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41話 嫉妬の対象

 窓越しに見えるアメリアは傷跡に白い包帯を巻いていて、顔には苦笑を浮かべていた。中へと入るように手招きをすると、唇の形で「いいの?」と聞いて来る。「いいよ。」と答えるとアメリアはなぜか恐る恐るとお店の中に入って、私とレドモンドに挨拶をした。


 「アメリアちゃん?奇遇だね。」

 レドモンドは目を見開いてアメリアに言った。

 「こんにちは。お久しぶりです。」

 アメリアは笑顔で会釈する。

 「知り合いなの?」

 私からの質問にアメリアは私の隣に座りながら答える。

 「うん、道場の先輩。正式な騎士に任命されてからは騎士団で訓練を受けるようになって、今はもう通ってないんだけどね。」

 そうだったんだ。見たことは一度もないと思ってたら。というか道場の先輩というか兄弟子相手に文字通りの意味で首を絞めていたことになる。こんな大きな町なのにこういう偶然があるものかと、私は眉間にしわを寄せてしまいそうになるのを堪える。

 「道場に顔を出す時間もなくなっててね。一日の半分は騎士団での訓練で費やしている。」

 騎士の訓練はどんな感じなんだろう。ただスパーリングするだけじゃないとは思うけど、じゃあ具体的に何をするのかというと良くわからない。

 「お二人はデート中?平日の昼間から?」

 「デートじゃない。」

 レドモンドは頷いたけど、私はそうきっぱりと否定した。レドモンドはなんでそこで頷いたんだろうか。呼び止められて、断るより応じた方がいいと判断したからそうしただけなのに。アメリアは首を傾げて私たちを交互に見ている。

 「もしかして付き合ってる?」

 私は首を振って、レドモンドは肩をすくめた。

 「どうしてそう思ったの?」

 そう質問するとアメリアは当たり前のように答えた。

 「痴話げんかか何かかと思って。」

 「殆ど知らない間柄。」

 同意を求めてレドモンドを見ると、彼は心外そうな表情浮かべていた。

 「二人の関係がちょっとわからないかも。」

 「それより、お姉ちゃんはどうしてこんな時間にこんなところにいたの?」

 そう聞くとアメリアは「そうだった。」と言いながら思い出したように手を軽くたたいた。レドモンドは微笑ましい物を見るような目を私に向けている。訝しげに見つめ返すと、レドモンドはアメリアが何かを話す前にコメントをする。

 「随分と可愛らしいじゃないか。」

 アメリアはレドモンドを一瞥してから話し始めた。

 「リナリスさんに言われて探しに来てたの。どこに住んでいるのかわからないんだよね。宿屋暮らしで、この町に誰か家族がいるわけでもない。それをリナリスさんに言ってたら、お家を買ってくれるって。お金で支払うと嵩張るだろうし、武器とかを与えるのもどうかという話になってて。ほら、この武器でこれからも私を守りなさい、なんて受け取られてしまいそうじゃない?と言ったようなことをリナリスさんは言ってたよ。いつまでも宿屋暮らしをするより、自分の家を持った方がいいというか⋯⋯。まあ、お嬢様は私たちと一緒に暮らすのはどうかと提案するつもりだったみたいんだけどね。」

 それで良く見つけたものだと感心する。見つからなかったらどうするつもりだったんだろう。

 「別に成り行きでそうなっただけで、別に恩を着せたくて助けたわけじゃない。」

 「まあ、そう言うのはご本人に言いなよ。今から一緒に向かう?」

 するとレドモンドが割って入る。

 「もう少しだけ話さないか?」

 アメリアは訝しげな視線をレドモンドに向けた。

 「先輩は両手に花とかそう言うのを楽しみたいんですか?」

 「まあ、普段あまり話す機会もないだろう?コーヒーなら僕が奢るからさ。」

 「いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えて。」

 アメリアはキャラメル入りのコーヒーを注文した。

 「それで、何かあったのか?その包帯はどうしたんだ?」

 アメリアは軽くため息をついて答える。

 「昨日、孤児院へとファミリーの荒くれものたちから襲撃があって。ちょっと手こずってしまって、実戦経験がなかったせいで、思ったより実力が出せなくて。情けない限りなんですけど。ポーションは飲んでるのでもう殆ど治ってはいるんですけど、念のためにと。」

 「斬り合ったのか。」

 レドモンドは真剣な顔でアメリアを見つめると、アメリアも少し深刻そうな顔で頷いた。私は冷め始めたハーブティーを魔法で温めている。二人でたくさん話せばいいんじゃないかな。二人が話しているのを聞き流しながら魔法でティーカップの中にハーブティーの渦巻きを作っていると、アメリアのクスクスと笑う声が聞こえた。レドモンドが何か冗談でも言ったのかと顔を上げると、二人して私の前にあるティーカップを凝視している。

 「レイラちゃん、別に仲間外れにしたいわけじゃないんだから、話に参加すればいいんだよ?」

 どうやらアメリアからしたら私は退屈を持て余しているように見えたようである。単純に二人にレドモンドに対して私がやらかしたことや逆にアメリアが孤児院で襲撃犯たちを殆ど皆殺しにした話を振られたくなかっただけなのに。

 「ラフィーナはどう?昨夜は良く眠れた?」

 「そうそう、お嬢様とため口で、お姫様抱っこで助けてあげたんだってね。もう、男の人だったら絶対惚れてたよね。こんな感じのこと言ってたよ。亡くなったエスタスには悪いかもだけど、心細い時に、そうやって寄り添ってもらえて、優しくしてもらえて、赤ちゃんも助けてもらえて、惚れない方がどうかしているかも、なんて。確かに格好良かったけど。あの孤児院の時にバッタバッタと容赦なく斬り殺して。」

 レドモンドは怪訝そうな顔をした。

 「そう言う話は聞いてないが。てっきりクリスラナ女史が一人で解決したのかと。」

 リナリスのことを本名で呼ぶレドモンド。

 クリスラナ・ヴェナリス、異国情緒溢れるいい名前だと思うけど、ちょっと長いしリナリスの方が親しみやすい。本人も是としているんだからリナリスと呼んだ方が喜ぶんじゃないのかな。魔女と呼ばれることへの反動とかで。なんて現実逃避をしている場合じゃないのはわかってるんだけど。

 「あれ、この話はしてはいけなかった?」

 私はアメリアの耳元でささやく。

 「多分、リナリスさんは彼女のなりのやり方で問題を処理したはずだよ。レドモンドさんは騎士で、このことを知った以上、上に報告する義務が発生する。」

 騎士は戦争の時に動員される訓練された職業軍人ではあるけど、弱者を守る価値観が広まり、戦争が起きない平時には特に何もやることもないからと衛兵が関われないところで都市の治安を維持する役割も担当するようになっている。シルヴァーナはそう言う騎士たちの目を掻い潜るため、騎士の仕組みについて調べた時期がある。主君を持つ騎士もいれば、主君を持たない騎士もいる。共通点は軍事活動においてはそれなりに明確な権威を持つけど、治安維持の活動はあくまで自主的で義務ではなく奉仕活動という体裁を取っている。

 そして騎士爵を持ってるなら誰であろうと騎士として名乗れるわけじゃない。周りからの圧力という形で騎士の家では必ず一人は武人に出さないといけないという暗黙の了解があるみたいで、そうやって訓練を受けて戦闘能力を身に着けている場合に限って騎士として認められる。

 レドモンドも同じくそう言う環境で生まれ育ってきたはず。問題は、そう言う人に限って融通が利かないこと。

 実際にレドモンドは曲線を持たない真っすぐ加工された、触媒の小さい青い玉のついた木の杖を懐から取り出そうとしているところだった。

 私はテーブルを蹴り飛ばした。レドモンドが椅子の上に座ったまま後ろに倒れる。起き上がろうとしたところで、横からの衝撃で吹き飛ばされる。アメリアじゃない、ただの従業員じゃなかったんだろうか、レドモンドが持っている杖と同じ杖を持っていた。私は間髪入れず起き上がり、服の背中側に隠していたダガーを抜いて、壁沿いに走りながら私を魔法で吹き飛ばした中年女性に接近して、ダガーをスウィング、杖を両断した後、女性の胸倉をつかんで背負い投げをして床に叩きつける。

 レドモンドの方を見るとリナリスがレドモンドの手から杖を取り上げていた。レドモンドは自分の鼻を抑えながら呻いている。中年女性は気を失っている。私はアメリアの手を掴んで外へ出て、そのまましばらく走って、大通りから離れた住宅街に囲まれた公園へと逃げた。

 リナリスのところに行くと、もしかしたら追い付けられてリナリスのところにまで迷惑をかけてしまいそうだったこともあったし、単純にリナリスのところに行く前にアメリアと二人で話したかったから。吸血鬼である私と違って、アメリアには呼吸を落ち着けるまで時間が必要だった。私たちはベンチに並んで座って、しばらく水景を眺めていた。

 「もう、本当、馬鹿だよね、私。ごめんなさい、私のせいで、こんなことになってしまって。考えなしに喋っちゃったから。」

 そう頭を抱えて言うアメリア。

 「別に気にしなくていいから。お姉ちゃんのせいじゃない。そもそもお店の中に入るように言ったのは私だったし。」

 こういうこともある。人にはそれぞれ立場があって、今まで育ててきた価値観があって、それがぶつかってしまい、どうにかしないといけない状況がある。思わず口角を上げて乾いた笑いを漏らした。吸血鬼だから別にそう言うの気にしなくて好き勝手にしてもいいのに、立場と状況にこうやって縛られていて、それを是としているわけなんだから。グレハムの言ったように、私はハリネズミの体に入ってしまったウサギの魂みたいなものなのかもしれない。

 「そうだよね、こんな馬鹿なお姉ちゃんは、笑われて当然だもんね。」

 アメリアは自嘲するように言うけど、今ので気になることができている。

 「そう言うんじゃないけどね。けど、一つ聞いていい?」

 「何でもいい、全部答えちゃうから。」

 「じゃあ、お姉ちゃんって、実は女の子が好きな人?」

 アメリアの目を見ると、彼女は視線を逸らした。

 「なんで、そう思ったの?」

 「それで、初恋はラフィーナ?」

 アメリアは何も答えずにいたので、私は続けて聞いてみた。

 「ラフィーナの従者なのに、姉妹のような距離感で、ラフィーナはもう追い出されたと言うのに、ラフィーナと一緒に住んでる。二人は付き合ってるわけじゃないんだよね。ラフィーナは男の人が好きな人で、あなたの思いを知ってて見て見ぬふりをしている。違う?」

 アメリアはうつむいたまま下唇を噛んでいる。

 「あの時からかな。お姉ちゃんって呼ぶように言った時。その時から私のことが好きになって、邪魔したくなったんでしょう?アメリアは別に馬鹿じゃないよ。私がレドモンドに取られるんじゃないかと、嫉妬して彼の前にわざと全部ばらした。そうでしょう?」

 的確な追求だったのだろう、アメリアの瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。

 「嫌いになった?こんな私のこと。」

 私は首を振る。アメリアの顔を上げさせる。私はアメリアの頬を撫でた。視線を俯かせていたアメリアの目が私の目と合う。

 「私はね、アメリアお姉ちゃん。女の子が好きとか、男の人が好きとか、そう言うの考えないようにして生きていたの。だってほら、小さな村に閉じ込められているように生きてて、外に出るなんて考えられなくて、誰かに好かれたことなんて一度もなかったんだから。」

 家族とも淡々とした仲で、愛情表現がないだけとかじゃなくて、単純に気にかけられることが殆どなかった。不細工な顔のせいというより、自分が不細工な顔を持っていることを周りから言われ続けていたせいで、家族を相手にも素っ気ない態度を取り続けた結果、そうなってしまった。

 血のつながりがあるからと自動的に特別親しい関係になるわけじゃない。互いに歩み寄る努力を怠っている状態が続くと、心の距離だって他人のそれと大差ない。

 逆に他人であろうと、歩み寄る努力をすれば、家族以上に近づける。生れた家族じゃなく、自分で作る家族。別に家族が欲しいわけじゃないんだし、恋に落ちたわけじゃない。リナリスとの口づけで自分の趣向に自覚が生まれた。

 どうかしている気もしている。初めて愛した人を失って一か月も経ってないと言うのに。でも、こんなにも近い。息の音が届いている距離にある。

 私はアメリアのことを愛らしいと、初めて見た瞬間から思っていた。顔を近づけると、アメリアはそっと目を瞑った。そして私たちは口づけを交わしたのである。

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