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11話 名前は夜

 初めて乗る馬だけど、よく人の気持ちがわかるみたいで、方角へ向けて手綱をほんの少し引っ張るだけでその方向へと進んでくれる。半分焼け焦げた服は修復のエンチャントが付けられていたのだろう、元通りに戻っている。こんな身なりをしているとまるで生まれ変わったかのよう。感情が追い付いてきても、まるで自分が遠くにあるみたいで。吸血鬼の肉を食べた時、私は彼女が持っている記憶までをも手に入れることができた。本でそのような話は書かれてなかったのに。やっぱり私は本で読んだことしか知らない。世界は本で書かれた事柄だけでは測れない。


 不思議なことに、この女性の記憶は思い出そうとしない限り、勝手に浮かび上がることはない。記憶が海のようなものだとしたら、自分が持っている記憶はずっと泳いでいるお魚さんで、彼女の記憶はゆらゆらと波に乗って揺れるクラゲと言ったところ。


 そして最も大事なところに、彼女が持っている記憶に私は何の感情も抱けない。記憶というより記録に近いかも知れない。彼女がその時どのようなことを気持ちだったのかなんて、知る余地もないという点でなら。


 しかし人が長年培ってきた記憶が私の中に入っていたわけで、それは私という人間の、もう吸血鬼という魔物になってしまったんだけど、とにかく私のそれよりずっとずっと長い年月を経て蓄積された経験は、私自身の意識の在り方を徐々に変えていくように思えてくる。


 今更だけど、ろくでもないことを決めてしまった気がしてならない。吸血鬼と人間を見分ける魔法は存在しないと本では書かれてあったけど、それも本当かどうかわからなくなってるし。こういう時に記憶に頼るべきなのでは?そう思って自分の内側に意識を向けると、彼女、シルヴァーナの記憶から該当する答えが浮かんで来る。特に人間社会に溶け込んで生きることに苦労はしていなかったみたい。


 良かった。どうやって砦を見つけたんだろう。それもまた思い出そうとすると、馬が勝手に別の方向に向かって歩いて行った。別に急いでいるわけでもないので、放っておいてみると、小川にたどり着いた。流れが穏やかなところは表面が凍ってて、流れの激しい真ん中のところは水が流れているのが見える。どうするんだろうと馬を見ていれば、こっちに目配せをした。


 助けを求めているんだろうか。試しに魔法で温めてみる。持ってる魔力量と出力が増えてるのを感じた。こうやって吸血をすればするほど全体的に自分の能力が強くなるんだろうか。馬は溶けて暖かくなっている水を飲み始めた。どこまで飲むんだろうと思うほど飲んで、飲んで、また飲んだ。


 私はというと、渇きを感じないわけじゃないけど、水を飲んだところでそれが癒されるとは到底思えなかった。これは血を呑まないと多分ずっとこのまま。むしろ放っておくと酷くなる気がしてならない。定期的に血を吸わないと狂ってしまうかもしれない。別に吸血鬼になってしまったことへの後悔は微塵もないけど。


 自分で選択しない限り物事は動かない。そしてその選択に対して後悔するより、前を向いた方がずっといい。馬が水を全部飲んだのか、顔を上げたので、また西へ。この馬に名前はあるんだろうか。多分あると思う。私の名前はライラ・ベルフォード。この名前をずっと使うわけにはいかなくなった。家族の下へはもう戻れないし。生きているかどうかもわからない。冬を越せなかったら死んでしまうと思うけど、だからと吸血鬼になった自分を受け入れて欲しいと頼んで、何になるんだろう。


 私は冷たい人間、いや、吸血鬼だ。家族より、人より師匠との短い間の絆を取った。シルヴァーナは人間である私を殺し、今ここにいるのは、見た目も、考え方も、能力も、種族も変わってしまった別の存在。だから名前も変える。レイラ・ブランドフォード。明るいオレンジ色の髪に似合う名前だと思った。


 「私はレイラ・ブランドフォード。」うん、しっくり来る。


 一日中馬を進ませるわけにはいかないので、どこかで休ませないと。疲れを知らない自分の足で歩いた方がいいかもしれないけど、この馬を砦に残してくるわけにもいかなかったし。一人と一匹の生存者同士で、これからも生きていこうじゃないか。雪を退かして、薪になりそうな乾いた枝を拾ってあらわになった地面に置いて、これまた出力が大きくなった火の魔法で火をつける。


 砦から保存食を持ってきているので、干した果物や野菜を馬に食べさせた。喜んでるんだろうか。砦にあった食糧だけでも村へと運んでおいた方が良かったんだろうか。しかし問題がある。今更戻るにしても、方角がわからない。しばらくここら辺をさ迷う羽目になりそうだし。さすがにそれほどの被害を受けたんだから、領主様が何とかしてくれるかもしれないし。


 もしかしたら私は、不細工だった自分の顔をずっとネタにされていたことに恨みでも覚えているのかもしれない。良くわからない。感情がぐちゃぐちゃに混ざって、濃密な血の味だけが恋しくなっていく。


 私は寝袋に入って眠りについた。吸血鬼でも睡眠はとれるみたいだ。

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