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31話 ファミリーの幹部

 その日のうちに調べようという事で、早速ジェーコップさんのレストランで話を聞いてみると、一人思い当たる人物がいるとのこと。


 クリスラナ・ヴェナリス。通称リナリス。ハーフエルフの女性で、冷たい見た目や口調に反して、中身がしっかりしている人で、ファミリーの幹部の中でも一番の年寄り。孤児院を経営してて他にも破産した人たちのために働き場を斡旋するなどの事業もやっているらしい。一つ特徴があって、側近は皆女性に固めているらしい。どこに住んでいるかまではわからない。


 見た目は30代後半くらいの女性に見えるけど、実の年齢は百歳を超えているんだとか。ファミリーがただの無害な普通の営利団体だった時期を知っているため、普通に成功した一般人と大差ない価値観を持っているのだろうか。なぜそんな人がいるのに今のファミリーは少し犯罪組織みたいな状態になっているんだろう。


 どこに住んでいるかを調べるには、この間みたいに誰かを拉致するというのも手ではあるんだけど、さすがに二度もやると警戒されるだろうし。ちなみに尋問したあの二人は軽く脅して大人しく帰ってもらっている。武器を向けられたわけじゃないんだから、痛みつける理由はない。


 役人に聞いてみるか、それとも⋯⋯。


 「それなら、パーティに行けばいいんじゃないかな。」

 スパーリングを終えてから、道場にある椅子に並んで座り休憩中のことだった。アメリアにもリナリスがどこに住んでいるか知らないのか、一応聞いてみたらそう言う答えが返ってっ来た。

 「パーティって、何のパーティにどうやって?」

 「もうすぐ春祭りが始まるの。孤児院では毎年の春祭りにささやかなパーティを開いてて、お嬢様と良く行っていたんだ。リナリスさんも毎年参席しているから、一緒に行けば会えるよ。リナリスさんには何の用事?」

 さすがにリナリスを祭り上げて過激派の連中を潰すことが目的だとは言えない。

 「どんな人か気になってて。」

 「美人なお姉さんだよ。言葉遣いは少し荒っぽいけど、基本的に優しいし、子供たちにも大人気。お嬢様と一緒に聖歌も歌ってて、声も綺麗で歌も上手。」

 益々意味がわからなくなってきた。そんな人がファミリーにいるなら、酷いことは起きないんじゃないの?それとももしかして、そもそもそこまで悪い集団ではない?にしては、昨日の二人は暴力沙汰もそれなりに起こると言ってたし、何がどうなっているのやら。

 「でも、百歳超えているんだよね。」

 「エルフは二千年、ハーフエルフは五百年は生きるんだし、百歳超えててもまだまだ若いんじゃないかな。私たち人間の感覚だと分かりづらいかもだけど。」

 ごめん、私、人間じゃなく吸血鬼なんだ。多分、殺されたり事故に会わない限り、エルフより長生きできるんじゃないかな。なんて言えるわけががないので曖昧な笑顔を作って頷いて見せた。

 「それで、一緒に行きたい?」

 続けてそう聞いて来るアメリアに、今度は曖昧な笑みじゃなく普通の笑みを浮かべて頷いた。

 「うん、アメリアさえよければ。」

 「そこはアメリアじゃなく、お姉ちゃんでしょう?」

 「うん、お姉ちゃん。」

 何かお姉ちゃんと呼ばれることに拘りがあるんだろうか。また頭も撫でてるし。


 そしてやってきた、春祭りの日。と言ってもたったの五日後だった。毎年冬が終わると、無事冬を越えたことを記念して、春祭りを開く。主に豊穣と恵みの女神、ウルトューヌに歌と舞を捧げる。


 通りを横切って、色とりどりの布が風になびいて、道の両側に並んだ建物の屋根から細いロープがかけられ、橋をかけて、三角形や四角形の布が連なっている。風が吹くたびに布がパタパタと揺れ、通りに冬の終わりを告げる活気を与えていた。


 私が住んでいた村でも一応同じく色とりどりの布を屋根の下に飾ってはいたけど、この景色に比べると貧相と言わざるを得ない。 


 今日は普段着の姿で、剣は持ってない。さすがに孤児院に武器を持っていくほど、常識知らずじゃない。グレハムはもうすぐ宿屋での滞在を終えて、大きな商会で住み込みで働くことになってて、今は本格的に雇われる前に仕事を学んでいる。なのでグレハムはついてきておらず、私一人で集合場所に向かった。グレハムと一緒に行くとアメリアに言ってないので、これでいいと思う。彼と離れることには一抹の寂しさを覚えるけど、別に一生あえなくなるわけじゃないんだし、私も彼にパーティへと誘われたことがないんだし。


 そんなことを考えながら広場にあるとても大きな、神聖木と呼ばれているところに行くと、もう白くて小さな花から風が吹くたびにゆらゆらと花弁が落ちていていた。まだ午前中だと言うのに、人が多いこと、多いこと。皆祭りを楽しむために集合場所としてここを指定していたに違いない。すこし春祭り中の街の景色をのんびりと見て回りたかったので、結構早い時間に外へ出てて、実際にのんびり歩き回ったのに、まだ約束した時間まで十分以上残っている。もうちょっと見て回ろうかな、なんて思ってると、声をかけられた。


 「あの、謀略の女神、アルヴェラ様に興味ありませんか⋯⋯。」

 そう言ったのは、顔が陰で見えないほどローブで全身をすっぽりと覆う若い女性だった。

 「初めて聞くんですけど、どんな女神様なんでしょう。」

 私がそう言うと、顔を上げて語り始める。

 「アルヴェラ様は他の神々みたいに自分を崇拝することを求めません。その代わり、謀略を実行する人間を観察することを楽しむんです。それで、謀略が成功したあかつきに、アルヴェラ様の名前を言って、ご覧になりましたか?そう言うんです。」

 ふむふむ。頷いていると、手首を握られた。匂いで誰かはわかっている。アメリアだ。

 「結構ですので。失礼します。」

 アメリアがそう言って、私の手首を軽く引っ張って歩き始める。彼女が向かう方向に孤児院があるのだと信じて付いていくと、路地裏に連れてこられた。

 「ダメじゃない、怪しい宗教の人に騙されちゃ。本当、仕方がない子ね。わかった?知らない街に来ているんでしょう?危ないことをしちゃだめだよ。いくらあなたが強くても、世の中には一人の武力だけでは太刀打ちできない物事なんてごまんといるんだから。」

 「あの、アメリア?」

 「そこはお姉ちゃん。」

 私は軽くため息をついた。

 「わかった、お姉ちゃん。別にそこまで世間知らずじゃないんだよ?アルヴェラ様という謀略を司る女神がいて、謀略を成功させた時の作法を教えてもらっただけだから。」

 アメリアは首を傾げた。

 「初めて聞くんだけど。」

 「ほら、アメリア⋯、お姉ちゃんも知らないことはあるんだよ?」

 アメリアの顔が少し赤くなる。

 「まあ、うん、そうかもね⋯⋯。行こっか。」

 妄想癖でもあるんだろうか。単に妹が欲しかっただけだったりして。


 大通りに出て歩く。

 「お嬢様は一緒じゃないの?」

 「今日は祝日だから、劇場の公演は午前中からやってて、午前に一回、午後に一回。だから午後の公演が終わったら、坊ちゃまと一緒にこっちに来る予定。」

 一日に二回もやってて喉が疲れたりしないんだろうか。割と重労働なのでは?

 「坊ちゃまって、赤ちゃんのこと?」

 「うん、坊ちゃま。」

 孤児院は街の中心部を突っ切る河川沿いに、ポツンと立っていた。周りは堤防と、船場と、広々とした公園がある。公園にもまた白い花の咲く木々が並んでて、その下で多くの人々が広い布を敷いて座りピクニックを楽しんでいる。


 「隣国のリンブラント公国は戦争中だと言うのに、ここはこんなにも平和なんだね。」

 私の感想に、アメリアは肩をすくめた。

 「別に、世の中のどこかで悲劇が起こっているからって、当事者じゃない人たちが今を楽しんで悪いわけじゃないでしょう?リンブラント公国で人が死ぬのを遠くで見ながら楽しむならともかく。」

 ちょっとその光景を想像してみる。公園ではなく山の上に座って、戦を観戦しながら楽しむ。それも別に悪くないかも。参考になるんじゃないかな。兵隊の運用とかはどうするんだろう。一人で突出するわけにはいかないし、歩いて接敵して、槍で突っつき合うとか。なんて地味な。そう言う挿絵を歴史の本で見たことがある。

 「それにしても、よくこんな公園の近くに孤児院を建てたね。夏とか川にそのまま飛び込めるんじゃない?」

 「もともと教会だったらしいよ。他の場所に大きな教会を建てるからと売りに出されたものをそのまま買い取って孤児院にしたんだって。」

 なるほど。建物は綺麗に塗装されてて、敷地内には遊具と小さな家庭菜園があった。敷地の入り口には孤児院の名前がアーチ看板に書かれてある。明確に孤児院ではなく、花園院、なんて書かれてる。花園なんて見えないんだけど、子供を花にたとえているんだろうか。小さな子供たちが敷地内の道の両側に立って、折り紙で作った花を頭に飾って、訪問客が通るたびに手を振っていた。

 「中で何かやってるの?」

 「今は演劇の時間かな。それが終わったら合唱、それが終わったら子供たちと食事会。」

 随分と本格的な。

 「ここって招待状とかいるんじゃないの?」

 「私は顔パスできるよ。隣にいるあなたも別に不自然じゃないんだし、問題ないんじゃないかな。」

 そこは確実じゃないんだ。

 「入場料とかいらない?」

 「後で募金する時間があるから、その時に出せばいい。」

 せっかくなので、財布には金貨を二枚持ってきてる。村には孤児ができると普通に他に余裕のある家で養子縁組ができるけど、こんな大きな町だとそうもいかないんだろう。

 子供たちに笑顔を向けながら進み、扉が開かれている建物の中へ。中は清潔感があって、フロアは白と黒のタイルが敷かれてあった。本当に教会だったようで、礼拝堂にあたるところへ向かうと椅子が並べられてて、二十人弱の観客が椅子に座って子供たちの拙い演劇を観覧していた。

 生まれて初めて見る演劇が子供たちのそれになるだなんて。逆に興奮する。なんで興奮したのかは自分でもよくわからない。

 私たちは右後ろ席に座った。演劇は人里離れたところで、誰とも会わず数百年の年月を生きていた魔女が、心を取り戻すために旅に出て人々を助けるという、割と有名な物語だった。子供の頃に良く教会の図書館で読んでいたことを思い出す。

 魔女は人々がなぜ悲しむのかがわからない、なぜ笑うのかがわからない。全部忘れてしまっているから。だから泣いている人たちを見たら、なぜ悲しむのかを聞いて、喜んでいる人たちを見て、なぜ笑顔を浮かべているのかを聞く。その理由を聞いて、かつて家族と一緒に住んでいた自分を思い出す。一つ一つのエピソードが、舞台では上演される。他愛のない出来事を。

 しかしその家族はもういない。だから魔女は悲しむことを思い出して涙を流す。戦争に出て来た男たちが村に帰って来て、誰も死んでおらず、喜びを分かち合う人たちを見て、自分のかつての恋人が戦争で亡くなったことを思い出す。今度は泣かず、もしかして彼が自分の隣にいたならと想像して、笑顔を浮かべる。そうやって感情を取り戻した魔女の前に、流行り病で苦しむ人たちを見る。魔女は自分の血を使ってポーションを作り、人々を救って、そのまま死んでしまう。死んだ魔女が神々の作り出した楽園で恋人や家族と再会して物語は終わる。舞台の幕が下りて、拍手の音が場を包んだ。私ももちろん、拍手を送った。普通に良かったので。変な脚色とかされてなかったし、衣装とか、舞台の演出とかもそれなりに工夫していたし。

 ただ、魔女の話が吸血鬼の私からしたら他人事のようには思えなかったもので、しんみりとした気持ちになってしまった。演劇が終わって、アメリアの意見が聞きたかったので聞いてみることに。

 「魔女は死なないと治らないのかな。一度魔女になってしまったら、人の心を失くして、それを治すためには死ななければならない、というのが物語のテーマだと思ったんだけど、お姉ちゃんはどう思う?」

 「そうかな。ちょっとこじつけだと思うけど。都会に出稼ぎに行った娘が村に戻るとか、そんな感じの話を比喩的に書いているんじゃない?田舎から都会に出た人たちって、都会で生まれ育った人たちより冷たかったりするの。心を失くした魔女みたいにね。それで、なんかそれが嫌になって、過去の自分を思い出しながら、村に戻って本当の家族と恋人に出迎えてもらえる。そんな話だと思う。」

 アメリアの解釈はとても興味深いと感じた。物語を見て人はそれぞれ違う解釈をする。それと、アメリアからしたら魔女やそれに準ずる存在を本物の脅威みたいには受け取れないみたいだった。

 少し考えながら舞台を降りた子供たちが騒いでたり、なぜか互いに抱き合ってたりするのを見ていた。

 「アメリア、久しぶりじゃないか。ラフィーナ嬢は元気かい?」

 そう言ったのは肩まで銀髪を伸ばし、前髪を流した、男装の麗人だった。ネクタイが良く似合っている。耳が少し尖ってて、清涼感のある香りがする。

 「お久しぶりです、リナリス様。」

 アメリアが立ち上がって頭を下げた。私もつられて立ち上がったけど、頭は下げない。

 「そちらの可憐、いや、苛烈そうな嬢ちゃんは?」

 なぜ言い直したのか、私が頭を下げなかったから、それとも私を見て何か感じたことでもあるんだろうか。一応自己紹介をしないと。

 「レイラです。アメリアと一緒の道場に通っています。よろしくお願いします。」

 私はリナリスに握手を求めた。リナリスは目を細めてから笑顔を浮かべ、握手に応じた。

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