第十五夜:その命、久遠の虹結晶 中編
その光の中から現れたのは――
白きドレスに包まれた、まるでお姫様のような少女の姿だった。
透き通るような純白の布が彼女の身体を包み、淡いピンクのリボンが羽のように幾重にも折り重なり、彼女の周囲に柔らかな光を撒き散らす。
風が舞い、彼女の髪がふわりと揺れる。その瞳には、先ほどの迷いや怯えの影はない。
「なっ……!? 目が……! 身体がああぁぁぁ!!!」
アンドレアルフスが絶叫する。
闇に慣れきった肉体が、まばゆい神聖の光に焼かれる。
両手で顔を覆いながら後ずさる彼の姿は、
先程までの余裕とは打って変わり、哀れなまでに無様だった。
「天……使?」
フォスターが呆然と呟く。
だが、彼女の背には羽などない。
それでも、彼女の纏うその光は、明らかに人のものではなかった。
リージュは静かに胸元に手を当てた。
そこにあるのは、七色に輝く宝石――久遠の虹結晶。
「力を貸して……久遠の虹結晶!」
彼女がそう呼びかけた瞬間、結晶は光の花弁を広げるように展開し、そこから鮮烈な閃光が溢れた。
「僕らと……比べ物にならない……力だ」
ジークが戦慄混じりに呟く。
リージュは両手を広げ、まるで祈りを捧げるように囁く。
「――緑よ! 大切な人に、立ち上がる力を!!」
その瞬間、光が三人に降り注ぐ。
傷ついた身体が癒され、血の滲んだ衣服の下で筋肉が再生される。
じわりと温かな感覚が全身を包み、力が湧いてくるのを感じた。
「……なんて力なの……?」
ミルベーナは驚愕しながら、少しずつ身体を起こした。
さっきまであれほどの痛みがあったはずなのに、今はもう立てるほどになっている。
「おおおおおおおおお!!! クソガキがぁぁぁ、舐めるなぁぁぁぁ!!!」
突如、黒い瘴気が噴き出した。
それはまるで地獄の釜の蓋が開かれたかのような暗黒。
純粋な悪意を孕んだ黒の波動が、辺りを一瞬にして呑み込んでいく。
そして、その闇から――
化け物が現れた。
「う、わぁ……っ」
リージュが小さく息を呑む。
アンドレアルフスの身体が変質する。
彼のマントに見えた孔雀の羽が実際に広がり、黒と紫の不気味な光を放つ。
指は異常に長くなり、関節が逆向きに折れ曲がりながら、鋭利な鉤爪へと変化していく。
顔も醜く歪み、白い肌は爛れたようにヒビ割れた。
鋭い牙をむき出し、唾液を滴らせながら、巨大な口がねじれるように開く。
「ギィ……ギィィィィ……!!」
人の言葉すらまともに発せられない異形。
「天使ごときがァァァァ!!!」
化け物と化したアンドレアルフスが、巨大な両手を振り上げる。
次の瞬間、黒い瘴気をまとった爪が、リージュを押し潰そうと振り下ろされた。
「――ッ!」
だが、刃鳴りが響いた。
ザシュゥ!!
「……悪いが、ここから先は」
「やらせはしない……!」
フォスターの大斧が片方の腕を切り落とし、
もう片方の腕はミルベーナの千光剣が斬り裂いた。
「ギャァアアアア!!!」
化け物は咆哮を上げながら、傷口から黒い液体を撒き散らす。
だが、それでも怯まない。
リージュは冷静に一歩前に出た。
彼女は胸元の結晶を再び輝かせ、静かにその色を変える。
「――赤よ! 罪深き暗黒の化身に、束縛を!!」
鮮血のような赤い光が溢れる。
それは瞬く間に無数の薔薇の荊棘へと変わり、化け物の四肢を絡め取った。
「ガ……ガアアアアアッ!!!」
アンドレアルフスの悲鳴が響く。
神聖な力を帯びた荊棘が、彼の肉体を蝕むように絡みついていく。
「これで……終わりにする!」
リージュの瞳は、もはや恐怖に揺れる少女のものではなかった。
強き意志を宿した、神の使いの眼差しだった。
ギリギリ……ギリギリ……
肉が引き裂かれる音がする。
アンドレアルフスの変質した身体に、赤い薔薇の荊が絡みつくたびに、皮膚を抉り、血を滲ませる。
だが――
「クゾガギィィィ!!! キザまだゲはゴロズゥゥゥゥゥ!!!」
それでも化け物は傷を厭わなかった。
孔雀の羽根が大きく広がる。
次の瞬間、無数の鋭い針が弾丸のように飛び交った。
ガガガガガガガガガガガガン!!
「……っ!」
リージュの前に飛び出したミルベーナが、千光剣を振るい、迫りくる針を全て叩き落とす。
だが、その僅かな時間で、化け物は目の前まで迫っていた。
「ダメ……これ以上、強く、抑えられない……!」
リージュの両手が震える。
全身を支配する圧倒的な闇の気配に、久遠の虹結晶の力が押し負けそうになっていた。
その時――
「頼む、僕の力を、祈りを彼女に届けて!!」
ジークがリージュの前に跪き、静かに祈りを捧げた。
青白い光が彼の手の内から溢れ、リージュを包む。
その光が久遠の虹結晶へと吸い込まれると、真紅の薔薇の荊がまるで生き物のようにうねり、さらに絡みついていく。
「ギャギャギャギャギャギャギャギャァァァァァァァ!!!」
アンドレアルフスの叫びが広場に響く。
今度こそ、完全に捕らえた。
リージュの瞳が鋭く輝く。
彼女の口から、静かに、けれど力強く詠唱が紡がれた。
「――白よ! 大いなる清浄な白よ! 聖光の棺に暗黒を封じよ!!」
一瞬の静寂。
そして――
光が鎖の形に変わり、化け物を縛り上げた。
純白の輝きが、黒き闇を締め付ける。
上下からゆっくりと降りてくる、白銀の輝きを放つ棺。
「ギャギャギャギャギャァァァァァ!!!」
もはや言葉ですらない叫び。
崩れた顔が歪み、泡を吹くように口を開く。
その混濁した絶叫の中、確かに聞き取れた言葉――
「アだじの、美のぜかいぉぉぉぉぉぉ!!!」
その刹那――
「ったく、うっせーなぁ」
頭上から響く、低く苛立った声。
バゴォーン!!!
「とっとと失せな、ブサイクが」
フォスターの巨大な斧が、アンドレアルフスの頭上から振り下ろされた。
脳天に叩き込まれたその一撃が決定打となり、
化け物は崩れるように、白銀の棺の中へと沈んでいく。
静かに、白銀の蓋が閉じられた。
――封印、完了。
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