれるように消える。
エレナの瞳が俺を捉え、金色の髪が微かに揺れる。
彼女の指が錫杖を強く握りしめ、息遣いが少し速くなる。
「わかりましたわ」
エレナが準備に入るのを確認し、俺はジャケットを脱いでバックに放り込む。
ジャケットの布地が背中から剥がれる感触が、冷たい空気に触れて肌を粟立たせる。
バックに放り込む音が小さく響き、静寂を切り裂く。
そして、刀身が銀に輝く儀礼用の短剣を取り出した。
俺は短剣を逆手に持ち、左腕を深く、躊躇なく裂いた。
刃が皮膚を切り裂く瞬間、鋭い痛みが腕を駆け抜け、鮮血が噴き出す。
血の熱さが皮膚を伝い、地面にぽたぽたと落ちる音が響く。
「シビさん!」
エレナの叫び声が玉座の間に響き、彼女の声が震え、金色の髪が激しく揺れる。
瞳が大きく見開かれ、頬から血の気が引いて青白くなる。
「自殺じゃねえよ。処女か童貞の血が大量に必要なんだ。エレナ、そこからでいい。魔法陣を描き終えたら、すぐに止血の呪文を頼むぞ」
短剣の刃が左腕を深く裂き、鮮血が噴き出し、腕から滴り落ちる。
血の熱さが皮膚を伝い、地面に落ちるたび、ぽたぽたと音を立てる。
血は生き物のようにのたうち回り、地面に幾何学的をブチ壊すような背徳の魔法陣を描き出していく。
赤い線が複雑に絡み合い、黒い床に不気味な模様を刻む。
血の匂いが甘く腐った空気に混じり、鼻腔を刺す。
「くっ……!」
図形が完成した瞬間、エレナの聖なる回復魔法が俺を包んだ。
温かい光が傷口に染み込み、焼ける痛みが少しずつ冷めていく。
だが、聖職者の清浄な魔力は、この異質の術式を汚れと見なして消しにかかる。
光が魔法陣に触れるたび、赤い線が薄れ、形が崩れ始める。
俺は強引に腕を振り、消えかかる魔法陣に残りの血を叩きつけて、無理やり因果を繋ぎ止めた。
血が飛び散り、陣の線が再び鮮やかになり、黒い床に赤い模様が浮かび上がる。
聖なる光が、世界の綻びを修復しようと抗う。
だが、もう遅い。
「|ピィ・リィ・ゼ・ヴォル、カ・テュル、ガガ……ルリ・ルゥ・ヴォド……」
脳髄を直接鷲掴みにされる激痛が走る。
頭蓋の内側から無数の針が突き刺さるように、脳の皺が引き裂かれ、思考が千切れる感覚が波のように襲う。
視界の端から世界の解像度がドロドロと溶け落ちていく。
色がにじみ、形が崩れ、輪郭が溶けた絵の具のように流れ出し、俺の視野を黒い泥で塗りつぶす。
時間は、ねばりつくように不快に歪み、一秒が永遠に伸び、永遠が一瞬に縮む。
感覚が混濁し、音が色になり、光が味になり、痛みが匂いになる。
「星々の整列は崩れ、静寂の幕は切り裂かれた。拒絶せし智慧を捨て、混沌の胎動に身を委ねよ」
ドクン、と鼓膜を叩く心臓の音が爆音で鳴り響く。
血の流れが加速し、血管が焼けるように熱くなり、俺の存在そのものが門の部品へと作り替えられていく感覚。
ヤバイ、集中を切らせば、俺の魂ごと、この賛美に食い尽くされる。
頭の奥で何かがずるずるとはがれ、俺の記憶が少しずつ沢山なものに塗り替えられていく。
胸の奥が冷たく締め付けられ、息が浅くなる。
「視界の解像度は溶け、因果の糸は逆さに解ける。蓋は、内側から剥がれ落ち、埋没せし古き律動が此処に還る。 ……視ろ、世界が、裏返る音を……我がそのラッパを吹こう」
魔法陣の中央、凝固せぬ黒き血が渦を巻き、俺の手の中で歪な血の長喇叭へと硬化した。
血が俺の腕から流れ、魔法陣に染み込み、黒い血がゆっくりと形を成す。
ラッパの表面は黒くぬらぬらと光り、内部で赤い光が脈打つ。
それを掴むと、血の熱さが手の平を焼き、指が震える。
肺にあるすべての酸素を、絶望の旋律へと変えて吹き込んだ。
その音色は、この世の理を否定する禍々しさでありながら、魂を強制的に跪かせるほどに神聖な響きを伴っていき、夜を塗りつぶした。
音が空気を切り裂き、玉座の間全体を震わせる。
低く重い音が壁に反響し、俺の耳を圧し、胸を締め付ける。
闇が波打ち、黒い霧が立ち上り、光が飲み込まれるように消えていく。
「エケ・レィ」
祈りは成就した。
俺は最後に、確定した終わりを告げる名を、呪われた言霊として放つ。
「永劫回帰の終焉門」
その瞬間、地を揺らす大振動と共に、禍々しくも神聖な扉が音を立てて開いた。
重厚な扉がゆっくりと開く音が、低く地響きのように響き渡り、玉座の間全体を震わせる。
空気が一瞬で引き裂かれるような圧力が生まれ、耳の奥で「ギィィ……」という軋みが反響する。
扉の隙間から、冷たい風と甘い腐敗の匂いが吹き込み、肌が寒気を覚え、鼻腔を刺す。
開いた先は、闇が濃く淀んだ空間で、光が吸い込まれるように消えていく。
周囲の物質が次々と形を失い、本来の姿であるドロリとした肉塊へと還っていく。
壁の黒瑪瑙が溶け出し、液状の黒い肉に変わり、床にべっとりと広がる。
柱がぐにゃりと曲がり、肉の塊に崩れ落ち、ぬめぬらとした音を立てて地面に落ちる。
空気が粘つくように重くなり、息を吸うたびに喉が詰まる。
肉塊が脈打ち、どくん、どくんと不規則な音が響き、俺の心臓を強制的に同期させるように感じる。
「感謝する、二人とも」
アーサーの声が低く響き、玉座の背後の闇がゆっくりと蠢く。
彼の青白い顔が歪み、虚ろな目が俺たちを捉える。
融合した肉塊の部分が脈打ち、黒い液体がぽたりと落ちる。
「最後にこんな綺麗な音色と景色を見れた。最高だ。ここはすぐに崩れ、一体化する。約束通り石油は流し終えた。あとは、上空から巨大な炎をぶつけてくれれば、全てが終わる」
「あぁ……っ!?」
動こうとした瞬間、魔法陣から伸びた血の蔦が、蛇のように俺の足を縛り上げた。
血の蔦はぬめぬらと熱く、足首に絡みつき、皮膚を焼くように締め付ける。
血の匂いが濃くなり、足が動かず、体重が一気に増す。
「動けねえ!」
「まさか、生贄にするつもりか……すまない、私のミスだ。この世が終わる」
アーサーの身体が少しずつ異形に侵食されていく。
肉塊が彼の体に這い上がり、肩から溶け込み、青白い肌が黒く変色していく。
俺も拘束され、万事休すか。
「まだですわ。諦めるのは早いです!」
その凛とした声と共に、エレナが黄金の錫杖を鮮やかに回転させた。
彼女を中心に、清浄な光の波が爆発的に広がる。
黄金の光が玉座の間を照らし、黒い肉塊が焼けるように縮み、悲鳴のような音を上げる。
その輝きは、さっきまでの冒涜的な闇を焼き払うほどに鋭い。
光が触れるたび、血の蔦が蒸発し、俺の足が解放される。
「アウリス様、お願いです。導きの聖なる光をお与えください!」
エレナの祈りが空間を塗り替えていく。
光が俺の体に染み込み、毒が溶けていく感覚が広がる。
絶望的な速度で進んでいた、アーサーの異形への浸食さえもが、その光の檻の中でぴたりと止まっていた。
彼女が俺に錫杖を向けると、慈愛に満ちた温かな光が俺を包み込み、足を縛っていた血の蔦を跡形もなく蒸発させる。
俺は、エレナの信仰心を甘く見ていたのかもしれない。
異なる神の理すら防ぎ切る。
その一途な力の凄まじさを思い知らされた。
「シビさん!」
エレナの強い瞳が俺を射抜く。
その瞳に、決意と心配が混じり合い、金色の髪が風に煽られて激しく揺れる。
彼女の声が玉座の間に鋭く響き、俺の胸を突き刺す。
「……助かった!」
俺はすぐさま自分の太ももを叩き、加速を起動させる。
魔法の力が、体を駆け巡り、筋肉が熱く膨張し、足元が爆発的に弾ける。
爆発的な速度でエレナの懐まで飛び込み、迷わずその細い体を抱き上げ、お姫様抱っこの形で救い出した。
エレナの体温が腕に伝わり、胸の柔らかな膨らみが俺の胸に押し付けられ、心臓の鼓動が互いに重なる。
「大気を統べよ、銀の初羽。理を脱ぎ捨て、蒼穹を駆けろ。蒼穹の銀翼!」
俺たちの周囲に猛烈な風の結界が吹き荒れる。
銀色の風が渦を巻き、俺の銀髪を激しく煽り、肌を切り裂くように冷たい風圧が体を包む。
風の結界が俺たちを浮かせ、地面から離れ、玉座の間を一気に上昇する。
俺は、眼下のアーサーを見下ろした。
「ありがとう、アーサー。お前の愛したアメリカは、2020年代でも強く、世界のリーダーとして発展してる。さらばだ!」
俺が英語で告げた惜別の言葉に、アーサーは驚いたように目を見開いた。
青年の青白い顔が歪み、虚ろな目が一瞬だけ光を宿す。
融合した肉塊の部分がゆっくり脈打ち、黒い液体がぽたりと落ちる。
「まさか、最後に、母国の言葉が聞けるなんて……ありがとう、アヤよ」
満足げな声を背に、俺たちは一気に急上昇した。
屋根に描かれた鳥の化け物が実体化して襲いくるが、風を纏った俺たちの速さには到底追いつけない。
翼を広げた鳥の影が、俺たちを追いかけるように伸びるが、風の結界がそれを弾き返す。
風が耳元で唸り、髪が乱れ、息が熱く乱れる。
「シビさん、あの方になんと言ったのですか?」
腕の中、耳元でエレナが尋ねる。
顔が近すぎて少し照れるが、構っている暇はない。
胸の膨らみが俺の胸に押し付けられ、鼓動が重なる。
「あいつの地元の言葉で、餞別を言っただけ。世話になった、ありがとなって」
たぶん、彼女は気づいている。それ以上の、違う言葉を交わしたことに。
俺の胸の奥がざわつき、息が少し浅くなる。
エレナの瞳が俺を優しく見つめ、唇がわずかに微笑む。
「それでも黙って寄り添ってくれるエレナに感謝しながら、俺は目的地へ向けて翼を羽ばたかせた。」
エレナの腕が俺の首に回され、柔らかな胸の膨らみが俺の胸に密着する。
体温が法衣越しに染み込み、心臓の鼓動が互いに重なるように響く。
エレナの息遣いが耳元で熱く、涙の跡が残った頰が俺の肩に触れる。
その温もりが、俺の胸を優しく満たし、感謝の念が込み上げる。
上空1万3000メートル。
風が耳元で唸り、冷気が肌を切り裂くように刺さる。
息を吸うたびに肺が凍りつき、吐く息が白く凍って散る。
おそらく、生身の人間でここまで飛翔したのは、歴史上で俺たちだけだろうな。
眼下を見下ろせば、さっきまで山頂だった場所がぐにょぐにょと脈打ち、島全体がうねり声を上げる巨大な生命体へと変貌していた。
島の表面が肉のように波打ち、黒い触手が無数に伸び、俺たちを追いかけるように蠢く。
地響きのような低いうめき声が、風に乗って遠くから響いてくる。
そのおぞましい肉塊から、鴉に似た異形の生物どもが、俺たちを、叩き落とそうと群れをなして飛んでくる。
黒い翼を広げた影が、空を埋め尽くすように迫る。
嘴が鋭く閃き、赤い目が俺たちを睨み、羽音が風を切り裂く。
群れの先頭が俺の足元に迫り、爪が空を掻く音が聞こえる。
「悪いが、しっかり抱き着いててくれ!」
「きゃ……あ、はいっ!」
エレナは、思わず下を見て悲鳴を上げたが、島そのものの正体を見ていなかったのは幸いだった。
ぎゅっと抱きしめられた胸の柔らかい感触に、一瞬意識が飛びそうになる。
やばい、集中しねえと死ぬぞ。
俺は、右手の指輪に視線を注ぎ、魔力を一点に絞り込んで吼えた。
「炎帝ザハクの縁に従い我は望み従え、世界の理をもち更なる魔力を与えよ!」
詠唱が完了した瞬間、指輪が獲物を狙う獣の眼のように、禍々しく赤く輝きだす。
指輪の熱が手の平を焼き、血管が熱く脈打つ。
逆流してきた圧倒的な魔力のブーストが、俺のキャパシティを強引に引き剥がし、膨れ上がった。
体中の血管が、内側からの圧力で爆ぜるような悲鳴を上げやがる。
人の身で、この指輪の力を解放しようなんて、シャレにならねえ。
だが、普通の火球や火炎流じゃ、石油の助けがあったとしてもあの島は焼き切れねえ。
もたもたしてたら、アーサーの浸食が先に終わって、すべてがパーだ。
あそこで得た膨大な情報の波で、不必要な知識はすべて捨ててきた。
必要なものだけを厳選しなきゃ、俺の頭はパンクするか、あるいは俺自身があっち側の化け物になっていたはずだ。
こんなことなら、奴と対峙するもっと確実な方法も仕入れてくりゃよかったかもな。
だが、迷ってる暇はねえ。
呪文は完成した。
「吹き飛びやがれッ!!」
俺の声が天空に轟き、喉の奥が焼けるように熱くなる。
両の手を重ね、人差し指と親指で円を形作る。
手のひらの中心に青白い光が凝縮され、熱が皮膚を焦がすように疼き、指先が焼けるように熱い。
銀髪が熱風に煽られて逆立ち、指の間から溢れ出した青白い光が世界を照らす。
光が掌の中で膨張し、血管が熱く脈打つように疼き、息が熱く乱れる。
「焔竜吼!!」
手の平から解き放たれたのは、熱狂的な暴力の奔流だった。
青白い炎の柱が一直線に伸び、視界を埋め尽くす。
群がってきた鴉共を光線が根こそぎ飲み込み、そのまま島へと直撃する。
炎が鴉の黒い翼を溶かし、羽が灰となって散り、悲鳴のような羽音が一瞬で消える。
竜の咆哮のような炎は山頂を貫き、地表へと燃え広がる。
そこに流し込まれた石油が引火したのか、火の勢いは爆発的に膨れ上がっていった。
爆音が響き、熱風が俺の顔を焼き、汗が一瞬で蒸発する。
炎の柱が島全体を飲み込み、黒い肉塊が焼け焦げる音が遠くから響く。
視界のすべてが、浄化の炎で真っ白に染まった。
白熱の光が網膜を焼き、目を開けていられない。
島のうねりが止まり、肉塊の脈打つ音が徐々に弱まり、静寂が戻ってくる。
炎の熱が肌を刺し、息が熱く喉を焼く。
上空の冷たい空気が混じり、肺が焼けるような熱さと凍える冷たさが同時に襲う。
島全体がゆっくりと沈黙し、俺の胸の奥で何かが静かに決着を迎えた。
「エレナ?」
「はい、どうしましたか?」
「あいつ、アーサーの為に祈ってやってくれ。無事に神の場所に行けるようにな」
「わかりましたわ」
エレナは静かに頷き、黄金の錫杖を胸元にそっと抱き寄せた。
彼女の金色の髪が、炎の残光に照らされて柔らかく輝き、頰に残る涙の跡がキラキラと光を反射する。
瞳を閉じ、長い睫毛が震えるように伏せられ、唇が小さく動く。
錫杖の鈴が、チリン……と、優しく、けれど確かな音を立てた。
その音は、冷たい風を切り裂き、俺の耳元で温かく響き、胸の奥に染み込んでくる。
エレナの祈りは、言葉にならない小さな呟きとして空に溶け、
黄金の光の粒子が彼女の周囲をゆっくりと包み込み、島の闇を優しく照らし始めた。
光は穏やかで、慈愛に満ちていて、まるでアウリスの祝福そのもののように感じられた。
俺は、エレナのその祈りを聴いて、やっと決着がついたと確信した。
胸の奥が、熱く、静かに満たされる。
これまで積み重なった恐怖、欲望、痛み、すべてが、光の粒子に溶かされていくように感じる。
息を深く吐き、肩の力が抜け、初めての安堵が全身を包んだ。
エレナの祈りの音色が、俺の耳に残り続け、心に温かな余韻を刻んでいく。
島の闇はもう、俺たちを飲み込めない。
金色の祝福が、ここにあった。
さぁ船に戻ろう。
「転生したら美少女冒険者に! ~おっさんの心が旅立つ異世界冒険記~」をお楽しみいただけましたか?
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