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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
四章--死の大行進《デス・マーチング》--
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第五十四夜:出発①

出発の日。

朝の光が、クラウゼンブルクの街を優しく包んでいた。

前夜の雨がわずかに残した水気が、石畳の表面を淡く輝かせている。


街の外れに、馬車が一台用意されていた。

四人と、一匹――

旅の仲間たちは、静かに荷物を積み込み、別れの言葉を交わしていた。


目的地は、エルドリヴァイン領を経由したファルムス帝国。

道のりは長いが、街道と通行証はコーネリアたちの手配で万全だった。


戦いの傷跡が街を覆っていたが、それでも人々は少しずつ日常を取り戻していた。

フォスターの腹の傷もようやく癒え、ようやく歩く姿にも力が戻ってきた。


補充の天使は――現れなかった。

だが、コーネリアたちはその不安を見せることなく、彼らを笑顔で送り出した。


「――行ってらっしゃい」

「無理をしないこと。無茶をするなら、せめて無駄にしないことさね」


コーネリアの声には、深い信頼と、少しの寂しさが滲んでいた。


その言葉を背に受けながら、彼らは馬車へと歩き出す。

それぞれの思いを胸に抱きながら――



――ジーク


結局、フォスターは二つの街に残る“死の大行進(デス・マーチング)”の記録を照らし合わせても、手がかりは掴めなかったらしい。

あれだけの犠牲が出たのに、誰が意図して動かしたのかすら、わからなかったんだ。


コーネリアさんにもいくつか確認していたみたいだけど、記録と照らしてみても抜けている箇所は“何か”の手がかりにはならなかった。

……介入者がいたとすれば、本当に巧妙だったか、もしくは記録の外から動いていたってこと。


ああ見えて、フォスは本当に頭が回る。

フォスが見落としたなら、それはもう、僕たちの手には負えない。

あとの調査は、ルシェルさんたちに託すことになった。


僕は……やっぱり、また泣いちゃった。


出発の朝。荷をまとめながら、そっと建物の影に入って泣いてたら、

フェリオがやってきて、「きゅー……」って小さな声で鳴いて、僕の膝の上に乗ってくれた。

いつも寄り添って慰めてくれる。僕の大切なこと友達。


でも、今までの悔しさからじゃない。

負けて、誰も救えなくて、自分が弱くて泣いたときとは違う。


ほんの数週間しかいなかったのに、僕はあの人たちから――生き方を教えてもらった。

アイシスさん、ルシェルさん、コーネリアさん、ガルドアさん。

そして、僕がかろうじてでも守れた、名前も知らないたくさんの人たち。


別れが、こんなに寂しいって。

“また会えるかわからない”っていうことが、こんなに怖いって。

初めて、思った。


「ジーク、これを持っていけ」


ルシェルさんに渡されたのは、一冊の本だった。

分厚くて、皮張りで、手触りに温もりがあった。


中には、ルシェルさんがまとめた治癒魔導の知識がぎっしり詰まっていた。

ルシェルさんの手書きのメモもあって、ところどころに小さな走り書きや笑えるような文もある。


……重い。

でも、温かい。

嬉しいな。


「きゅーっきゅ、きゅー!」

「お、なんだフェリオ?」

フェリオが僕の頭に乗ってルシェルさんにお礼を言っていた。


「ありがとう、って言ってます」

ルシェルさんはフェリオをひとなでした。


これが、僕の道しるべになるなら。

この本を役立てられる自分になれたら――僕はきっと、亡くなった人たちにも誇れる。


「ジーク少年!」

この声は、アイシスさ……


『むぎゅー!!』


「んー!んー、んー、んーん!!」

ち、力が、強い!抵抗させる気がないよ、この人!?


「あー!!アイシスさん!ジークに何してるのー!!」

リージュの大声でやっと離してくれた……


「あはははっ、ヤキモチはいいことだぞ、リージュ女史」

楽しそうに笑ってる。これからアイシスさんも大変なのに……

と言うか……鼻血出そう……


「みんなと一緒に強くなれ、戦いだけでなく、心も一緒に」

また頭を撫でられた。

あれ?今日は身長が同じくらい?


ふと足元を見る。

結構な厚底ブーツだ……

アイシスさんは僕の目線に気付いた。


「少年、女性の背伸びは見て見ぬふりをするべきだぞ」

イタズラそうに笑うアイシスさん。


「はい、覚えておきます」

アイシスさんの言葉は、とても温かく僕の心に染み込んだ。


馬車のステップを踏んで、最初に乗り込んだ。

みんなが来る前に、少しだけ、深呼吸をするために。


前を見る。

エルドリヴァインへの道は長い。

けれど、仲間がいて、学びがあって、誰かに託されたものがある。


それだけで、もう、怖くない。


「……行こう」


心の中で小さく呟いたその声が、馬車の中で静かに響いた気がした。




――リージュ


ここ数日、朝はアイシスさんに、お昼からはミナに稽古をつけてもらってた。

朝はまだちょっと眠かったけど、アイシスさんが容赦なく投げナイフを突きつけてくるから、すぐに目も覚めた。


あれ?

あたし、教えてもらう方だよね?


あの人、静かに笑ってるけど、たまにめちゃくちゃ怖い。

いや、好きだけどね?

そういうところ。


避けたり、かわしたり、後ろに回って一撃入れる方法――

あたしはまだ力も背も小さいから、正面からの戦いは向いてないって、アイシスさんが丁寧に教えてくれた。


ミナとは実戦に近いやり取り。

こっちは、もう……全力。

毎回汗だくになって、肩で息して、たまに顔も真っ赤になってたと思う。

悔しかったし、嬉しかった。

ミナ、ああ見えて本当に優しいんだよね。

厳しいけど、ちゃんと見てくれてるの、わかるから。


そうそう、ちょっと前にね、あたしとミナ、アイシスさんにコーネリアおばあちゃん、

その四人で――女子会したの!


ふふ、楽しかったなぁ。

お菓子もいっぱいあって、アイシスさんが持ってきてくれた果物のケーキとか、

コーネリアおばあちゃんの昔話とか、

ミナが実はおしゃべり好きで、色んな話聞いてすごく楽しかった。


夜遅くまで、みんなで笑って、たまに涙もこぼれて――でも、

そういう時間が、本当に、宝物みたいだった。


……でも。


悲しいことも、思い出したくないくらい、あった。

笑ったぶんだけ、胸の奥がひりひりする。



リディアさん。

あたし、あなたのこと、絶対に忘れない。


許せないよ。



人を、あんなふうに見て笑うなんて。

自分だけが楽しい世界に引きこもって、他人の悲鳴で満たされるなんて。


でも――止められなかった自分も、許せない。


逃げたかった。

怖かった。

泣きたかった。

でも、泣いてる暇なんてなかった。

誰かが死んでいくところだったから。


あの後、ガルドアさんが来てくれた。


おばあちゃんが、ガルドアさんとお話してくれてた。

二人が楽しそうに笑ってるの、ちょっと意外だったけど――

なんか、すっごく、嬉しかったな。


なんていうか……大人って、ちゃんとしてるなぁって思った。

許すとか、受け止めるとか、きっと簡単なことじゃないのに。


……でも、そんな平和な時間も、長くは続かないんだよね。


これから行くところは、すごく危険な場所。

ネクロスがいるのは当たり前だけど――それより何より、人間が怖いところなんだって。


アイシスさんが言ってた。

「生きるために、簡単に誰かを殺す者がいる」と。

「奪うことを正義だと言い張る者がいる」と。


あたし、怖いよ。

でも――逃げない。

だって、ミナがいる。フォスターも、ジークもいる。フェリオだって。

ひとりじゃないなら、大丈夫。


……きっと、大丈夫。


荷をまとめ、出発の時間が迫ってくるにつれて、

街の空気が少しずつ変わっていくのを感じていた。


人々の声、木々の揺れる音、馬車を引く蹄のリズム――

全部が、「もうすぐ旅立つんだよ」と背中を押してくるようだった。


それでも、あたしはちょっとだけ、その場に立ち止まってた。


名残惜しいって、こんなに胸が詰まるものなんだね。


そしたら、そんなあたしに声をかけてくれた人がいた。


「世話になった。オレはここで強くなる。……また寄る機会があれば、話そうぜ、嬢ちゃん」


振り向くと、ガルドアさんがいた。

大きな手で、あたしの頭をポンポンッて。

ちょっと乱暴だけど、あったかい。


「……うん、あたしも強くなるから。その時は、いっぱい話そうね!」


そう言うと、ガルドアさんは照れたようにそっぽを向いた。

相変わらず、ぶっきらぼうだけど――あたし、好きだな。こういうの。


そして、もう一人。


「リージュ、左腕を出しな」


コーネリアおばあちゃんの声は、いつもどおりキリッとしてて、その目は真剣だった。

言われるままに腕を差し出すと、

おばあちゃんは小さな箱を開けて、そこからキラキラと輝くアクセサリーを取り出した。


赤、青、緑、黄金――まるで万華鏡みたいに光を反射する、不思議なアクセサリー。

一つ一つが小さくて一見気にならない見た目だけど、すごくキレイ。


「これはね、あたしの占いで使ってる“良い宝石たち”を特別に加工した、数珠じゅずってもんだよ」


「……わぁ、キレイ〜!」


思わず目を見開いて、そのまま笑顔でお礼を言った。


「ありがとう、おばあちゃん!」


そしたら――グイッ。


おばあちゃんに、ぎゅっと、抱きしめられた。


あたしの肩が、そっと包まれる。


「……久遠の虹結晶、正しく使うんだよ」

「心が乱れたら、その数珠じゅずに祈りな。きっと力になるはずさ」


声が優しかった。

でも、それ以上に――泣きそうになるくらい、強かった。


あたしの天使の力、久遠の虹結晶。

おばあちゃんの昔の友達、エルオーネさんも同じ力を持った人だった。

これには、おばあちゃんからのエネルギーが溢れてる気がする。


「……うん、わかった、おばあちゃん。大切にするね」


腕に光る宝石の感触を確かめながら、あたしは何度も頷いた。


そして――


みんなに手を振った。


ミナに、フォスターに、ジークに、ルシェルさんに、コーネリアおばあちゃんに。

ガルドアさんにも、アイシスさんにも、レンハルトさんにも。

ここで出会った、たくさんの人たちに。


馬車の階段を、ひとつ、またひとつ登る。

座席に腰を下ろすころには、胸の奥がぽかぽかしていた。


あたしは、もう一人じゃない。

でも、誰かに守ってもらうだけの存在でもない。


――あたしだって、みんなを守れるようになるんだから!


数珠が光に反射して、少しだけ七色にきらめいた。


それはまるで、“旅立ちの合図”みたいだった。




――フォスター


オレか?


正直、今回は――何もしてねぇ。


腹、貫かれて。

気づいたら、“死の大行進(デス・マーチング)”は終わってた。

ジークも、リージュも、ミルベーナも、ちゃんとやるべきことをやったってのに、

オレは、寝てる間に全部終わっちまってた。


治療中は動きも制限されてて、せいぜいできたのは記録の調査くらい。

二つの街に残る“死の大行進(デス・マーチング)”の痕跡を、照らし合わせて、抜けを探して……でも結局、不審点はなかった。


“介入者”なんて異常事態が残ってるのに、証拠もなけりゃ、憶測ばっか膨らむ。

おまけに調査に時間もかかるし、体は痛ぇし――


……今回、一番足を引っ張っちまったのは、オレだろうな。


「アルチルとか言うあの悪魔……」


不意に握った拳に力が入る。


「次は――絶対、ぜってえ仕留めてやる」


口の中でつぶやいたその時だった。


「おい、フォスター」


声をかけられて振り向くと、ルシェルさんが立っていた。


「……ん?」


「ジークに、無茶をさせすぎるな。お前が支えてやってくれ」


どうやら治療の手伝いをしたジークが、オレのことばっか話してたらしい。

ったく、あいつ……オレのこと大好きかよ……ま、幼馴染だもんな。


「りょーかい、いつものことだよ」


軽く返して、踵を返そうとした時――


コツンッ


「いてっ……」


後頭部を軽く小突かれた。


「待ちな」


振り返ると、そこにいたのは――コーネリアのばあちゃん。


「今度はしくじるんじゃないよ。もちろん、自分が死なないためにだよ?」


ばあちゃんの声は、優しいけど、芯が通ってる。

そういや、気絶したとき助けてくれたのは――

天使化したばあちゃんだったんだよな。

背に浮かんだ光の翼と、空に響いたあの優しい声は、今でもはっきり思い出せる。


……ちゃんと礼、言ってなかったな。


「――あの時は、助かりました。……次は、しくじりません」


丁寧な挨拶。

ほんとは、そういうの苦手だ。

でも今は、それくらい真っ直ぐ言わなきゃならない気がした。


「よし! 行って来な!」


ばあちゃんはそう言って、オレが馬車に乗るまで――ずっと笑ってくれてた。

あったかくて、背中を押してくれるような笑顔だった。


……オレは、もうしくじらない。

誰かが命張って、繋いでくれた未来なんだ。

死ぬわけにはいかねぇ。


手をポケットに突っ込んで、何気なく振り返らずに乗り込む。

仲間が待つ馬車の中へ。

今後はしばらく火、木曜日の11時更新となります。

元のペースに戻せそうになり次第、お知らせいたします。


【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿リライト】リライト企画進行中(牛歩)

現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。

以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。


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https://x.com/r5mswm?s=21&t=YDHDT292BvtoU2Xhs0cHWQ

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