2話 村娘人生終了のお知らせ
近づくにつれ悲鳴が聞こえた。若い男の悲鳴。そのせいで村の中に入ることは躊躇われた。私は茂みの中に隠れ、村の様子を観察した。馬に乗った粗暴な格好の男たちが見えた。そして彼らは村の倉庫にある食糧や衣服などを大きな荷車に載せている。格好からして正規軍じゃない。武器も粗末なこん棒や木の槍、木こりの斧くらいしか持ってない。だけど、一目でわかった。奴らは上手にそれらを使いこなして、抵抗している人は殺して、そうでない人は縄で縛って倉庫に詰め込んだ。私の家はというと、見事に燃えていた。教会は保護魔法がかかっているはずで、その中に入れば皆安全なはずなのに、どうしてこうなったんだろう。神父さんもそれなりに魔法が使えるはずなのに、その神父さんの死体が村の広場にある井戸の隣に、木の槍で胸を貫かれた状態で転がっている。今朝も森に行く前に話していたのに。死んでる。
その白く濁った神父さんの瞳を見た瞬間、吐き気に襲われた。しまったと思ったけど遅かった。気づかれたけどどうしようもできなくて。いかつい格好の、粗末な服を着た男が大きな斧を片手に私へと近づいて、胃袋の中身が空っぽになってもまだうずくまってえづく私を蹴り飛ばした。男は無表情で不気味な顔をしたまま私を見下ろした。籠からキノコが溢れる。すると無表情だった男がニチャアと気持ち悪い笑顔を浮かべ、私の髪を掴んだ。
「お前、食べられるキノコがわかるのか?」
私は反射的に首を縦に振った。
そして私は山賊の一団にそうやって捕まり、奴らが根城にしている古い砦へと連れていかれた。道中は縄に繋がれ、強制的に歩かされた。森に囲まれたその古い砦は村から一時間ほどかかる距離にあったのに、今まで存在自体を知らなかったし、そこに山賊が住み着ているなんて想像も付かなかった。外で何かがあったんだろうか。戦があったという話は聞いてない。この山賊たちは何なのか。キノコ採りの出来る村人を捕まって何がしたいのか。一応部屋を一つ与えられた。砦内には囚人を監禁する監獄があって、そこを部屋に改造して使っていたようである。
文句なんてあるわけがない。恐怖や怒りはもちろんあったけど、単純に早めに諦めがついたのだ。私は恵まれてない村で、あまり寛容ではない領主様が着任した時期に、不細工な顔で生まれた。人生なんてこんなものだと、私は諦めが付いている。自殺することも一瞬考えたけど、死んだら死んだでそれで終わりじゃなくこれより酷いことになるとか、例えば地獄に落ちるとかして、それでまた大変な思いをするのではないかと、そう言う疑いを抱いたせいで死を選ぶことはできなかった。
山賊の連中は何やら自分たちだけで話してて、粗末な格好をしているのにただの荒くれ者とは何か雰囲気が違う。実際に見たことはないけど、残忍な性格の人間があの程度で終わるわけがないという事は容易に想像できるかから。
それに略奪と放火だけしてて、村には若くて可愛い女の子たちも何人かいたのに連れてきてないし、村人を全員殺してたわけでもない。砦に戻っても略奪に成功したと言うのに、皆しんみりとした雰囲気だった。どちらかと言うと追い詰められている人たちな気がする。
多分神父さんは抵抗したせいで見せしめに殺されたんじゃないかな。私の両親や祖父母はどうなったんだろう。領主様が軍を派遣することはしないんだろうか。
我ながら冷静に物事を考えている気はする。まあ、生まれながらこんな感じだったみたいで、こういう性格のせいも相まって、村の中で近しい友達もいなかったのである。私が生まれる前にそれなりに大きく育った兄が一人いたらしいけど、川で釣りをしていた時にクマに襲われ生きたまま食べられたらしい。だから顔も声も知らない。家族ともそんなに多くを語り合う仲じゃなかったし、まあ、これはこれで私のようなゴミみたい人生に似合う結果なんじゃないかな。そう自嘲しながら寒い部屋で、古ぼけた毛皮の寝袋に入り眠りについた。
次の日から森に行ってキノコを採ることになった。監視と案内と魔物や肉食動物から私を守るため山賊が前に二人、後ろに一人。いたたまれないけど、自分から話すなんて選択肢は存在しない。と言ってもキノコを見つけたら言うように言われているので、その時になると言わないといけないんだけど。
「こいつさ、毒キノコとか採ってさ、俺らに復讐しようとか考えてたらどうする?」
私の後ろを歩いている山賊がそう言うと、右前を歩いている山賊が答える。
「こいつに先に食べさせればいい。」
会話はそれっきり。
「あの、あれ食べられるキノコです。」
そう指差すと、三人の山賊たちは全員腕を組んで顎でしゃくる。ちょっと笑っちゃいそうになったけど我慢して、小さな包丁でキノコを根っこうの少し上から切り取る。
「全部採るんじゃないのか。」
一人がそう質問をしてくる。
「全部採ってしまったら育たなくなるんです。キノコは育ちやすい場所でしか育たないので、ここがその場所なら放っておくとまた大きく育つはずです。」
そう言うと山賊は満足そうに頷いた。