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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
二章--新たな息吹--
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第八夜:悪魔、ルーメン・ドミトール

死者に覆われた街、ノルディグラード。

その絶望の中で、彼女は一人、闇と対峙する。

現れたのは、異形の存在、ルーメン・ドミトール。

彼のもたらす「救済」は、果たして本物なのか、それとも――。

「姿を現せ!!ルーメン・ドミトール!!」

彼女の鋭い声が、夜の帳を切り裂いた。街に響く怒声は、ネクロスやナグリスの群れをも怯ませるかのようだった。しかし、それでも蠢く死者どもは止まらない。ただ生者の匂いに惹かれ、闇夜の底から次々と這い出し、四肢を引きずりながら集まってくる。


彼女は冷静に構え、大剣を振るった。


斬る。

斬る。

斬る。


次々と襲いくるネクロスどもを、千光剣が断ち割る。

細切れになった死肉が夜闇に舞い、瘴気と共に拡散する。


――だが、それだけでは終わらなかった。


パリィィィィン……


高く、鋭い音が響く。それは、まるで巨大なガラスが砕けるような音だった。空が裂け、現実と異界の狭間が崩れ始める。ガラスのようにひび割れた空間が、闇の色に染まり、そこから何かが“出てこようとしていた”。まるで、邪悪そのものがこの世界へと踏み込もうとするかのように。


――そして、それは、顕現した。


「ククク……」

ゆっくりと、異界の闇の中から姿を現す影。その影はどこまでも禍々しく、黒い靄をまといながら、その存在そのものが世界の理から逸脱しているように見えた。


「――よく気付いたものだ。」


闇の中から滲み出るようにして姿を表す、ルーメン・ドミトール。


「だが……何故だ?」

「何故、お前は私の存在を“知った”?」


彼女は構えを崩さず、静かに答えた。


「……ロクスは聖職者だ。」

「しかし、最初に放った魔法は――聖職者が使える魔法ではなかった。」


ルーメンの表情が、わずかに揺らぐ。だが、彼女は淡々と続けた。


「ましてや、天使が闇魔法を使うには、相応の代償を払う必要がある……」

「それを、“何も代償なしに”使えるというのならば、答えは一つ」


彼女は剣を構え直し、宣告する。


「……彼は、悪魔と契約していた。」


その瞬間、ルーメンは弾けるように笑い声をあげた。


「アハハハハハハハハハハハハ!!」


「その通りだ、お前の洞察力は見事だよ、少女」


ルーメンは手を広げ、歪んだ聖者の笑みを浮かべる。


「私は、彼を救ってあげたのさ」

「彼の心に寄り添い、彼の信じる理想を尊重し、彼の願いを叶えた」


「彼の口から、神の名はもう出てこなかった」

「だから、代わりに――私が、彼の願いを叶えてあげたのだ」

「彼は望んだ。“安らぎを”と」


彼女はルーメンの言葉を聞き流し、大剣を構え直した。


「くだらない戯言ね」


彼女は即座に地を蹴り、ルーメンへと距離を詰める。


ズバッ!!


彼女の千光剣が、目の前の悪魔を切り裂く――はずだった。


しかし。


ルーメン・ドミトールの姿は、闇の中に溶けるように消えていた。


「“救済者”とは、簡単に討たれる存在ではないのだよ」


どこからか、嘲るような声が響く。


「さあ……見せてあげよう」

「私の“祝福”を受けた、ノルディグラードの成れの果てを」


その瞬間――


街全体が、うねった。


「……ッ!?」


ゾロ……ゾロロロロロロ……


周囲に蠢くネクロスやナグリスが、まるで何かに吸い寄せられるように闇の中へと引きずり込まれていく。彼らの身体が、闇に取り込まれ、溶けるように消えていく。


街のあちこちに転がっていた死体もまた、血の一滴すら残さず吸い込まれていく。瘴気が渦を巻き、闇が空へと伸びる。


そして――


それは、一つの“異形”として顕現した。


「これが、“私”だ」


ルーメン・ドミトールは、もはや元の姿を留めてはいなかった。

それは、人の形を捨てた異形。


どこからどこまでが肉なのか、骨なのか、闇なのかすら判別できない。幾重にも絡み合う腕、苦悶に歪む幾百もの顔、瘴気を撒き散らす黒き翼。


まさしく、悪魔の塊――いや、偽りの救済者そのものだった。

彼女は、大剣を構え直し、忌々しげに呟く。


「……やはり、悪魔は醜いわね」


ルーメン・ドミトール――その姿は、もはや悪魔ですらなかった。


膨れ上がった肉塊が脈動し、無数の顔が苦悶の表情を浮かべている。

まるで街の住人たちの魂をその身に封じ込めたかのように、絶え間なく呻き声が漏れ出す。


「おぞましい……」


彼女が静かに呟くと、ルーメンが嗤った。


「おぞましい? これこそが“安らぎ”だよ、“ミルベーナ”」


「……いつから私の名を知っていた?」


「フフ……。私は“包み込む”ものだ。“あなた”のことも、よく知っている」


その言葉が終わるや否や、影の触手が一斉に襲いかかった!


「っ……!」


彼女は咄嗟に跳躍し、空中で大剣を振るう。


「千光剣・瞬閃!!」


――ズバッ!!

無数の斬撃が走り、襲い来る触手を細切れにする。


「……チッ!」


しかし、触手は一瞬にして再生し、今度は空中へと襲いかかる。


「どこまで“抗う”つもりか?」


ルーメンは嗤う。


「私の“安らぎ”を拒むのなら――“強制的に”包み込んであげよう」


――ズドォン!!


影の塊が爆ぜ、周囲の死体が蠢き始める。


「な……!」


それは、ただのネクロスではなかった。

――“影の中から”這い出した、異形のネクロスたち。

体がねじれ、腕が過剰に伸び、目も口もないのに不気味な呻き声を漏らしている。


「私の体は、この街そのもの。つまり……この街の死者は“私”の一部なのさ」


ルーメンの不敵な声と共に、異形のネクロスたちが一斉に襲いかかる。


「この……ッ!」


彼女は大剣を振り上げ、全力で迎撃する。


「千光剣――迅雷じんらい!!」


――ズバアアアアアアッ!!!


電光石火の連続斬撃が炸裂し、次々とネクロスたちを両断していく。

だが――


「ッ……!? まだ動くの……!?」


倒したはずのネクロスたちが、ルーメンの影から“再生”されるように立ち上がる。


「ククク……。“私”の一部なのだから、何度でも生まれるのさ」


その言葉と共に、さらに大量の影が彼女を飲み込もうと襲いかかる!


(このままでは……!)


彼女は咄嗟に大剣を交差させ、身を守る。

しかし――


「――ッ!!」


影の一撃が直撃し、彼女の体が地面に叩きつけられた。


――ドゴォォン!!!


砂煙が舞い上がり、地面に大きなクレーターができる。


「……ぐっ……!」


彼女は歯を食いしばりながら、崩れた瓦礫の中から立ち上がった。


「……フフ……ようやく“静か”になったね?」


影の中で、ルーメン・ドミトールが嗤う。


「もう、抗うのはやめたらどうだい? “君にも、安らぎを”」


「……誰が……!」


彼女は血を拭いながら、じわりと笑う。


「誰が、“そんなもの”を求めた?」


ルーメンが一瞬、沈黙する。

そして――


「……やはり、お前は“異端”だな」


影が収束し、さらに巨大な触手が天を覆うように伸びる!


(……このままじゃ、持たない……!)


その時――

彼女の中で、“何か”が弾けた。


――ズズッ……!!!


突如、彼女を包み込んでいた影が弾け飛び、黒い炎が爆ぜた。


「なっ……!?」


ルーメンの驚愕の声が響く。


――ボウッ!!


闇を裂くように、黒き羽が舞い散る。


ルーメンの目の前で、彼女が浮かび上がっていた。


――彼女の背には、“黒き天使の翼”が広がっていた。


「お、お前は……何だ……!?」


悪魔であるルーメンですら、思わず後ずさる。

天使の力を持ちながら、魔の波動を纏う異質な存在。


「よく知っているのではなかったのか?」


その姿は、あまりにも――異端すぎた。


「ならば聞け!下賤な悪魔よ!」

「私の名はミルベーナ」

「ミルベーナ・ウトガルド!!」

「魔界の王の末娘にして、天使に選ばれし者!!」


その瞬間、彼女の手の中に光が収束する。


――ブオォォォッ!!


光の槍――“ブリューナク”が、その姿を現した。


ミルベーナが槍を構えると、空間が震える。そこに宿るのは、“浄化”の力。


「まさか……魔族であるお前が、浄化を……!?」


驚愕するルーメン。だが、彼女は冷然と宣告した。


「これが浄化の力……私でも扱える力……!」


槍を振りかぶり、全力で投擲する!!


「――浄化せよ!ブリューナク!!」


ズドォォォォォン!!


槍が直撃し、ルーメンの異形の体が崩壊し始める。

光が奔流となって街全体へと広がり、瘴気を焼き払う。


街に、静寂が訪れた。

崩れ落ちるルーメンの体が、ゆっくりと消滅していく。


「……わたしの……わたしの……救済……が……」


ルーメン・ドミトールは、最後の言葉を呟き、完全に消滅した。


――夜が明ける。


ノルディグラードの空に、静かに朝陽が差し込んだ。

彼女は静かに、大地に降り立つ。


「……安らぎ、ね」


ミルベーナは小さく呟き、大剣を握り直した。

戦いの余韻がまだ身体に残る。

ミルベーナはゆっくりと息を吐いた。


闇に覆われていたノルディグラードの夜は、ようやく終わりを迎えていた。

廃墟と化した街並みを朝焼けが照らし、瓦礫の影が長く伸びている。


――静寂。


昨夜までの喧騒が嘘のように、世界は音を失っていた。

ネクロスもナグリスも、全てルーメン・ドミトールに吸収され、浄化された。

残ったのは、血と瓦礫と無惨な死体の山だけ。


ミルベーナは剣を静かに納め、辺りを見渡した。

すでに魔の気配は感じない。この街は完全に死んでいる。


その時――


「たすけてぇぇぇぇ!!!」


突然の悲鳴に、ミルベーナの耳がぴくりと反応する。


まだネクロスが残っていたのか?

それとも……生存者?


鋭い視線を向けると、その姿は驚くほど高い場所にあった。


崩れかけた建物の上、今にも折れそうな鉄骨に、誰かがしがみついている。

小柄な身体に、ふわりと揺れる獣耳と尻尾――フェリシアンテの少女だ。


「……ふぅ」


ミルベーナは静かにマントの呪文を唱える。


「Veltr fljúga (ヴェルトル・フリューガ)」


彼女の身体がふわりと宙に浮き、羽衣のような滑らかな動きで空へと舞い上がった。

恐怖に引きつる少女の顔が近づく。


「……落ちるわよ」


「ひゃあああっ!!」


怯えた少女が叫び声を上げ、鉄骨をさらに強く掴む。

その反応にミルベーナは軽くため息をついた。


「大人しくしなさい」


そう言うと、彼女は一気に腕を伸ばし、少女の身体を抱えた。


「っ……」


震えていた身体が少しずつ力を抜いていく。


少女を抱えたまま、ミルベーナはゆっくりと降下し、地上へと降り立った。


「……はぁ……」

少女は地面に膝をつき、大きく息を吐いた。


「助かった……ありがとうご……」


次の瞬間。


「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


突然の悲鳴が響き渡る。


ミルベーナは驚き、少女を見る。

怯えた目で、自分を指さしている。


「お、お、お、おま……な、な、なななな……」


「……何?」


「な、ナグリスゥゥゥ!!!!」


「は?」


少女はまるで悲鳴のように叫び、尻餅をつく。

ミルベーナは眉をひそめた。


「落ち着きなさい、私はナグリスではない」


「で、でも、黒い羽……そ……それ!」


「ああ、これ」


ミルベーナは背中をちらりと振り返る。

覚醒状態の影響で、まだ黒い羽が微かに残っていた。


どうやら少女は、黒い羽を持つ天使の存在を知らなかったらしい。


「……はぁ、ややこしいわね」


軽く肩をすくめると、ミルベーナは魔力を抑えた。

羽はふっと消え、元の姿に戻る。


「……これでいい?」


少女は唖然とした表情のまま、ミルベーナを見つめていた。

そして、少しずつ震えが収まっていく。


「貴女、名前は?」


「……り、リージュ……」


「リージュ?」


「……えっと、リージュ・マリオン……」


「そう」


ミルベーナは小さく頷き、改めて彼女を見た。


(腐敗臭も、魔の気配もない。感染はしていないみたいね)


だが、それがますます疑問だった。

この街は瘴気に包まれていた。

ゾンビだらけの地獄の中で、この少女だけがどうして無事だったのか?


「リージュ。ここで何があったの?どうしてあんな場所に?」


ミルベーナの問いに、リージュは顔を伏せる。

まるで記憶の糸を手繰るように、震えながら唇を噛んだ。


「……わ、わからない……」


「何?」


「思い出せない……何があったのか……」


リージュの目は、どこか虚ろだった。


「……」


ミルベーナは静かに彼女を見下ろす。


(……精神的ショックか?)


彼女の手が震えている。

必死に思い出そうとしているのに、言葉が出てこない。


「……そう」


ミルベーナは膝をつき、そっとリージュの肩を掴んだ。


「無理に思い出す必要はないわ。今はもう安全よ」


優しく、しかし冷静な声で言う。


リージュは一瞬目を丸くしたが、次の瞬間――

糸が切れたように、意識を失った。


「……やれやれ」


ミルベーナは彼女を支え、そのまま背負い上げる。


(放っておくわけにもいかないわね)


そう思いながら、ゆっくりと歩き出した。

行き先は、ヴァルヘイド。

壊滅した街を後にしながら、朝日が二人の影を長く引き伸ばしていた。



街に降り注ぐ朝陽は、静寂と死の残滓を照らし出していた。

ルーメン・ドミトールとの死闘の果て、浄化の光がもたらしたのは、あまりにも寂しい結末だった。


だが――


瓦礫の中で手を伸ばし、助けを求めた少女の存在は、希望の欠片だったのかもしれない。

記憶の混濁、怯える瞳、そして震える声。彼女は何を知り、何を忘れてしまったのか?

 

ミルベーナはその答えを求め、ヴァルヘイドへと足を向ける。

この少女は何者なのか? 彼女が生き残った理由とは?


静寂の街で生まれた新たな疑問が、物語をさらに深く紡いでいく。

ルーメン・ドミトールとの決着、そしてリージュとの邂逅。

彼女はなぜこの街で生き残ったのか?

静寂の中、新たな旅路が始まる。

次回、「交差する道」――物語はさらなる深淵へ。


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挿絵の公開も適宜更新しております。

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