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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
四章--死の大行進《デス・マーチング》--
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第三十三夜:誇りと矜持を胸に

部屋の中にいても、感じ取れた。

何かが起きている。

すぐにギルドのバルコニーへ駆け出した。


目の前に広がる空。

その西の空が、青白い光で眩しく輝いていた。

こんなにも遠いのに、はっきりわかる。

天使の力だ。

私にも伝わってくる、同じ天使だから――

だけど、あんなに強く、怖いほど大きな力は知らない。


「……なに、あれ……」


怖い。

でも、何が起きてるのか、どうしても知りたくて、目を離せない。


やがて輝きが消えた。

それと同時に、外壁の向こう側、第一門付近に目が止まる。

門の前に、人が集まっていた。兵士たち、ギルドの戦士たち。

戦場が――すぐそこまで来てる。


「あ……」


そして、見えた。

外壁の上、燃え盛る炎。

大きな火の玉のように揺らめいている。

リディアさんが言っていた。

準備をしているって。

きっとあれだ。

あれで戦おうとしてる。

ってことは……。


(あそこが、危ないんだ)


でも、どうすればいい?

どこに行けばいい?

助けたい。

守りたい。

でも――誰を? どこに?


「……わかんない……」


自分でも、どうしていいかわからなかった。

ただ、体が熱くて、胸が苦しくて、何かしなきゃって、そう思ってるのに。


「……もうっ、あっち? それともこっち!? ううん、とにかく外に、行かなきゃ……!」


戸惑いながら、ギルドのバルコニーから中に戻る。

足が止まらない。

止まったら、何もできなくなる。

どこに行けばいいのかわからない。

でも、何もしないままでいるよりは、外に出る方がきっと良い。


「きゅ……?」


フェリオが、不安そうに鳴いて私を見上げた。


「大丈夫、フェリオ……行かなきゃ。きっと、行かなきゃいけないんだよ」


誰に向けた言葉なのかわからない。

でも、そう言わないと動けなかった。


フェリオが「きゅっ」と鳴いて、私の足元に寄り添ってくる。

まるで、「一緒に行くよ」と言ってくれてるみたいに。


「ありがと……」


怖い。

怖いけど、私は――私は、行くんだ。

扉に手をかけ、思いきり開ける。

体が震えても、足がすくんでも、もう止まらない。


「行こう、フェリオ!」


私の決意に呼応するように、フェリオが「きゅっ」と小さく鳴いた。


何もわからなくても、迷っても、私は走り出した。



――西の空


地上を埋め尽くす影の海。その真上で、私は静かに空に漂っていた。

どれだけ倒しても終わりが見えない。

皆が命を懸けて戦っているというのに、まだこんなにも――。


「……もう、出し惜しみしている暇はない」


自分に言い聞かせるように呟いた。息を整え、視線を落とす。

心が決まれば、あとは流れに身を任せるだけだった。


――あの時の力が欲しい。

ノルディグラードで発揮した、あの強さを。

あの悪魔を斬り伏せた時の、確かな力を。


瞬間、私の身体は熱を帯びた。

光に包まれるでもなく、何かが解き放たれる感覚。

気づけば、背には黒き羽が広がっていた。

あの時と同じ、戦うための私の姿。


いける――いや、やるしかない。


左手を天へとかざした。指先に集まる青白い光。

輝きは徐々にその形を変え、槍の形に凝縮されていく。


「……浄化せよ、魔槍ブリューナク!!」


口にした瞬間、手の上にあった光の槍が地上に向かって落ちていった。

闇の中に真っすぐに突き刺さり――。


ドン、と鼓膜を震わせる重い音と共に、地上が青白い光に包まれた。

爆発のような衝撃と共に、ネクロスどもが次々と浄化されていく。


眩しい。その光に、私の視界も一瞬奪われた。

だけど、それでも目を逸らさずにいた。

あれは私の一撃だ。渾身の浄化の一撃。


「……!」


風が頬を撫でた。


この光を、誰かが見ているのだろうか。

誰かの希望に、なれただろうか。

私は、静かに槍を掲げた手を降ろした。


戦いは、まだ終わっていない。



地上の影は、まるで胴体を失ったかのように、二つに分かれていた。

あの一撃で全てを浄化できるとは思っていなかったけれど、

それでも――悔しい。まだ、残ってしまった。


天使化した力が、じわじわと引いていくのがわかった。

背に感じていた黒き羽の力も、ゆっくりとその存在を失っていく。

息が上がり、胸が痛む。けれど、その痛み以上に、心に刺さるものがあった。


「渾身の力を使ったつもりなのだがな……

魔族の私では、いくら天使化しても限界が有るのか?」


自嘲が漏れた。所詮、私は魔族だ。

聖なるものと反する存在。


例え天使化しても、力の根底は変わらない。

同時に扱えるものではないのか?

それとも、単純に私の力不足なのか。


事実、私は天使化していない状態では、浄化どころか光の魔法すら使えない。

それどころか、代償すら必要になる。


――本当に、私は中途半端な存在だ。


でも、今は迷っている場合ではない。

残りの数は確実に減っている。

街側も、後方も、もう最後が見えてきている。


私はゆっくりと地上へと降りた。

足を着く瞬間、ずしりと身体が重く感じた。


約半日、戦い続けていた。

魔力も、体力も、もう限界は近い。

私のこの大剣だって、決して軽いものではない。


だけど、それでも――私は、強く在りたい。


私は、魔王の娘として生まれた。

誇りと共に、生きてきた。


強さは己の研鑽にこそあると、これまでどれだけの努力を積み重ねてきただろう。

悔しさも、痛みも、全て耐えてきた。


だからこそ、今ここで、倒れるわけにはいかない。


「残りは、余力だけで充分……ここで、殲滅する」


目の前に広がるのは、死の大行進(デス・マーチング)の影。

それでも私はもう恐れない。


昨日の私は違った。

焦り、考えもせず倒れてしまった。

だが今は違う。

あの時のミスは、二度と繰り返さない。


私は、大剣をゆっくりと掲げ、そして、歩き出した。


「……来い」


全てを終わらせるために。


大剣から放たれる、無数の光の刃――。


「千光剣――!」


幾千もの光の刃が、死の影を貫いていく。

唸るような閃光が、大地を覆い尽くす。

斬撃は正確に、的確に、ネクロスたちを切り裂き尽くしていった。


一歩、また一歩。

足を進めながら、私は剣を振り続けた。


昨日の私なら、既に倒れていただろう。

だが今は違う。


この一歩が、私の決意。


この一撃が、私の誇り。


この剣が、私の全てだ。


全てを、ここで終わらせる。




私には、二人の姉がいる。


一人は絶大な魔力を受け継いだ姉様。

どこまでも高潔で、優雅で、すべてを魔法で薙ぎ払うような圧倒的な存在。


もう一人は絶大な剛力を受け継いだお姉ちゃん。

飾り気はなく、ただ己の肉体一つで戦場を蹂躙する、

強靭で恐ろしいまでの暴力を持った存在。


そして、どちらにもなれなかった私。


魔力も剛力も中途半端。

二人の姉は、私の目標であり、そして……コンプレックスだった。


どれだけ修練しても、どれだけ努力しても、

彼女たちの影を追い越せる気がしなかった。

手が届きそうで、届かない。

指先さえ、かすりもしない。


だから私は、努力した。

毎日、毎晩、血が滲むほどに。


幼い頃から、魔族きっての優秀な武器使いである執事に、そして魔法使いのメイドに、徹底的に叩き込まれた。命を削るような訓練。

泣いても、転んでも、終わることはなかった。足りないのは力だと言われた。

誇りを保てと言われた。魔族は誇りを捨ててはならない。

どれほど踏み潰されようとも、矜持を持って生きよと。


「お嬢様。死ぬ時も、背筋を伸ばして立つのですよ」


そう言われたのを、私は今でも覚えている。


十五の年。父に言われた。


――偉業を成せ。


私はここに来た。

魔族として、誇りを胸に。

自分だけの偉業を成すために。


私は、強くならねばならない。

唯一無二の存在として、胸を張って生きるために。

誰にも負けない存在として。


――魔族の天使として。


……魔族の、天使?


思考が止まった。

違和感が、胸の奥を刺す。


私は、魔族。

天使とは正反対の存在だ。

なのに、何故こんな言葉が自然に出たのだろう?


いつ私は、天使の力を?

いつ、その存在を受け入れた?


何故、今そんなことを考えている?


まるで、何か大事なことを忘れているような……そんな、嫌な感覚。


だけど、今は――


「……よそう。考えるのは後だ」


私は、大剣を強く握り直した。

目の前にいるのは、ただの敵だ。

ネクロスどもが迫ってくる。


斬る。

それだけだ。


私は誇り高き魔族として、戦わねばならない。


今はただ、動くままに、殲滅するだけだ。

身体が、勝手に動く。


疲労はあるはずなのに、足が自然に地を蹴り、大剣が軽く振り抜かれる。

重いはずの剣が、今はまるで羽のように軽い。


移動に使う魔力も、ほんの少し。

最低限で動けることに気付く。

頭の中が、スッと澄み渡っていくようだ。


これは何だ?

疲れすぎて感覚がおかしくなってるのか?

それとも……張り詰めすぎて、逆に吹っ切れたのか?


わからない。

でも確信だけはある。


――この程度の存在に、私は殺せない。


ネクロスどもがいくら群れようと、私の歩みは止まらない。

剣を振る動作も、すでに意識にすら上らない。

ただ、身体が反応して勝手に敵を討っていく。


いつもなら考えていることが、何も頭に浮かばない。

ただ『倒す』ことだけが、脳に刻まれている。


(……いい)


今はそれでいい。

全てを消し飛ばすまで、何も考えなくていい。


それだけが、この場で私にできること。

今後は日、火、木曜日の11時更新となります。

「日曜日は二話更新」となります。


【2025年3月31日、第一夜〜第三夜 改稿リライト】リライト企画進行中(牛歩)

現在第一夜〜第三夜の文章と構成を全面的にリライトしました。

以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。


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