表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/67

4話 キノコ婆なんて呼ばれてる

 二人は肩をすくめてから去って行った。毒キノコを食べさせた方が良かったかもしれない。自分もろとも、皆仲良く地獄行き。


 それともどこか遠くへ逃げるとか。ただ私は何の能力も取り柄もない。ただの不細工な村娘でしかない。食べられるキノコの見分けがつくだけ。何の能力もない。何もできない。今更ながら涙が流れた。こんな目に会いたくはなかった。あの村に戻して欲しかった。悪意だらけの集団なのはわかっていた。いくら彼らが結果的にそう言う選択を取らざるを得ない状況だったにせよ、彼らの行動で犠牲になった人達がいる。そして私もその一人だ。


 それでもキノコを採集することはやめられない。やめてしまえば殺される。死ぬのは、誰だっていつかは死ぬんだから、別にそこまで怖いとは思わない。思い残したことなんて、こんな顔で、こんな何の能力もない村娘で、何もできるわけもない、私が自ら手に入れることなんて、そう多くない。そしてそう多くないものに、私の家族があった。村での平和な生活があった。鳥の鳴き声、囲んでとる食事、村人たちとのたわいのない会話、季節が変わることを感じる和やかさ。それらを奪われた。奪われた。悔しくないのかって、そりゃ悔しいけど、私では何もできない。


 何日も何日も、雪が降り始めてからも私はキノコを採って、砦の掃除をして、たまに嫌味を言われた。私は攫われている立場で、逃げることは不可能。実際に逃げようとしても、一時間しかかからない距離だとしても、一人で森の中を歩いて一時間のかかる距離を突っ切るのは、リスクが高いだけじゃすまない。そもそも彼らが私が逃走することを許容するとは思えない。


 そうやって時間が過ぎると、食堂などで聞いた会話から彼らの事情もわかるというもの。彼らは戦争のために集められた戦闘奴隷だった。だからそれなりに戦闘力も高く、リーダー格の人は奴隷の殺し合いをさせる闘技場で優勝したこともあるんだとか。それでも奴隷の身分からは解放されなかったみたいだけど。


 そんな彼らは、買い取ったとある領の領主様が暗殺され、彼らも処分されることになった。それを事前に知らされ、隣の領に皆で馬を盗んで逃げた。運が良かったと言うべきか、彼らは森の中にある古い砦を発見した。そして狩猟生活をしながら過ごしていたけど、さすがに狩猟だけで冬を越すのは難しいと判断。一番近くにある村を略奪することに。どうせ捕まったら殺される運命。彼らは死にたくなかった。だから何の罪もない村人たちを略奪して、反抗する人は殺して、私をさらった。それが顛末。


 理不尽なことこの上ない。彼らの状況も、村に起きた惨劇も、私の現状も。それでも夜になって眠りについて夢を見ると、夢の中で家族は笑っていた。食卓を皆で囲んで、私が採ってきたキノコで村の皆も美味しく食事ができているって。

 

 そして目が覚めると、家族はどこにもいない。たかが一時間の距離だと言うのに、無限のように遠い。時刻を知る魔法を唱えると、時刻はまだ夜中。


 キノコを採って掃除をするだけで、有り余る健康的な十代の体力は消化しきれないみたいだ。何気に砦の最上部に向かい、監視塔らしいところに行くと、男が一人、小さな焚き火台の隣に座っていた。


 「キノコ婆じゃないか。どうした?」

 「眠れなくて。」

 私の返事に男はふっと笑った。

 「悩みでもあるのか?まあ、こんなところで囚われの姫様みたいな生活をしてりゃ、それや悩むと思うが。」

 男の言葉がおかしくてクスクスと笑ってしまう。

 「私みたいな不細工な姫なんているんでしょうか。」

 「顔なんてものの一部でしかない。顔の良し悪しでは何も決められないものだ。なにができて、自分を押し通す意思があるかどうか。何もできない人間が顔がいい、何でもできる人間が顔が悪い。そんなことはざらにある。」

 励ましてくれているんだろうか。

 「あの、ありがとうございます。」

 「まあ、なんだ。俺らはどうしようもない連中だが、俺らだって人間だ。同じ人間だって言うのに、奴隷に落ちてこの様だ。」

 戦争の捕虜、犯罪者、親の両方が奴隷の場合は生まれながら奴隷。そう言う風にできている。彼は犯罪者には見えなかった。それとも何か事情があるんだろうか。聞けない。何も聞けない。私は彼らに何かを聞けるような立場じゃない。

 「えっと、頑張ってください。」

 すると男は軽く笑いながら顔を振った。

 「お前もな。いや、まあ、頑張ることなんて何もないと思うが。」

 私は焚き火台の反対側にしゃがんだ。

 言葉を交わすことなく時間が過ぎて、眠くなったころに降りて寝袋に入って眠りについた。次の日も塔の上へ向かうと、昨日とは違う男が座っていた。こんな冬なのに、脱走奴隷の皆さんの半数以上はひげを剃っていて、彼も髭を剃っている。灰色の髪の毛は短く、頬に大きな傷跡があった。中肉中背で、皆と同じく、村で盗んできた茶色い毛皮で造られた防寒着を着ている。そして彼の椅子の隣には木剣が二本あった。なぜだろうと首を傾げていると、男は手を振った。

 「お、本当に来た、キノコ婆。」

 「こんばんは。」

 「お前、暇なんだ。眠れないならちょびっと俺と付き合えや。」

 男はそう言って、私に木剣を投げ渡した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ