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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
五章--閉ざされた国、ファルムス帝国--
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第六十ニ夜:閉ざさなければいけない者

「……フォスター、また頼めるか?」


私はそっと小声で頼みかけた。

周囲には聞こえないように、でも確実に彼に届くように。


彼は無言で右手を上げて、グーサインを返してきた。


……了解、ということか。

あの男らしい、ぶっきらぼうな優しさだ。


私の代わりに、彼が口を開く。


「プルワ、材料って……なんの材料になるか、知ってるか?」


それを聞いた瞬間、空気がピリリと張り詰めた。


「ちょっとフォスター!今それ聞くところ?」


リージュの声が鋭く跳ねた。

……しまった。私は唇を噛み、心の中で肩を落とす。


プルワに――あの子に、

おそらく最も思い出したくない部分に触れるような問いを、投げかけてしまっていた。


その問いの意図が悪意ではないことは、リージュにもわかっているはず。

だが、それでも“タイミング”を間違えば、それは傷口を裂く凶器になる。


「……すまねぇ、無理に話さなくてもいいよ。

ただ……知っといた方が良いと思ってよ……」


フォスターが、低く、でも確かに謝った。


……思っていた以上に、あの男も慎重に言葉を選んでいる。


「すまない……」


私も、小さく言葉を添える。

プルワの目を見て、静かに右手をひらひらと動かしてフォスターが合図を送る。


“気にするな”――

おそらく、そういう意味だろう。

不器用な優しさに、私は胸の奥でそっと息をつく。


いや、不器用……ではないな……


「だ、大丈夫だよ、リージュお姉ちゃん……」


プルワの声が震えながらも届いた。


「でも、なんの材料になるかは、オイラも知らないんだ……」


……そうだろう。


誰だって、自分の傷口をえぐるような知識まで、進んで手に入れようとはしない。


むしろ、その言葉に、私は少しだけ安心していた。


あの子が、そこまでを見ずに済んでいたことが――

今も、あの笑顔を保てている理由の一つなのだと、そう思ったからだ。


だが同時に、ここまで徹底された“情報の欠落”こそが、

帝国が隠している何かの、確かな証拠でもある。




もう、フォスターったら……

ホント、デリカシーないんだから。


でも――

なんでだろう、あたし……

なんでこんなにプルワを守ろうとしてるんだろ。


ミナの真似してるのかな?

優しくて、強くて、あたしのそばにいてくれた――あの人の。


「天使様方、あと一時間もすればエルドリヴァインに着きます」

御者の人が声を掛けてくれた。


「はい、了解ッス」

フォスターが返事をした。


……あたしが覚えてる、“今の最初の記憶”。


黒い翼――ミナが初めて天使化した時。

ナグリスに見間違えて、あたしが泣きそうになった、あの瞬間。


あれからだ。

それより前も……こんな風に誰かを抱きしめてたのかな?


「プルワ、どうする?あと一時間なら、少し眠れるよ?」


そう声をかけた時――

なぜか、心の奥に微かな“こだま”が響いた。



『リージュ……んまでまだ少しある、今の……っときな』


――え?


今の……なに?

誰? 誰が、あたしに……?



「お、お姉ちゃん?」


プルワの声で我に返る。


……気づけば、無意識に抱きしめる腕に力が入っていた。


「あ、ご、ごめんね。痛かった?」


「大丈夫、オイラ、話……続けるよ」


その声が、かすかに揺れていた。

無理、してないかな……


ジークが、静かに口を開く。


「さっき、“魔族のことを話すと兵士に連れて行かれる”って言ってたよね?」


――またそんな話。

思い出させたくないのに……でも、聞かなきゃいけないことなんだよね。


「帝国内でも、話をすると危ないの?」


あたしの声が、自然と口をついた。


「うん。スキラムでは気にされないけど……

地上の街じゃあ、“魔族の話題を出すだけ”で通報対象なんだ」


“話題にしただけで”……

そんなのおかしいよ。そこにいない誰かのことを、思い出すだけで罪になるなんて。


フォスターが、言葉を挟んだ。


「プルワ、連れてかれたやつは……どうなるか、知ってるか?」


あたしは、そっとプルワの背中をさすり続ける。

大丈夫、大丈夫だよって、触れながら伝えるしかできなくて。


「き、傷だらけで出てくる人がほとんどだよ……

そのまま……帰ってこないことも、ある」


ぐっと喉が詰まった。


言葉を続けられないのは、プルワだけじゃない。

聞いてるあたしたちも、今の一言で、胸が重くなった。


「拷問……か、見せしめかよ……けったくそ悪ぃな」


フォスターの声が、低く、鋭かった。

怒ってる。


――でも、その怒りは、きっとプルワを思ってのこと。


あたしの手が、プルワの背を撫でる速度を少しだけ速めた。


こんなところに、行って大丈夫なのかな――

帝国って、本当に、まともな場所なのかな……


あたしたちが向かってるその場所に、

笑って迎えてくれる人は、いるのかな――




「そういえばさ、さっきフォスが言ってたけど……

この話って、僕たち聞いちゃマズいんじゃ……」


ジークの声が、ふと空気を変えた。


その瞬間、全員の顔色が変わった。


「プルワ、この話って……今まで、誰かに話したこと、ある?」


リージュが静かに尋ねた。


プルワは、首を振った。

小さく、大きく、必死で。


「ど、どうしよう……

オイラ、とんでもないこと……しちゃったんじゃ……」


肩が小刻みに震え、耳もぴたりと伏せられている。

声も、怯えと後悔で潰れかけていた。


――しまった。

混乱させたまま話を引き出してしまった。

私のせいだ。


私が、もっと慎重でいれば……


「大丈夫だ、プルワ」


低く、確かな声が響いた。


フォスターだった。

立ち上がり、無言で手を動かす。


胸元からゆっくりと唇に指を当て、口を閉ざし、首を横に振る――

“この話は、外に漏らすな”


わかりやすく、静かな合図。


ジークも、リージュも、頷いた。

フェリオが「きゅー」と小さく鳴いて、同じ動作を真似る。


それを見て、プルワの体が小さく揺れた。

怯えたままだけど、少しだけ呼吸が落ち着いた気がした。


リージュとジークが、そっと寄り添う。

大丈夫だよ、と言う代わりに、優しく背中を撫でる。


――ただ、一つ。


私と、フォスターだけが気づいていた。

この場に、もう一人――関係のない耳があることに。


「御者の方、少し馬車を止めてもらえるか?」


私は前を向いて、冷静に声をかけた。


このままではいけない。

この会話を聞いた者が、ただの通行人で済むとは限らない。


ファルムス帝国が、どういう場所かを知った今――

口を閉ざすだけでは、守れないものがある。

今後はしばらく火、木曜日の11時更新となります。

元のペースに戻せそうになり次第、お知らせいたします。


【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿リライト】リライト企画進行中(牛歩)

現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。

以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。


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