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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
四章--死の大行進《デス・マーチング》--
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第四十五夜:再び灯る光たち

紅茶――すごく温かくて、ふわっと甘い香りがした。

でも、それがどれだけ美味しくても、あたしの胸の奥のざわつきは、ぜんぜん消えてくれなかった。


命を代償に使う力、それが――あたしの力。


コーネリアさんの話を聞いて、びっくりした。

けど、それよりも、どこか遠くのことみたいで。

『命を使ってる』って、言われても――全然、実感がなかった。


なのに、おばあちゃんが泣いた。

その涙に、あたしの心がぎゅうって締め付けられた。

こんなにもあたしのこと、心配してくれてるんだって、胸がいっぱいになった。


「おばあちゃん、ありがとう。

でも、ごめんなさい……あたし、命を使うって言われても、

なんか、よくわからなくて……」


声が震えてた。

わからないことが、こんなに不安にさせるなんて思ってなかった。


それでも――おばあちゃんは、ゆっくりと微笑んでくれた。


「今は、それでいいんだよ。実感なんて、まだ湧かなくて当然さ。

ただ、覚えておいておくれ。力は時に、心と結びつく。

強い感情が、力を歪めることもある。だからこそ……気をつけるんだよ。

力の使い過ぎと、感情の暴走にね」


あたしの力――あったかくて、優しくて、人を守れるって思ってた。


あの時も、怖くなんてなかった。

ただ、みんなを守りたいって、それだけだった。


……でも。

もし、もしも。


あの時、先に天使化してからリディアさんと向き合ってたら。


もし、あたしの中にあった怒りが、力と一緒に溢れてたら――


暴走してたのかな。


自分でも気づかないうちに、誰かを傷つけてたのかな。


怖くて……聞けなかった。

おばあちゃんの目を見て、そういう話は、どうしてもできなかった。


なのに、背中を撫でる手は、優しくて、温かくて。

その手に、あたしは何度も救われてる気がして――胸がぽろぽろ崩れていった。


涙じゃないの。

けど、胸の奥の、何かが。


そっと、あたしは紅茶のカップを両手で包み込んだ。

そのぬくもりが、しばらくは、あたしの命を守ってくれるような気がした。



おばあちゃんはずっと隣に座って、あたしの背中をさすってくれていた。

あったかくて、やわらかくて……ミナが頭を撫でてくれるのとは、また違う感じ。

あれは『大丈夫』って背中を押してくれる感じだけど、

おばあちゃんの手は、包んでくれるような優しさがあった。


ぼんやりそのぬくもりを感じてたけど――


「あっ……!」


思い出した。

そうだ、そうだったんだ。

あたし、相談に来たんだった。


「おばあちゃん、お願いがあるの」


声がうわずって、ちょっと恥ずかしい。

でも、ちゃんと向き合いたいから。


おばあちゃんは、いつもの優しい目であたしを見てくれた。

「なんだい?」


「……あの……! リディアさん……じゃなくて、ガルドアさんのこと」


言いながら、言葉が詰まってくる。

胸の奥にあるのに、うまく言葉にできない。

あの人の辛そうな顔も、震える手も、覚えてるのに。

なのに、どうして言葉にできないのかな。


「ガルドアさんと、お話しして欲しいの」


それだけで、精一杯だった。


おばあちゃんは、黙ってうなずいてくれる。

聞いてくれてるのが伝わってきて、それだけで安心した。


「あたしじゃ……ガルドアさんの、その……」


そこからが、うまく言えなかった。

“助けてほしい”、たぶん、そういう言葉があるんだろうけど……

頭の中がぐちゃぐちゃで、言葉が出てこない。


「……心を救えない、かい?」


おばあちゃんが、やさしく言ってくれた。


そう。

あたしじゃ、できなかったんだ。


うなずくと、胸が少しだけ軽くなった気がした。


「おばあちゃん、お願いしていい?」


すると――


おばあちゃんは、いつもの元気なおばあちゃんに戻ってた。

にっと笑って、


「任せな!」


って、言ってくれた。


なんだろう。

それだけで、胸の中が、あったかくなって、うれしくて……。

泣きそうになった。


――ありがとう、おばあちゃん。

あたし、これでまた、明日から頑張れる気がするよ。



トントン、と扉をノックする音がした。


「ミルベーナです。よろしいですか、コーネリア殿?」


ミナの声だ。


「ああ、少し待ってくれるかい?」


おばあちゃんがそう返すと、あたしの方を見て聞いてきた。


「ガルドアの件は任せな。他に何かあるかい?」


あたしは小さく首を振った。

久遠の虹結晶のこと、エルオーネっていう天使のこと……

たくさん知っちゃったけど、今日あたしがここに来たのは、

ガルドアさんのことでお願いをするためだった。


「ううん、お願い聞いてくれてありがとう」


そう言って立ち上がると、扉へ向かうあたしの背中に、おばあちゃんの腕が回ってきた。


「リージュ、力を正しく使うんだよ」


ぎゅっと、優しくてあったかい。


ううん、これはただのぬくもりじゃない。

心の奥に、あったかい灯がともるような、そんな感じ。


「……うん」


ぽそっと返して、あたしはそっと部屋を出た。


ちょうどタイミングよく、ミナ――ミルベーナが一礼して部屋に入っていく。


目が合ったけど、あたしは何も言えなかった。

ただ、ミナも何も聞かず、軽く微笑んで部屋に入っていった。


その背中が、なんだかすごく大人に見えた。


あたしは静かに廊下を歩き出す。

今日は、少しだけ強くなれた気がした。




私は部屋に入った。

扉が閉まる寸前、すれ違うようにしてリージュが部屋から出てきた

いつもなら何か一言でも声をかけるところだ。

けれど今の私は、それすらもできなかった。

自分のことで頭がいっぱいで、心に余裕がない。

代わりに、無理に引きつった笑みを浮かべて、彼女と入れ替わるように部屋に足を踏み入れた。


部屋の空気は、どこか落ち着いていて柔らかい。

照明は控えめなランタンの灯りがいくつか、それだけなのに安心できる温かさがある。

きっとそれは、この部屋の主の人柄が滲み出ているのだろう。

目の前にいるのは、コーネリア殿。

ワルツハイムを守る、古参の天使。


最初に会ったのはワルツハイム、その後あの強大な力を見せられ、戦場でもあった。

その後の会議でも、冷静で、けれど人間臭さも残した彼女の姿が、ずっと心に残っていた。


……この世界で、私が今、唯一『話してもいい』と思える人。

そう思えたから、ここに来た。


「何突っ立ってんだい?そこに座りなよ」


声をかけられ、私は我に返った。

ぎこちなく頷いて、ベッド脇の椅子へ腰を下ろす。

小さな音を立ててカップが差し出された。

中には湯気の立つ紅茶。

琥珀色の優しい光が、まるで『落ち着いて』と語りかけてくるようだった。


私はそっと両手でカップを持ち上げ、口をつける。

……熱すぎない。けれどしっかりと温かい。

その温度が、まるで胸の中に染みわたってくるようだった。


こんな緊張はいつ以来だろう。

いや、多分。こんなふうに“誰かに助けてほしい”と願ったのは……。

思い出せないくらい、久しぶりだった。


一人で悩むのは、もう限界だった。

何度も、何度も、同じところで考えが止まり、同じ結論にたどり着き、同じところで立ち止まる。

こんなとき、必要なのは“別の視点”と、“ちゃんと受け止めてくれる相手”だ、


私は――その人が、今目の前にいるこのコーネリア殿だと信じていた。



「私は、魔族なんです」



言葉が落ちた瞬間、空気が一変した。


バチィィン、と音を立てて空間が弾けたように感じた。

目の前が、強い光で満たされる――

まるで太陽が真横に現れたかのような、絶対的な光。


動けない。身体が、呼吸が止まりそうだった。

本能が警鐘を鳴らす。

魔族であるこの血が、目の前の存在を“脅威”と判断している。

若返っていた。コーネリア殿が、数十年前のような若々しさに戻っている。

これは、天使化だ――!


私は咄嗟に目を閉じた。

剣も持っていない、魔力の防壁も間に合わない。

ああ、これで終わるのか。

言うんじゃなかった。

そう思った瞬間だった。


……?


何も、起きない?


恐る恐る目を開けると、先ほどまで世界を焼き尽くすようなオーラを放っていた彼女は、穏やかな顔でこちらを見ていた。

微笑んでいる。柔らかく、慈愛に満ちた笑みで。

まだ若返った姿のまま、それでももう敵意も威圧も、感じない。


「ちょっと試させてもらったよ、すまないね」


その声は、どこか照れたような響きだった。


「あたしもね、魔族と会うのは初めてだったからさ。

あんたがどう反応するか、試しておきたくてね」


ようやく力が抜けて、私はぐったりと肩を落とす。

さっきまでの緊張で、肺の奥が熱を持ったように痛い。


それでも、今ここで引くわけにはいかない。

私は、吐き出した。


「わ、私は……魔族として、偉業を成さねばならないのです」


声が震える。

わかっている。

自分の言葉がたどたどしいのも、情けないほど必死なのも。

それでも。


「ですが……この世界では、魔族は忌避されると聞いています。

仲間にも、これを話すべきか、どうか……ずっと悩んでいて……」


唇が乾く。けれど、吐き出せた

この一言を言うまでに、どれだけ時間がかかっただろうか


目の前の彼女は、ふむ、と腕を組みながら少しだけ悩んだ顔を見せた

若返ったままの姿で、それでもその瞳は、私の奥を見ているようだった


そして――静かに、口を開いた。



「わからんね」


その言葉は、あまりにもあっさりと、あまりにも軽やかに告げられた。


「……へ?」


返事の意味が掴めず、思わず間抜けな声が漏れる。


「魔族が忌避されてるって、なんのことだい? 少なくともあたしは知らないよ?」


――えっ?


思考が止まった。

いや、止まったというより、思考の歯車が突然ひとつ壊れたような、そんな感覚。


何を言っているのかが、本当にわからない。


あれほど恐れて、悩んで、隠して、苦しんできたのに――その全てを、今、目の前の天使が、たった一言でひっくり返した。


言葉が、出ない。喉が動かない。


「ワルツハイムに住み始めてから、こっち側の書物も色々漁ったけどさ、魔族のことは全くと言っていいほど文献が見当たらなかったんだよ」


紅茶を口に運びながら、コーネリアはそう言った。

その姿はいつもの通り、どこか茶目っ気すら感じさせる。


――魔族の書物が、ない?


私の中で築き上げられてきた認識が、音を立てて崩れ始めていた。


ユグドラシルに来る前、あの爺――武道を教えてくれた師匠が言っていたはずだ。


『魔族は忌まれている。正体がバレれば、信用は失われ、迫害を受ける。

だから隠して生きろ』と。


その言葉を、疑ったことなど一度もなかった。


けれど、目の前の存在――人ではなく、天使。

私より長生きし、大天使にもつながりのあるこの女性が、はっきりと言ったのだ。


『そんな話、知らないよ』と。


何が正しい? 何が嘘? 何を信じればいい?

頭が混乱していく。


「悪魔や六命の文献や話はよく聞くしあるよ、でも魔族の書物は全くないんだよ」


コーネリアは続ける。


「悪魔を統べる上位存在――それくらいかねぇ?

それも、どこまで信憑性があるかは怪しいけどさ」


私は呆然としていた。

世界の姿を、私は何ひとつ理解できていなかったのかもしれない。


少なくとも今、ひとつ確かなのは――


コーネリア殿は、私を“敵”としては見ていない、ということだった。


知らなかった。

と言うか、あの爺の思い込みだったのかもしれない。


「ところでさ、魔族ってのはこの世界の人間じゃないのかい?」

コーネリア殿がようやく天使化を解いて、元の姿に戻る。


「はい、魔族は魔界で生活しており、この世界へ繋がる“揺らぎ”のエネルギーを発見して、それを利用し魔術でゲートを開いて来訪しています」


コーネリア殿は、まるで初めて本を読む子供のように、熱心に聞いていた。


「悪魔を従えたりするのかい?」


その時だけは、流石に声のトーンが変わった。

鋭いまなざし。これは本気の問いだと察する。


「ほとんどの魔族は、悪魔を“従える”というより、見下しています。

ですが、魔界は広大で、私も知らない一族の中には、悪魔を傘下に置いているような例もあると聞いています」


「一族……? あたしたちみたいに色んな種族がいるのかい?」


その通りだ。

魔界には、古くから続く有力な家系――“一族”が多く存在する。

その中には、魔族と獣族の混血も珍しくない。

多種多様な血が交わり、文化や魔術の型もそれぞれ異なる。

私のような存在も、決して特殊ではない。


それからもコーネリア殿の質問は尽きることなく、魔界の生活や構造、私の来歴にまで及んだ。こんなにも真剣に、そして興味を持って耳を傾けてくれるとは思わなかった。


気付けば、時間はあっという間に過ぎていた。

けれど、胸のどこかが、ほんの少し軽くなっていた。




気がつくと、部屋のランタンは一つだけになっていた。


「おや、もう日が変わっちまうね」

コーネリア殿がふと笑って、手元のカップをそっと置いた。


なるほど、あのランタンたちは時間を測る目安なのかもしれない。

消えていった灯りの分だけ、私たちは話をしていたことになる。


「この歳になっても初めて知るものは新鮮だねぇ」


そう言って笑う彼女は、最初に出会ったときの“戦場の守護者”という印象とはまるで違って見えた。

けれど、そのどちらも、きっと彼女の真の姿なのだろう。

私は思わず、ほっとしたように笑みを漏らしていた。


「長居をしてしまいましたね、今日はこの辺りでよろしいでしょうか?」


促すように席を立ちかけた私に、コーネリア殿がにやりとした笑顔を浮かべる。


「ああ、ここに居る間はまた話を聞かせておくれ。

次はリージュも入れて女子とおくとでも洒落込もうじゃないか」


女子とおく? 一瞬何のことかわからなかったが、ああ、『女子トーク』のことか。

なんとも、言い慣れない言葉だ。

けれど、心のどこかが温かくなる響きだった。


「はい……」

そう答えたものの、何か引っかかる。

(あれ、私、何か――忘れているような……)


眉をひそめた私に、まるでその思考を読んだように、彼女が優しく続けた。

「大丈夫だよ。あんたの仲間は、そのことを知ったって、あんたを見限ったりはしないさ」


はっとした。

そうだ、私はこの世界に来てからずっと、“隠して”ばかりだった。


リージュには答えをはぐらかし、誰にも本当の出自を話せず、戦いの中へただ身を投じて――

どこかで“自分は一人だ”と、勝手に思い込んでいたのかもしれない。


「……ありがとうございます、コーネリア殿」

口にした言葉は短いけれど、そこに込めた想いは私の中で確かなものだった。


彼女は顔を手で仰ぎながら、「やれやれ、小っ恥ずかしいねぇ」と照れ隠しのように言ったが――

その笑顔は、まるで“信じているよ”と背中を押してくれるようだった。


私はそっと頭を下げ、感謝の心とともにその部屋を後にした。

今後は日、火、木曜日の11時更新となります。

「日曜日は二話更新」となります。


【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿リライト】リライト企画進行中(牛歩)

現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。

以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。


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https://x.com/r5mswm?s=21&t=YDHDT292BvtoU2Xhs0cHWQ

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