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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
五章--閉ざされた国、ファルムス帝国--
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第八十六夜:分かち合う想い

「わかるに決まってんだろ」


その声は、不思議とまっすぐで――温かかった。


「ヴァルストーク砦で初めて姫の力を感じた時だよ」


砦……あの時。

初めて天使の力を使った、あの瞬間。


「淡い、あったけー力だった。

……回復してく身体と、その力から感じた“想い”、オレは忘れてねぇよ」


あの時、あたしは……

ただ、ただ、必死だった。

誰かを助けたくて、救いたくて。

考える余裕なんてなかったのに。


「誰かを救いたい、って気持ちに溢れてた」


言葉を聞いて、胸の奥がじんわりと温かくなるのがわかった。

あたしの中にある“力”が、そんなふうに見えてたなんて。


「だからよ。今回は、オレが姫を守る番なんだよ」


――えっ?


思わず振り向いた。

焚き火の明かりに照らされたフォスターの顔が見えた。


彼は、不器用だけど自信に満ちた顔で、拳をぐっと前に突き出していた。


仲間ダチが困ってたら手を貸す。

話だって聞いてやる。間違った方に行くってんなら、殴ってでも止めてやる」


言葉の一つひとつが、まるで焚き火の暖かさみたいに、じんわり心に染みる。

フォスターの拳は、あたしに合わせろと言わんばかりに、まっすぐこちらを向いている。


「でも……本当のあたしは……」


言葉が揺れる。

記憶の中の“あたし”は、悪い人間だったかもしれない。

ひどいことをして、たくさんの人を傷つけて――

そんな過去が、どこかにあるのかもしれない。


「だーかーらー。その時は、全力でいつもの姫に戻してやるよ。アイツらと一緒にな」


フォスターの視線が、ふっと馬車の方へ向けられる。


そこには――

ミナ、ジーク、フェリオ。

いつも優しくて、あたしを“普通”に受け入れてくれた、かけがえのない仲間たちがいる。


「オレは、あんな冷たい声の姫より、楽しく話す姫でいてほしいぜ」


あたしは――


ううん、“もう一人のあたし”も、きっとそう思ってる。


込み上げてくる想いに、言葉が追いつかない。

あたしは、突き出された拳に、自分の拳をそっと合わせた。


「……ありがと。ごめんね……」


声が震える。

でも、それでよかった。

あたしの気持ち、少しでも伝えられたから。



「でもさ、フォスター」

鼻声のまま、冗談みたいに笑って言った。


「あたし、一応女の子なんだよ?励まし方、すっごく不器用」

声のトーンは軽くしてみたけど、少し照れてるのは自分でもわかってる。


「あー……」

フォスターはバツが悪そうに頭をかく。


「あんまり男女とか、種族とか気にしねぇからな、オレ。

最低限、気は使ったつもりだったんだが……」


そう言いながら、ふと遠くを見るような目で続ける。


「真実を見極める上で、まなこじゃなくてひとみの奥を見よ。そう教えられたからなぁ」


……なんだか、難しい言葉。

でも、それを言う時のフォスターの横顔が、なんとなく、大人びて見えた。


「ねぇ、フォスター」

あたしは、少しだけ間を置いて呼ぶ。


「んー?」


相槌ひとつ。

それだけなのに、なんでこんなに安心するんだろう。


「……あの冷たいあたし。また出てくると思う」


黙ったままのフォスターに、続けた。


「……やっぱり、許せねぇか?」

「それもある。けど……アレはあたしだから」


フォスターが不思議そうに、焚き火越しにこっちを見る。


「うまく……伝えられない。けど、あたしの、一部。そんな気がするの」

言葉にするたび、記憶のもやが邪魔をして、つっかえる。

でも、それでも――あたしの中にあるものだって、そう思う。


「一部……か。なら、ひとつ約束しとこうぜ」

フォスターが、ふっと笑いながら言った。


「もう一人のリージュはオレが止めてやる。

だから、なるべくみんなの前で、あんな姿見せんな」


簡単に言うけど、それがどれだけ難しいか。

「……約束、できるかわかんない……」

あれは、怒りなんだ。

リディアさんの時みたいに、あの時はガルドアさんが正気に戻してくれたから。

簡単に止められるもんじゃない。


「それでもいいよ。できない約束はさせらんねぇ」

フォスターの声が、ぽんっと肩を叩かれたように軽い。


「そうだ!それ」

不意にあたしの腕を指差す。


「それ、コーネリアばあちゃんのお守りなんだろ?

もう一人のリージュが出てきそうなら?それを見て落ち着けようぜ!」


あたしは、そっと左手首を見た。


――コーネリアおばあちゃんにもらった、あの数珠。


魔力を込めたわけじゃない、ただの護符。

でも、ずっと肌身離さず着けてきた。


「……そう、だね。あたし、頑張ってみる」


その言葉に――

焚き火の明かりに照らされたフォスターの顔、今日一番、優しく、楽しく笑ってた。



「へへっ」

フォスターが、あからさまに嬉しそうに笑った。


「……そんなに、嬉しい?」

あたしはちょっと呆れたように、でも笑みを浮かべて聞いてみた。


「だってよ、姫が笑ってねぇと――ミナも、ジークも、フェリオだって困るんだぜ。

もちろんオレもな」


まるでそれが当たり前だと言わんばかりの口調。

でも――その言葉に、胸の奥が温かくなる。


……気づかなかった。


「……あたし、もしかしてこの二日、笑ってなかった?」


思わず自分に問いかけてた。


「ジークもミナも、それどころじゃなかったからな。気付いてねぇと思う。

ただ、ふと気を抜くと――険しい表情になってたな」


フォスターの声は、やけに自然で……やさしかった。

驚いた。

フォスター、あたしのそんなところまで見てたんだ。


鈍そうで、おちゃらけてばっかりで……

でも、ちゃんと、見てたんだ。


「もうすぐファルムス本国だ。気を引き締めようぜ。

それに――ミナも、いつもの姫に心配されたいだろうしよ」


その言葉に、あたしの視線は自然と馬車へ向かっていた。

「……ミナ、大丈夫かな? 魔術の後遺症? みたいな感じに聞こえたんだけど……」


「魔術の媒介――つまり、痛みを逸らす場所の設定をし忘れたからなぁ。

原因は分かってるっぽいから、力になってやろうぜ」


すごいな……フォスター。

どこまでも前向きで、いつも馬鹿みたいに騒ぐくせに、ちゃんと色んなこと考えてる。


「……羨ましい」


小さく、声に出ちゃった。


「ん? なんか言ったか?」


焚き火のパチパチという音が、声をさらっていく。

あたしは、首を振って微笑んだ。


「なんでもない。ありがと、フォスター」


ただ、そう言った。




――焚き火の明かりが、二人の影を地面に映す。

それはまるで、過ぎた夜の痛みも、静かに燃やし尽くしてくれるような、優しい明かりだった。

ずっとおしゃべりしちゃってた。

ちゃんと見張りもしてたけどね。

そろそろ、眠くなってきたなぁ……

夜、少しだけ、明るくなってきた。

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