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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
一章--天使--
4/92

第四夜:夜明けの旅路

「ANgelic of the Dead」第四夜お待たせしました。

ゾンビとの戦いを終えた二人が、夜明けの空の下で死者を弔い、次の村へと向かう――そんな“静かな時間”が描かれています。しかし、のどかな道中にも緊張感は残り、村に到着してからは、彼らを待ち受ける新たな出来事が……。


屍防屋での補給、そしてフェリシアンテの少年との出会い。

小さな村の“違和感”に気付きつつも、彼らはまだその全貌を知らないまま物語が進んでいきます。


旅の中で紡がれる人との出会い、そして別れ――

今回もフォスターとジークの掛け合いを楽しみながら、彼らの旅路を見守ってください。

夜明けの空が淡い橙色に染まるころ、フォスターとジークは静かに死体を焼く準備を整えていた。野営地のすぐ近く、積み上げられたゾンビの亡骸が小さな丘を形成している。空気には腐敗した臭いが残っていたが、それ以上に、死を弔うための神聖な時間が流れていた。


フォスターは手に持った火打ち石を軽く叩き、炎を燃え上がらせる。死体に火が燃え移ると、乾いた音を立てて黒煙が空へと昇った。ジークは沈黙のまま、目を伏せて祈りを捧げる。


「Eilífr friðr Sof þú rótt(静かに眠れるように永遠の安息を)」


彼の小さな祈りの声は、火のはぜる音にかき消された。それでも、その言葉は魂へと届いているはずだった。


しばらくして、燃え上がる炎を見届けると、フォスターが腰に斧を戻し、肩を回しながら大きく息を吐いた。


「……ったく、朝っぱらから骨の折れる作業だぜ」

「うん……でも、ちゃんと見送らないとね」


二人は最後に火が燃え広がっていく様子を見つめた後、その場を後にした。



朝の陽光を浴びながら、フォスターとジークは穏やかな田舎道を歩いていた。昨夜の戦いの疲れがまだ残っていたが、空気が澄んでいるせいか、少しだけ気持ちが軽くなった気がする。


やがて、ジークがふと疑問を口にした。


「次の村まではどれくらいかな?」


先を歩いていたフォスターが、怪訝な表情で振り返る。

「……さぁ?」


ジークは目を瞬かせた。

「え? さぁって……地図見てないの?」


フォスターは気まずそうに鼻をかきながら

「いや、オレが前を歩いてるから、お前が見てるもんだと思ってた」とぼやく。


「ええっ!? だってフォスターがあんなに自信満々に歩いてたから、てっきり知ってるのかと……!」


「知るわけねぇだろ!? オレが方向音痴なの知ってんだろ!」


二人の間に妙な沈黙が流れる。ジークがため息をつきながら地図を取り出し

「とりあえずこの道で合ってる……はず?」と呟いた。


「……なんで疑問形?」

「だって、地図の読み方そんなに得意じゃないし」

「マジかよ」


互いに顔を見合わせ、呆れたような苦笑を漏らした。


そんな時、後方からカラカラと木製の車輪が回る音が近づいてきた。二人が振り向くと、荷馬車がゆっくりと彼らの後ろに迫ってくる。荷馬車を操るのは、農民風の壮年の男だった。


「おや、あんたたち……」

男の目が、彼らの背後にある焼かれた死体の煙へと向いた。

「……お前たち、あれをやったのか?」


フォスターは腕を組んで軽く頷いた。

「ああ。ここでゾンビを放置すると面倒だからな」


男は感心したように頷き、手綱を軽く引いた。

「田舎から出てきたばかりの若者かと思ったが、なかなかやるもんだな。行き先は?」


「次の村まで行く予定なんだけど、馬車でどれくらい?」

ジークが尋ねる。


男は少し考えと答えた。

「馬車なら夕暮れまでには着くな」

「乗ってくか? 歩きだと日が暮れる頃に着くかもしれんぞ」


二人は顔を見合わせた後、フォスターがあっさりと答えた。

「助かる」


「おう、んじゃ乗りな!」

こうして二人は馬車に乗り込み、次の村へ向かうこととなった。



馬車の中で揺られながら、フォスターとジークは久しぶりの休息を取ることができた。のどかな田園風景が広がる道を進む馬車の中、フォスターは腕を組み、ジークは静かに周囲の景色を眺めていた。


やがて、村の入り口に差し掛かると、馬車の男が手綱を引き、ゆっくりと馬を止めた。


「着いたぞ、ここからは歩きな」


二人は荷馬車から飛び降り、男に軽く礼を言う。

「助かったよ、おじさん」


「いいってことよ。じゃあな!」


男は軽く手を振ると、荷馬車を走らせて村の奥へと進んでいった。


村の中心部に向かいながら、フォスターは大きく伸びをした。「さて、まずは屍防屋だな」


「うん。補給しないとね」


二人は村の商業地区へと足を進めた——そこで、彼らを待つ出来事に、まだ気付いていなかった。



村の中心部へ足を踏み入れると、二人の目の前には活気ある市場のような光景が広がっていた。野菜や果物を並べる露店が立ち並び、行商人たちが客引きをしている。その喧騒の中、一軒だけ異質な雰囲気を放つ店があった。


木製の看板に刻まれた文字——「屍防屋しぼうや」。


周囲の商店とは異なり、店先には不気味な瓶や怪しげな護符が並んでいる。店の奥には分厚い布で覆われた棚があり、どんな品が並んでいるのか外からは見えない。


「さて、少なくなってきたモンの補充しねぇとな」フォスターが店の前で足を止めた。


「うん。腐敗液もそろそろ残り少ないしね」ジークも頷く。


屍防屋——それはゾンビの世界を生き抜くための対策道具を取り扱う専門店だ。旅人や傭兵、そして一部の村人たちにとって、ここは命を守るための必需品を揃える場所だった。


フォスターは扉を押し開けると、店内からむわっとした薬草や獣の皮のような独特の匂いが漂ってきた。


「いらっしゃい」

店の奥から、やや年配の男が顔を出す。目元に深い皺を刻んだ彼は、フォスターとジークの姿を見て少し驚いたようだった。「おや、あんたら……なかなかの旅人みたいだな。ここに来るやつは大抵、死にかけの連中か、商売人ばっかりだからな」


「そりゃどうも」

フォスターは適当に流しながら、店内を見渡した。

「腐敗液と浄化水、それから……お守りもあるか?」


「あるさ。あんたら旅の最中だろ? いくつか持っといた方がいいぞ」


男はカウンターの奥から瓶をいくつか取り出した。腐敗液はゾンビを避けるために体に塗る液体で、独特の悪臭を放つが、その効果は抜群だった。浄化水は瘴気を一時的に払うことができる貴重な品だが、効果は限られている。


フォスターが瓶を手に取りながら呟く。

「こいつらがなきゃ、道中安心して寝られねぇしな」


「それに、ゾンビ避けにしても万能じゃないんだよね……」ジークも隣で苦笑する。「腐敗液はナグリスには効かないし、瘴気が濃い場所じゃ浄化水も役に立たない」


「だが、それでも無いよりマシってやつだ」フォスターは小さく肩をすくめながら、カウンターの上に必要な分の貨幣を置いた。「この金で足りるか?」


店主は金貨を数えながら

「ああ、ちょうどだな」と頷いた。

「ほれ、毎度あり」


フォスターは瓶を受け取りながら、ジークと目を合わせる。

「これでしばらくは安心だな」


ジークも小さく笑って頷いた。

「うん。でも、そろそろお金も少なくなってきたし、どこかで稼がないとね」


「まぁ、どっかの村でゾンビ掃除でも請け負うしかねぇか……」

フォスターはため息混じりに言いながら、店を後にした。



屍防屋を出た二人は、そのまま村の中心部へと足を進めた。日が少し傾きかけ、村全体が夕陽に照らされている。広場では旅人や行商人が集まり、さまざまな品物が並べられた露店が賑わいを見せていた。


「思ったより大きな村だな」

フォスターが感心したように周囲を見渡す。


「うん。ここなら、しばらく休んでも良さそうだね」

ジークも頷く。


広場の一角には、簡素な木製の建物があり、その扉の上には「命の楯連盟セイヴァーズギルド」の看板が掲げられていた。この村に駐在するのは、おそらく数名のギルド員と依頼を受けに来る旅人程度だろう。


「セイヴァーズがあるってことは、それなりにゾンビの被害があるってことか?」フォスターが小さく呟く。


「うん……でも、なんとなく空気が重い気がする」ジークは少し眉を寄せる。「何かあったのかな……」


確かに、村の広場にいる人々の様子には、どこか沈んだ雰囲気が漂っていた。行商人たちはそれなりに活気を持って商売をしているが、地元の村人たちはどこか不安げな表情を浮かべている者が多い。時折、小声で何かを囁き合う姿も見えた。


「ま、考えてても仕方ねぇし……」

フォスターは首を回しながら、ジークを振り返る。

「とりあえず宿を探そうか」


二人は村の中を歩きながら、泊まれる場所を探し始めた。


フォスターがふと足を止めた。

少し離れた場所で、10歳くらいのフェリシアンテの少年がうずくまっていた。

フェリシアンテは猫を起源とする獣人の一種で、しなやかで俊敏な体を持ち、感情が表に出やすいのが特徴だ。多くのフェリシアンテは耳と尻尾を持ち、彼らの機敏な動きや仕草には、どこか猫の愛らしさと自由奔放な雰囲気が宿っている。


だが、目の前の少年はその特性をまるで失ってしまったかのように、肩を震わせ、じっと地面を見つめていた。

薄汚れた服の裾から覗く足元には、泥がこびりついており、尻尾はしょんぼりと垂れ下がっている。耳も伏せられ、不安げに周囲を窺う様子は、怯えた子猫そのものだった。


「どうしたんだろ、あの子……?」


ジークも気づき、近づいてみる。

少年の前には、果物の入った木箱が転がっていた。

その周囲には、村の若者らしき数人の男たちが立ち、少年を見下ろしていた。


「お前、なんでこんなとこにいるんだよ?」

「村の端っこでひっそり生きてりゃいいだろ?」

「オマエの家系は不吉だって、みんな知ってんだよ」


少年は唇を噛みしめ、声を出せずにいた。

その顔には、悔しさと恐怖が入り混じっていた。


フォスターはため息をつきながら、斧を肩に担ぎ直した。

「……ったく、めんどくせーなぁ……」


「なぁ、お前ら」

「……お前らがそいつの家族を養ってやるってんなら話は別だが、そうじゃねぇなら、そんな言葉を投げつける資格はねぇよな?」


青年たちはフォスターを睨んだが、手にしている斧を一瞥し、不満げに舌打ちして去っていった。


「……助けてくれたの?」

少年は恐る恐る顔を上げた。


「いや、助けるとかそういうつもりじゃねぇけどな」

フォスターは軽く肩をすくめ、転がっていた果物の木箱を拾い上げた。

「これはお前のか?」


「……うん」


ジークは優しく微笑み、少年の服についた埃を払った。

「怪我はない? お家はどこ?」


少年は一瞬ためらったが、小さく頷きながら、耳をピクリと動かした。

「……村の外れたところにあるんだ。……さんと二人で住んでる」


「……そっか。じゃあ送って行くよ」


フォスターが気軽に言うと、少年は驚いたように目を丸くした。

「え、いいの?」


「いいも悪いも、もうすぐ暗くなるからな、子供が一人で歩いてる方が問題だろ」

フォスターは腕を組みながらため息混じりに言った。


「だね。遅くなったら……心配されるよ……」

ジークが優しく微笑もうとしたが、言葉を発した瞬間、頭の奥に妙な違和感が広がった。

(……今、何か引っかかった……?)

まるで喉の奥に小さな棘が刺さったような感覚。しかし、それが何なのかは分からない。

「ごか……」と言いかけたが、なんとなく言葉を濁して

「遅くなったら大変だよね」

と言い直した。


グレイラットは小さな声で礼を言い、少しだけ背筋を伸ばして歩き出した。

彼の後をついていくフォスターとジーク。


「そういえば、グレイラットって何して遊ぶの?」

ジークが何気なく尋ねると、少年は少し考えてから答えた。


「……森で木の実を集めたり、川で魚を捕まえたり……あとは、木の上に登るのが好き」


「へぇ、やっぱりフェリシアンテは身軽なんだな」

フォスターが感心したように言うと、グレイラットは少し誇らしげに耳をピンと立てた。


「うん! でもお母さ……」


(……!)


ジークの胸の奥がざわつく。なぜか、グレイラットの言葉が耳に入りづらい。

まるで、誰かが音を歪めているような感覚。


「……危ないからって、あんまり高い木には登らせてくれないんだ」


「それは間違いないね。落ちたら大変だし」

ジークはなんとか平静を装ってクスッと笑うと、グレイラットは照れくさそうに尻尾を揺らした。

フォスターは特に何も気にする様子はなく、淡々と歩を進めている。


(今の……何だったんだ……?)


ジークは自分の胸の奥の違和感を押し殺しながら、歩みを進めた。


村の外れにあるその家は、決して大きくはなかったが、周囲には花が植えられ、小さな畑もあり、丁寧に手入れされた形跡があった。

家の前には薪がきちんと積まれており、暮らしの工夫が垣間見えた。


「ここが家?」

フォスターが尋ねると、グレイラットは小さく頷いた。

「うん……。お母さん、いると思う」


扉をノックすると、少し間を置いて、中から女性が出てきた。

「……あなたたちは?」


扉を開けたのは、淡い栗色の髪を肩でまとめた、フェリシアンテの女性だった。

大きな耳がピクリと動き、警戒するように二人を見つめている。


ジークはそっと微笑みながら、一歩前へ出た。

「グレイラットくんを送ってきました。村の中心部で一人だったので、心配で……」


女性は一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「……ありがとうございます。でも、あの子はご迷惑をかけませんでしたか?」


「いや、むしろ色々話してくれましたよ」

フォスターが肩をすくめると、グレイラットは少し照れたように耳を動かした。


「そう……。この子は、あまり村の子たちと遊ばないから……」

女性の言葉には、少し寂しげな響きがあった。


「そんな感じはしました。でも、グレイラットくんは元気な子ですね」

ジークが優しく言うと、女性はふっと微笑んだ。


「……そうですね。あの子が元気でいてくれるなら、それだけで……」


その言葉に、ジークとフォスターは小さく頷いた。


(――でも、なんだろう。なんとなく……この人の目が、少しだけ曇っている気がする)

ジークは微かな違和感を覚えた


「それにしても……お母さん、体調が悪そうですけど、大丈夫ですか?」

ジークが心配そうに尋ねると、女性は苦笑した。


「ええ……最近、少し体調が優れなくて。でも、大丈夫ですよ」


フォスターは、どこか気になったのか、ちらりと彼女の手に目を向けた。

指先には黒ずみが見えていた。


彼は、すぐにジークと目を合わせる。


「……失礼なことを聞きますが……噛まれたりは、してないですよね?」


その言葉に、女性は小さく首を振った。

「いいえ……そんなことはありません。ただ、少し……疲れが溜まってるだけです」


ジークは安堵したように頷いたが、フォスターはまだどこか引っかかるものを感じていた。

女性の指先の黒ずみ……まるで、感染の初期症状にも見えた。


「……でも、少し休んだ方がいいのかもしれませんね」

そう言って、女性は家の奥の棚から、小さな瓶を取り出した。

そこには、黒っぽい液体が入っていた。


「それ、何ですか?」

ジークが興味を示して尋ねる。


「知人にいただいたものです。体調が優れないときに飲むと、少し楽になるんです」


「薬、なんですか?」


「ええ……普通の薬よ。普通の。」


フォスターは、彼女の「普通」という言葉に、どこか違和感を覚えた。

だが、詳しく尋ねる前に、少年が母親の手を引いた。


「お母さん、もう寝た方がいいよ……。あの人たちも心配してるみたいだし」


女性は優しく微笑み、息子の頬を撫でた。

「そうね……今日はもう休みましょう」


フォスターとジークは、それ以上は何も言えなかった。

何かがおかしい。

けれど、確証がないままではどうしようもない。


「……また明日、様子を見に来るよ」

ジークはそう告げた。


女性は驚いたように瞬きをしたが、すぐに微笑んで頷いた。

「ありがとうございます。でも……私たちは大丈夫ですよ」


フォスターとジークは、静かに家を後にした。


村へ戻る途中、フォスターが低く呟いた。

「……噛まれてないってのは、本当なんだろうな?」


「うん……でも、何か引っかかるね」


「……ったく、どうなってやがるんだ……」


フォスターは舌打ちしながら、夜空を見上げた。

静かに風が吹き抜ける。



何かが、動き始めている。

そして、それは決して良い方向ではないことだけは確かだった。

第五夜は一時間後に公開いたします。

次回以降は【木曜日】の夕方に定期更新いたします。

下記アカウントでは、少しずつ世界観やキャラ情報を皆様にお届けしております。


Xアカウント

https://twitter.com/r5mswm?s=21&t=0aGBPOHfc7dvK_XsnoHDdw


挿絵の公開も適宜更新しております。

良ければフォローよろしくお願いします。

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