第七十一夜:魔能(魔法)
「――あ、そういえばさ」
リージュがふと思い出したように声を上げる。
「プルワのアンクレット。前に“魔術刻印”が入ってるって言ってたよね?」
「ふぇ? コレのこと?」
プルワがちょっと驚いたように片足を持ち上げ、
身体を傾けながらアンクレットを見せた。
銀色の細い鎖に小さな飾りがいくつか付いていて、
足の動きに合わせてかすかに音を立てる。
だがそれは、ただの装飾品とは違った。
「あ、ああ……そのアンクレットには、音の魔術刻印が刻まれている」
ミルベーナが少しぎこちない調子で答える。
その視線はアンクレットに向けられながらも、どこか気を遣っているような印象だ。
「これ?」
プルワはくるりとアンクレットを外して、内側をこちらに向けた。
金属の内側には、まるで楽譜のような、譜面のような――けれど意味を読み解けない。
不思議な曲線模様がびっしりと刻まれていた。
「ああ……間違いない。これだ」
ミルベーナは距離を保ちながらも、アンクレットをじっと見つめた。
「近くで見ると……より強く“魔術の気配”を感じる」
「気配?」
ジークが不思議そうに首を傾げる。
「うーん……僕には何も感じられないな」
「あたしも。普通のアンクレットにしか見えないよ?」
リージュがジークと並んで、興味津々にアンクレットを観察している。
二人が交互に手に取り、指でなぞるようにして刻印を見る。
「わ、わっ、返して〜」
プルワが少し慌てたように手を伸ばす。
「あ、ごめんね、ちょっと見たかっただけなの」
リージュが慌ててアンクレットを返すと、
プルワはすぐに受け取り、その場で足にはめ直した。
不思議と、その姿は――無意識のうちに“それを守ろうとする者”に見えた。
「あ、オイラの方こそごめんなさい。
あんまり外さないからさ、ちょっと不安になっちゃって……」
プルワが照れくさそうに、足を内股にしてちょこっと動かす。
「……あー、その」
ミルベーナが珍しく言葉を探すような口調で言葉を継ぐ。
「“魔術の気配”というのは……同じく魔術が使える者にしか、わからないものだ。
そして、恐らくだが……プルワ自身も、その気配には気づいていない、のではないか?」
言葉を選んでいるというよりも、
何かに触れてはならない気配を探っているような慎重さがあった。
「不思議だなぁ……」
ジークがアンクレットを思い返すように呟く。
「最近、魔力の流れなら視えるようになったのに。
あれには……“流れ”がなかったように見えた」
「それもそのはずだ」
ミルベーナは、静かに目を細める。
「もしそれが“魔力”で刻まれた刻印であれば、ジークにも流れが視えただろう。
……でも、違う。この感覚は――“情念”だ。想い。願い。
そういった目に見えない感情の連なり。それが自然と魔術として刻まれたものだと思う」
「そっか、誰かの願い……なんだね」
リージュがそっとプルワの肩に触れる。
小さなぬくもりが、言葉よりも優しく伝わってくる。
プルワは少し迷ってから、小さくうなずいた。
そしてアンクレットを見つめたまま、ぽつりと語る。
「……オイラ、このアンクレットね……死んだ母ちゃんの形見なんだ」
一瞬、馬車の中の空気が静かになった。
風の音と車輪の音だけが、遠くを流れていく。
「姉ちゃんが言ってた。母ちゃん、すごく大事にしてたんだって。
……だから、たぶん、魔法がかかってるっていうより……
ずっとそばにいてくれてる気がするんだ」
プルワの指が、そっとアンクレットに触れた。
揺れた飾りが、小さくカチンと鳴る。まるで返事するかのように。
「……わからないけど、守ってくれてる。そう思うんだ」
その言葉には、説明できないけど確かな、静かな祈りのようなものがあった。
ミルベーナは何も言わなかった。
ただ静かに目を伏せ、口元にうっすらと微笑みを浮かべた。
ジークもリージュも、それ以上は言葉を重ねなかった。
ただ、小さな音を刻みながら揺れるアンクレットの存在が、
この先に続く不確かな道のりの中で――確かに一つの“魔術”としてそこに在るようだった。
「遺された想いが自然と魔術になる。そんな事も出来るのが魔術でもある。
きっとお母様は、魔術が使えたわけではないだろう。
想いが刻印された、世界に二つとない代物だ」
ミルベーナの穏やかな言葉に、馬車の中の空気が少し静かになった。
プルワはアンクレットを撫でながら、ほんの少しだけ笑みを浮かべている。
けれど、しんみりした空気も長くは続かない。
時間が経つと、ジーク、リージュ、プルワの三人がそれぞれ難しい顔をし始めていた。
「ど、どうした?」
ミルベーナが気づいて問いかける。
「いや……想像以上に三つの違いが難しくて……」
ジークが正直に白旗を上げた。
「うん……なんか、どれから覚えたら良いのかも分かんなくなっちゃって……」
リージュも頬をかきながら、どこか途方に暮れた表情。
プルワはあまり混乱していないようで、ケロッとした顔で
「オイラはよくわかんなかったけど、面白かった!」と笑う。
「すまない、一気に教え過ぎたな。
ただ、これでもかなり噛み砕いたつもりだったんだが……」
ミルベーナは申し訳なさそうに、けれど少し困ったようにため息をつく。
そしてふと、何かを補足するように続けた。
「この三つは正式には“魔能”と呼ばれていて、
一般的には“魔法”とまとめて言っても通じる」
その言葉に、リージュが思わず声を上げる。
「えー!? こんなにいっぱい聞いたのに、魔法でいいのー!?
もしかして、いままでの話全部まとめて“魔法”って呼ばれてるの!?」
その叫びはまさにみんなの心の声だった。
そして何故かフォスターは楽しそうに笑っている。
「いや……私は違いを教えて欲しいと言われたから説明したのだが……」
ミルベーナが困惑気味に肩をすくめる。
「どうする、リージュ?
僕は生命の魔法の訓練もあるし、あんまり他には手を出さないでおこうかな〜って……」
ジークは肩をすくめながら、フェリオをなでて笑う。
「えっ……もう“魔法”って言うの?
さっきまで“魔導”って呼んでたのにー!
紛らわしいー!」
リージュがうなだれると、隣のプルワが無邪気に笑い出した。
「あはははっ、がんばれーおねぇちゃん!」
「もー、プルワまでー!」
明るい声が馬車の中に弾けた。
そしてその後も、馬車が進む道の上では、ささやかな魔法の訓練が始まった。
手のひらで火を灯す練習や、風の流れを感じるための集中、少しずつだけれど、確かに前へ進んでいく。魔法の知識と、それぞれの心と絆と一緒に。
更新日は毎週火、木曜日の11時更新となります。
元のペースに戻せそうになり次第、お知らせいたします。
【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿】リライト
現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。
以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。
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