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5話 剣術と出会った夜

 男は木剣を片手に椅子から立ち上がった。自分が吐いた白い息がやけに濃く見えた。

 「俺らの素性、わかってんだろ?知らんぷりはしなくていい。お前がバカじゃないことは皆知っている。まだガキで女なんだろうが、人間やれば何でもできるもんだ。お前は体つきも悪くねぇ。誤解しないように言っとくが、筋肉がしっかりついてるってこった。」

 そう言われても山歩きしかしてない。家にいた頃は薪割りとかもしてたけど、ここに来てからはしてない。

 「かかってこい。相手をしてやる。」

 男は私の足元に転がっている木剣を顎でしゃくった。ここで嫌だと言えばどうなるか。殴られるんだろうか。単純に男が敵に回るんだろうか。剣なんて当然一度も握ったことなんてない。だけど、昨日言われた。重要なのは何ができるかどうか、やり通す意志があるかどうか。顔じゃない。私は木剣を拾い、見よう見まねに構える。

 「お、やっぱお前、面白れぇ奴だ。」

 男は片手を自分の太ももの上に載せ、もう片方の手で木剣を握っている。そんな姿勢で大丈夫なんだろうか。私は木こりの時のように木剣を上段から振った。すると男の木剣がするりと円を描くように動いて、私の木剣をいとも簡単に弾いた。

 「今のが基本的な弾きだ。回して、加速した力で弾くんだよ。分かりづらいだろ?まあ、それが剣術だ。隙だらけに見える姿勢は、実はそうじゃないってこった。」

 それから彼は私に様々な角度から弾く方法をずっと実演して見せた。

 「今度はお前の番だ。弾いて見せろ。」

 そう言われて突進してくる。速い。圧迫感がある。片方の足を後ろに半歩下がらせ、もう片方の足を前に出して、後ろに引いた足と同じ方の肩に剣を載せ、両手に木剣を持った姿勢。

 「これはもう基本中の基本の姿勢だ。一番対応力が高い。なぜだかわかるか?」

 男はそう言いながら手首を回して腕を伸ばす。それは一瞬の出来事で、木剣の切っ先が私の喉の先へと突き付けられた。

 「こういうことができるからだよ。突きが一番早い。上段から斬ると時間がかかる。わかるか?この一瞬が勝負の分かれ目だ。まあ、お前にはまだ難しいよな。ほれ、遅くしてやるから弾いてみろ。」

 そう言われ、男がしたように剣を弧を描くように、円を描くように回して様々な姿勢から弾く。

 「お前、力んでるんだよ。剣を最初に動かす時にだけ力を入れて、その後は体に任せればいい。まあ、初心者なんてそんなもんではあるがな。」

 何気に親切だった。その日は一時間ほど、男から剣術の訓練を受けた。

 「今日はありがとうございました。」

 そう言うと男は軽く肩をすくめる。

 「こんな生活、気が滅入るだろ?俺、実は娘がいたんだ。娘の病気を治すには高いポーションが必要でよ。でも俺はただの衛兵で、給料だけではそんな大金なんて手に入れるわけがない。じゃあどうするかって、そりゃ、衛兵だしよ。賄賂を貰ったんだよ。犯罪者共から、見逃してあげる代価とかでさ。それでしばらくしてたらお金が溜まって、ポーションを買って、娘に飲ませようと家に戻ったら、まあ、死んじまってたんだよな。」

 男はため息をついた。何も言えずにいると男は話を続けた。

 「賄賂を貰ったのもバレて、奴隷に落ちて、妻とは当然離縁だ。それからは戦闘奴隷として、見世物にされる日々だ。殺し合いは滅多にしないが、全くしないわけでもなくてよ。今ままで生き残ってはいたんだが、お前の村にあんなことまでしちまって、後戻りなんぞできやしないところまで来ちまった。いやはや、人生どうなるかわかったもんじゃねぇな。」

 彼は自分の娘にこうやって剣術を教えたかったんだろうか。これで彼の慰めになれたんだろうか。

 「二日に一回だ。こうやって俺が教えてやろう。どうだ?」

 私は頷いた。私たちは何処へどのような状況で住んでたって、こうやって自分でできることをする。それが現実で、それに変わりはない。

 「じゃ、そう言うことだ。だけどよ、誰にも言うなよ?自分で言うのもなんだが、俺は比較的にまともな方だ。他の連中はそうはいかねぇ。ま、昨日のジャッカルの奴が俺よりましだが。奴は貴族の不正を告発しようとして、自分が不正をしたことにされ奴隷落ちをしたんだとよ。いやはや、世の中随分と腐ってるよな。」

 男はそう言って、肩に木剣を担ぎ夜空を見上げた。つられて夜空を見上げると青白い月が半分だけ雲に隠れていた。


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