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ANgelic of the Dead  作者: 書庫
一章--天使--
2/88

第二夜:再会、喜びも束の間

【※2025年3月31日、改稿リライト


お待たせしました、第二話の投稿になります。

一時間以内には第三話の更新をいたします。

果てしなく広がる草原。

その中心で、小高い丘の上に立つフォスターとジークの姿があった。

オレンジ色に染まる夕暮れの空が、二人の影を長く地面に落としている。


「……次の村、見当たらないな」

フォスターが肩に担いだ斧を少し動かし、丘の向こうに目をやる。


ジークは耳をぴくりと動かしながら、ため息交じりに答えた。

「もう歩きっぱなしだし、今日はここで野営しようよ」


フォスターは一瞬考え込むが、すぐに頷いた。

「そうだな。暗くなる前に準備しとこう」


二人は丘を降りて、適当な平地を選ぶと荷物を降ろした。

フォスターは焚き火の準備を始め、ジークはバッグから腐敗液を取り出す。


「コレがあるから、今夜はゾンビに襲われずに済むね」

ジークが腐敗液の瓶を見つめながら、そう呟く。


「それにしても、この匂いだけはどうにかならないのかよ……」

フォスターは鼻をつまみながら不満げに言った。


ジークは苦笑しながら腐敗液を周囲に撒き始める。

「仕方ないよ。ゾンビにとっちゃこれが同族の匂いみたいなもんなんだから」

かく言うジークは犬獣人、ルポリカントと言う種族である。

彼も鼻をつまみながら、口で息をしている。


二人は手際よく野営の準備を進め、焚き火の火が穏やかに揺れる頃には辺りはすっかり夜になっていた。


焚き火の明かりが周囲を照らす中、二人はそれぞれ無言で夕食を取っていた。

静寂が森の中に満ちる中、不意に柔らかな風が二人の間を通り抜ける。


「……何か来るぞ」

フォスターが焚き火を見つめながら呟くと、ジークが敏感に耳を動かして顔を上げた。


その瞬間、青と桃色の光が夜の闇を裂き、二人の目の前に現れた。光は徐々に人の形を取り、やがて透き通るような翼を持つ人物の姿へと変わっていく。



「サリエル様……!」


その名を口にした瞬間、僕の膝が自然と地をついた。

声が震えていたのは、冷気のせいじゃない。

そこに立つ彼女の存在が、あまりにも大きくて、僕はただ、本能的に頭を垂れていた。


銀の髪が夜気にたなびいている。

その瞳が、月明かりよりも鋭く、静かに僕を見下ろしていた。


「……その姿勢は、祈りの前触れか。今この場に、それは不要です」


静かで、冷たい声だった。

でもその響きの奥にあるのは――拒絶ではなく、選別。

“間違えるな”と、そう告げられているようだった。


僕は何も言えずに、ただ小さく頭を下げるしかなかった。

心の奥に、じわりと悔しさが広がっていく。

“また、誤解された”

そう思った瞬間、それはただの誤解じゃなくて、

“自分がそう見えてしまう立場にいること”の証なのだと、痛いほど思い知らされた。


「この程度の脅威に、私の手は不要。まだ、大地は静かです」


サリエル様の言葉は、誰にも向けたものではなく、

ただ空気に語りかけるようだった。


「先だっての天の使いとしての行動、見事でした。ネクロスの討伐、ご苦労なことです」


静かに告げられた言葉に、僕の背筋が自然と伸びた。

サリエル様の言葉は、感情を感じさせないほど冷静だった。

でもその声が、確かに僕たちの働きを“認めている”ことは、わかった。


サリエル様はわずかに頷くと、僕たちを正面から見据えた。


「ジーク、あなたの力は素晴らしい。ただし……感情に引きずられすぎています」


その言葉に、僕は思わず肩をすくめ、声を漏らした。


「……すみません」


本当にそれしか言えなかった。

彼女の前では、どんな言い訳も通じないことを僕は知っていた。


「謝罪は不要です。あなたが抱える感情の波は、天の使いとしてふさわしくない。

感情を殺しなさい。それが使命を果たすための最低条件です」


言葉の一つひとつが鋭く、僕の胸の奥に突き刺さってくる。

それは叱責というより――切断だった。

迷いも、甘えも、すべてを斬り捨てなければ、僕は“天の使い”でいる資格がない。

そう言われている気がした。


顔を伏せた僕の横で、フォスターが小さく視線を逸らしたのがわかった。

サリエル様の存在が、この場にいる誰よりも重く、そして遠い。

それは彼にとっても、感じ取らざるを得ないものだったのだろう。


大天使サリエル――

彼女は、大天使の中でも頂点に立つ存在だ。

すべての天使を選び、その行動を監督する。

冷徹で、妥協を許さず、己の信念を貫く。

その厳しさの奥には、触れることさえ許されないほどの意志がある。


僕たちを見つめたまま、サリエル様はさらに続けた。


「このところ“ゾンビ”と呼ばれる死者――ネクロス、ナグリス――を信仰する不忠の輩が増えています。彼らは『廃壊の信徒』と呼ばれ、瘴気や感染を神聖視するという狂気に堕ちています」


その言葉に、場の空気がまた一段と冷えた気がした。

“信徒”という言葉に込められた異様さが、胸の奥に引っかかったままだった。


「さらに、天使の中にも離反者が出ています。そして、悪魔の関与も無視できません。

……二人とも、今後も天の使いであることは伏せて行動しなさい」


「……はい」


フォスターと共に、僕も短く答える。

口の中が乾いていた。

それでも、サリエル様の言葉は、ただ重くて、まっすぐだった。


「さて……」


小さく呟いてから、サリエル様は静かに立ち上がった。

その背に、淡い光がふわりと浮かび、翼が静かに広がっていく。

まるで風そのものが、その存在を押し上げるようだった。


――だけど、飛び立つその直前。

彼女はふと、振り返った。


「ああ、忘れていました」


え……何?

何を忘れてたの?

そんなさらっと……いや、大天使様だし、きっと何かすごく重大な――


光がふわっと浮かび上がり、僕の目の前に青白い四角い物体が現れた。

な、なんだこれ……神の祝福的な……宝箱的な何か……?


って思った次の瞬間――


「きゅーっ!」


パカーン!と物体が突然割れて、中からもふもふの生き物が発射された。


「わっ!? ちょっ、フェ――」


その勢いのまま、僕の胸元に直撃。

もふっ!っていう効果音がリアルに脳内で鳴った。

反射的に抱きとめたその存在は――


「フェリオ!!」


間違いない。

いつもの手触り、いつもの体温、そして――いつもの騒がしさ。


フェリオはしっぽをぶんぶん振りながら、僕の顔をなめたり胸に潜り込もうとしたり、もうテンション爆上がりだった。


「なんで君がここに!?ていうかなんであの箱から出てきたの!?」


「きゅーきゅ!」


フェリオは「会いたかったー!」って言っていて、全力でじゃれついてくる。


昔から、動物と話すのは得意だった。……というか、なんか通じてしまう。

どうやら、それも“特殊能力”の一つらしい。

たまに、そういうのを持ってる人がいるんだって。


僕は嬉しい反面、混乱の嵐。


「な、なんでフェリオが……?」

隣でフォスターもぽかんと口を開けたまま、サリエル様に訊ねていた。


サリエル様は、あいかわらず完璧に冷静な顔……、

いや、なんか若干疲れた目をしてる?

で――ちょっとだけ、ため息をついた。


「この子はあなたたちに会いたいと言い出して、私が一時的に保護していました。ただ……」


……ただ?


「騒がしいのです。暴れ回って止まらず、他の天使たちの妨げになるほど……。

仕方なく封印していた次第です」


「封印!?」


「ふぇえええぇっっ!!」


フェリオが僕の腕の中でぷるぷる震えたかと思えば、怒りマックスで地面に飛び降りた。

小さな体でサリエル様に向かってびょんびょん跳ねながら、


「きゅきゅ!きゅるるっきゅ!」


……完全に抗議してた。


しっぽを立てて、「封印するなんて何てことするんだよ!」って全力で訴えてる。

しかもサリエル様の前で。


フェリオー……相手は大天使様!

命が惜しければそのへんに――


「やはり騒がしいですね。私としては一刻も早く手放したかったのです」


さらっと言ったあああああ!

もうアゴが外れそうだよ、目も飛び出してるかもしれないよ!

しかもそれに全然動じないで、サリエル様、さらなる淡々返し!


「フェリオ、もう! もうわかったから!

ね、ね、もう怒ってないって顔して!お願いだから……」


僕が慌ててフェリオを抱き上げてなだめると、彼はむすっとしながらも、ようやく僕の胸元で丸くなった。


「お前ら……」

フォスターが、焚き火の明かりの中で軽く肩をすくめた。

「大天使相手にそんなノリでいけるの、お前らだけだろ……まあ、面白かったけどな」


フォスター!?

なんかちょっと笑ってる!?

いや、完全に笑ってるな!?

こっちは命懸けで宥めてるのに、なんでそんな余裕あるんだよ……


「……とにかく、あなたたちが無事でいるのを確認しました。それでは私はこれで失礼します」


サリエル様は再び翼を広げ、ふわりと淡い光に包まれながら、その場を離れていった。

あの人がいなくなるだけで、空気がいきなり柔らかくなった気がした。


「ふぇ……」

フェリオが僕の胸元で小さく鳴いたあと、すうっと眠るように身を丸めた。

ようやく落ち着いたらしい。


「……ったく、あの大天使様ってやつは、やることがいちいち大げさなんだよ」

フォスターが焚き火に木の枝を放り込みながら、ぼやくように呟いた。


「でも……フェリオが戻ってきてくれて、ほんとによかったよ」


僕はフェリオの頭を優しく撫でながら、小さく笑った。

やっぱり、君がいると落ち着く。


「さて、そろそろ野営の準備を整えようか」


フォスターが立ち上がり、いつもの調子で辺りを見回す。

僕も荷物を少し整えながら、ようやく一息つける空気に肩の力を抜いた。


「……それにしても、気を抜けない夜になりそうだな」


フォスターが闇の先をじっと睨みながら呟いたその声に、

僕も思わず背筋を伸ばして、静かに頷いた。



夜の静寂が深まる中、森を通り抜ける風がひときわ冷たさを増していた。

ジークは横になりながら空を見上げ、ぽつりと呟いた。


「……なんだか、少し嫌な感じがする」


「嫌な感じ?」

フォスターが焚き火に新たな薪をくべながら振り返る。その言葉に、フェリオがピクリと耳を動かし、警戒するように周囲を見回した。


「フェリオ……隠れてて」

ジークがフェリオの頭を撫でながら問いかけると、フェリオは小さく鳴いてジークの胸元に飛び込む。そして、もふもふとした体を丸めながらジークの服の中に潜り込んだ。


「……どうやら、本格的にヤバそうだな」

フォスターが斧を手に取り立ち上がる。その目が鋭く暗闇を見据えた。


ジークもすぐに立ち上がり、耳を動かして音の方向を探った。

「確かに……何かいる。けど……これはネクロスじゃない」


周囲に巻いた腐敗液が効いているのだろう、通常のネクロスならば近づいてこれないはずだった。しかし、この音の主はそれを意に介さないようだった。


「ジーク!何か見えるか?」

「……まだ。でも、すぐに来る」


その言葉が終わるや否や、闇の中から突如何かが飛び出してきた。

その動きは尋常ではなく、瞬く間にジークの左肩を掠めていった。


「くっ!」

ジークは肩を押さえながら膝をつく。

フォスターがすぐに駆け寄り、ジークの傷を確認する。

フェリオもジークの服の中で身を縮め、恐怖で震えるように小さく鳴いていた。


「大丈夫か、ジーク!?」

「……平気。大したことない。でも……いったい何が……」


月明かりが薄く差し込む中、その正体が姿を現した。

闇の中に浮かび上がったのは、異形の姿を持つ存在だった。

鋭い鉤爪のような足を持ち、背中には羽が広がっている。

さらに、漆黒の闇に赤い光を放つ眼光が、獲物を狙うように輝いていた。


「ナグリスかよ……しかも、翼人族アヴィアルテスの……!」

フォスターは斧を握り直し、身構えた。



ナグリス――通常のネクロスと異なり、赤く輝く目が特徴で、知性を失いながらも、生前の本能や能力を僅かに残している特殊なゾンビだ。その恐ろしさは、ネクロスをはるかに凌駕する。その上、この個体は空を支配するアヴィアルテスがナグリス化したものだった。


アヴィアルテス――翼を持つ空の支配者たち。彼らがナグリス化すると、その俊敏さと空中戦能力で、討伐は非常に困難を極める。



ナグリスは月明かりを背に、じりじりと距離を詰めてくる。

その赤い目が、オレとジークを交互に睨みつけていた。

動きに焦りも迷いもない。狩る気満々ってわけか。


「ジーク、動けるか?」


ちらと横目で問いかけると、ジークは肩を押さえながら頷いた。


「……うん、なんとか。でも、あいつ……僕の手には負えないかも」


自分の限界をちゃんと見極めてるあたり、流石ジークだぜ。

それでも――


「……ったく、やりづらい相手だぜ。まあ、コイツで充分だ!」


オレはそう言いながら、肩に担いだ斧を構え直した。

この斧は、ずっと旅を共にしてきた相棒だ。

オレの身の丈ほどもある大きさで、ネクロスを何度も叩き潰してきた信頼の一振り。

月の光を浴びて、鈍く輝いたその刃が、敵への警告になれば上等だ。


ナグリスが飛んだ。

羽ばたきと共に空気が切り裂かれ、刹那で間合いを詰めてくる。

その速さ、目で追うだけで精一杯だった。


オレは斧を振りかぶり、正面から迎え撃つ。


衝撃。


刃は奴の爪を弾いたが、反動でオレの体は数歩後退させられた。

重い。あんな身体でかなりの剛力だ。


「……ジーク、大丈夫か!?」


後方を振り返ると、ジークが肩を押さえながらもナグリスをしっかりと目で追っていた。


「僕なら平気。でも……一筋縄ではいかなそうだね」


ああ、わかってる。

あいつはナグリスの中でも明らかに違う。頭も、身体も、格が違う。


そのとき、森の奥から聞き慣れたうめき声が重なった。


「……ったく、よりにもよってネクロスまで来んのかよ!」


オレは苛立ち混じりに舌打ちをしつつ、ナグリスから視線を外さずに耳を澄ます。

腐敗液で結界を張ってあったはずなのに、どうやって抜けてきた……?


「ネクロスがこんなに集まるなんて……おかしいよ」


ジークの声に、オレも思わず眉をひそめた。

まさかナグリスの“影響”ってわけでもあるまい。何かがおかしい。

クソッ、考える暇もねぇよ。


ナグリスが再び宙を舞う。

今度は明らかに挑発するように、オレたちの頭上を旋回してきた。


……まずい。


「ジーク、後ろだ!」


直感で叫ぶと、ジークが即座に振り返り、迫っていたネクロスを足払いで蹴り飛ばした。

その体の使い方、正確で速い。

肩を痛めてるはずなのに、動けるだけの余力はあるらしい。


「……ナグリスもいるのに、めんどくさいなぁ……」


ぼやく声とは裏腹に、ジークの足技は止まらない。

連続で飛びかかってくるネクロスを次々と捌いていく。


「ひゅー」

思わず口笛が出た。

流石だぜ、オレ組み手じゃジークに敵わねぇからな。


オレは斧を構えながらナグリスの影を追い続けた。

月を背にしたその姿が、空に異形の輪郭を刻んでいる。


あの赤い目がまた、オレたちを見据えていた。


「……フォスター、どうする?」


肩の痛みを堪えながら、ジークが息を詰めるように問いかけてくる。


オレは斧を担ぎ直し、空を睨んだまま静かに答えた。


「どうするも何も、やるしかねぇだろ」


そのとき、不意に風が変わった。

ナグリスの羽ばたきが夜の空気を裂く音が、いつもより強く感じる。


オレは歯を食いしばり、斧を構え直す。


「オレたちが終わらせる。ジーク、ついてこい!」


ジークは苦笑いを浮かべながら、しっかり頷いた。


「……あーもう、ついてないなぁ!」


それでも立ち上がってくる。

なら、もうやるしかねぇ。


オレたちは再び並び立ち、地を踏みしめる。

月の下、異形の影と向き合いながら。


この夜は、まだ終わらない。

【※2025年3月31日、改稿リライト

文章と構成を全面的にリライトしました。以前のバージョンを読んでくださった方も、改めて楽しんでいただけたら嬉しいです。


Xアカウント

https://twitter.com/r5mswm?s=21&t=0aGBPOHfc7dvK_XsnoHDdw


たまに挿絵をXに載せるかもしれません。

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