8話 終わりが近づいて来る
次の日もその次の日も、そこまで強くも何でもない魔物たちが何回も何回も襲って来た。最初は吐き気を我慢することにも苦労したと言うのに、もはや奴らの血と臓物の匂いにピクリともしなくなってしまった。
それでも籠いっぱいのキノコを採ることに苦労はしない。森はキノコだらけで、数時間も歩いていればそれくらいは溜まる。冬では冬以外の季節よりいくらか時間がかかるけど、森は言わばキノコの宝庫みたいなものだ。他の森は知らないけど、この一帯の森は野生動物も多く、大きな木々がうっそうと生い茂っている。冬でも針葉樹は緑を保ったまま。神父さんから聞いた話だとこの辺りは魔力が充満してて、土地が肥沃なんだとか。開拓をしない理由は単に一番近い町とも半日ほどの距離になるし、地形の凹凸が激しいからという。
高い山はない代わりにとにかく谷が多い。私の村もその谷の一つにあって、山に囲まれた盆地だった。だから発見も難しいと言うのに良く見つけられたものだ。それとも最初から知っていた人でもいたんだろうか。過去に村から徴兵された人がこいつらの中にいるとかして。だったら私に興味を見せたかもしれない。私自身というより自分が去った後の村とか、気にならないはずがないから、多分その線は薄い気がする。剣の師匠とは一方的に教わる立場だから、こっちから質問をしたことはない。聞いたら答えるだけで。やはり会話らしい会話はここに来てから一度もしていない。生活に必要というか、生存に必要なものはもらってるわけだし。
ちなみに最初に私を捕まえたいかつい男とは一度も目を合わせて話したことがない。まるで興味のない様子。それとボスみたいな人、私たちの村を襲う決定をした人とは一度だけ私のここでの役割を言われた。砦の掃除を勝手に手伝っていることに関しては特に言われることなく、まるでそれが当然のように視線すら向けない。また食堂で聞いた話だと冬を越えたら国境を越えて傭兵団を組織する予定だとか。
その時のために剣術の師匠さんは私に剣術を教えているんだろうか。剣の腕があれば何とか生きられると希望的な観測をしてみたいところ。ただ人殺しはしたことないし、いざという時にどうなることやら。
しかし彼らの計画はとん挫することになる。すっかり日課になった剣術の訓練を受けて自分の部屋へ戻り、汗だくの体を砦を流れる水路から桶に水を汲み、服を洗ってから魔法で温め体を拭いていた時だった。悲鳴が聞こえた。悲鳴と怒号、剣がぶつかる音、何かが潰れる音、物が壊れる音。私の部屋は砦の地下監獄。皆は上の階。今度はばれないように息を潜んだ。小さな桶に凍えないよう両足を入れて、隅っこに隠れる。
寝袋に入っていたら逃げられないかもしれない。服はまだびしょ濡れで、乾かしていない服を着るわけにはいかなかった。裸でそうやって待っていると、音が徐々に消えていった。そして爆発の音。天井の小さな隙間からごうごうと燃え盛る景色。炎の魔法だった。それも途轍もなく強力な魔法。それから周りの音がぴったりと止んだ。そしてしばらくすると階段を下りて来る足音が聞こえた。誰だろう。
「おい、キノコ婆、いるか。」
師匠の声だ。顔だけ出して確認すると彼の姿が確認できた。ボロボロで、血まみれで、右腕を失くしている。もう自分が裸のことは気にならなかった。彼のところに走ってたどり着くと、男はどさりと片膝をついた。
「おいおい、服を着ろよ。」
そう言うことを言っている場合じゃない。
「大丈夫ですか?何があったんですか?」
「吸血鬼にやられた。ボスと俺で仕留めたが、もう長くはないだろう。内臓をやられた。ボスも上で動けずにいる。お前だけでもここから逃げろ。馬小屋にまだ一頭だけ馬が残っている。それに乗って、国境を越えるんだ。ここから西へ向かうんだ。」
彼の視点は定まっておらす、よくよく見ればお腹からぽたりぽたりと血が流れている。
「一緒に村へ行きましょう。新たに教会から誰か派遣されているはずですから、そこで治療を受けたら助かるはずです。」
「いいや、俺は今日ここで死ぬ。」
まだ助かるかも知れない。彼を引き起こそうとした。
「そう、彼は今日ここで死ぬの。」
階段のところからそう言う声が聞こえた。鈴を転がすような澄んだ女性の声。到底この場に相応しくない、美しい女性の声だった。そしてその姿が露になる。黒い皮鎧に身を包んだ、目の色が真っ赤な背の高い大人の女性。体の横半分が炭化しており、腹に大きな穴が開いていた。
「いやはや、大した生命力じゃないか。」
師匠はそう呟き、立ち上がった。まるで命そのものを魔力に変えているようで、立った瞬間口から血を吐いた。
女性の手には細身の剣が握られている。師匠は右利きで、腕を失っている。左手には剣が握られているけど、それであの得体の知れない女性、高位の吸血鬼に勝てるんだろうか。
「最後の授業だ。その目でしっかり見るんだ。」
師匠は姿勢を少しだけ低くし、体を横向きにしてから腰のあたりで剣を構えた。