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58話 意味の内側と外側

 レベッカをリナリスのところへ預けてから雰囲気のいいバーに寄って今日の反省会。ちなみに私の長いケープについた血の跡は専門の魔道具を使って綺麗に取ってある。小さなポーション容器みたいなものに水を入れておくと、汚れを取れるように性質が変化する。ルイーザが持ち歩いているので、自分に振りかけてから私にも貸してくれて、今に至る。ちなみに私も家に一つ持っている。


 町の中心街から西に進むと劇場や様々な夜の遊びが楽しめる街並みが続いており、鮮やかな色で輝く看板が道行く人たちの影にも色を落とす。


 と言っても娼館などはない。少なくともそれだけを目的にしているようなお店は表立って商売ができるようにはなってない。アンドレーが経営している娼館などは川の向こう側に新しく出来た倉庫街の近くにある。


 ここら辺は社交ダンスを楽しめる場所や仮面舞踏会が行われる場所、店員が特定の接客、例えば踊りを見せたり、歌を歌ったりするパブやこうやって雰囲気のいいバーなどが劇場を挟んでいて、平日で時刻は深夜だというのに、それなりに楽しそうに行きかう人たちが二階の窓の向こうから良く見えた。


 私たちは窓の隣にある席に座り、お酒とつまみを注文した。全部ルイーザが持つとのことで、特に不満はない。フライドポテトと鶏の丸焼き、カットしたココナッツに入っているフルーツの盛り合わせ、生ハムサラダに瓶丸ごとのお酒。


 私はというとミントとレモン入りのカクテルを一つだけ。爽やかな香りがして、味がわからずとも楽しめる。ルイーザは度数の高いリキュールを飲みながら目の前に置かれた料理を平らげている。骨を噛み砕く音がやけに生々しい。


 彼女はサーコートの上に同じく金糸で美しいツタの模様が刺繍された白いケープを羽織っている。鮮やかな金髪と相まって良く映えていた。

 

 「そう言えば奴の家族はどうした?殺す予定だったのを忘れたのか?」

 忘れていたわけじゃないけど、潔く死んでゆくものだから、それ以上の暴力はいらないと感じたので、部屋に踏み込んで殺していない。ルイーザはあの時納得していたのかと思ったけど、彼女の方が忘れていたようである。

 「多分、妻を自分の代わりにすることや若い息子を後継者としてを育てることは難しかったんだと思う。彼は自分が何をやっているのかをちゃんと理解していて、それでいてその行動の結果を理解していた。そのような人間が近しい人を積極的に巻き込むとは思えない。」

 私の言葉に眉をひそめるルイーザ。

 「そう言う問題じゃない。殺すかどうかは奴らの倫理観や性格ではなく、奴らの立場と関わった出来事にあるものだ。性格や考え方じゃなく、行動を見て殺すかどうか決める。それくらい、君ならわかっているとばかり思っていたが。」

 まるで私を叱咤するような言い方に気分を悪くしていると、ルイーザはフォローするつもりか続けて話した。

 「今日処理した奴でも、今まで処理してきた連中も、君がいなかったら手が出せなかった。君は私の大義を補完してくれている。それには感謝しているのだ。」

 ルイーザは頬杖をついてからそう言ってグラスを傾けた。いつも冷静でどこか達観しているかのように見える彼女も、こうしてみると年頃というか、見た目相応で可愛らしく思えた。知らずに笑顔が漏れたのか、ルイーザはそれを見て意外そうな表情を浮かべた。


 「君は自分の意志を貶すような者には容赦しないと思っていたが、何が可笑しかったんだ?」

 ココナッツの殻を噛み砕きながら言うルイーザ。このヒト、よくもああやって何でも本当に食べられるんだよねと関心する。魔物の血を美味しく飲む私が言えたことじゃないかもだけど。

 「私もあなたはそうやって他人に弱みだけは見せないものだとばかり思っていたから。」

 まるでいつ如何なる時にでも自分以外の者は潜在的な脅威になるのであれば決して心を開かない、そう言う雰囲気を出会った最初の頃から感じていた。まるで本物の竜のように天上天下唯我独尊。自分のペースを乱しでもしたら食って掛かる。そう言う本性を高潔な大義名分で隠している。それが私が抱いたルイーザへの印象だったから。

 「今のは弱みなのか?」

 「誰であろうと恩義を感じている相手には便宜を図るものでしょう?私に便宜を図る余地を与えて、それを都合よく利用されるのは弱みになるんじゃない?」

 今度はルイーザから笑顔が漏れる。

 「そう言うことを直接口にする君には都合よく利用されるなんて想像も付かないものだが。その判断故のことだと思えないのか?」

 確かに、と頷きそうになるのを堪える。これ以上話を広げて互いの性格を掘り下げると下手に詮索し合ってしまいそうだったから。だから黙っているとルイーザの食事が進む。さすがにお皿までは食べないみたいだけど、お皿の上に乗せられたものなら何でも食べている。別に口を大きく開いて丸のみにする感じではなくて、小さく口を開いて上品にボリボリとしっかりと噛んで食べている。フォークとナイフに魔力まで纏わせて、骨を細かく斬ってから口に入れて食べる。私も夢中に血を飲んでいる時は今のルイーザのように異質に見えるんだろうか。そんなことを考えているとルイーザは鶏の丸焼きを平らげてから口を拭いて話を始めた。


 「家に犬を飼っている。念のため言っておくが、グレハムを比ゆ的な意味で言っているのではなく、本物の犬のことだ。大きな犬で、一応使い魔の幻獣でもあるので寿命も長く、会話もできる。メスで、小麦色の毛並みをしている大きな犬だ。子供なら乗れるくらい。名前はジェラート。赤子の頃からジェラートが好きでな。そう名付けたのだ。彼女に君のことを話したことがある。どこか真っすぐで要領が悪いのかいいのかわからない、可笑しな吸血鬼がいると。すると彼女は言っていたんだ。そんなヒトなら私の友人にぴったりなのではないかとな。」

 ルイーザはお酒を飲んで口を湿らせてから続けた。

 「話は変わるが、リナリスが運営する孤児院で虐殺のようなことがあったらしいじゃないか。孤児じゃなく、孤児院を襲撃してきた連中を、一人の若い女性が殆ど残らず斬り殺したと。ちょうど今の君のようにオレンジ色の髪で赤い瞳をしていて、背が高く顔立ちは整っていたという。リナリスがある程度情報統制をしていたようだが、人の口には戸が立てられない。君のことなのだろう?」

 肩をすくめながら無言で目の前のカクテルを飲んだ。

 「まあ、そのことをとやかく言うつもりで言ったわけじゃない。時には状況が殺害以外の選択を我々から奪っていくのだからな。いくら強者であるからと、むしろ強者だからこそ、状況に引っ張られ、限られた状況から適切な選択をするように強いられる。私も今までどれくらいの人間をこの手で殺してきたのか、もう数えるのも億劫になっている。だが、そうすることで助かるものがいる。救われる大義がある。意味を失くしては、人の社会は成り立たないものだ。薄っぺらい意味の上には薄っぺらい社会が生まれ、すぐにそれより重みをもつ力に押しつぶされてしまう。君にはあまり興味のない話かもしれないが、長生きをすると色々見てしまうことがある。君も同じことを考えたことはないのか?意味を失くした社会に何があるのかと。すると一番強い奴がその社会を動かすようになるか、一番年老いた知恵を持つ奴がその社会を動かすようになる。どっちも一人に権力を集中させて、どっちも一人の気まぐれですべてが決まってしまう。それが発展して、一人が数人、数人が数十人になったところで、本質的に薄っぺらい社会では物事を決める側の人間と決められる側の人間に分けられる。そんな社会に大義名分なんぞあるわけがない。どれくらいの美辞麗句に着飾ったところで、方向性を決められずに最終的には他者への搾取へと繋がる。」

 私はふむふむと頷きながら、月明かりが混ざった色彩豊かな照明の下を歩いて行く人たちを眺めた。彼らには方向性がある。決められた方向性、特に誰かを搾取せずとも楽しむという方向性が。そう考えると自然と穏やかな気持ちにさせられた。


 「私はあなたに比べても、この町、この国、この世界に比べたら刹那の年月しか生きてない。だからこそ見えるものもある。歴史に縛られて、過ごしてきた年月に縛られて、蓄積されてきた経験に縛られて。だから動けない、だから動くしかない。そう言うのを横からなかったことにするような流れもあると。むしろ、時にはそう言う流れの方が、年月と歴史を上回る時もある。魔物とか、災害とか、偶然の出会いとか、魔法とか、黒魔術とか、そう言うの。」

 魔法で冷ましたグラスを人差し指でなぞりながら考えていることを言うと、ルイーザは目を細めてから楽し気な笑みを浮かべた。

 「吸血鬼の君が言うと説得力があるな。確かに、意味を壊す意味の外側にある力の方が、意味の内側にそれを維持するための力よりずっと大きい。だから君のような存在は魔物と総称されるのだろうさ。」

 その言葉に敵意のようなものは感じなかったけど、気になったので聞いてみよう。

 「そんな私のことを許していいの?そんな私のようなヒトとつるんで、友人になってもいいと思ってる?」

 ルイーザは椅子に深く腰を沈んでから答える。

 「むしろ、君にとってその性質は、君自身という意味を求める意識によってコントロールされているじゃないか。だからこそ好ましい。グレハムが惚れるわけだ。」

 「そこでグレハムの話はしなくてもいいんじゃないかな。」

 私の言葉にクスクスと笑うルイーザ。

 「それより、気付いているだろう?さっきから君以外の奴から君と似たようで違う匂いをさせている奴がここにいる。」


 もちろん、言わずとも気が付いていた。視線を移すと、何時ぞやのレイピアを二刀流で使っていた怪人のような奴と全く同じ仮面を被っている、背の高い男がいる。


 「私にやらせるか?やってあげてもいいが。」

 ルイーザの言葉に首を振る。

 「吸血鬼のことは吸血鬼に任せて。食事が不味くなるといけないでしょう?すぐに終わらせてくるから。」

 私は席を立ち、お店の外へ出て路地裏へと向かう。すると当然のように仮面の怪人も立ち上がって付いて来る。今度はレイピアの二刀流ではなく、左手の方に盾と右手の方にレイピアだった。奴が背中の方から取り出した盾の周りには鋭い刃が付いていて、レイピアも普通のそれよりずっと長い。私はロングソードを抜いた。


 腕を交差させ、腰を少し低くして顎の前で水平に構える。盾を前面に出してレイピアは盾の真横からの残酷なまでに効率的な軌道を描いて突いてきた。それを交差させた腕を元に戻しながら左斜め上から右斜め下へと向かうガードで防ぎ、続けて腕を交差させながら一歩踏み込んで全力で盾に向けて一閃。盾を持った手が弾かれて、その隙を埋めるかのように差し込まれるレイピアをハーフソードに変更しながらもう一歩を進んで防いで、そのまま仮面ごと額を貫く。


 盾を持っているならけん制しながら獲物を追い詰めるようにレイピアでチクチクしてくれる戦法を専門とすると踏んで、積極的に距離を縮めての短期決戦を狙ったら見事にはまった。奴の頭を押し切るように上から下へと剣を走らせると、刃が首までたどり着いたところで灰となって崩れる。


 後ろから拍手の音が聞こえた。振り返ることもなく、匂いと音でわかる。

 「すぐ終わらせると言ったでしょう?」

 半分に割れた奴の仮面を手にしながら振り返ると、ルイーザが立っていた。

 「どう終わらせるつもりなのか、気になったのでな。お見事。」

 「もしかして、こいつらのこと知ってたりする?」

 ルイーザは首を振る。

 「残念ながら一度も見たことがない。ただその独特な仮面を作っているところには心当たりがある。」

 首を傾げるとルイーザは続けて話した。

 「君は錬金術で細工がされた陶磁器の仮面を被るだろう?それがこの町では種類でね。木彫りの仮面なんて作っているところは限られている。まあ、今日は時間も遅いし、明日の朝にでも行ってみよう。」

 私は頷いてから答えた。

 「ファミリーを仕切っているオリヴィアから聞いた話なんだけど、もうすぐこの町へと帝国から送られた戦闘奴隷の集団がやってくるらしい。大使が殺されたことへの抗議で終わるには、少し数が多い。どう思う?」

 ルイーザは「ふむ」と顎に手を当ててから言った。

 「直接見ない限り何とも言えないが、私の予想が当たっているなら、連中は領主が呼んでいるはずだよ。」

 なるほど、自分の懐刀が反旗を翻したと思っているはずだから、討伐するために彼らを呼んでいると解釈してもおかしくないのか。

 「ちなみにその木彫りの仮面を作っているところに、レヴィエール辺境伯との繋がりはあると思う?」

 ルイーザは肩をすくめた。

 「まだ確実ではないがな。」

 自分の息子が殺されたことに腹を立てないわけがない。私は軽くため息をついた。

 「念のため、確認しに見に行こう。」

 「今から?」

 「まだお酒が残ってるし、連中が到着するまでの時間も残っているはず。リンブラント公国を突っ切ってくると言ったから、少なくとも一週間以上はかかるはず。」

 そうシルヴァーナの知識を引用しながら言うと、ルイーザも納得の頷きを見せた。


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