6話 吸血鬼ですって
冬になるとこの地方には森全体に雪が積もって真っ白になる。それでもキノコは育つのである。だから今日も今日とてキノコを採りに向かった。剣術の訓練を始めてから二か月が経過しており、様々な姿勢からの反撃や動きにもそれなりに慣れてきた。と言っても真剣なんて持たされない。数自体が少ない貴重な金属剣を私に持たせるわけがない。
雪景色が広がる森を歩く。雪を踏む四人の足音だけが静かに響いていた。鳥の鳴き声すらしない。私は普段通りにキノコを採集して籠に入れた。特に何かを言うこともなく、淡々とキノコを採集する。今日は少しだけ違う空気だった。森から異形の魔物たちが何回も何回も現れたのである。この森はそこまで凶悪な魔物は棲息していない。せいぜいコボルト、たまにオーク。今回現れたのはコボルトが六匹。彼らは人とコミュニケーションを取らない。知性はあるけど、人を敵視する。何が何でも。理由はわからない。仲間が死んでも逃げない。人を見たら殺すことしか考えない。そう言うのが魔物だと本で読んだ。
村にいた頃は狩人の皆さんたちが先に安全を確保して、木に白いマーキングをしているとそれは安全だという意味で、だから魔物と出くわすことは一度もなかった。それがここに来てからは最低でも三日に一回の頻度で見かけている。と言っても一日にこれくらいの頻度で襲ってきたのは今まで一度もなかったこと。何かあったんだろうか。
歩きを止め、一旦日の当たる岩に背を預けて休憩している時のことだった。三人で並んでて、私は少し離れたところでしゃがみキノコを半分ほど溜まった籠を前においてぼんやりと雪景色を眺めていた。
「縄張りから追い出されたんだろう。何かが現れ、ここら一体を荒らし回っている。」
一番慎重そうな背の高い男が言うと、隣の髪の長い金髪の男が首を傾げてそう聞いて来る。
「何かってなんだよ。」
背の高い男が軽く肩をすくめる。
「何かしらの魔物だろう。人間相手で逃げることはしないはずだからな。」
「こんな真冬に?にしては静か過ぎだろう。大物が現れると森に何か音とか響くだろう普通。」
金髪の男がまた質問を投げた。
「大物だからと図体が大きいとは限らない。」
「例えば?」
「さてな。魔物が一体何種類いると思ってる。」
長い金髪の男と背の高い男のやり取りを聞いていたもう一人の禿げた男が言う。
「荒らして回っているわけじゃない。獲物を追い詰めるために試している。」
金髪の男が息を呑んでから笑った。
「怖がらせようとしてるだろ?」
禿げた男が顔を振る。
「俺が前に住んでいた村でも似たようなことがあった。俺が狩人だったのは知っているだろう。妙に魔物と出くわす頻度が多かった。その日の夜、俺らの村は何者かに皆殺しにされた。全員が全身から血を抜かれ、干からびていたんだ。」
「いやいや、今までそう言う話してなかっただろう。今のはキノコ婆を怖がらせるための作り話じゃないのか?」
てっきり今までの通り、会話中ではいないもの扱いをされていると思っていたんだけど、そうでもなかったみたいだ。
「言う必要を感じなかったから言ってなかっただけだ。」
「十中八九、吸血鬼だろう。」
背の高い男がそう呟く。
「なら心配いらないか。」
金髪の男が安堵のため息をつく。はて、どうだろう。教会の図書室で読んだ話だと、吸血鬼には格があって、弱い吸血鬼なら人と身体能力に全く差はないけど、強力な吸血鬼は一夜で町一つを壊滅させたという。化け物に関する話は興味があったので、注意深く読んでいたのだ。自分の顔が化け物みたいなものだから、本物の化け物はどんなものだろうと。
幾つかの本を通して知ったことだけど、吸血鬼は血を吸うことで強くなるらしい。人の血でも魔物の血でも関係ない。吸血鬼は人が黒魔術で転じてなる方と、吸血鬼の血肉を食べて吸血鬼になる方の二種類が存在するけど、能力に違いはない。
不老の存在になる代わり、吸血鬼になって間もない時期は、吸血鬼になる前と身体能力に差がないので、吸血鬼になったところで強くなるわけじゃない。ただ老衰しないだけ。病気も治って、餓死もしなくなって、寒さを感じなくなるらしいけど、デメリットが大きすぎる。
先ず吸血鬼になった時点ではコウモリと人を混ぜたような化け物の姿となる。強大な吸血鬼にならなければ、ずっとその姿のまま過ごすしかない。しかし一目で化け物と見抜かれる存在が街中を徘徊していれば、一般人と身体能力に大差がない場合はそのまま討伐されるしかない。最初の頃は吸血衝動すらも制御できないので、街中で吸血鬼になってしまえばそれでおしまい。だから不老になりたいからと、黒魔術に手を染めて吸血鬼になるのは馬鹿げていることだという話が教会で読んだ本には書かれてあった。
しかも化け物の姿となった最初期の吸血鬼は日光を浴びれば灰になるという弱点まで持つ。だけど歴史上では度々強大な吸血鬼の姿が登場する。例えば権力者が黒魔術を使い吸血鬼になって、大量に奴隷を買い取ったりして、彼らの血を吸い、吸血衝動も抑えて、見た目も人と区別がつかなくなるどころか、彼らは自分の骨格を変形できるらしく、人間社会に溶け込んで何百年も好き勝手なことをしていたとか。最終的には大胆なことをしでかし、討伐される。一夜で大きな町を滅ぼしたのもそれの一つ。何をしたかったんだろう。当然討伐されている。いくら強大になったところで、非常に強力な人間や人間の味方をするエルフや獣人がいるし、人が集まると解決策は出て来る。だからこの時代にそれほど強力な吸血鬼は存在しないということに、一応なってはいる。たまにへき地で黒魔術を研究する偏屈な魔術師が、老いて死にたくないからと吸血鬼になって、吸血衝動を抑えられなくなっては討伐され自滅するようなことは毎年何件かは起きているみたいだけど。
ただ少し気になることが一つ。私と同じことを考えたのか、禿げた男が呟いた。
「日光で溶けるほどの弱い吸血鬼なら、魔物が逃げ出す時間は夜になるはずだと思うが。」
金髪の男はそれには何も言えずにいた。