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21話 スノウトロール戦

 自分より大きな相手、自分より長い武器を持っている相手に立ち向かう時に、普通に剣を両手で握るのはあまりいい考えではない。それはなぜかと言うと、リーチで負けているから。両手で正眼に構えると、上半身が完全に剣一つに集中されるため、足運びが制限される。相手がこっちよりリーチがある場合でなら、素早く接近しないといけないのに、そうやって制限されるとどうなるか。当然相手側は自分の長所を活かして、自分の剣がたどり着く前に制圧しようとするだろう。じゃあ後ろに下がるか、相手の武器を絡み取るか、単純に防ぐのもありだけど、防いだ時点で相手の攻撃は繋げられるに対し、こちらからはまだ距離が開いたままとなる。


 なので、そう言う場合は、利き手だけ逆手にして、相手と正面からではなく、体が横向きになっているまま向かい合うという握り方をする。正面を向いているより相手からして標的にできる部位も減って、離れやすく接近しやすい。互いに剣を持っている状態でこんな構えを取るのはふざけているとしか思われないだろうし、あまりいい構えではないけど、相手の武器が剣でなく槍だったら、それとも単純に今のように、白いスノウトロールが相手だったら、普通に剣士を相手にする時の構えより効果的と言える。


 風下にいたせいで、匂いを嗅ぐのが遅くなってしまった。二百歩も離れてない時点で匂いに気が付いたので、距離を取って逃げ出すには少し遅い。グレハムを馬と一緒に岩の後ろに行くように言ってから剣を抜いた。


 「あの、僕のせいなんだよね?一人で大丈夫?」

 グレハムがそう言うけど、別に気にしてない。何なら馬に乗ってそのまま逃げたっていい。

 「うん、全然余裕。多分そんなに時間はかからないと思うから、隠れてて。」

 こんなことを話している間にもスノウトロールはその独特の、体を少し右斜めにしてからの走りで近づいてきている。


 吸血鬼である私だけがここにいたら、多分襲い掛かってくることはしなかったはず。実際、吸血鬼になってからは自分からあえて反応を見たくて接近して、最終的に襲い掛かられたことはあっても、遠くで獲物として狙いに来たことはない。


 身辺警護の費用をグレハムに請求するべきだろうか。そうすることでグレハムの気が楽になるかも知れない。そう思いながら横向きになって、右手は逆手に、左手はそのままに軽く握って、剣を頭上で水平に構える。少しだけ右の斜め下を向くように。スノウトロールはかなりの巨体を誇る、毛むくじゃらで、熊とサルの顔を足して二で割ったような顔をしてて、腕が四本ある。巨体なのに俊敏で、四本の腕を同時に動かす。


 構えている私を無視して岩の横に回りグレハムのところへ向かおうとしていたので、奴の横から飛び込んで腕を斬り飛ばした。姿勢的にスウィングではなく押し切るように剣を振るい、体重を乗せやすいため、普段の姿勢より威力も出ている。


 左側の下にある腕の肘下半分を切断されたことで、やっとこちらに注意を向けるスノウトロール。奴の無機質で真っ黒な目に怒りが宿るのがわかる。そして耳をつんざく咆哮。


 跳ねるようにその場から退避すると、私がいた場所に奴の拳が刺さる。地面の雪が爆ぜて視界を白く彩る。奴の拳は大きさが人のそれと段違いなため、ただ体をよじって避けるだけでは足りない。吸血鬼としてそれなりに頑丈な体になったとは言え、さすがにその巨体に見合う破壊力をこの身に受けるのはごめん被る。


 できるだけ俊敏に動きながら、隙を伺う。腕はまだ三本あるので、三本の腕が交互に猛攻を仕掛けて来るとしばらくは回避に徹するしかない。奴の腕が頭上をかすめ、上半身をかすめ、私がいた場所にまた雪を爆ぜるパンチを放ってくる。奴の視界が飛び散る雪で遮られる。そこであえて足を空中へ向けるよう、横方向へと回転しながらジャンプをした。奴の攻撃が上へと向かってくるようにと。見事に三本の腕が全て私を捉えようと伸びて来る。三本が同時。ここが勝負どころ。回転はまだ終わってない。空中で体をひねり角度を変えると、剣の軌道が丁度すべての腕を捉える。太いスノウトロールの腕を三本すべて、肘の先から斬り飛ばした。


 スノウトロールの悲鳴が上がる。残念だけど、人を喰らおうとした化け物相手を同情できるほど、私は優しくない。そのままスノウトロールの懐へと潜り、まだ剣を右手だけ逆手に握った状態で、心臓目掛けに深々と突き刺す。スノウトロールの巨体が後ろへと倒れた。念のため剣を大きく振りかぶって首を跳ねる。スノウトロールの赤い血が白い雪景色を彩った。ふぅとため息。ちょっと喉が渇いた。早速、首の切断面に顔を近づけたところで、声をかけられた。グレハムが岩から顔だけ出していたのである。


 「終わったの?」

 こういうのを見せるとさすがに怖がられると思い、慌てて離れる。するとグレハムは目を逸らしてから早口でまくし立てた。

 「いや、実は僕、少しちびりそうになったんだよね。あっちでちょっと用を足してくるからさ、見ちゃだめだよ?」

 そう言って離れる。気を使ってもらったのかな。彼の好意を無下にするわけにもいかず、私はまだ暖かい血が零れる切断面に口を近づけ、血を飲み始めた。暖かくて美味しい。体に染みる。実家で食べた鹿肉のシチューより濃厚で味わい深い。新鮮で、油が乗ってて、口の中で粘っこく絡みつく。


 しばらく飲んで満足していると、視線を感じた。首の切断面から頭を上げると、グレハムが岩の後ろでこちらを少しだけ顔を上に出してから私の姿を見ていて、私が顔を上げた瞬間引っ込める。

 雪を握って加熱の魔法で溶かし、血の付いているはずの口元を洗う。


 「なんか、あれだよね。」

 グレハムがお馬さんと岩の影から出て来て話す。

 「子供向けの怖い絵本あるじゃん。森に入っちゃいけないって教える本。魔物が人を殺してさ、それを食べる場面とか。そう言うの見て、絶対森に入らないから!って思ってこれまで生きてて、実際に目にしたのが、女の子が逆にトロールの血を啜るとかさ。こっちの方が現実なのに、現実じゃない気がして。つい見ちゃいました。はい、すみません。申し訳ない。望むお金を全部お渡ししますので、どうかお許しを。」

 そう言って頭を下げてきたグレハムに対して、私は近づいていき、彼の頭に軽くチョップをかました。

 「そう言うのいいから。怖がられるんじゃないかって思ってた。そうでもないなら、別にいい。次からは見たければ見ればいい。見られて減るものでもないし。」

 「え、いいの?じゃあ、ガン見するから。ちょっと今から吸ってみて。」

 こいつそんな簡単に調子に乗って。

 「手首出して。」

 グレハムは素直に私の方へと自分の左手首を差し出す。

 ハムっとかぶりつくふりをする。グレハムは首を傾げた。

 「吸わないの?」

 「吸うわけないでしょう?!」

 これで懲りたら揶揄わないようにというつもりだったのに、本気にしてたなんて。調子狂う。

 「残念。」

 本気で残念そうな顔しないで。

 「残念も何もないから。早く町に向かいましょう。急いだら日が暮れるまで草原にたどり着けると思う。」

 そうやって私たちはスノウトロールの死体を後にして、目的地へ向かっての歩みを再開した。


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