12話 剣術のガード(構え)
起きてからいくつかの動作を繰り返してみる。剣を鞘から抜いて手首だけを動かして弧を描く。腕をまっすぐ伸ばし、正面から相手の剣が来ると想定して、想像した剣を弾く。次は手首と肘を動かしての袈裟切りの練習。続けて肩全体を動かしての大振り。動作が大きくなると体力の消耗が増える。速度は手首だけを動かすのと実際はそこまで差はない。単純に剣が動く距離が増えるので、その分、剣撃が途中で入る隙が出来るけど、動いている剣に乗った力が強いため、下手に入り込めば弾かれるだけじゃなく姿勢まで簡単に崩してしまう。だから大振りの動作はハイリスクハイリターンというより、単純に体力の消費が激しいだけ。長くそう言う動作を繰り返していれば当然すぐに疲れてしまうから。
動きが大振りだと隙は逆にできにくい。むしろ動きを最小限にしてしまったら、相手が踏み込む時にそれを防げるようなけん制ができない。問題は私は成人男性より腕が短く、今はともかく前は腕力も足りなかったこと。だから顎の正面に剣を構えたまま足でしっかり踏ん張り、素早く腰全体を動かしてのカウンターをメインにするガードをメインに練習をしていた。
しかし今の私なら、力も大分強くなっているし、速さも段違いになった今の私なら特定のガードを意識せずとも状況に応じてガードを変えた方がいいと思う。実際に師匠にもそう言われてたし。
「いいか、ガードは千変万化するものだ。一つに限定させると対応力が減るだけじゃなく、相手に攻略されてしまう。まあ、自分が好きなガードで同じ動作を繰り返すのもありっちゃありだが、特殊な形状の剣ならともかく、一般的なロングソードなら様々なガードを使い分けるのがいいだろう。」
師匠が言っていた基本のガード、肩の上に剣を軽く載せて、自然体で歩きながら中心も歩みと同じくする。その姿勢から素早く腕をまっすぐ伸ばす突き、そして突きからの切り上げでまた元のガードに戻す。確かにこのガードは隙が少ない。しっかり踏ん張る姿勢を取る時の弱点として、足を狙われる可能性がある。ただ相手が足を攻撃すると相手の剣が下がるので、こっちは肉を切らせて骨を切る覚悟で足を貫かれながら相手の首を跳ねることだって出来るわけだから、実際にそんなにめちゃくちゃ狙われるわけではないんだけど、そもそもそこに足を出しているわけで、全く狙われないとは限らない。それに比べ自然体で歩くような姿勢のまま、剣だけ肩に載せ、胸の前で両手に柄を握るのは、単純に別のガードにも派生しやすく、相手の動きを自分の腕や剣で塞いでいるわけでもない。しかもこの状態で少し前かがみになるだけで素早く正面へ切り込めるんだから、もはや万能なのでは。
ただこのガードにも当然弱点があって、おおきく振りかぶった攻撃への派生に一拍遅れる。素早さと幅広い状況対応力、他のガードへ派生しやすく、相手と距離がある状態ならこのまま歩いて接近する。そしてある程度距離が縮まると素早くガードを変える。例えば大上段に構えるとか。大上段は相手に攻撃的に迫るもの。大上段からは袈裟切りと兜割りの、力いっぱいの振り下ろしと、手首と肘、肩、続けて腰に繋げ、相手を文字通り上段から翻弄するための構え。そして大上段にも弱点があって、一番が後ろに下がりにくいこと。大上段へと構えると、身体の中心が少し上になるので、素早いバックステップが踏めない。すると相手に力負けしたら蹴りなどを喰らってそのまま後ろへと吹き飛ばされる。師匠に実際にやられたことがあったし、そこまで背が高いわけじゃないため、あまり取りたくないガード。
力いっぱいの攻撃なら、むしろ剣を首の後ろにまで大きく振りかぶるガードの方が私には適していると思う。というか、このガードの名前からして、相手に力やリーチで負けている人にはもってつけ。その名も淑女のガード。なぜか太い木の棒で高速で飛んで来るボールを飛ばしたくなるフォームだと言うのに、淑女のガードなんて呼ばれている。このガードはまさに大振りに適していて、体全体を半回転させながらの攻撃に載せられた力は吸血鬼になる前の私でも防ごうとしていた師匠を飛ばしたくらい。
そしてこの淑女のガードはただ攻撃だけじゃなく防御にも適している。なぜかと言うと、上体を後ろに幾分か下げてしまうから。だから相手の剣が届く前にこっちで剣を振ればいいだけという。しかも一度大きく振りかぶって、空振りになったとしても手首で遠心力を作りながら回してしまえば体幹にぶれは起きない。
もちろんこれにも弱点がある。こんな大振りの姿勢を取ると、相手に向けて歩くのが遅くなる。後ろに下がるのは、軸足で地面を強くければいいだけなのでそう難しくないけど。つまり淑女のガードを取ったまま接近しようとして、相手が逃げてしまえばどうしようもないという。
続けて両手で腰のあたりに剣を構え、斜め下へと切っ先を向かわせるガード。これは中心が下に向かうので、素早いステップを踏みやすい。接近もしやすく離れるのもしやすい。そして振り上げから突きへの派生は恐ろしく早いので、ステップを踏みながら距離を測り、ヒット&ランのスタイル。隙を狙い素早く接近しては突きで喉を狙うという、割とえぐい戦法が出来る。ただこれは練習が必要というか、一人で鍛えるには適していない。
一人で鍛えるに適しているのは、複雑な動作。例えばシルヴァーナを仕留めた時に、弾いてから体全体を半回転させる動作。軸になる足で体の中心を前に少しだけ移動させ手首、肘、肩、腰全体で体をひねり、狙った部位を的確に斬る。
一日五十回はやっていたっけ。今度は木の前でやってみる。体に魔力も乗せて、あの時の感覚の再現。全身の力が一点に集中して、大きな木に向けて今私ができる最大の斬撃を繰り出す。すると剣は木の深々のところにまで刺さった。念のため刃こぼれを確認する。ない。吸血鬼の身体能力のおかげかな。後ろを向くと馬と目が合った。
「なにか。」
馬は首をプルプルと振った。何の意味なんだろう。もしかしてこうやって自分の首も斬られるとでも?そんなことしないから。今の私って、別に食事とかしなくても大丈夫だし。




