9話 思いを込めて
女性の剣は目に見えないほどの速さで師匠に迫った。顔を狙っての突き。師匠はそれを交わすことも弾くこともせず、まるで反応ができないみたいに、迫る剣の切っ先を受け入れるかのように。引き付けて、引き付けて、そして最後のところに剣の鍔で細身の剣を絡み取り、弾いてから逆に突きを放った。それは見事に女性の喉を貫いた。しかし絡み取られた剣は速度をそのまま維持していて、師匠の胸に深々と突き刺さってしまった。
女性が崩れると同時に、師匠も崩れた。
「師匠、師匠。」
私は彼を初めて師匠と呼んだ。彼はどこか誇らしげに、満足げな表情を浮かべていた。
「見たか?極まった技術は化け物をも殺す。はは、俺は最後の最後に、上級の吸血鬼から一人の女の子を守った。俺の、唯一の弟子を守ったんだ。」
師匠の頭を抱えた。
「はい、はい、師匠。師匠のおかげで、私は助かりました。」
視界がぼやけて、師匠の最後の顔をしっかりと見ないといけないのに、それができなくて。すると師匠の指が私の目を拭う。
「短い時間だった。ジュリア…」
ジュリア、私の名前ではない。多分、師匠の亡くなった娘さんの名前。
「はい、お父さん。」
「ああ、ジュリア、愛している。」
そう言って師匠は目を閉じた。私は師匠の亡骸を抱えて泣いた。徐々に冷えていく体も気にせず、泣き続けた。逃げるべきだったのに、そうしなかった。たかが数か月知り合った人なのに、勝手に恋に落ちて、勝手に傷ついて、泣くことをやめられなかった。
「ああ、本当、痛いったらありゃしない。」
そう言ってゆらりと女性は、吸血鬼は立ち上がった。
「あんた、何者?逃亡奴隷にあんたみたいな不細工な十代の女の子なんていなかったわ。」
そう言って取り落とした自分の剣を拾い歩いて来る女性。
「いい夢が見れて良かったわね。このシルヴァーナ様を殺した夢なんて、滅多に見れるものじゃない。それにしても。」
女性は剣の切っ先を私の胸に突き付ける。
「なんで裸なの?」
隠すことなく後ろに半歩下がる。
「奴らの性奴隷?にしては不細工が過ぎない?立つものも立たないでしょうに。」
「私は、彼らのためにキノコを採集していました。」
「キノコの採集?」
女性は訝しんだ目を、無事なのは片目だけだったけど、私に向けた。
「はい、村から連れてこられたんです。」
「今死んだ奴の娘じゃなく?」
私が睨みつけると、女性は半歩近づいてきた。
「あんた、自分がどんな立場か知ってるの?丸腰で何ができる?」
私は少し前のめりになった。
「やる気?素手で?」
私の雰囲気が変わったことに気が付いたんだろう。女性はニヤリと笑顔を浮かべた。
「いいわ、相手にしてやる。」
そう言った瞬間、お腹に異物感を覚えた。女性の腕はまっすぐ伸ばされていて、細剣が私の腹を貫いていた。
「あら、残念でした。」
剣が抜かれ、女性は元の場所へと下がる。一瞬の出来事で、痛みより衝撃を感じた。頭をガンガンと鳴らす何かが込みあがってくる。続けて熱さと冷たさを同時に感じた。これが腹を刺される感触かと妙に冷静になった頭で、次こそはと女性の動きをとらえようとする。しかしその感触は二回連続で続いた。
「ダメじゃない。もう、速度を落としてあげないといけないかしら。それとも剣が使える?」
女性は師匠の剣を拾い、私に投げた。
「ほら、拾って。」
私は言われた通りに剣を拾うと、いつもの構えを取る。真剣と木剣は重さがほぼ変わらなかった。顎の前で水平に構え、体に魔力を巡らせた。
「あら、慣れてるのかしら?いいわ、その方が楽しい物ね。」
動きを見ようとしない方がいい。私は反射的に弾いてから腰を半回転させて女性の首を狙う。実際に弾かれた感触から何かが切れた感触が続いた。女性の顎先が斬られていた。
「あはは!今日の私って本当惨め!」
そう女性が笑ったと当時に、また反射的に剣を振るって弾いた感触があったのに、胸に鋭い痛みが走った。
「喉を狙ったのに、また外れたじゃないの。」
師匠と同じところに細剣で貫かれた。そして女性は私と至近距離で、私の腕をひねり剣を落とさせた。
「本当、予想外のことばかり起こる。だから人生って面白いのよね。」
そう耳元から女性の綺麗な声が響いた。
「血を吸われたことってある?匂いからして、まだ処女よね。いい香りがしているんだもの。こんな不細工な顔して、匂いだけは一級だなんて。」
そう囁かれてから、首筋に吐息がかかった。私は胸とお腹の痛みでもう動けずにいる。私は頑張ったんだろうか。死んだ村人たちは私を許してくれるんだろうか。瞼を瞑ると、不思議と浮かんだのは家族でも神父さんでもない、師匠の笑顔だった。




