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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
四章--死の大行進《デス・マーチング》--
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第二十八夜:死の大行進、デス・マーチング

クラウゼンブルク防衛戦 ―― 開戦の刻

明朝――その時は訪れた。


すべての兵が、それぞれの配置についた。


街の防壁には弓兵と魔法兵が並び、クラウゼンブルク防衛隊本隊は、森の中で死の大行進(デス・マーチング)を迎え撃つために陣を敷いていた。


そして、最前線にいるジークたちはいち早く”それ”を見た。


「……来たか」


最初に感じたのは、冷たさだった。

肌を刺すような、凍えるような寒気が、じわじわと全身を這い上がる。

次に感じたのは、圧倒的な質量だった。


遠く、まだぼんやりとした影――

だが、それが”ただの影”ではないことは誰の目にも明らかだった。


「……なんて数だ……」


誰かが震えた声で呟く。


死の大行進(デス・マーチング)


幾万もの死者が押し寄せる、破滅の波。

視界の先に広がるのは、黒く蠢く塊。

それはまるで、地獄の底から這い上がる亡者の軍勢。


やがて、彼らの腐った肉が風に乗って、鼻を突く。

耐えがたい腐臭が、一気に前線を包み込んだ。


「うっ……!」


ジークの隣で、一人の兵士が喉を押さえる。


背筋を氷の刃でなぞられるような悪寒。

額から滴る汗。

手に握る剣がじっとりと濡れるのを感じる。


――これは”恐怖”だ。


兵士たちの足元が、わずかに揺らぐ。

その時、突如として鋭い声が響いた。


「私が道を開く! クラウゼンブルクの戦士たちよ、続け!!」


皆が顔を上げる。


両刃剣デュアルブレードを掲げ、カミラが前へと躍り出た。


彼女の身体が、一瞬光を纏う。

青白い輝きが、まるで炎のように揺らめく。


――次の瞬間。


轟音。


それまでの静寂を引き裂くように、カミラが地を蹴った。

そのまま”死の大行進(デス・マーチング)”へと一直線に突進する。


「うおおおおおお!!」


叫びと共に、カミラの刃が振るわれる。


次の瞬間――影が吹き飛んだ。


ゾンビの群れが、文字通り”弾け飛ぶ”。

まるで竜巻が巻き起こったかのように、黒い亡者たちが宙へと舞い上がる。

地面をえぐる閃光。


一撃で数十体、いや、それ以上を粉砕する圧倒的な破壊力。


そこにいた大半の者が目を見開く。


(……これが……“天使”の力……!?)


カミラは止まらない。

そのまま、青白い光を纏いながら群れのど真ん中へ突っ込んでいく。


「おい、行くぞ!! 俺たちも続く!!」


誰かの叫びが響く。

カミラの圧倒的な突撃に呼応し、第一陣の部隊が突撃を開始した。


剣が抜かれ、槍が構えられる。

鬨の声が響き渡る。


こうして――クラウゼンブルク防衛戦の幕が開いた。




同時刻 ―― 街道から外れた戦場にて


夜明けの薄明かりの下、ミルベーナは静かに目を閉じていた。

大剣を地面に突き立て、その柄頭に両手を置き、精神を研ぎ澄ませる。


冷たい風が吹き抜ける。

遠くから、微かに震えるような不吉な気配が漂ってくる。


――時が来た。


突然、西の方角から轟音が響く。


ミルベーナはゆっくりと目を開けた。

夜の闇に包まれていた森の向こう側、そこに微かに青白い輝きが見えた。


「……カミラ殿が動いたわね」


刹那、ミルベーナの足元の魔術刻印が淡く光る。


「Veltr fljúga (ヴェルトル・フリューガ)!」


彼女は大剣を片手に握りしめ、そのまま低空を飛び、

死の大行進(デス・マーチング)の群れへ向かって加速する。


冷たい風を切り裂き、加速する視界の先。

黒い影が、蠢く闇が、無数に広がっていた。


ミルベーナはノルディグラードの悪夢を思い出す。

そこでも彼女はただ、斬ることだけを考えた。


そして今も、同じだ。


彼女の魔剣ミストルティン、剣技・千光剣が青白い光を帯びる。

飛行魔術による高速の斬撃が、死の大行進(デス・マーチング)を切り裂く。


斬る。

斬る。

ただ、全てを斬る。


彼女の進軍は広範囲をカバーするものではない。

だが、一方的な殲滅が始まった。




同時刻 ―― 扇状に広がる端、死の大行進(デス・マーチング)


「おー……こりゃあ、また面倒くせぇな」

フォスターは、まだ遠くに見える群れの影を見て、ぼやくように呟いた。


死の大行進(デス・マーチング)


それはまるで波のように広がり、ゆっくりと大地を飲み込む黒い津波。

扇状に広がるそれが、じわじわと彼の方へ迫ってくる。


彼は、乗ってきた馬の首を軽く叩き、反対方向へと返した。

「お前さんは帰っとけ。オレは帰り道ねぇけどな」


そう言って、大斧の柄を両肩にかけ、両腕を引っ掛けるようにしてだらしなく歩き出す。


「はぁ~、オレも飛べりゃ楽なのになぁ~」


適当に愚痴をこぼしながら、一歩、また一歩と前へ。


しかし――


彼の目だけは、真剣そのものだった。


「んじゃ、久々に……やるか」


フォスターはその場で膝を折り曲げる。

一瞬、世界が静まり返る。


次の瞬間――


大地が弾けた。


轟音と共に、フォスターの身体が高く跳躍する。

空から見下ろす視界の先には、無数のゾンビたちが群がっていた。


「――大跳躍煎鎚戟ドッカーン!!!」


大斧が振り下ろされる。


衝撃が地面を突き破り、死の大行進(デス・マーチング)の前線を吹き飛ばした。

地響きと共にゾンビたちが弾け飛び、土煙が舞い上がる。

残ったゾンビたちは、衝撃をものともせずにフォスターを捉える。


じわり、と囲まれていく。

フォスターは、微かに口角を上げた。


「……んじゃあ本気、出すかぁ!!」


青白い光が、彼の身体を包み込む。

死者の群れに囲まれながら、フォスターは天使の力を解放する。




クラウゼンブルク本隊 ――


――目の前で、また一人が死んだ。


何度目かもわからない。

ただ、今度は――食われた。


兵士が絶叫を上げる。

肩口にナグリスの牙が深く食い込む。

そのまま地面に倒れ込んだ彼を、周囲のゾンビどもが一斉に押し包んだ。


「やめろ……! くそっ!!!」


僕は何度だって駆けた。

でも、あと一歩届かない。


あっという間に彼の体に何本もの牙が突き立てられる。

爪が、肉を抉る。

赤黒い血が弾け、断末魔が響いた。


「……あ、が……ッ!」


無理やり首を引きちぎられた。


血まみれの頭部がごろりと転がる。

そのままナグリスが噛み砕いた。

残った胴体に群がる無数のゾンビ。


啜るような、喰らい尽くすような音が聞こえる。


骨を砕く音。

肉を裂く音。

臓物を貪る音。


「っ……!!」


僕は咄嗟に飛び込んだ。

ナグリスの頭を蹴り潰し、ゾンビの群れを蹴散らす。

腐った肉片が飛び散った。


でも、もう彼は助からない。

「……ちくしょう……っ!」


噛み殺された兵士の剣が、まだ地面に転がっていた。


(まただ……また守れなかった……)


どこからか、別の悲鳴が上がる。


「ギィィィィィィアアァァァァァ!!」


――ウィーパーの叫び。


本能を震わせる、脳髄に直接響くような不快な音。

一瞬、周囲の兵士たちが硬直する。

その瞬間を、クリムゾンは見逃さない。


「っ……! 逃げて!!!」


叫ぶよりも早く、赤黒い影が弾けた。


「う、うわあああああ!!」


次の瞬間、巨体のクリムゾンが兵士を押し潰した。


「いや……やめ――」


鋭利な爪が振り下ろされる。

胴体が裂かれ、血が噴き出す。

息をする暇もなく、四肢がもぎ取られる。

最後に、クリムゾンの顎が兵士の首を噛み砕いた。


「う……ッ……!!」


誰かが喉を鳴らした。

見ているだけで、息が詰まる。


「無理だ……無理だよ……!」


震える声が聞こえる。

振り向くと、一人の兵士が後ずさっていた。


「こんなの……勝てるわけ……」


――ナグリスの牙が、彼の肩に食い込んだ。


「……っ! くそっ!!!」


僕は反射的に飛び込んだ。

ナグリスの頭を蹴り飛ばす。

血しぶきが舞う。


兵士は――もう動かなかった。


わかってる。

ナグリスに噛まれた時点で、終わりなんだよ。

けど……。


「おい! 何をしている!?」


別の兵士が必死に叫んでいる。

倒れた仲間を支えながら、周囲の兵士たちを見回している。


「誰か……誰か、助けてくれ!!」


けれど、誰も動かない。


いや――


“動かない”んじゃない。

“動けない”んだ。


恐怖に足が竦む。

ウィーパーの叫びに怯え、クリムゾンの暴虐に絶望し、

ナグリスに噛まれる未来を想像する。


そして――


“強い者”でさえ、目の前の敵を倒すことにいっぱいいっぱいだ。


「……っちくしょう……っ!」


僕は拳を握りしめる。

どうして、こんなにも簡単に人は死ぬんだよ?

どうして、戦場は死ぬ人間が”選別”されていくんだよ?


……こんなの絶対おかしい!


「くそっ……! まだだ、僕が、僕が動かなきゃ!!!」


僕は無我夢中で走る。

助けられる人がいるなら、助ける。

震える手で剣を握る人がいるなら、盾にだってなる。

この戦場がどれほど理不尽であっても――


僕は”守る戦い”を絶対に捨てない。


けど、それがどこまで通じるかは、僕には何もわからなかった。




―― ミルベーナ


――戦場全体が、少しずつ”形”を変えていた。


もう一時間ほどが経っているのかしら。


戦闘が始まったばかりのつもりだった。

体感では十数分ほどしか経っていない。


けれど、ふと空を見上げれば、空はすでに明るくなりつつある。


(……そんなに経ってたのね)


私は、再び大剣を振るう。

振り下ろした瞬間、青白い光の閃光が戦場を切り裂いた。


「千光剣・瞬閃!!」


――ズバッ!!


ナグリスの首が宙を舞い、ウィーパーの身体が両断される。

腐肉が弾け、血が霧のように舞い、ゾンビの群れが吹き飛ぶ。


次の瞬間、クリムゾンの巨体が燃え尽きるように崩れ落ちた。


(よし、まだ大丈夫)


まだ動ける。まだ戦える。


私自身に疲れはない。

魔力も十分に残っている。


けれど――空から戦場全体を見渡せば、状況は確実に変わりつつあった。


(……まずいわね)


最初のうちは、前線の兵士たちは戦列を組み、統率の取れた動きをしていた。

弓兵や魔法兵の支援もあり、騎兵隊も街道沿いで機能していた。


けれど――


今は、そこかしこで乱戦が起こっている。


街道沿いはまだ大丈夫、撃ち漏らしはかなり少ないはず。


しかし場所によっては戦列が崩れ、孤立した兵士が増えている。

倒れた仲間を抱えたまま、動けなくなっている者もいる。


(ここからが、本番ね)


ゾンビの数は一向に減らない。

むしろ、じわじわと前線を押し上げてきている。


特に本隊がまずそうね……。

前線が崩壊するのも時間の問題かもしれない。


(……戦場の形が変わる前に、もっと削っておかないと)


私は大剣を構え直し、降下する。


魔力が高鳴る。

千光剣が光を帯び、剣先が淡く煌めく。


「まだ、終わらせない!!」

「千光剣――迅雷じんらい!!」


――ズバアアアアアアッ!!!

電光石火の連続斬撃


私は再び”死の大行進(デス・マーチング)”へ飛び込んだ。




―― フォスター


燃やす。

焼き尽くす。

青白い聖なる光が、ゾンビどもを塵に変えていく。


「はぁ……はぁ……、どいつもこいつも、しぶといな……!」


俺は大斧を振るう。


いや、今の俺にとっては”聖剣”か。


浄化の力を宿した刃が、前方のゾンビをまとめて断ち切る。


次の瞬間――“炎”が爆ぜた。

俺の周囲にいたネクロスどもが、

青白い浄化の光に包まれ、黒焦げになりながら崩れ落ちる。


一体、二体……いや、一度の攻撃で十体以上が蒸発していく。


(……これで、もう何百体目だ?)


自分でもわかる。

今の俺は、人間の戦い方を超えている。

天使としての力――“聖なる炎”の力を解放し、戦場を駆け抜ける。


……それなのに。


(なんでだ……?)


倒した数は多分数百を超えてるはずだぞ。


前線にはカミラさんだっている。

あのひとが突っ込んでいるなら、前方のゾンビどもは間違いなく蹴散らされているはずだ。


なのに――


敵の間隔が、短くなってきている気がする。


最初の頃は、倒しても次が来るまでに少し間があった。

隙を見て体勢を立て直せる瞬間があった。


けど今は、絶え間なくゾンビどもが押し寄せてくる。


「……っ、クソが!!!」


オレは剣を横薙ぎに振るい、迫るゾンビの群れを一掃する。

弾ける血肉。燃え上がる腐った皮膚。


けど、その炎が消えるよりも早く――

また新しい影が、地の底から湧いてくるように現れる。


(おかしい……)


オレは一瞬、息を整えながら、周囲を見渡した。


「ゾンビどもの間隔が短いだけじゃない?」


……増えている?


最初よりも、確実に”数”が増えている。

まるで――際限なく湧き出しているかのように。


「クソが……ッ! 何が起きてやがる……!!」


俺は聖剣を構え直し、歯を食いしばった。


まだだ。

まだ戦える。

でも、このままじゃ――


戦場全体が、飲み込まれる。




―― 二人の少女


高い崖の上。

戦場の喧騒は遠く、まるで別世界のような静寂が広がっていた。


風が吹き抜ける。

ミコトの黒く長い髪が、さらさらと揺れた。


彼女はじっと、下界の戦場を見つめていた。

青白く燃え上がる群れ。

広範囲を吹き飛ばす衝撃。


戦況を――ただ無感情に、見ていた。


「ちょっと遊んできちゃったー♪」


突如、軽い声が響く。


黒紫の光がゆらめき、空間がねじれる。

ゲートのような”穴”から、楽しげに現れる少女――アルチル。


黒いコウモリのような翼を広げ、くるくると回るようにして崖の上に降り立った。

その翼の端から、赤い雫が滴り落ちる。


「……あまり任務と別のことをするのはよくないと思うわ、アルチル」


ミコトは彼女を振り向きもせず、冷たい声で言った。


「別にいーじゃーん♪」


アルチルは軽く翼を震わせる。

黒い膜が血を弾くように揺れ、落ちた血が地面を汚した。


「ミコトが殺ったってママには話しておくよー♪」


クスクスと笑うアルチル。

ミコトは、わずかに眉を寄せた。


「……お母様は、アルチルにしか興味がないでしょう?」


アルチルは、一瞬だけ表情を止めた。

だが、すぐに笑みを取り戻す。


「ママはアタシのことしか見てないけどさ、ミコトだって大事な家族だと思ってるよ?」


アルチルがミコトを抱きしめる。

ミコトは、静かに目を細めた。

アルチルの笑顔には、時折”嘘”が混じる。

だが、それを指摘することはしない。


「ねぇ、ミコトはどっちを殺る?」


アルチルが問いかける。

ミコトは遠くの戦場へ視線を戻した。


吹き飛ぶ群れと、青白く燃え上がる群れ。

そして、それを生み出している”二人の戦士”。


「……私は、剣士の方を」


ミコトが静かに答える。


「じゃあ、アタシは天使の方だね♪」


アルチルは楽しそうにくるりと回り、再び黒紫の光を背後にかざす。

空間が歪み、ゲートが開く。


ミコトも静かに歩み寄り、その中へ足を踏み入れた。

二人の姿が消える。

そして、そのゲートも音もなく閉じる。


彼女たちの目的や存在は、まだこの場の誰も知らない。

今後は日、火、木曜日の11時更新となります。

「日曜日は二話更新」となります。

こちらも新たな試験投稿になりますので、宜しくお願いします。

(3/23〜)


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