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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
二章--新たな息吹--
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第六夜:訪問者

ユグドラシルの大地に、新たな訪問者が降り立つ。

藤色の髪を靡かせたその女性は、ただの旅人ではない。

気品と威厳を纏いながら、彼女が向かう先は?

彼女は何者なのか?

今、新たな物語が静かに幕を開ける。

青空はどこまでも澄み渡り、鳥が高く舞っている。

青空から下へゆっくりと視点が移動すると、小さな川が穏やかに流れていた。

その水面に、波紋のような揺らぎが生まれる。


――次の瞬間、そこにぽっかりと歪みが生じた。


空間にひび割れたような亀裂が走り、ゆっくりと開いていく。

その中から、ひとりの女性が静かに降り立った。


彼女はゆるやかに足を踏み出し、辺りを見渡す。

藤色の長い髪がそよ風に揺れ、陽光を浴びて淡い紫の光彩を帯びる。

その気品ある髪色は、まるで高貴な花のように美しく、風に舞うたびに優雅さを際立たせていた。


「……ユグドラシルに来るのも、久しぶりね」


独り言のように呟きながら、ふと微笑む。

彼女はいったい何者なのか――

その問いは、まだ語られることはない。


女性はすでに何かを把握しているようで、迷うことなく歩き出した。

目指す先は、この近くにある町――エルヴィルダ。



町の入り口に着くと、門番の姿はなかった。

小規模な町とはいえ、昼間に門を開け放しているのは少し珍しい。


中へと進むと、通りには活気があった。

露店が立ち並び、果物や焼き菓子を売る店員たちの声が飛び交う。

子供たちが駆け回り、鍛冶屋の前では職人が炎と向き合っていた。


そんな中、女性は近くを歩いていた一人の女性に声をかけた。


「すみません。ここはエルヴィルダであっていますか?」


「え? あぁ、そうですよ」

声をかけられた女性は驚いたように振り向いた。

藤色の髪の女性を一目見て、その気品漂う雰囲気に少し気圧されたようだった。


「ありがとうございます」


女性は軽く微笑み、お礼を述べたあと、再び歩き出す。

目指すは、町にあるセイヴァーズギルド。


通りを進みながら、彼女の特徴がさらに際立っていく。

立ち居振る舞いには気品があり、静かな仕草にも上品さが滲んでいる。

しかし、その背にはまるで場違いなほどの大剣が背負われていた。


やがて、ギルドの看板が見えてきた。

彼女は躊躇することなく扉を押し開ける。



ギルドの中は、外とは違い、どこか荒々しい空気が漂っていた。

剣士や弓使い、鎧をまとった者たちが談笑し、酒を酌み交わしている。

中には酔い潰れてカウンターに突っ伏している者までいた。


そんな喧騒の中、カウンターに立つ女性がひと際目を引く。

フェリシアンテの女性だった。

特徴的な猫耳と、長くしなやかな尻尾を持つ彼女は、カウンター越しに煙草をくゆらせていた。


女性は静かにそのカウンターへと向かう。

そして、少しだけ首を傾げながら問いかけた。


「ネクロス狩りの仕事はありませんか?」


煙草をくわえたまま、フェリシアンテの女性はその言葉を聞き、すぐには答えなかった。

じろりと視線を向け、軽く顎をしゃくる。


「ゾンビ狩りねぇ……お嬢ちゃん、ギルドは初めてかい?」


わずかにくすりと笑いながら、少し馬鹿にしたような口調だった。


しかし、目の前の女性は特に気にした様子もなく、淡々と応じた。


「お嬢ちゃん? ああ、私のことか」


どこか他人事のように、納得するように頷く。


「ここのギルドには初めて来ます。誰かの紹介が必要でしたか?」


彼女の反応に、フェリシアンテの女性は軽く目を見開いた。

あまり嫌味が通じるタイプではないらしい。


「……ったく、箱入り娘ってやつかい?」


ぼやきながら煙草を灰皿に押し付け、指で弾くように灰を払う。

そして、やれやれとため息をつきながら、ギルドのルールを説明し始めようとした。



ギルドのカウンターで説明を受けていると、不意に背後から声が飛んだ。


「おい、あの嬢ちゃん……」


「はぁ? ギルド入ってきたばっかのやつが、いきなりゾンビ狩りだと?」


「いいご身分だな」


そう言いながら、三人組の男たちが近づいてきた。

酒の匂いを漂わせ、肩を揺らしながら足を運ぶ。

完全に絡んでくる気満々の、性質の悪い男たちだった。


フェリシアンテの受付嬢が「やめときな」と制止するが、男たちは聞く耳を持たない。


「なぁ、嬢ちゃんよ。お前みたいな細っこい女がネクロス狩りなんざ、危ねぇんじゃねぇの?」


「そうそう。剣なんか持ってたって、扱えなきゃ意味ねぇしな」


「試してやろうか?」


男たちは下卑た笑いを浮かべ、彼女の背負う大剣を指差した。


しかし、彼女は一切動じなかった。

そして――次の瞬間。


シュンッ!


まるで音もなく、大剣が抜き放たれた。

男たちが気づいたときには、すでに彼らの服が無惨に裂かれていた。


「……なっ……!?」


「は?」


彼女は静かに大剣を構え直し、微かに首を傾げる。


「私の剣を試したいなら、まずは自分の身を守る術を心得たほうがいいわ」


男たちは唖然とし、その場に立ち尽くした。


フェリシアンテの受付嬢は、それを見て呆れたように溜息をつく。


「……アンタ、なかなか派手にやるねぇ」


「いえ、ただの訓練の一環です」


「はは……こりゃ面白い新人が来たもんだ」


フェリシアンテの受付嬢は笑いながら、改めてギルドの説明に戻った。

カウンターの上に肘をつきながら、煙草の煙をゆっくりと吐いた。


「さて、お嬢ちゃん。アンタ、ギルドの仕組みは知ってるかい?」


彼女は静かに首を振った。

「いえ、詳しくは」


「だろうねぇ。じゃあ、ちゃんと教えてやるよ」


受付嬢は軽く指を鳴らし、カウンターの奥から木製のタグを取り出した。


「まず、セイヴァーズギルドは基本的にランク制だ。

ランクが上がるほど難しい依頼を受けられるし、報酬も増える。

ただし、昇格には相応の実績が必要ってわけさ」


彼女はタグを手に取りながら、じっとそれを観察した。


「このタグは……?」


「アンタみたいな新人は、最初は 歩哨センチネル だ」

受付嬢は軽くタグを弾いた。


「最初の仕事は、村や町を巡回してギルドへの報告をする。

要するに、各地の情報を集めるのが役目だな。

モンスターの発生状況、廃墟の異変、ゾンビの発生なんかも含まれる」


「なるほど……。では、その上のランクは?」


「次が防人ガードナー 。ある程度の危険地域の巡回を任される立場だ。

野盗やネクロスと戦うのも仕事に入る」


受付嬢は指を折りながら、さらに説明を続けた。


「その次が衛士ナイト 。ここからは単独じゃなく、小隊を組んで依頼を受ける。

魔物の討伐や村の警護がメインの仕事だね」


「それ以上は?」


彼女の問いに、受付嬢は小さく笑った。


「まぁ、ここから先はそう簡単になれるもんじゃないけど……」


副団士ヴァンガード は、ギルドの中でも精鋭扱い。

重要な作戦に参加し、隊を指揮する立場になる」


「そして団士キャプテン 。このランクになれば、ギルドの一部隊を統率できるほどの実力者だ。実際、ネクロス討伐隊の指揮官を任されることも多い」


彼女は頷きながら、タグを指でなぞった。


「それが最高ランクですか?」


「いや――最上位は楯聖グランドセイヴァー さ」


受付嬢の声が、わずかに低くなる。


「この称号を持つ者は、ギルドの象徴みたいなもんだ。

数は少ないが、国や王都でも顔が利くレベルの戦士たちがなるんだよ」


彼女はタグを見つめ、静かに思案した。


「……つまり、今の私は歩哨センチネル

まずは情報収集の仕事から、ということですね」


「そういうこと。お嬢ちゃん、話が早くて助かるよ」


受付嬢は再び煙草をくわえながら、タグを彼女に押し戻した。そして、もう一枚の紙を手渡す。


「これは巡回報告書パトロールレポート だ。

立ち寄る村や町のギルドに持っていって、しっかりハンコをもらってきな。

提出しないと、報酬も出ないからね」


「……なるほど、確認のための証明書ですね」


彼女は紙を一読しながら、受付嬢の言葉に頷いた。


「最初の任務は北東の大きな街、ノルディグラードだ。

そこまでの間に、小規模な村や町が二つある。

その様子も確認しながら向かっておくれ」


「了解しました」


彼女はタグと巡回報告書をポケットにしまい、すっと立ち上がった。


「それじゃ、行くとするわ」


扉に向かおうとした彼女に、受付嬢がひとこと声をかける。


「待ちな、今から出ると一つ目の村に着く頃には日が暮れるよ?」


彼女は振り返り、わずかに口角を上げる。


「親切なお言葉、痛み入ります」


そう言い残し、彼女はギルドを後にした。


ギルドを出た彼女は、迷うことなくスタスタと町の外へと向かった。周囲の人々が物珍しそうに彼女を見送るが、本人はまるで気にしていない様子だった。


町の外れに出ると、地図を広げ、軽く風に揺れる髪を押さえながら方角を確認する。


「……北東、ね」


静かに呟くと、慣れた手つきでマントに魔法を施した。


「Veltr fljúga (ヴェルトル・フリューガ)」


マントがほんのりと輝き、ふわりと彼女の周囲の重力が変化する。彼女の体が軽くなったかと思うと、次の瞬間にはすでに地面を離れ、空へと舞い上がっていた。


澄んだ青空と眼下に広がる緑の大地。


「……やっぱり、いい景色」


少しだけ目を細め、気持ちよさそうに風を感じながら、目的の方角を見やる。遥か向こうに、小さく次の村の姿が見えた。


「あそこだな」


そう呟くと、マントをなびかせながら、一気に空を馳せた。


(……歩哨の仕事って、こんな感じだったかしら?)


そんな疑問を軽く抱きながらも、速度を緩め、村の上空で高度を下げる。やがて地上に降り立った彼女は、何事もなかったかのように歩き出し、そのまま村の中へと足を踏み入れた。



フレースホルン村



この村は比較的小規模ながらも、しっかりと整備された道があり、生活の息遣いが感じられた。


「……セイヴァーズギルド駐屯所、か」


彼女の目の前には、そう書かれた建物があった。特に装飾もなく、簡素な造りの建物だが、外壁にはセイヴァーズの紋章が掲げられている。


中へ入ると、受付らしきカウンターがあり、男性のギルド員が事務作業をしていた。


「ああ、歩哨センチネルか。巡回報告書パトロールレポートだな」


「ええ」


彼女は手早く巡回報告書パトロールレポートを取り出し、差し出す。ギルド員はそれに目を通すと、村の印を押し、返してきた。


「ご苦労さん。特に異常はない……って、あんた、一人でやってるのか?」


「そういう任務なので」


「そりゃまた、ずいぶんと勇ましいお嬢ちゃんだな」


彼女は軽く微笑み、手続きを終えるとそのまま建物を出た。


空を見上げると、まだ日が高い。


「……まだ次へ行けるわね」


再び地図を確認すると、村の外れへ向かい、誰もいないことを確かめると、再びマントに魔法をかけた。


「Veltr fljúga (ヴェルトル・フリューガ)」


マントが輝き、体がふわりと浮かぶ。


次の目的地、ヴァルヘイドを目指して、彼女は再び空を馳せた。



ヴァルヘイドのギルド



ヴァルヘイドの町に着いたのは、フレースホルンを出てからそれほど時間が経っていない頃だった。


この町はフレースホルンよりも規模が大きく、人々の往来も活発だ。ギルドもそれに合わせて、それなりの大きさの建物となっていた。


中に入ると、カウンターにいる男性が顔を上げた。


歩哨センチネルか? ちょうどいい、話がある」


彼女は無言で頷き、巡回報告書パトロールレポートを差し出す。

男性は受け取り、印を押しながら話を続けた。


「実は一昨日からノルディグラードと連絡がつかないんだ」


「……」


「昨日の時点では、商人が向かったはずだったんだが、戻ってきてない。

天使やセイヴァーズの派遣要請を出すべきか検討してるところだが……

情報がないことには動きづらい」


彼女は少し考え、口を開いた。


「なら、私が様子を見てきます」


「いや、それは危険だ。

今日のところはこの町に泊まって、朝になったら慎重に向かってくれ」


「……忠告、感謝します。でも私は、今すぐ行くわ」


男性は驚いた表情を浮かべたが、彼女の目には迷いがなかった。


「はぁ……ったく、無茶するなよ」


彼女は軽く微笑み、カウンターを離れる。


ギルドを出ると、すでに太陽が傾き始めていた。


「……急がないと」


次の目的地、ノルディグラードへ向かうべく、彼女はすぐさま空へと舞い上がった。



北東の街、ノルディグラード



空を飛びながら、徐々に不穏な気配を感じ始めた。

町が近づくにつれ、辺りは宵闇に包まれ、しかし――街には明かりがまるで見えない。


「……?」


通常、夜になればどの街も灯火が灯る。

しかし、ノルディグラードには、その気配がなかった。

そのまま高度を下げながら街へ近づいていく。

遠目に見えてきたのは、荒れ果てた町並み。

そして、そこに跋扈するネクロスたちの群れ。


「こんな大きな街が……いったい何が?」


彼女は空中で静かに視線を巡らせた。


目に映るのは、かつて人々が暮らしていたはずの街の残骸。

無残に横たわる死体、崩れた建物、そして広がる静寂――まるで世界が息を止めたかのように。


だが、その沈黙の中に、確かに何かが潜んでいる。


この街で、何が起きたのか――。

そして彼女の正体は――。

約一時間後に第七夜、更に第八夜を投稿いたします。

今しばらくお待ちください。

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