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10話 吸血鬼になった夜

 しばらく時間を戻して、その日の夜。一人の吸血鬼が砦に夜中にひっそりと侵入を果たした。寝ている逃亡奴隷の皆さんを一人一人丁寧に刃を立てて殺す。殺してから血を吸っても、死んで一日以上経ってないなら問題ない。だから殺して回った。しかし十人ほど殺したところで、見られてしまった。すぐに木の槍を手に取るも、瞬時に喉を貫かれる。しかし彼が出した音のせいで徐々にと男たちは起き上がり、それぞれ武器を取り彼女に襲い掛かった。しかし彼女は強大な吸血鬼で、動きは人間のそれと比べ物にならない。だから相手にすらならなかった。その時、ボスが現れた。彼は全身に火を纏わせる魔法を使える。そして素手で吸血鬼の腹に穴を開けた。続けて後ろから師匠に背中を斬られた。


 女性は予想外の出来事にほんの一瞬動揺するも、すぐに立て直してボスと師匠の腹を細剣で一瞬で何回も貫き、師匠の腕を斬り落とした。師匠を無力化した女性はボスを殺すために剣を振るうが、ボスは必殺技みたいなものを使った。爆発したのである。爆風は吸血鬼を飛ばし、師匠も飛ばした。


 ボスは疲れて床に座り、師匠は私のところへと向かった。そして、吸血鬼はまだ生きていた。腹を燃え盛る拳で貫かれ、背中を斬られ、爆風を浴びてなお、彼女は生きていた。少しだけ気を失っていた吸血鬼は目を覚まして、師匠の匂いを辿り下へと降りた。私は吸血鬼の焼け爛れた片方の喉を魔力で強化された筋力を活かして嚙みちぎり、そのまま飲み込んだ。すると死んでもおかしくない傷の状態では入らなかった力が戻る。


 夢中に血を吸っていた女性が私を突き飛ばした。


 「今のは何?なんなの?」


 師匠の仇。私は剣を拾い、全身に魔力を行き渡らせた。痛みも感じない、寒さも感じない。自分の顔の骨がバキバキと音を立てて歪んでゆくことを自覚する。きっとコウモリのような顔になっているだろう。吸血衝動も抑えきれない。


 私は水平に剣を構え、姿勢を低くした。女性の姿がぶれる。私は剣を弾いて、腰を半回転させ前よりずっとタイミングよく振り切った。今度はしっかりとした感触。一瞬の後、彼女の首が床にコロコロと転がる。続けて女性の体がまるで灰のように崩れ落ちて、服だけが残った。私は女性の、半分焼け焦げた服を着る。すると私のサイズに合わせて調整された。エンチャントされた魔法の服。一生縁がないはずだった。こんな血みどろになることも、吸血鬼との死闘も。そして自分自身が吸血鬼になることも。


 「はぁ、はぁ…」


 喉が酷く乾く。幸い、近くに死体がある。私は師匠の喉に牙を立て、彼の血を飲み干した。甘くて、苦くて、切ない味。まだだ、まだ乾く。上の階にまでゆらりゆらりと足を運んだ。上半身裸の男性が腹を何回も貫かれたまま死んでいたことが目に入る。ボスだ。目は空虚で、その体にはまだ燻りが残っている。彼のことは後回しに、私は砦を回りながら一人一人の死体から血を飲んだ。私をさらった男も、いつもの三人も、私に現実を突きつけた男も、皆死んでいた。細剣で何回も貫かれた死体もあれば、喉や頭だけ貫かれた死体もあった。剣術なんて知らなかったんだろうか。だから私に殺されたんだろうか。いや、単純に続く予想外の負傷で理性がうまく働いていなかっただけだったかも。


 やっと渇きが止まった頃、夜明けがやってきた。これからどうしよう。吸血鬼になってしまった。ただの村娘だったのに、どうしてこうなったんだろう。


 桶に溜まった水で自分の姿を映してみる。するとそこには醜いと挿絵で描かれた吸血鬼の姿ではなく、大きかった顔の骨格が小さくなって、髪の毛はなぜかオレンジ色に染まってて、低かった鼻筋が通い、全体的に小顔になったことできりっとした目つきになった切れ長の目を持つ、見たことのないあどけない顔の少女の姿がそこにはあった。


 教会で読んだ本が嘘だったのか、それとも今日飲んだ、五十人弱の人の血でもうその吸血鬼としての弱点を克服したんだろうか。試しに火のあたるところに指先を出してみると痛みを感じない。なるほど、五十人くらいで弱点は克服できると。普通は五十人ものの人間の血を吸いつくすなんてしようとしてできるものじゃないとは思う。


 感覚は鋭敏になってて、動きも前よりずっと良くなっている気はしている。一旦死体を埋めないと。魔術師の研究素材として使われるとか、野生動物の餌になるのは、さすがにいたたまれない。師匠以外の人の死体も埋めてあげよう。幸いこの砦にも工兵のために備えてあったんだろうか、錆びないように保存魔法のかけられたスコップがある。私は何時間もかけて練兵場に穴を掘り、全員の死体を埋めた。大きな穴を掘って死体を一つ一つ運んだと言うのに全く疲れていない。


 あの女性が持っていた細剣と師匠の剣を腰につけて、冬を越すために潰された馬たちの中で一頭だけ残ってて、それに乗る。名前は何だろうか。特に嫌がられることはなかった。師匠が言ったように国境を越えた方がいい、なんとなくそう思った。だから太陽が昇った方角と反対側へと馬を進ませる。


 しかしどんな仕事をして生きようか。二か月半しか習ってない剣で剣士を名乗るわけにもいかない。吸血鬼を倒したのはまぐれでしかない。その動作に慣れていたから、体を慣らしていたから、頑張って、無我夢中だったから。またやれと言われてもやれる気がしない。


 ゆっくり考えてみよう。馬の餌とかはどうしたらいいんだろうか。馬ってキノコも食べるんだろうか。そんなことを思いながら、自分の中に渦巻く様々な感情を鎮静させた。

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