24話 たのもう
町にたどり着いてから早速町の経済を牛耳るファミリーから目を付けられちゃった私たちだったけど、これはもう仕方ないという事で逃げることにした。と言うのはさすがに気が早い。
「でも、これからどうする?」
私の分のステーキまで美味しそうに食べているグレハムを見ながらそう聞くと、グレハムは口に入れたステーキをじっくり噛んで、吞み込んでから答えた。
「そんなに大事にはならないんじゃないかな。別に誰も死んでないし、オーナーのおっちゃんだってファミリーに大損害を与えたわけじゃない。少しファミリーの面子を潰したくらいで、僕たちを探して殺してやる、なんてことにはならないと思うよ。」
その言葉をうのみにしたわけではないので、レストランの近くにある、平凡な宿屋に入り部屋を借りる。値段は金貨一枚もしなかった。お金の価値があまりわからなかったけど、金貨って思ったよりずっと価値が高かったみたいである。さすがに何百年も生きてたら、それなりに金持ちになってしまうのかな。
三階の真ん中にあるその部屋は、灰色に黒い花模様が描かれた壁紙が綺麗で、椅子とテーブルがあって、ベッドはふかふかだった。もちろん、一人一部屋。夕日の見える方角に小さなベランダがあって、小さな本棚には町の歴史や地理、美味しいレストランなどが書かれたガイドブックと小説が何冊か置いてあった。シャワー室で体を洗って、宿屋の外へ出ると、まだ日が暮れるには早い午後。せっかく大きな町に来たんだし、色々見て回るのもありだけど、それより状況対応力を上げておきたい。相手が常にロングソードだけを使ってくれるわけがないことを、あの二人組を思い知った。むしろロングソードはそこまでメジャーな護身用の武器じゃなかったりして。戦場ではどうだろう。あの二人組はまるで大した実力がなかったから良かったけど、これからもそうであるという保証はどこにもない。師匠は明らかに劣る身体能力でシルヴァーナに酷い傷を負わせて、私はその吸血鬼に致命傷を負わせた。多人数相手でなくとも油断はできない。そして私はまだ経験が足りない。それを補うには、まあ、実戦で技術を鍛えることもありではあるけど、その前に誰かに学んだ方がずっと理にかなっている。
細剣は部屋のテーブルの上においてから、剣だけ腰に差してロビーに向かうとグレハムは修道服から動きやすそうな服を着て、大きな椅子に座り本を読んでいる眼鏡をかけた妙齢の夫人と何か話していた。彼は私を見てから手を軽く振って、会話に戻る。何がそんなに楽しいのかわからないけど、楽しそうで何より。宿屋の外へ出て、様子見がてらレストランへ向かうと何事もなく営業をしてたけど昼食の時間帯が過ぎていたので逆はまばらだった。
「あの宿屋いいだろう?」
笑顔で聞いてくれるおじさん。
「はい、ベッドがふかふかで、景色も良かった。」
そう答えると、おじさんは少しだけ前屈みの姿勢で私と目を合わせ、人差し指を立てて言った。
「ファミリーの人たちも暇じゃないはずだから、しばらくじっとしていると奴らもきっと忘れる。だから、自分から危険な場所に首を突っ込むんじゃないぞ。」
出会って間もないのに、やけに親切なのにはやはりこの顔が関わっているのでは。こういうのをいちいち考えてたら心が病むのでは。村で一番美人だった人が少しだけ冷たい性格をしていた理由がわかった気がする。
「それより、えっと、この辺りに剣術道場などはありませんか?」
「剣術?ああ、なるほど。まあ、武術全般を教える道場ならそれなりにあるぞ。そこまで詳しいわけじゃないが、門下生の数も多くて、先生も人格者のところを教えてやろう。」
というわけでやってきたのだ。この町の建物は全部似たような作りをしているので、おじさんに聞いてなかったらずっと見つからなかったんじゃないかな。扉は開いてあったので中に入ると、広々としたフロアで防具を着て稽古をしたり素振りをしたり筋トレをしたりダミーを相手に打ち込んでいた。下は子供から上は髪の毛が真っ白な老人まで。全部で九人。女性はそのうち二人しかいなかったけど、別に居心地が悪そうには見えない。稽古をしていた二組から一組が私の方へと防具を付けたままの顔を向けると、木剣を下ろし、顔の防具を取って扉の前に突っ立っていた私の方へと歩いてきた。人の良さそうな、優しい印象の三十代くらいの獣人の男性。獣人、初めて見た。頭の上に犬なのかな、狼なのかなとにかくそんな感じの柔らかそうな白い耳がある。尻尾は見えなかったのに、防具で隠れているのかな。
「どのようなご用件で?」
彼の視線は一回だけ私の腰に差した剣へと向いて、また私と目を合わせた。
「ここの門下生になりたくて。」
「そう言う事なら、今からでも始めます。お名前は?」
「レイラです。」
「では、レイラさん。私はここの師範代で、午後の部を担当しています。ここの評判を聞いて尋ねてきたかと思いますが、入る前に一度見学して、少し体験してみるのはどうでしょう。思っていたのと違う場合がありますし、雰囲気やらなにやら、経験する前に決めるより、そうした方がいいんじゃないでしょうか。」
「あの、砕けた口調でも大丈夫です。」
「まあ、なら、言うが、レイラは今何歳だ?成人して自分の金で通うのか?それとも保護者がいる?」
「十五歳で、まあ、はい。成人はしてません。けど一応自分のお金ですし、保護者もいません。」
そう答えると、師範代は顎をさすってから言う。
「俺と稽古をしていた子がちょうど君の一つ上だ。二人で試合をやってみないか?木剣は壁にかけられたものを使うといい。」
どうやらそれで私を見極めるつもりのようだ。大小さまざま木剣の中で、ロングソードの長さと太さを持つ木剣を手に取ると、まるで遠い昔の記憶がよみがえったような感覚になる。砦で師匠と稽古をしていたころは、そこまで昔なことじゃないと言うのに。色々あって、濃密な時間で、今は人間ですらない。町に来てから思ったんだけど、こんな大きな町に皆それぞれの生活をしながら住んでいるわけなんだから、吸血鬼とか魔物とか、そう言った類のことはそもそも気にもしないように思えた。
木剣を手首だけで回して、続けて肘、肩。門下生たちの目がこちらへと向かう。吸血鬼としての速度と余力は出していないので、多分彼らも新入りがどの程度なのか気になっているだけなんだろう。軽く肩の上において、師範代と話している人のところに。背丈は私とほぼ同じ。顔が黒い防具で見えないけど、別に問題はない。対峙してみると、姿勢がかなり安定しているのがわかる。師範代が試合開始の合図として腕を上げて振り下ろす。と言ってもすぐにぶつかり合うわけじゃない。
相手は体を少し前のめりにして、左の方へと少しだけ傾く構えを取っていた。切っ先は相手である私の方へ、斜め上を向いている。見たことないガード。突きからのラッシュに適しているような構えだろうか。相手は木剣を上下に揺らしている。その顔にはどんな表情が浮かんでいるんだろう。
遠慮なく間合いに入ると予想通りの、突き上げるような素早い突きから斬撃へと移行。腕を引っ込めることなく腕を交差させてはまた元に戻すという、連続しての斬撃が飛んできた。相手の力量は相当高い。腕が引っ込む時は突き。それからまた斬撃。
難なく防いで、弾いて。木剣がぶつかる音が響く。楽しい。相手の力量を理解しながらそれに自分を合わせるなんて、初めての経験。自分の知らなかった連撃のやり方を目で見て学び、真似してみる。
全部防がれた。弾くのではなくそこにただ木剣を置いて、しっかり踏ん張る。それだけで私の斬撃を防いで、突きは木剣を上から振り落として軌道をずらす。すると私の姿勢が崩れて、そのまま斬撃が飛んできて、それをまた下へと向いた剣を引き上げて横へとずらす。
本当に楽しい。攻防がずっと続くわけではなく、少し離れて、ガードも変えて、私が踏み込むこともあれば相手が踏み込んでくることもある。相手は少し息が上がっているけど、私は涼しい顔をしているだろう、だって吸血鬼は体力が切れないから。相手の息が整うことを待ってると、イノシシのガードを取り、徐々に距離を縮めてきた。そして放たれた、腕を突き出してそのまま足運びだけでの突き。
速い。避けることはできるけど、このままいつまでも試合をするわけにはいかない。だから私は彼女の木剣を右手で握ってから引っ張った。なんで木剣を手放さないんだろう。私の方へと倒れて来る。もつれて彼女を抱えたまま後ろへと倒れる。顔を隠していた防具がその際に外れて、相手の素顔が露になった。肩の上まで伸ばした青みかかった黒髪で、切れ長のヒスイ色の目、小さな唇と、通った鼻筋。
剣術に打ち込んでいるんだから、てっきり強面な女傑みたいな感じだと思ったら、私が今まで見てきた女の子で一番可愛い顔立ちをしていた。と言っても、小さな村の中だし、それほど多くの顔を見てきたわけじゃないんだけど。それと顔は汗まみれだった。
「あの、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。」
至近距離で目が合ってる。ちょっと退いてくれないと、起き上がれないんだけど。しかし彼女はぐったりとしていた。と思いきや、そのまま私の上にさらに体重を預けて来る。彼女の顔が私のお腹と胸の間に埋まっていた。鎧を着ているので特に何の感触もない。
「えっと。」
困った顔で師範代を見上げると、彼は肩をすくめた。
「アメリア、疲れているのはわかってるけど、起きてくれないと、レイラが困ってしまうだろう?」
「でも、ちょっと、このままでいさせてください。もう、この人、本当強くて。」
息を絶え絶えにそう言われ、なぜか笑みが零れた。




