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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
二章--新たな息吹--
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第九夜:交差する道

ミルベーナは、ヴァルヘイドへ向かう道を歩いていた。

夜の闇が薄れ、東の空が仄かに白み始めている。

その背には、まだ意識の戻らない少女――リージュを背負っていた。


森を抜け、街道へと出る。

夜露に濡れた草の香りが微かに漂う中、彼女は無言のまま歩を進めた。

リージュの体温はまだ少し低い。けれど、確かに生きている。


「……目を覚ます頃ね」


そう呟いた直後、微かなうめき声が背後から聞こえた。


「……ん……」


リージュがゆっくりとまぶたを開く。

ぼんやりとした瞳が、背負われている状況を理解しようとする。


「……ここ……どこ?」


「ヴァルヘイドへ向かってるとこよ」


「……ヴァル……ヘイド……?」


リージュはぼんやりと呟きながら、小さく首を傾げた。

だが、その言葉は彼女自身にも馴染みのないもののようだった。


ミルベーナは、視線を前に戻す。


「……まだ、混乱してる?」


リージュは、少しだけミルベーナの背に顔をうずめるようにして、

かすかに震えた息を吐く。


「……何も、思い出せない」


ミルベーナは言葉を探したが、すぐには何も言わなかった。


「怖い?」


「……ううん。怖くはない。でも……何かが抜け落ちてる気がするの」

リージュは背中からも伝わるほどに、震えていた。

ただそれは恐怖ではない、まるでいきなり母親がいなくなったような不安が伝わる。


「……何か?」


「頭の中に霧がかかってるみたいで……。考えようとすると、どこかで途切れちゃうの」


リージュは小さく息を吸い込んだ。


「私、誰なの?」


ミルベーナは、ふっと小さく息を吐く。


「今のところは、“リージュ”ね」


「……今のところ、って?」


「さあね。でも、名前を覚えていただけマシでしょ?」


リージュは、少しだけ考え込んだ様子を見せた。


「……そう、かも……」


「少しずつ思い出せばいいわ」

ミルベーナは彼女なりに少しでも安心させたいと、優しく話している。


リージュは、少し意外そうにミルベーナを見た。


「……なんだか、もっと冷たい人かと思ってた」


「……は?」


「だって、助けてもらったのに、まだ名前も聞いてないのに……」


ミルベーナは少しだけ沈黙した後、静かに言った。


「知る必要ある?」


リージュは、ミルベーナの言葉の意味を測りかねるように、じっと彼女の背中を見つめた。


「……知らないままでも、いいの?」


「少なくとも、今はね」


リージュは、納得できないような表情を浮かべたが、それ以上は何も言わなかった。

彼女の姿を見たから、記憶こそないが知っている。天使の存在は……。



ヴァルヘイドの門が見えてきた。

しかし、様子がおかしい。


門の前には十数名のギルドメンバーが集まり、警戒した様子で待機していた。

何かを待っているのか、それとも……。


ミルベーナは歩みを止め、リージュをそっと下ろす。

彼女はまだ完全に回復してはいないが、自力で立ち上がることはできるようだった。


「……何かあったのかしら」


ギルドメンバーの一人が、ミルベーナたちに気づく。


「昨日の歩哨センチネル……無事だったのか!」

「我々は今からノルディグラードに調査をしに行くところだ」


「……その報告をしに来たわ」


「そうか、詳しくは中で話そう。とにかく事情を聞かせてくれ」


ミルベーナとリージュはギルドへ案内され、事の顛末を報告した。

リージュの救出、ネクロスとの戦い、そして自分が”天使”であることも含めて。


最初は信じられないといった顔をしていたギルドの面々も、話を聞くうちに静かに頷いた。


「……そうか、まさか天使同士の戦いがあったとは……」


「納得した?」


「ああ。信じがたい話だが、明け方にノルディグラードの方から光が見えたからな。

実際に目の当たりにしてしまった以上、否定する理由もない」


だが、話が終わると、ギルドメンバーたちは沈んだ表情になった。


「ノルディグラードほどの街が壊滅し、多くの人が犠牲になった……」


「この先、どうすればいいのか……」


嘆く彼らを見て、ミルベーナの胸が重くなる。


「……今は、エルヴィルダまで戻るわ。正式に報告しなければならない」


「分かった……お前たちも、気をつけてくれ」


気丈に振る舞っていたミルベーナだったが、流石に大きな戦闘での疲れもあり、リージュと共に、一泊の休息を取ることにした。



一方その頃エルヴィルダの町――



エルヴィルダの町が見えたとき、フォスターとジークはほぼ同時にその場に崩れ落ちた。


「……着いた……やっと……」


ジークが地面にへたり込み、腕をダラリと投げ出す。

彼の肩の上では、フェリオがぴょこっと顔を出し、くたりと力なくぶら下がっていた。


「フェリオまでお疲れか……」


フォスターはその光景に苦笑しながら、斧を杖代わりにして立っていたが、彼自身もほぼ限界だった。


「クソッ……もう二度と山なんか越えねえ……」


険しい山道を抜け、ようやくたどり着いた町。

二人の表情には、疲労と達成感が同居していた。


だが――その達成感は、次の瞬間、音を立てて崩れ去る。


「なあ、ここってどこだ?」

フォスターが近くの商人風の男に声をかける。


「ああ?ここか?エルヴィルダだよ」


「……ん?」


フォスターの動きが止まる。

ジークもピクリと耳を動かし、ゆっくりと顔を上げた。

そして、その肩の上で丸くなっていたフェリオが、耳をピンと立てた。


「今、なんて言った?」


「エルヴィルダだが?」


沈黙。


そして、しばしの間をおいて――


「嘘だろぉぉぉぉ!!??」


フォスターとジークの絶叫が、町中に響き渡った。

フェリオは驚いて毛を逆立て、ジークの肩から転げ落ちそうになりながら

「きゅるるっ!?」と鳴いた。



一晩後、ギルドへ



翌朝。クタクタの体力を取り戻すためエルヴィルダで一泊したフォスターたち。

宿でぐっすり眠ったフォスターとジークは、ようやく気力を取り戻し、セイヴァーズギルドへ向かうことにした。

フェリオも元気を取り戻し、ジークの肩にちょこんと乗っている。


ギルドの扉を押し開けると、すぐに騒々しい酒場のような雰囲気が広がった。

鎧をまとった男たちが酒を飲み交わし、奥のカウンターには強面の受付嬢が煙草をくゆらせている。

ただ、酒場にしては空気が重い。


フォスターはカウンターへ向かう前に、ジークと顔を見合わせた。


「……なんか嫌な雰囲気だな」


「うん。何かあったのかな……?」


フェリオもジークの肩で耳をピンと立て、周囲の様子を伺っている。

すると、すぐ近くのテーブルで酒を煽っていた男が、ぼそりと呟いた。


「……また、ヴァルストークか……」


フォスターの耳が動く。


「ヴァルストーク?」


思わず尋ねると、男はフォスターをちらりと見て、酒を置いた。


「最近、ヴァルストークの近くで白いコートを着た連中がよく目撃されるんだよ」


「白いコート……?」


ジークの目が鋭くなる。


「まさか……この間の奴?」


フォスターも、グレイラットの出来事が脳裏をよぎる。

大天使サリエルから聞いた、廃壊の信徒――ネクロス信奉者の狂信的な集団。

前に遭遇したときもろくなことがなかった。


しかし、男は首を振る。


「それがな……ギルドでも”怪しい宗教団体か?“って話が出てるんだが、正体がわからないんだ。」


「わからない?」


ジークが首をかしげる。


「白コートのやつらは確かに怪しいが、特に何かをするでもなく、ただヴァルストークの周辺で最近よく見かけるだけらしい」


「襲われたりした奴はいないのか?」


フォスターが問いかけると、男はしばらく考え込み、ゆっくりと答えた。


「今のところ、そういう話は聞かねぇな。

だが……じわじわと数を増やしているみたいなんだよ」


フォスターとジークは顔を見合わせる。


「……目的地とは違うけど、これはちょっと放っておけないかも」


「ああ。グレイラットのときみたいに、何かあるかもしれないしな……」


フェリオも、ジークの肩の上で「きゅる?」と鳴いた。

まるで「また厄介ごと?」とでも言いたげだ。


フォスターは、新たに買った地図を見ながら軽く息を吐いた。


「行ってみるか……ヴァルストークへ」



エルヴィルダの町が見えてきた頃、ミルベーナは風を感じながら高度を落とした。

広がる街並みを見下ろしながら、そろそろ降りるべきだと判断する。


「ここで降りるわ」


リージュを抱えながら、滑るように地面へ降り立つ。

着地すると、彼女はさっとマントを整え、リージュをそっと下ろした。


「……飛ぶの、あんまり好きじゃないかも」


「なら歩きなさい」


ミルベーナが淡々と言うと、リージュは少し頬を膨らませた。


「ねえ……」


「何」


リージュはミルベーナをじっと見つめながら、

少し言いにくそうに言葉を選んでいるようだった。


「……あなたの名前、まだ聞いてない」


ミルベーナは、その言葉にふっと目を細めた。


「気にすること?」


「だって、助けてもらってるのに、ずっと名前も知らないままって……なんか変じゃない?」


「別に、知らなくても困らないわ」


「私は知りたいんですけど〜」


リージュがじっとミルベーナを見つめる。

その目は、ただの興味ではなく、彼女なりに何か繋がりを求めているようだった。


ミルベーナは短く息を吐き、軽く肩をすくめた。


「……ミルベーナよ」


「ミルベーナ……」


リージュはその名前を確かめるように小さく呟くと、ようやく笑顔を見せた。


「ありがとう、ミルベーナ」


「……別に、お礼を言われるようなことじゃないわ」


ミルベーナは照れくさそうに視線を逸らしながら、再び歩き始める。

まるで何かの動物に懐かれるような感覚だった。


エルヴィルダの村の入口が見えてきた頃、ミルベーナたちはゆっくりと歩を進めていた。


そのとき、向こうから二人の姿が近づいてくる。

身の丈ほどの大斧を持った少年と、肩にフェレットを乗せた女の子……のように見えた。


少年は地図を片手に険しい表情をしており、フェレットを肩に乗せた子は彼の隣で苦笑いを浮かべながら歩いている。

肩の上で、小さくあくびをしているフェレットがとても愛らしい。


ミルベーナたちは入口へ向かい、少年たちはそのまま門を出る。

互いにすぐ近くを通るが、視線を交わすこともなく、すれ違う。


少年たちはそのまま町の外へ向かい、ミルベーナたちはエルヴィルダへ入る。

ただ、ミルベーナは少しだけ足を止め、振り返った。


「……?」


ほんの一瞬だけ、彼らの背中を見つめたが、特に何も言わず、すぐに前を向き直る。


それが運命を大きく左右することになるとも知らずに――。

続けて残り二話投稿します。(約一時間間隔)


また、2/23(日)より試験的に毎日投稿いたします。

その後はどうするか、またご連絡いたします。

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